戦車揚陸艦
アイコン | 意味 |
戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません | |
戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争などで沈没し、何十年後に発見された場合もこのアイコンです | |
映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です | |
参考文献、小説や書籍に登場する事柄です | |
インターネットやTVゲームに登場する事柄です | |
不可解な事故&事件およびUFOなど超常現象に遭遇した事柄です |
- ※PSAは試験航海後の有用性(Post Shakedown Availability)の略
- 軽荷排水量:1,780t(LST-779は1,625t) 満載排水量:3,880t(LST-491〜は3,640t、LST-779は4,080t) 全長:99.97m 幅:15.24m 吃水:艦首0.71m(遠洋航海時2.51m)、艦尾2.28m(遠洋航海時4.29m) 主機/軸数:ジェネラル・モータース式12-567ギアード蒸気タービン2基/2軸 出力:1,700馬力 速力:12.0kt(LST-779は11.6kt) 航続力:9.0ktで24,000浬 兵装:50口径76mm単装砲1基、40mm機関砲5基、20mm機関砲6基、12.7mm単装機銃2基、7.62mm単装機銃4基(LST-779は40mm連装機関砲2基、40mm単装機関砲4基、20mm単装機関砲12基) 乗員:士官8名〜10名、下士官兵100名〜115名(LCVP2隻〜6隻、中戦車20両(艦内、上甲板にも相当数の車両を搭載できる)、兵員140名を塔載(LST-779は兵員163名を塔載)、LST-16〜LST-27、LST-66〜LST-71、LST-166〜LST-170、LST-175、LST-176、LST-202〜LST-207、LST-262、LST-326、LST-327、LST-331、LST-758〜LST-771、LST-782、LST-784〜LST-786、LST-788〜LST-795、LST-829、LST-830〜LST-832、LST-884〜LST-887、LST-1148、LST-1150、LST-1152は乗員が沿岸警備隊員で内、LST-25は1943年8月23日から乗員が海軍軍人、LST-758は1950年11月3日から乗員が海軍軍人、LST-762は1950年から乗員が海軍軍人、LST-1150は1946年2月8日から乗員が海軍軍人、LST-381は海軍軍人と沿岸警備隊員が交互に使用)
- ※排水量の差異から、LST-491〜LST-510をLST-491級ともいわれる
- ※仕様の差異から、LST-511以降をLST-511級ともいわれる
- ※メジャー迷彩(アメリカ海軍歴史センターのサイトから、1、2、3、4、5、6)
- ※SCAJAPは、1945年10月10日にGHQが設置した日本商船管理局 Shipping Control Authority for the Japanese Merchant Marineの略。12月9日にGHQが100総t以上の全船舶にSCAJAP番号を表示し、運行許可証携帯のうえ、日本水域の航行を許可
- ※兵装、装備、改装変遷はこちら
↑Q007 (ex-USS LST-47 moored pierside, circa 1947-1952. Photo from www.flickr.com by SDASM Archives [San Diego Air & Space Museum]. Image courtesy of NavSource.
- ※緑枠は諸外国に貸与され戦後返還、または売却された艦。各艦の下枠の履歴が緑枠の場合は、諸外国艦時代の履歴
艦種記号 | 建造所 | 就役日 | 退役日 | 除籍日 | 備考 | 沿岸 警備隊員が 乗員していた期間 |
LST-1 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1942/12/14 | 1946/5/21 | 1946/6/19 | ◎1942/7/20 起工 ◎1942/9/7 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1943/9 サレルノにて揚陸作戦 ◎1944/1 Anzio-Nettunoにて揚陸作戦(〜1944/3) ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1947/12/5 解体のため、BarberのShips Power & Equipment Co. に売却 |
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LST-2 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/2/9 | 1946/4/11 | 1946/6/5 | ◎1942/6/23 起工 ◎1942/9/19 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1943初め 北アフリカの占拠 ◎1943/7 シシリー島の占拠 ◎1943/9/9 サレルノにて揚陸作戦 ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) 1944/6/15 ノルマンディにて枢軸軍の陸上砲台の砲撃により損傷 ◎1944/11/28 イギリスに貸与 ◎1944/11/29 イギリス海軍にて就役 ◎1944/12 スコットランドにて公試 ◎1944/12 Tyneにて極東での作戦行動の準備(〜1945/8) ◎1945/8/17 サザンプトン出航〜Port Said〜Bombay(1945/9/21到着) ◎のちに鉄道車両のためのレールを設置 ◎Madras〜Trincomalee間の種々の往来 ◎1946/4/1 スービック湾に到着 ◎1945/4/12(1946/4/13?) イギリスより返還 ◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-3 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/2/8 | 1944/12/23 (1946?) |
1946/6/19 | ◎1942/6/29 起工 ◎1942/9/19 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1943/7/9 シシリー島の占拠(〜1943/7/15) ◎1943/7/28 シシリー島の占拠(〜1943/8/17) 1943/8/6 Palermoにてドイツ空軍爆撃機の爆撃により損傷 ◎1944/8/15 南フランスへの侵攻(〜1944/9/25) ◎1944/12/23 イギリスに貸与 ◎1944/12/24 ビゼルトにてイギリス海軍にて就役 ◎1945/9/28 タラントにて修理 ◎1946/5/12 イギリスより返還 ◎1947/9/10 解体のため、ボルティモアのボストン・メタルズ社に売却 |
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◎Known to have visited Messina, Taranto Brindisi, Bari, Venice, Trieste, Naples, Piraeus, Malta and Gibraltar. | ||||||
LST-4 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/2/14 | 1944/12/23 (1946?) |
1946/6/19 | ◎1942/7/4 起工 ◎1942/10/9 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1943/7 シシリー島の占拠 ◎1943/9 サレルノにて揚陸作戦 ◎1944/1 Anzio-Nettunoにて揚陸作戦(〜1944/2) ◎1944/8 南フランスへの侵攻(〜1944/9) ◎1944/12/24 ビゼルトにてイギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1945/1/14 タラント〜Piraeus間にて機雷により損傷 ◎1945/10/10 マルタにて修理(〜1945/10/24) 本国に戻る途中にスクリューが脱落し海没、別の戦車揚陸艦がノーフォークへ曳航 ◎1946/5/12 イギリスより返還 ◎1947/9/10 解体のため、ボルティモアのボストン・メタルズ社に売却 |
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◎Remained at Piraeus about Jun 1945 when she went to Alexandria, Egypt. | ||||||
LST-5 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/2/22 | 1944/11/17 (1946?) |
1947/8/1 | ◎1942/7/12 起工 ◎1942/10/3 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1943/7 シシリー島の占拠 1943/7/9 シシリー島Bracette Point南部にて戦車揚陸艦LST-389と衝突し損傷 ◎1943/9 サレルノにて揚陸作戦 ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1944/11/18 イギリスに貸与 ◎1945/1/22 ベルファーストにて機関修理(〜1945/4/11) ◎1946/2/19 退役 ◎1946/11/29 イギリスより返還 ◎1947/10/7 解体のため、シンガポールのTung Hwa Trading Co. に売却 |
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◎Sailed for Far East during the summer of 1945. | ||||||
LST-6 | ドラヴォ社ウィルミントン造船所 | 1943/1/30 | ― | 1944/12/22 | ◎1942/7/20 起工 ◎1942/10/21 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1943/7 シシリー島の占拠 ◎1943/9 サレルノにて揚陸作戦 ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 1943/6/17 ビゼルトにて戦車揚陸艦LST-326と衝突し損傷 1944/11/17 Seine Riverにて機雷により沈没 |
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LST-7 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/3/2 | 1946/5/21 | 1946/6/19 | ◎1942/7/17 起工 ◎1942/10/31 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1943/7 シシリー島の占拠 ◎1943/9 サレルノにて揚陸作戦 ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1947/10/7 解体のため、チャールストンのLewis Green, Jr. に売却 |
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LST-8 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | ― | ― | 1946/7/3 | ◎1942/7/26 起工 ◎1942/10/29 進水 ◎1943/3/22 イギリスに貸与 ◎1944/9 リヴァプールにて改装 ◎1946/5/4 スービック湾にて退役 ◎1946/6/1 イギリスより返還 ◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却 |
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◎Sailed from New York for the Mediterranean in convoy UGS-8A, 14 May 1943. Took part in the invasions of Sicily, Reggio, Salerno, Anzio, Normandy and Malaya. At Barry for docking 4 to 6 May 1944. | ||||||
LST-9 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | ― | ― | 1946/7/3 | ◎1942/8/9 起工 ◎1942/11/14 進水 ◎1943/3/19 イギリスに貸与 ◎1944/4/11 スコットランドのLeithにて改装(〜1944/6/3) ◎1944/6〜1945/2 この間、テームズとサザンプトンにて修理 1945/1/25 Tilbury Docksにて突堤と衝突し損傷 ◎1945/5 Antwerpにて改装(〜1945/6) ◎1946/5/4 退役 ◎1946/6/1 イギリスより返還 ◎1948/9/5 フィリピンのBoseyにて売却 |
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◎Sailed from New York for the Mediterranean in convoy UGS-8A, 14 May 1943. Took part in invasions of Sicily, Reggio, Vibo Valenta, Anzio, Normandy and Malaya. Performed a regular ferry service across the Messina Straits Noted as having made 57 crossings. Sailed from Leith in time for D-Day. Operated on the shuttle service to Normandy. At Antwerp for minor defects in April 1945, and was refitted there from May to June. | ||||||
LST-10 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/4/2 | 1946/9/6 (1947/1/6?) |
1973/6/1 | ◎1942/8/15 起工 ◎1942/11/25 進水 ◎1943/1/13 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-1)に改め、アチェラス Achelousと命名 |
