CA
一等巡洋艦、重巡洋艦

※1920年7月17日、巡洋艦籍 Cruisersの一等巡洋艦 Cruiser, First Lineは1930年4月にロンドン軍縮条約に基づき、重巡洋艦 Heavy Cruiserと名称が変更される
軽荷排水量:9,050t 満載排水量:10,559t(CA-27は9,200t、CA-29は9,300t) 全長:182.95m 幅:20.14m 吃水:4.97m(7.01mともいわれる、CA-27は5.02m、CA-29は5.08m) 主缶:ホワイトフォースター缶8基 主機/軸数:パーソンズ式ギアード蒸気タービン4基/4軸 出力:107,000馬力 速力:32.5kt(CA-27、CA-29は32.0kt、CA-30は33.0kt、CA-31は32.7kt) 燃料搭載量:重油3,067t 航続力:15ktで10,000浬 兵装:55口径203o3連装砲3基、25口径127o単装対空砲4基、3ポンド砲2基、533o3連装魚雷発射管2基(1935年には55口径203o3連装砲3基、25口径127o単装対空砲4基、3ポンド砲2基、1938年には55口径203o3連装砲3基、25口径127o単装対空砲8基、3ポンド砲2基、1945年には55口径203o3連装砲3基、25口径127o単装両用砲8基、40o4連装機銃5基、40o連装機銃4基、20o機銃27基、12.7o機銃8基 装甲:水線76.2o〜95.25o、砲塔63.5o、甲板25.4o〜50.8o、隔壁38.1o〜63.5o、バーベット38.1o、司令塔31.75o 塔載機:水上偵察機6機 乗員:621名〜1,030名
※メジャー迷彩(アメリカ海軍歴史センターのサイトから、12
※CA-29〜CA-31は指揮所を設置。CA-26は第1煙突の延長工事をするも1942年にはカット・ダウン
↑ノーザンプトン級重巡洋艦ノーザンプトン(CA-26、1935年時)