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LST-11 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | ― | ― | 1946/6/5 | ◎1942/8/8 起工 ◎1942/11/18 進水 ◎1943/3/22 イギリスに貸与 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる 1944/5 故障、Cardiffにて修理 ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1944/6〜1944/8 この間、テームズとサザンプトンにて修理 ◎1944/9/12 Cardiffにて改装(〜1944/10/23) ◎1945/9 マラヤへの再占拠 ◎1946/4/12(1946/4/13?) 退役 ◎1946/5/13 イギリスより返還 ◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却 |
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◎Sailed from New York in convoy UGS-8A for the Mediterranean, 14 May 1943. | ||||||
LST-12 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | ― | ― | 1947/3/20 | ◎1942/8/16 起工 ◎1942/12/7 進水 ◎1943/3/25 イギリスに貸与 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1943/7 シシリー島の占拠(〜1943/8) ◎1943/9 Reggioへの侵攻 ◎1943/9 サレルノにて揚陸作戦 1943/11/13 機雷により損傷 ◎1944/8 南フランスへの侵攻(〜1944/9/25) ◎1945/8 Antwerpにて改装(〜1945/10) ◎1946/1/5 ニュー・ヨークにて退役 ◎1946/6/5 イギリスより返還 ◎1947/9/11 解体のため、PhilipsdaleのWashburn Wire Co. に売却 |
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◎Sailed from New York in convoy UGS-8A, 14 May 1943, for the Mediterranean via Bermuda, broke down enroute. Operated between Italy, Yugoslavia and Greece from September 1944 to January 1945. | ||||||
LST-13 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | ― | ― | 1946/6/5 | ◎1942/9/1 起工 ◎1943/1/5 進水 ◎1943/4/3 イギリスに貸与 ◎1944/1 ClydebankのJohn Brown Shipbuilding & Engineering ShipyardsでFighter Direction Tenderに改装、艦種記号をFDT-13に改める(1、2) ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/13) ◎1946/2/27 ノーフォークにてイギリスより返還 ◎1947/10/14 解体のため、フィラデルフィアのLuria Brothers & Co., Inc. に売却 |
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◎Sailed from Halifax, Nova Scotia, in convoy SC-131, 18 May 1943 carrying general cargo Returned to Halifax with defects and sailed with convoy SC-132, 26 May 1943 arriving Liverpool 11 June 1943. Sailed to Clyde area and remained there until November 1943 when she sailed for Southampton. Returned to Clyde area arriving 31 December 1943 and taken in hand at Messrs John Brown for conversion to Fighter Direction Tender. | ||||||
LST-14 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/8/31 | 1946/1/4 | 1946/5/1 | ◎1942/8/23 起工 ◎1942/12/9 進水 ◎1943/1/13 艦種を魚雷艇母艦(AGP-5)に改め、ヴァルナ Varunaと命名 |
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LST-15 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/8/5 | 1947/1 | 1961/7/1 | ◎1942/9/17 起工 ◎1943/1/25 艦種を戦傷修理工作艦(ARB-3)に改める |
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LST-16 (1、2) |
ドラヴォ社ウィルミントン造船所 | 1943/3/17 | 1946/3/8 | 1946/4/12 | ◎1942/9/1 起工 ◎1942/12/19 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる(Flotilla 18、Group 53、Division 105所属) ◎1943/7/1 チュニジアにて作戦の任務(〜1943/7/9) ◎1943/7/9 シシリー島の占拠(〜1943/7/15) ◎1943/9/9 サレルノにて揚陸作戦(〜1943/9/21) ◎1944/1/22 Anzio-Nettunoにて揚陸作戦(〜1944/2/4) ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎1947/12/5 解体のため、BarberのShips & Power Equipment Co. に売却 |
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沿岸警備隊員が乗員していた期間 1943/3/17〜1946/3/8 |
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LST-17 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/4/19 | 1946/1/15 | 1956/8/15 | ◎1942/9/21 起工 ◎1943/1/8 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎1945/9/16 極東にて占領作戦の任務(〜1945/10/26) ◎1945/11/20 極東にて占領作戦の任務(〜1945/12/24) ◎退役後、太平洋予備艦隊に編入 ◎1946/1 SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q015) ◎1956/8/15 標的として沈没 |
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沿岸警備隊員が乗員していた期間 1943/4/19〜1944/11/23 |
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LST-18 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/4/26 | 1946/4/3 | 1946/4/17 | ◎1942/10/1 起工 ◎1943/2/15 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 7、Group 21、Division 41所属) ◎1943/9 Finschhafenの占拠 ◎1943/12 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/1) ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/5) ◎1944/5 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務 ◎1944/6 ビアク島にて作戦の任務 ◎1944/7 Noemfoor Islandにて作戦の任務 ◎1944/7 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8) ◎1944/9 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11) ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/3 パラワン島にて揚陸作戦 ◎1945/3 Visayan Islandにて揚陸作戦(〜1945/4) ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1945/11初め) ◎1946/10/31 ジャクソンヴィルのSuwannee Fruit & Steamship Co. に売却され商船に改装 ◎1948 Rosarioと命名 |
1943/4/26〜1946/4/3 |
LST-19 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/5/15 | 1946/3/20 | 1946/5/1 | ◎1942/10/22 起工 ◎1943/3/11 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/11/28 マキン、タラワにて揚陸作戦(〜1943/12/8) ◎1944/6/15 サイパンの奪取、占拠 ◎1944/7/24 テニアン島の奪取、占拠(〜1944/7/28) ◎1944/9/6 パラオ諸島南方の奪取、占拠(〜1944/10/14) ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-19)に改める |
1943/5/15〜1946/3/20 |
LST-20 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/5/14 | 1946/4/3 | 1946/6/19 | ◎1942/10/5 起工 ◎1943/2/15 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 3、Group 9、Division 17所属) ◎1943/11 ギルバート諸島にて作戦の任務(〜1943/12) ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦 ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/4 沖縄群島への強襲、占拠 ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1945/11初め) ◎除籍後、海事委員会に移管 ◎1947/10/8 解体のため売却 |
1943/5/14〜1946/4/3 |
LST-21 (1、2) |
ドラヴォ社ウィルミントン造船所 | 1943/4/14 | 1946/1/25 | 1946/6/19 | ◎1942/9/25 起工 ◎1943/2/18 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎1948/3/12 解体のため、FlushingのLouis Feldmanに売却 |
1943/4/14〜1946/1/25 |
LST-22 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/5/29 | 1946/4/1 | 1946/4/17 | ◎1942/11/5 起工 ◎1943/3/29 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 7、Group 21、Division 41所属) ◎1943/12/26 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1943/12/28) ◎1944/1/2 セイダーの占拠(〜1944/1/3) ◎1944/1/6 セイダーの占拠(〜1944/1/9) ◎1944/1/15 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/1/19) ◎1944/1/20 セイダーの占拠(〜1944/1/22) ◎1944/1/30 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2/2) ◎1944/2/4 セイダーの占拠(〜1944/2/7) ◎1944/2/15 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2/19) ◎1944/2/21 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2/23) ◎1944/2/29 アドミラルティ諸島にて揚陸作戦(〜1944/3/4) ◎1944/3/7 アドミラルティ諸島にて揚陸作戦(〜1944/3/11) ◎1944/3/28 アドミラルティ諸島にて揚陸作戦(〜1944/4/10) ◎1944/4/21 Humboldt Bay-Tanahmerah Bayにて作戦の任務(〜1944/4/25) ◎1944/5/1 Humboldt Bay-Tanahmerah Bayにて作戦の任務(〜1944/5/7) ◎1944/5/18 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務(〜1944/5/20) ◎1944/5/23 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務(〜1944/5/25) ◎1944/5/27 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/5/30) ◎1944/6/3 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6/7) ◎1944/6/16 ビアク島にて作戦の任務 ◎1944/7/10 Noemfoor Islandにて作戦の任務(〜1944/7/15) ◎1944/7/30 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8/2) ◎1944/8/6 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8/12) ◎1944/8/14 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8/19) ◎1944/8/22 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8/28) ◎1944/9/15 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10/23 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11/4) ◎1945/1/4 リンガエン湾にて揚陸作戦(〜1945/1/15) ◎1947/2/3 上海のMing-Sung Industrial Co., Ltd. に売却され商船に改装、Hwai Yuan(Wan Cheng?)と命名 ◎1951 Chung 127と改名 |
1943/6/16〜1946/4/1 |
LST-23 (1、2、3) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/5/22 | 1946/5/24 | 1946/7/3 | ◎1942/10/27 起工 ◎1943/3/13 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 13、LST Group 38、LST Division 75所属) ◎1943/11/21 ギルバート諸島にて作戦の任務(〜1943/12/5) ◎1944/2/2 Kwajaleinとマジュロ環礁の占拠(〜1944/2/8) ◎1944/6/28 サイパンの奪取、占拠(〜1944/7/28) ◎1944/7/24 テニアン島の奪取、占拠(〜1944/7/28) ◎1944/9/6 パラオ諸島南方の奪取、占拠(〜1944/10/14) ◎1945/1/9 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/9/10 極東にて占領作戦の任務(〜1945/9/29) ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-23)に改める |
1943/6/16〜1946/5/8 |
LST-24 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/6/14 | 1946/2/26 | 1946/6/5 | ◎1942/11/19 起工 ◎1943/4/17 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 5、Group 15、Division 30所属) ◎1944/8 グアム島の奪取、占拠 ◎1944/9 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11) ◎1945/3 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/6) ◎1947/12/23 HoustonのHumble Oil & Refining Co. に売却され艀に改装、Humble ST-5と命名 ◎1964 World-Over ST-5と改名 ◎1968 Diamond M Offshore ST-5と改名 |
1943/6/14〜1946/2/26 |
LST-25 (1、2) |
ドラヴォ社ウィルミントン造船所 | 1943/5/3 | 1946/8/2 | 1946/10/8 | ◎1942/10/12 起工 ◎1943/3/9 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎1943末ころ インド-ビルマにて作戦の任務(〜1944初めころ) ◎1945/5 沖縄群島への強襲、占拠 ◎1945/9 極東にて占領作戦の任務(〜1945/10) ◎1945/10 中国方面での行動(〜1946/3) ◎1946/3 極東にて占領作戦の任務 ◎1948/3/31 解体のため、シアトルのKaiser Co., Inc. に売却 |
1943/5/3〜1946/8/25 |
LST-26 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/6/7 | 1946/4/1 | 1946/5/8 | ◎1942/11/16 起工 ◎1943/3/31 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/12/26 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1943/12/28) ◎1943/12/30 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/1/3) ◎1944/1/5 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/1/9) ◎1944/1/11 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/1/14) ◎1944/4/21 Humboldt Bay-Tanahmerah Bayにて作戦の任務(〜1944/4/27) ◎1944/5/1 Humboldt Bay-Tanahmerah Bayにて作戦の任務(〜1944/5/7) ◎1944/5/17 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務(〜1944/5/21) ◎1944/5/23 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務(〜1944/5/25) ◎1944/5/27 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/5/30) ◎1944/6/3 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6/7) ◎1944/6/9 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6/11) ◎1944/7/6 Noemfoor Islandにて作戦の任務(〜1944/7/10) ◎1944/7/30 Cape Sansaporにて作戦の任務 ◎1944/8/2 Cape Sansaporにて作戦の任務 ◎1944/8/4 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8/10) ◎1944/9/15 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10/13 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/10/27) ◎1944/11/5 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11/18) ◎1945/3/10 ミンダナオ島にて揚陸作戦(〜1945/3/11) ◎1945/10/3 中国方面での行動(〜1945/10) ◎1945/10/11 極東にて占領作戦の任務(〜1945/11/1) ◎1946/6/17 シアトルのArctic Circle Exploration, Inc. に売却され商船に改装 ◎1947 A.T.T. No. 2と命名 |
1943/6/7〜1946/4/1 |
LST-27 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/6/25 | 1945/11/9 | 1945/11/28 | ◎1942/12/10 起工 ◎1943/4/27 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/4 UGS-36船団 ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻(LST Flotilla 4、Group 12所属) ◎1947/12/15 解体のため、ニューポートのロード・アイランド・ナヴィゲーション社に売却 |
1943/6/16〜1945/11/9 |
LST-28 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/6/19 | 1946/8/16 | 1946/10/29 | ◎1942/12/8 起工 ◎1943/4/19 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/4 UGS-36船団 ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1948/5/19 解体のため、ブルックリンのGeorge H. Nutmanに売却 |
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LST-29 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/7/10 | 1946/3/11 | 1946/5/8 | ◎1943/1/8 起工 ◎1943/5/17 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/11 タラワにて揚陸作戦(〜1943/12) ◎1944/1 Kwajaleinとマジュロ環礁の占拠(〜1944/2) ◎1944/2 エニウェトク環礁の占拠(〜1944/3) ◎1944/7 グアム島の奪取、占拠(〜1944/8) ◎1945/5 沖縄群島への強襲、占拠 ◎1946/6/17 シアトルのFoss Launch & Tug Co. に売却され艀Foss 200となる ◎のちにPelican 19と改名 ◎のちにDel Norte Woodsman 19と改名 |
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LST-30 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/7/3 | 1946/3/6 | 1946/5/8 | ◎1943/1/12 起工 ◎1943/5/3 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/22) ◎1947/4/2 ニュー・オーリンズのW. Horace Williams Co. に売却され艀Capとなる(〜1960) |
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LST-31 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/7/21 | 1946/1/8 | 1955/8/11 | ◎1943/2/2(1943/2/3?) 起工 ◎1943/6/5 進水 ◎ニュー・オーリンズにて就役 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/11 ギルバート諸島にて作戦の任務(〜1943/12) ◎1943/12上旬 真珠湾海軍工廠にて修理、オーヴァーホール(〜1944/1上旬) ◎1944/1 Kwajaleinとマジュロ環礁の占拠(〜1944/2) ◎1944/2 エニウェトク環礁の占拠(〜1944/3) ◎1944/4中旬 真珠湾にて入渠、修理 ◎1944/6 サイパンの奪取、占拠(〜1944/8) ◎1944/7 テニアン島の奪取、占拠(〜1944/8) ◎1944/11下旬? サン・ペドロのWest Coast Shipbuilding Co. yardsにて修理、改装(〜1945/2上旬) ◎1945/2中旬 シアトルにて修理 ◎1945/5 沖縄群島への強襲、占拠 ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務 ◎退役後、SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q005) ◎1948/5 SCAJAPより返還されColumbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入 ◎1955/7/1 エディソン・カウンティ Addison Countyと命名 ◎除籍後、標的として沈没 |
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LST-32 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/7/12 | 1962/6/25 | 1962/6/30 | ◎1943/2/17 起工 ◎1943/5/22 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/4/1 UGS-36船団 ◎1944/8/15 南フランスへの侵攻(〜1944/9/21) ◎1946/7 退役、Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入 ◎1951/3/7 再役 ◎のちに本国にて修理、改装 ◎1955/7/1 アラメダ・カウンティ Alameda Countyと命名 ◎1957/9/27 艦種を航空支援艦(AVB-1)に改める |
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LST-33 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/8/4 | 1943/8/18 | 1947/6/23 | ◎1943/2/23 起工 ◎1943/6/21 進水 ◎1943/8/18 ギリシャに貸与 ◎1947/1 ギリシャに売却されSamos(L 179)と命名 ◎1977 除籍 |
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LST-34 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/7/26 | 1946/11/15 | 1947/12/23 | ◎1943/3/15 起工 ◎1943/6/15 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/11 ギルバート諸島にて作戦の任務(〜1943/12) ◎のちにKwajaleinとマジュロ環礁の占拠 ◎1944/2 エニウェトク環礁の占拠(〜1944/3) ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11) ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/5 沖縄群島への強襲、占拠 ◎1946/3 極東にて占領作戦の任務(〜1946/11) ◎退役後、琉球政府に貸与 1949/1/9 極東にて座礁、放棄 |
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LST-35 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | ― | ― | 1947/6/23 | ◎1943/3/20 起工 ◎1943/6/30 進水 ◎1943/8/18 ギリシャに貸与 ◎1947/1 ギリシャに売却されChios(L 195)と命名 ◎1977 除籍 |