↑Image courtesy of Shipbucket.
艦名 NAME 艦種記号 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
ノーザンプトン
12
Northampton CA-26 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1930/5/17 ◎1931/8 ロンドン軍縮条約にて艦種を重巡洋艦(CA-26)に改める
1941/12/14 オアフ島北方海域にて駆逐艦クレイヴン Craven(DD-382)と衝突し損傷
1942/12/1 ルンガ岬沖夜戦にて日本海軍駆逐艦の雷撃により沈没
◎Marshall-Gilbert Raids, Wake I. Raid 1942, Marcus Raid, Midway, Buin Raid, Santa Cruz, Battle of Guadalvanal, Tassafaronga.
チェスター
12
Chester CA-27 ニュー・ヨーク・シップビルディング社 1930/6/24 1946/6/10 1959/3/1 ◎1931/8 ロンドン軍縮条約にて艦種を重巡洋艦(CA-27)に改める
◎1930/10中旬 Chesterにて修理
◎1931春 ニュー・ヨーク海軍工廠にてオーヴァーホール
◎1940/9/23 オーヴァーホール(〜1941/1/21)
1942/2/1 Wotjeにて日本軍機の爆撃により損傷(12345678
◎1942/2上旬 真珠湾にて修理
◎1942/5下旬? メア・アイランド海軍工廠にてオーヴァーホール(12345
1942/10/20 Esporitu Santo北方海域にて日本海軍伊号第一七六潜水艦の雷撃により損傷
◎1942/10/23 Espiritu Santoにて緊急修理
◎1942/10末 シドニーにて修理
◎後にノーフォーク海軍工廠にてオーヴァーホール
◎1943/9/15 メア・アイランドにてオーヴァーホール(〜1943/10/2、12345
◎1944/5/6 サン・フランシスコにてオーヴァーホール(〜1944/5/22)
1945/2/19 硫黄島にて揚陸指揮艦エステス Estes(AGC-12)と衝突し損傷
◎1945/3/10 メア・アイランド海軍工廠にてオーヴァーホール(〜1945/5/16、12345678
◎退役後、フィラデルフィアにて保管
◎1959/8/11 解体のため売却
◎後にPanama Cityにて解体
◎Marshall-Gilbert Raids, Coral Sea, Gillbert Is., Kwajalein, Palau-Yap Raids Mar 1944, Kurile Is., Marcus I. Raid Oct 1944, Luzon Raids Oct 1944, Iwo Jima Bombard., Iwo Jima, Okinawa, Raids on Japan Jul-Aug 1945, Operation Magic Carpet.
ルイヴィル
12
Louisville CA-28 海軍工廠ピュージェット・サウンド 1931/1/15 1946/6/17 1959/3/1 ◎1931/7/1(1931/8?) ロンドン軍縮条約にて艦種を重巡洋艦(CA-28)に改める
◎1942春? メア・アイランドにて改装(12345678
◎1943/10/8 メア・アイランドにてオーヴァーホール(〜1943/12/24、12
1944/1/31(1944/2/1?) マーシャル諸島にて日本軍の陸上砲台の砲撃により損傷
1945/1/5 リンガエン湾にて日本軍の特攻機の攻撃により損傷
1945/1/6 リンガエン湾にて日本軍の特攻機の攻撃により損傷(12
◎1945/2/6 メア・アイランド海軍工廠のDrydock No. 2にて修理、オーヴァーホール(〜1945/4/13、12345678
1945/6/5 沖縄海域にて日本軍の特攻機の攻撃により損傷
◎1945/6中旬 真珠湾にて修理
◎退役後、大西洋予備艦隊に編入
◎1959/9/14 解体のため、ニュー・ヨークのMarlene Blouse Corp. に売却
◎後にPanama Cityにて解体
◎Damaged by two Kamikazes off Luzon, 5 Jan (1 killed) and on bridge, 6 Jan 1945 (32 killed, including RADM Theodore Chandler). Marshall-Gilbert Raids, Battle of Guadalcanal, Rennell I., Attu, Kwajalein, Eniwetok, Palau-Yap Raids Mar 1944, Hollandia, Truk Raid Apr 1944, Saipan, Tinian, Guam, Palau, Luzon Raids Oct 1944, Leyte, Surigao Strait, Okinawa.
☆CA-28の撃沈スコア(以下の艦船)
・1944/10/25 日本海軍戦艦扶桑(スリガオ海峡にて漂流中の真っ二つになった艦尾を撃沈)
(←日本海軍戦艦扶桑(1944年時))
シカゴ
12
Chicago CA-29 メア・アイランド海軍工廠 1931/3/9 ◎1931/8 ロンドン軍縮条約にて艦種を重巡洋艦(CA-29)に改める
1933/10/24 Point Surにてイギリスの貨物船Silver Palmと衝突し損傷
◎1933/10/25 メア・アイランド海軍工廠のDrydock No. 2にて修理(12345678910111213
1942/8/9 第一次ソロモン海戦にて日本海軍艦艇の砲雷撃により損傷、後にNoumea(12)、後にシドニーにて入渠、一時的な修理
◎1942/10中旬 メア・アイランド海軍工廠にて入渠、修理(12345
1943/1/29 レンネル島沖海戦にて日本海軍機の雷撃により損傷
1943/1/30 重巡洋艦ルイヴィル(CA-28)が曳航、後に艦隊曳船ナヴァホ Navajo(AT-64)が曳航するも日本海軍機の雷撃により沈没
◎Coral Sea, Guadalcanal-Tulagi, Savo I., Rennell I.
ヒューストン
123
Houston CA-30 ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 1930/6/17 ◎1931/7/1 ロンドン軍縮条約にて艦種を重巡洋艦(CA-30)に改める
1933/4/1 上海にてフランス海軍砲艦Francis-Garnierと衝突し損傷
1933/10/7 上海にて駆逐艦ピアリー Peary(DD-226)と衝突
◎1939夏? 真珠湾にてオーヴァーホール
1942/2/4 ジャワ沖海戦にて日本軍海機の爆撃により3番砲塔を損傷
1942/3/1 バダヴィア沖海戦にて日本海軍重巡洋艦最上、三隈、駆逐艦敷波の雷撃により沈没
◎Carried President Franklin Delano Roosevelt on Caribbean cruise, Jul 1934; also 4 Jul 1938 and Jan 1939. Philippines, Java Sea. PUC.
オーガスタ
12
Augusta CA-31 ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 1931/1/30 1946/7/16 1959/3/1 ◎1931/8 ロンドン軍縮条約にて艦種を重巡洋艦(CA-31)に改める
◎1934初春? キャヴィテにてオーヴァーホール
◎1934/12下旬 キャヴィテにてオーヴァーホール、後にOlongapo Naval Stationの工廠用浮きドック(非自走)デューイ Dewey(YFD-1)にて入渠
◎1935/12中旬? キャヴィテとOlongapoにてオーヴァーホール(〜1936/2下旬?)
◎1936/12 キャヴィテ海軍工廠にて修理、改装
1937/8/20 上海にて日本軍の流れ弾により損傷
◎1938初春? オーヴァーホール
◎1940/12中旬 メア・アイランド海軍工廠にてオーヴァーホール(〜1941/4上旬?)
◎1944/9上旬 フィラデルフィアにてオーヴァーホール
1944/11/20 オーヴァーホール中、ice machine roomにて爆発事故
◎1945/2下旬 ノーフォークにて緊急修理(〜1945/3/7)
◎退役後、フィラデルフィアにて大西洋予備艦隊に編入
◎1959/11/9 解体のため、Panama CityのRobert Benjaminに売却
◎1960/3/2 Robert Benjaminに引き渡される
◎後にKearnyにて解体
◎Asiatic Fleet 1933-1940. Neutrality patrol. Carried President Roosevelt to Argentina meeting with Churchill, Aug 1941. Action with French warships off Casablanca, 8 Nov. 1942. Carried President Harry S. Truman to Potsdam Conference, Jul 1945. North Africa, Normandy, Southern France, Operation Magic Carpet.


Update 17/04/08