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LST-36 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | ― | ― | 1947/6/23 | ◎1943/4/21 起工 ◎1943/7/10(1943/7/21?) 進水 ◎1943/8/23 ギリシャに貸与 ◎1947/1 ギリシャに売却されLemnos(L 158)と命名 ◎1977 除籍 |
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LST-37 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | ― | ― | 1948/8/12 | ◎1943/4/1 起工 ◎1943/7/5 進水 ◎1943/8/18 ギリシャに貸与されLesvosと命名 1944/6/1 ビゼルトにて座礁難破 |
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LST-38 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/9/3 | 1946/3/26 | 1946/5/1 | ◎1943/4/14 起工 ◎1943/7/27 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 13、Group 39、Division 78所属) ◎1944/1/31 Kwajaleinとマジュロ環礁の占拠(〜1944/2/6) ◎1944/3/28 アドミラルティ諸島にて揚陸作戦(〜1944/4/1) ◎1944/4/21 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/4/27) ◎1944/7/21 グアム島の奪取、占拠(〜1944/7/25) ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-38)に改める |
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LST-39 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/9/8 | 1944/7/18 | ◎1943/4/23 起工 ◎1943/7/29 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる 1944/5/21 真珠湾にて爆発事故により沈没(1、2) ◎除籍後、引き揚げられ艀に改装 ◎1944/8/21 艦種を有蓋運貨船(YF-1079)に改める |
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LST-40 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/9/15 | 1946/2/18 | 1947/3/5 | ◎1943/6/3 起工 ◎1943/8/7 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 5、Group 15、Division 30所属) ◎1943/6 ソロモン諸島南方にて作戦の任務 ◎1944/6 サイパンの奪取、占拠(〜1944/8) ◎1944/7 テニアン島の奪取、占拠 ◎1945/5 沖縄群島への強襲、占拠 ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務 ◎1946 SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q066) ◎1947/2/18 アメリカ軍統治下の韓国に売却 |
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LST-41 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/9/24 | 1946/4/25 | 1946/6/19 | ◎1943/5/24 起工 ◎1943/8/17 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 13、Group 28、Division 76所属) ◎1944/1/31 Kwajaleinとマジュロ環礁の占拠(〜1944/2/8) ◎1944/4/21 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/4/29) ◎1944/7/21 グアム島の奪取、占拠(〜1944/4/29) ◎1944/9/6 パラオ諸島南方の奪取、占拠(〜1944/10/14) ◎1945/1/9 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-41)に改める |
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LST-42 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/9/30 | 1946/7/26 | 1946/9/25 | ◎1943/6/17 起工 ◎1943/8/17 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 3、Group 9、Division 17所属) ◎1944/1/31 Kwajaleinとマジュロ環礁の占拠(〜1944/2/8) ◎1944/2/19 エニウェトク環礁の占拠(〜1944/3/2) ◎1944/6/15 サイパンの奪取、占拠(〜1944/7/28) ◎1944/7/24 テニアン島の奪取、占拠(〜1944/7/26) ◎1944/9/6 パラオ諸島南方の奪取、占拠(〜1944/10/14) ◎1945/2/19 硫黄島への強襲、占拠(〜1945/3/6) ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-42)に改める |
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LST-43 | ドラヴォ社フィラデルフィア造船所 | 1943/10/6 | ― | 1944/7/18 | ◎1943/6/19 起工 ◎1943/8/28 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/1/31 Kwajaleinとマジュロ環礁の占拠(〜1944/2/8) 1944/5/21 真珠湾にて爆発事故により沈没、後に引き揚げられる ◎1945 沈没処分 |
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LST-44 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/10/22 | 1946/2/20 | 1947/8/28 | ◎1943/7/7 起工 ◎1943/9/11 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1946/2中旬、中国方面での行動も含む) ◎1946 SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q068) ◎1947 陸軍に移管 |
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LST-45 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/10/15 | 1948/11/30 | 1948/12/22 | ◎1943/6/27 起工 ◎1943/8/31 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 13、Group 39、Division 77所属) ◎1944/1/31 Kwajaleinとマジュロ環礁の占拠(〜1944/2/8) ◎1944/6/15 サイパンの奪取、占拠(〜1944/8/10) ◎1944/7/24 テニアン島の奪取、占拠(〜1944/8/10) ◎1945/3/26 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/6/30) ◎1945/9/19 中国方面での行動(〜1945/10/28) ◎1946/2/4 極東にて占領作戦の任務(〜1946/2/14) ◎1947/8/2 中国方面での行動(〜1947/9/1) ◎1947/9/2 極東にて占領作戦の任務(〜1947/9/19) ◎1949/2/25 シアトルのFoss Launch & Tug Co. に売却され艀に改装、Foss 204と命名 ◎のちにSanitary 3と改名(1958年にギリシャに売却ともいわれる) |
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LST-46 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/11/3 | 1946/6/6 | 1946/6/19 | ◎1943/7/20 起工 ◎1943/9/16 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎1944/8/15 南フランスへの侵攻(〜1944/9/25) ◎1945/3/24 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/6/30) ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1946/5中旬、中国方面での行動も含む) ◎1948/2/13 解体のため、フィリピンのBoseyにて売却、T. Y. Fongに再売却 |
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LST-47 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/11/8 | 1946/1/11 | 1975/6/30 | ◎1943/7/30 起工 ◎1943/9/24 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎1944/8/15 南フランスへの侵攻(〜1944/9/28) ◎1945/4/1 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/5/7) ◎1945秋 極東にて占領作戦の任務(〜1946/1初め) ◎1946/1/11 陸軍に移管(SCAJAP番号Q007) ◎1952/3/31 海軍に移管、軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行(T-LST-47) ◎1976/9/13 フィリピンに貸与されTarlac(LT 500)と命名 ◎1991 除籍(画像は1991年3月26日、フィリピン諸島キャヴィテにて、売却を待つ元LST-47、元Tarlacのハルク) |
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◎Passage to Freedom. | ||||||
LST-48 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/11/16 | 1946/2/8 | 1947/12/5 | ◎1943/8/8 起工 ◎1943/10/2 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1944/8 南フランスへの侵攻(〜1944/9) ◎1945/5 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/6) ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1946/1初め) ◎1946 SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q049) ◎1948/5/27 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却 |
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LST-49 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/11/20 | 1946/6/11 | 1946/7/3 | ◎1943/8/17 起工 ◎1943/10/9 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎1944/8 南フランスへの侵攻(〜1944/9) ◎1944/11 Oranにて船体の一部を再塗装(1、2) ◎1945/6 沖縄群島への強襲、占拠 ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1946/3、中国方面での行動も含む) ◎1945/9下旬 上海にて船体の一部を再塗装(1、2、3、4) ◎1947/12/4(1947/12/5?) フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-50 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/11/27 | 1946/2/6 | 1952/9/8 (1953/9/8?) |
◎1943/8/29 起工 ◎1943/10/16 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎1944/8/15 南フランスへの侵攻(〜1944/9/25) ◎1945/6 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/8) ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1946/2初め) ◎退役後、SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q046) ◎1951/11/14(1952/11/14?) 戦傷修理工作艦に改装、艦種を戦傷修理工作艦(ARB-13)に改める |
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LST-51 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/12/8 | 1946/3/6 | 1947/10/31 | ◎1943/8/29 起工 ◎1943/10/22 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1944/8 南フランスへの侵攻(〜1944/9) ◎1945/5 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/6) ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1946/2) ◎退役後、SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q089) ◎1948/4/20 ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却 |
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LST-52 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/12/15 | 1946/8/29 | 1948/4/30 | ◎1943/9/16 起工 ◎1943/10/20 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎1945秋 極東にて占領作戦の任務(〜1946/1) ◎1946/7 ビキニ環礁にて原爆実験標的として使用 ◎1948/4/19 ビキニ環礁にて標的として沈没 |
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LST-53 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/12/21 | 1946初め | ◎1943/9/24 起工 ◎1943/11/6 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1944/8 南フランスへの侵攻(〜1944/9) ◎1945/5 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/6) ◎1945/9 極東にて占領作戦の任務(〜1946/1) ◎退役後、予備艦隊に編入 ◎1946 SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q021) ◎1946春 三菱重工業横浜造船所で青函連絡船に改装(21船と呼ばれる) ◎1948/3 SCAJAPより返還 ◎1954/9 艦種を宿泊船(非自走)(APL-59)に改める |
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LST-54 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1943/12/24 | 1945/11/5 | 1945/11/28 | ◎1943/10/3 起工 ◎1943/11/13 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1944/6/8 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎1948/3/22 解体のため、ベイヨーンのTownsend Transportation Co. に売却 |
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LST-55 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1944/1/6 | 1945/12/11 | 1946/1/3 | ◎1943/10/10 起工 ◎1943/11/20 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1948/3/23(1948/3/26?) 解体のため、BarberのShips & Power Equipment Corp. に売却 |
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LST-56 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1944/1/10 | 1946/5/23 | 1946/7/3 | ◎1943/10/17 起工 ◎1943/11/27 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1947/12/5 解体のため、BarberのShips & Power Equipment Corp. に売却 |
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LST-57 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1944/1/15 | 1946/1/24 | 1955/8/11 (1955/9/21?) |
◎1943/10/24 起工 ◎1943/12/4 進水 ◎1944/1/1 ニュー・オーリンズに移動 ◎ペンサコラにて艤装 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 1944/3下旬 ノヴァ・スコシアのハリファックス港にて曳船が衝突し損傷 ◎1945/5中旬 Houstonのブラウン・シップビルディング社にて修理 ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務 ◎退役後、SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q028) ◎1950/11 SCAJAPより返還 ◎1950/11/9 タコマにて太平洋予備艦隊に編入 ◎1955/7/1 アームストロング・カウンティ Armstrong Countyと命名 ◎1956 標的として沈没 |
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LST-58 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1944/1/22 | 1945/11/7 | 1945/11/28 | ◎1943/10/31 起工 ◎1943/12/11 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1947/11/30 解体のため、フィラデルフィアのノーザン・メタルズ社に売却 |
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LST-59 | ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1944/1/31 | 1946/1/21 (1946/1/23?) |
1946/2/25 | ◎1943/11/7 起工 ◎1943/12/18 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎1947/9/18 解体のため、ニュー・オーリンズのSouthern Shipwrecking Co. に売却 |
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LST-60 (1、2) |
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 | 1944/2/7 | 1946/6/27 | 1958/11/1 | ◎1943/11/14 起工 ◎1943/12/24 進水 ◎1944/1/24 ニュー・オーリンズに移動 ◎1944/3上旬 ニュー・オーリンズにて修理 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎1945/7上旬 ニュー・オーリンズにて修理、オーヴァーホール ◎退役後、Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入 ◎1955/7/1 アチソン・カウンティ Atchison Countyと命名 ◎除籍後、売却され商船Elmerとなる ◎1973 解体 |
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LST-61 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1944/2/5 | 1946/6/5 | 1946/6/19 | ◎1942/6/24 起工 ◎1942/11/8 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/7 シシリー島の占拠(〜1943/7/15) ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1944/9 パラオ諸島南方の奪取、占拠(〜1944/10) ◎1947/6/2 フィラデルフィアのSouthern Trading Co. に売却され商船に改装 ◎1948 Southern Statesと命名 ◎1956 Gladysと改名 ◎1960 ウィルミントンにて解体 |
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LST-62 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | 1946/7/19 | ◎1942/8/5 起工 ◎1942/11/23 進水 ◎1943/3/3 イギリスに貸与 ◎1943/3/4 イギリス海軍にて就役 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1943/7/10 シシリー島の占拠 ◎1943/9 Reggioへの侵攻 ◎1944/1 アンツィオにて揚陸作戦(〜1944/3) ◎1944? ノルマンディ侵攻のため改装 ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1946/6/10 ニュー・ヨークにてイギリスより返還 ◎1948/5/12 解体のため、フィラデルフィアのノーザン・メタルズ社に売却 |
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LST-63 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | 1946/1/21 | ◎1942/8/6 起工 ◎1942/12/19 進水 ◎1943/3/15 イギリスに貸与 ◎1943/3/29 イギリス海軍にて就役 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1943/7 シシリー島の占拠(〜1943/8) ◎1943/9 サレルノにて揚陸作戦 ◎1944/1 アンツィオにて揚陸作戦(〜1944/3) ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1945/12/17 ニュー・ヨークにてイギリスより返還 ◎1948/5/27 フィラデルフィアのノーザン・メタルズ社に売却され商船に改装、Northamptonと命名 ◎1968 Salvatierraと改名 1976/6/19 San Lorenzo Channelにて難破 |
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◎Sailed from Halifax, Nova Scotia, 18 May 1943 in convoy SC-131 carrying general cargo. Arrived Liverpool, 31 May 1943, with HM LST-64, HM LST-164, HM LST-198 and HM LST-200. Sailed from the Clyde, 25 June 1943, as part of convoy KMS-19 for the invasion of Sicily. | ||||||
LST-64 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | 1945/12/5 | ◎1942/8/13 起工 ◎1943/1/8 進水 ◎1943/4/2 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1943/7 シシリー島の占拠(〜1943/8) ◎1943/9 サレルノにて揚陸作戦 1944/2/26 Naplesにて悪天候により座礁、損傷、Ferryvilleへ曳航、係船 ◎1945/10/15(1945/11?) Palermoにてイギリスより返還 ◎1946/7/3 解体のため、Kinaldo de Haag(Rinaldo de Haag?)に売却 |
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◎Sailed from Halifax, Nova Scotia, 18 May 1943, in convoy SC-131 carrying general cargo. Arrived Liverpool 31 May 1943 with HM LST-63, HM LST-164, HM LST-198 and HM LST-200. Sailed from the Clyde, 25 June 1943, as part of convoy KMS-19 for the Mediterranean. | ||||||
LST-65 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | 1946/3/20 | ◎1942/8/14 起工 ◎1942/12/7 進水 ◎1943/3/15 イギリスに貸与 ◎1943/3/18 イギリス海軍にて就役 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1943/7 シシリー島の占拠(〜1943/8) ◎1943/9/8 Vibo Valentiaにて揚陸作戦 ◎1944/1 アンツィオにて揚陸作戦(〜1944/3) ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 1944? 損傷、のちに鉄道車両のためのレールを設置 ◎1945/7/18 メンテナンス ◎1946/1/5 ニュー・ヨークにてイギリスより返還 ◎1948/5/4 解体のため、フィラデルフィアのノーザン・メタルズ社に売却 |
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◎Sailed from New York in Convoy UGS-8A, 14 May 1943. | ||||||
LST-66 (1、2、3) |
ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/4/12 | 1946/3/26 | 1946/5/1 | ◎1942/8/14 起工 ◎1943/1/16 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/12 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2) 1943/12/16 Cape Gloucesterにて日本軍機の爆撃により損傷 ◎1944/1 セイダーの占拠(〜1944/2) ◎1944/3 アドミラルティ諸島にて揚陸作戦(〜1944/4) ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/5) ◎1944/5 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務 ◎1944/6 ビアク島にて作戦の任務 ◎1944/7 Noemfoor Islandにて作戦の任務 ◎1944/7 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8) ◎1944/9 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11) ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/3 ミンダナオ島にて揚陸作戦 ◎1945/7 バリクパパンにて作戦の任務 ◎1948/4/7 解体のため、シアトルのKaiser Co., Inc. に売却 |
1943/4/12〜1946/3/26 |
LST-67 (1、2) |
ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/4/20 | 1946/3/28 | 1946/5/8 | ◎1942/9/7 起工 ◎1943/1/28 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/9 Finschhafenの占拠 ◎1943/12 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/1) ◎1944/1 セイダーの占拠 ◎1944/3 アドミラルティ諸島にて揚陸作戦 ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/5) ◎1944/5 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務 ◎1944/6 ビアク島にて作戦の任務 ◎1944/7 Noemfoor Islandにて作戦の任務 ◎1944/7 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8) ◎1944/9 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11) ◎1945/1/9 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/3 Visayan Islandにて揚陸作戦 ◎1945/6 バリクパパンにて作戦の任務(〜1945/7) ◎1947/12/5 解体のため、BarberのShips & Power Equipment Corp. に売却 |
1943/4/19〜1946/3/28 |
LST-68 (1、2) |
ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/6/4 | 1946/3/7 | 1946/6/5 | ◎1942/9/7 起工 ◎1943/3/8 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 7、LST Group 21、Division 41所属) ◎1943/12/26 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1943/12/27) ◎1944/1/3 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/1/7) ◎1944/1/11 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/1/14) ◎1944/1/15 セイダーの占拠(〜1944/1/17) ◎1944/1/19 セイダーの占拠(〜1944/1/21) ◎1944/1/28 セイダーの占拠(〜1944/1/30) ◎1944/2/13 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2/18) ◎1944/2/17 セイダーの占拠(〜1944/2/19) ◎1944/2/21 セイダーの占拠(〜1944/2/23) ◎1944/2/25 セイダーの占拠(〜1944/2/28) ◎1944/4/21 Humboldt Bay-Tanahmerah Bayにて作戦の任務(〜1944/4/27) ◎1944/6/9 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6/15) ◎1944/7/8 Noemfoor Islandにて作戦の任務(〜1944/7/14) ◎1944/8/20 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8/26) ◎1944/9/15 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10/13 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/10/27) ◎1944/11/5 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11/18) ◎1945/1/4 リンガエン湾にて揚陸作戦(〜1945/1/18) ◎1945/3/18 Visayan Islandにて揚陸作戦 ◎1947/9/18 解体のため、ニュー・オーリンズのSouthern Shipwrecking Co. に売却 |
1943/6/4〜1946/3/7 |
LST-69 (1、2) |
ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/5/20 | ― | 1944/7/18 | ◎1942/9/7 起工 ◎1943/2/20 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 13、Group 37、Division 73所属、のちにLST Flotilla 5、Group 15、Division 30所属) ◎1943/11/13 ギルバート諸島にて作戦の任務(〜1943/12/8) 1944/5/21 真珠湾にて爆発事故により沈没 |
1943/5/20〜1944/5/21 |
LST-70 (1、2) |
ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/5/28 | 1946/4/1 | 1946/5/1 | ◎1942/11/13 起工 ◎1943/2/8 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 5、Group 15、Division 30所属) ◎1943/11 Cape Torokinaの占拠と防衛 ◎1944/2 グリーン諸島にて揚陸作戦 ◎1944/7 グアム島の奪取、占拠 ◎1945/2 硫黄島への強襲、占拠 ◎1945/4 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/5) 1945/4/4 沖縄にて座礁により損傷 ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務 ◎1946/7/1 解体のため、シアトルのArctic Circle Exploration, Inc. に売却 |
1943/5/28〜1946/4/1 |
LST-71 (1、2) |
ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/6/9 | 1946/3/25 | 1946/5/8 | ◎1942/11/27 起工 ◎1943/2/27 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 5、Group 15、Division 30所属) 1944/4/29 Alenuihaha Channelにて損傷 ◎1944/7 グアム島の奪取、占拠(〜1944/8) ◎1943/11 Treasury Islandにて揚陸作戦 ◎1945/4 沖縄群島への強襲、占拠 ◎1945/9上旬 シアトルにて修理改装 ◎1948/1/23 シアトルのアトランティック&パシフィック・パッキング社に売却され商船に改装、Dona Rosaと命名 ◎1968 Maria Sassoと改名 ◎1974 解体 |
1943/6/9〜1946/3/25 |
LST-72 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/6/5 | 1946/6/4 | 1946/6/19 | ◎1942/12/20 起工 ◎1943/3/17 進水 1943/4 バミューダ沖にて座礁、のちに修理 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎1945/10 極東にて占領作戦の任務(〜1946/5、中国方面での行動も含む) ◎1948/6/8 フィリピンに貸与 ◎1949 フィリピンのT. Enganに売却されSan Fernandoと命名 ◎1959/11 解体のため、香港の業者に売却 |
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LST-73 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/6/8 | 1946/7/13 | 1947/6/10 | ◎1942/12/10 起工 ◎1943/3/29 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻 ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務 ◎1948/3/31 解体のため、シアトルのKaiser Co., Inc. に売却 |
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LST-74 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/6/15 | 1945/12/21 | 1946/1/21 | ◎1943/1/1 起工 ◎1943/3/31 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/4/1 UGS-36船団 ◎1944/8/15 南フランスへの侵攻(〜1944/9/25) ◎1947/9/22 解体のため、ニュー・オーリンズのSouthern Shipwrecking Co. に売却 |
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LST-75 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/6/21 | 1947/12/22 | 1948/1/22 | ◎1943/1/30 起工 ◎1943/4/7 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1945/11 極東にて占領作戦の任務(〜1945/12) ◎1947/7 中国方面での行動(〜1947/8) ◎1947/12/30 フィリピンに貸与されCotabato(T 36)と命名 ◎1964 除籍、解体 |
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LST-76 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/6/26 | 1944/12/24 | 1946/6/19 | ◎1943/1/19 起工 ◎1943/4/14 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/4/11 UGS-37船団(〜1944/4/12) ◎1944/8/15 南フランスへの侵攻(〜1944/9/25) ◎1944/12/24 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1945 RosythとClydeにて修理 ◎1946/2/19 Devonportにて修理(〜1946/2/25) ◎1946/4/23 ノーフォークにてイギリスより返還 ◎1948/4/21 フィラデルフィアのSouthern Trading Co. に売却され貨物船に改装、Southern Islesと命名 1951/10/5 Cape Hatteras南東海域にてハリケーンにより転覆 |
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LST-77 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/7/3 | 1944/12/24 | 1946/6/19 | ◎1943/2/20 起工 ◎1943/4/21 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1944/4/11 UGS-37船団(〜1944/4/12) ◎1944/8 南フランスへの侵攻(〜1944/9) ◎1944/12/24 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1945/10 マルタにて入渠 ◎1946/5/12 イギリスより返還 ◎1947/11/7 解体のため、ニュー・ヨークのJames A. Hughesに売却 |
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◎Operated mainly in the Adriatic as a part of the 11th Flotilla, carrying troops, partisans and civilians. Known to have visited Piraeus, Trieste, Patras, Previzia, Ancona and Taranto. | ||||||
LST-78 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/7/8 | 1946/3/8 | 1946/5/8 | ◎1943/2/9 起工 ◎1943/4/28 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/11 マキン、タラワにて揚陸作戦(〜1943/12) ◎1944/1 Kwajaleinとマジュロ環礁の占拠(〜1944/2) ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務 ◎1944/7 グアム島の奪取、占拠 ◎1945/5 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/6) ◎1948/4/13 解体のため、シアトルのKaiser Co., Inc. に売却 |
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LST-79 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/7/7 | ― | 1943/10/11 | ◎1943/2/28 起工 ◎1943/5/8 進水 ◎1943/7/17 イギリスに貸与、◎1943/8/16 UGS-15船団 ◎のちにイギリス海軍にて就役(9th LST Flotilla所属) 1943/9/30 Ajaccio Harbourにてドイツ軍機の雷撃により沈没 |
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LST-80 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/7/12 | ― | 1946/7/11 | ◎1943/3/16 起工 ◎1943/5/18 進水 ◎1943/7/19 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役(9th LST Flotilla所属) ◎1943/8/16 UGS-15船団 1945/3/20 Ostendにて機雷により沈没 |
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◎Operated in the Mediterranean before returning to the United Kingdom. At Falmouth February to March 1944. Participated in the Invasion of Normandy, June 1944. Operated in the shuttle service between London, Ostend and Antwerp. | ||||||
LST-81 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/7/21 | 1946/10/29 | ◎1943/3/3 起工 ◎1943/5/28 進水 ◎1943/7/20 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-5)に改める |
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LST-82 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/7/26 | 1943/8/2 | 1946/10/29 | ◎1943/3/25 起工 ◎1943/6/9 進水 ◎1943/7/20 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-6)に改める |
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LST-83 (1、2) |
ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/8/6 | 1946/10/10 (1946/10/11?) |
1960/1/1 | ◎1943/3/31 起工 ◎1943/6/14 進水 ◎1943/8/21 退役、ベスレヘム・スチール社で揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦]に改装 ◎1943/8/26 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-4)に改め、アドニス Adonisと命名 |
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LST-84 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/8/14 | 1946/3/2 | 1947/10/31 | ◎1943/4/13 起工 ◎1943/6/26 進水 1944/6/17 サイパンにて味方艦の誤った砲撃により損傷 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-84)に改める |
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LST-85 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-86 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-87 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-88 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-89 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-90 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-91 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-92 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-93 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-94 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-95 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-96 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-97 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-98 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-99 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-100 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-101 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-102 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-103 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-104 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-105 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-106 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-107 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-108 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-109 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-110 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-111 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-112 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-113 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-114 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-115 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-116 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-117 (1、2) |
ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/8/27 | 1946/2/16 | 1973/6/10 | ◎1943/4/28 起工 ◎1943/7/10 進水 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-117)に改める ◎1952/3/6 艦種を戦車揚陸艦(LST-117)に改める ◎1952/3/31 軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行(T-LST-117) ◎1974/6/27(1976/6/4?) シンガポールに貸与 ◎のちに民間に売却 |
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LST-118 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/9/6 | 1946/2/8 | 1947/9/29 | ◎1943/4/21 起工 ◎1943/7/21 進水 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-118)に改める |
|
LST-119 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/9/1 | 1948/5/13 | 1946/6/10 (1946/6/19?) |
◎1943/5/12 起工 ◎1943/7/28 進水 1944/6/22 サイパンにて日本軍の沿岸砲台の砲撃により損傷 ◎1948/5/17 ニュー・オーリンズのRobert H. Beattie, Oil Transport Co. に売却され艀に改装 |
|
LST-120 (1、2) |
ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/9/22 | 1946/1/7 | 1947/3/5 | ◎1943/5/3 起工 ◎1943/8/7 進水 ◎1945/1 Espiritu Santoの分割式浮きドック(ABSD-1)にて入渠 ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q004) ◎1947/2 アメリカ軍統治下の韓国に売却されMunsanと命名 1950/9 Changsadongにて座礁(1、2) |
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LST-121 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/9/29 | 1946/3/21 | 1946/5/1 | ◎1943/5/23 起工 ◎1943/8/16 進水 1945/2/26 硫黄島にて衝突、座礁し損傷 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-121)に改める |
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LST-122 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/9/3 | 1946/6/4 | 1946/7/3 | ◎1943/6/4 起工 ◎1943/8/9 進水 ◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-123 (1、2) |
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/9/7 | 1946/3/22 | 1946/5/1 | ◎1943/6/5 起工 ◎1943/8/14 進水 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-123)に改める |
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LST-124 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/9/24 | 1946/7/26 | 1946/8/28 | ◎1943/6/7 起工 ◎1943/8/18 進水 ◎1947/12/13 解体のため、シアトルのKaiser Co., Inc. に売却 |
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LST-125 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/9/29 | 1946/6/10 | 1946/9/25 | ◎1943/6/8 起工 ◎1943/8/23 進水 ◎1946/8/14 砲撃標的として沈没 |
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LST-126 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/10/2 | 1946/6/17 | 1947/6/23 | ◎1943/6/11 起工 ◎1943/8/28 進水 ◎1948/6/14 ニュー・オーリンズのオイル・トランスポート社に売却され商船に改装 |
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LST-127 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/10/6 | 1947/3/11 | 1947/6/10 | ◎1943/6/30 起工 ◎1943/8/31 進水 ◎1948/6/11 解体のため、Walter W. Johnson Co. に売却 |
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LST-128 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/10/11 | 1946/3/23 | 1946/4/17 | ◎1943/6/20 起工 ◎1943/9/3 進水 |
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LST-129 (1、2) |
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/10/23 | 1945/1/20 | 1946/6/19 | ◎1943/7/1 起工 ◎1943/9/8 進水 1944/10/2 ペリリューにて嵐により戦車揚陸艦LST-278と衝突し損傷 ◎1944/12/5(1944/12/31?) 艦種を非分類雑役船(IX-198)に改め、コハセット Cohassetと命名 |
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LST-130 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/11/4 | 1946/3/10 | 1947/12/5 | ◎1943/7/5 起工 ◎1943/9/13(1943/9/18?) 進水 ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q093)(〜1946/3上旬) ◎1948/3/27 海事委員会に移管 ◎1948/5/27 解体のため、シアトルのベスレヘム・スチール社に売却 |
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LST-131 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/11/15 | 1946/5/20 | 1947/6/10 | ◎1943/7/7 起工 ◎1943/9/18(1943/9/19?) 進水 ◎1948/4/6 解体のため、シアトルのKaiser Co., Inc. に売却 |
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LST-132 (1、2) |
シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/12/23 | 1946/8/30 | 1973/6/1 | ◎1943/6/17 起工 ◎1943/10/26 進水 ◎1943/11/6 艦種を戦傷修理工作艦(ARB-4)に改め、ゼウス Zeusと命名 |
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LST-133 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1944/11/20 (1943/11/29?) |
1946/8/29 | 1948/5/28 | ◎1943/6/24 起工 ◎1943/11/2 進水 1944/6/15 ノルマンディにてドイツ軍の音響機雷により損傷 ◎1946/7 ビキニ環礁にて原爆実験標的として使用 ◎1948/5/11 標的として沈没 |
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LST-134 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/12/7 | 1946/2/17 | 1947/10/31 | ◎1943/6/14 起工 ◎1943/11/9 進水 ◎1946? SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q064)(〜1946/2初め) ◎1948/4/20 解体のため、シアトルのベスレヘム・スチール社に売却 |
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LST-135 (1、2) |
シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1944/4/25 | 1946/4/29 | 1947/4/23 | ◎1943/7/8 起工 ◎1943/11/3 ボルティモアのメリーランド・ドライドック社で魚雷艇母艦に改装、艦種を魚雷艇母艦(AGP-10)に改め、オレステス Orestesと命名 |
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LST-136 (1、2) |
シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/12/18 | 1947/1 (1947/5/20?) |
1977/10/1 | ◎1943/6/19 起工 ◎1943/11/3 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-8)に改め、エゲリア Egeriaと命名 |
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LST-137 | アメリカン・ブリッジ社 | 1944/1/26 | 1945/11/20 | 1945/12/5 | ◎1943/10/29 起工 ◎1943/12/19 進水 ◎1948/3/26 解体のため、BarberのShips & Power Equipment Corp. に売却 |
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LST-138 | アメリカン・ブリッジ社 | 1944/2/5 | 1945/11/20 | 1945/12/5 | ◎1943/10/27 起工 ◎1943/12/30 進水 ◎1947/6/17 Lake CharlesのThree Star Line, Inc. に売却され商船に改装 ◎のちにユダヤ民族軍事機構(Irgun Etzel)に売却され商船Altalenaとなる 1948/6/20 テル・アヴィヴの海岸にてイスラエル国防軍(Haganah)の砲撃により破壊、放棄(1、2、3、4、5、6) |
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LST-139 | アメリカン・ブリッジ社 | 1944/2/14 | 1946/3/25 | 1946/5/8 | ◎1943/11/3 起工 ◎1944/1/12 進水 ◎1947/4/22 ニュー・オーリンズのMcWilliams Dredging Co. に売却され艀に改装、McWillliams 734と命名 ◎1948 M.O.P. 376-Bと改名 |
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LST-140 | アメリカン・ブリッジ社 | 1944/2/9 | 1946/1/5 | 1946/3/12 | ◎1943/11/10 起工 ◎1944/1/8 進水 ◎1947/9/18 解体のため、ニュー・オーリンズのSouthern Shipwrecking Co. に売却 |
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LST-141 | アメリカン・ブリッジ社 | 1944/2/16 | 1945/12/18 | 1946/2/7 | ◎1943/11/24 起工 ◎1944/1/16 進水 ◎1948/5/25 解体のため、ニュー・ヨークのHughes Bros., Inc. に売却 |
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LST-142 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-143 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-144 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-145 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-146 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-147 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-148 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-149 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-150 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-151 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-152 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-153 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-154 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-155 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-156 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-157 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/2/10 | 1944/12/9 | 1946/6/5 | ◎1942/6/25 起工 ◎1942/10/31 進水 ◎1944/12/9 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/4/11 スービック湾にてイギリスより返還 ◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却 |
|
LST-158 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/2/10 | ― | 1943/7/28 | ◎1942/7/11 起工 ◎1942/11/16 進水 1943/7/11 シシリー島にてドイツ軍機の攻撃により損傷、浜に引き揚げられる、放棄(1、2、3、4、5) |
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LST-159 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/2/13 | 1943/3/1 | 1946/6/19 | ◎1942/7/19 起工 ◎1942/11/21 進水 ◎1943/3/3 イギリスに貸与 ◎1943/3/4 イギリス海軍にて就役 ◎工兵揚陸艦(LSE(LC)-54)に改装の予定がキャンセル ◎1946/4/23 ノーフォークにてイギリスより返還 ◎1948/4/27 ニューポート・ニューズのニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社に売却され商船に改装 |
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LST-160 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/2/18 | 1943/3/4 | 1946/7/3 | ◎1942/7/21 起工 ◎1942/11/30 進水 ◎1943/3/6 イギリスに貸与 ◎1943/3/10 イギリス海軍にて就役 ◎1946/5/4 スービック湾にて退役 ◎1946/6/1 イギリスより返還 ◎1947/11/1(1947/12/5) フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-161 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/2/28 | 1943/3/14 | 1946/3/20 | ◎1942/7/24 起工 ◎1942/12/7 進水 ◎1943/3/15 イギリスに貸与 ◎1943/3/16 イギリス海軍にて就役 ◎後にcarriage of rolling stockに改装 ◎1945/7 Clydeにて改装 ◎1946/1/5 ニュー・ヨークにてイギリスより返還 ◎1948/5/7 解体のため、フィラデルフィアのノーザン・メタルズ社に売却 |
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LST-162 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/3/15 | 1943/3/22 | 1946/6/19 | ◎1942/7/24 起工 ◎1943/2/3 進水 ◎1943/3/22 イギリスに貸与 ◎1943/3/25 イギリス海軍にて就役 ◎1945 ベルファーストにて改装 ◎1946/2/1 スコットランドのGreenockにてイギリスより返還 ◎1947/10/9 解体のため、フィラデルフィアの Luria Brothers & Co., Inc. に売却 |
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LST-163 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/3/24 | 1943/3/29 | 1947/8/1 | ◎1942/8/10 起工 ◎1943/2/4 進水 ◎1943/3/29 イギリスに貸与 ◎1943/4/1 イギリス海軍にて就役 ◎1946/2/15 シンガポールにて退役 ◎1946/11/29 イギリスより返還 ◎1947/7/29 シンガポールのTung Hwa Trading社に売却され商船に改装、Chip Lamと命名 |
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LST-164 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/3/30 | 1943/4/5 | 1947/8/1 | ◎1942/8/13 起工 ◎1943/2/5 進水 ◎1943/4/5 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/2/8 退役 ◎1946/11/29 イギリスより返還 ◎1947/10/7 シンガポールのTung Hwa Trading社に売却され商船に改装 |
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LST-165 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/4/3 | 1943/4/6 | 1946/6/5 | ◎1942/9/7 起工 ◎1943/2/2 進水 ◎1943/4/6 イギリスに貸与 ◎1943/4/7 イギリス海軍にて就役 ◎1946/3/20 ニュー・ヨークにてイギリスより返還 ◎1947/12/15 解体のため、フィラデルフィアのノーザン・メタルズ社に売却 |
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LST-166 (1、2) |
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/4/22 | 1946/5/3 | 1946/6/19 | ◎1942/9/7 起工 ◎1943/2/1 進水 1945/4/4 沖縄にて座礁 ◎1947/11/3 解体のため、シアトルのDulien Steel Products, Inc. に売却 |
1943/4/22〜1946/5/3 |
LST-167 (1、2) |
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/4/27 | ― | 1943/12/6 | ◎1942/9/19 起工 ◎1943/2/25 進水 1943/9/25 ヴェラ・ラヴェラにて日本軍機の攻撃にて損傷、全損と認定 ◎のちに船体は弾火薬庫となる(〜1948) |
1943/4/27〜1943/9/25 |
LST-168 (1、2) |
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/5/3 | 1946/3/14 | 1946/4/12 | ◎1942/9/26 起工 ◎1943/2/25 進水 ◎1948/4/9 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却 |
1943/5/3〜1946/3/14 |
LST-169 (1、2) |
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/5/22 | 1946/4/12 | 1946/6/19 | ◎1942/10/1 起工 ◎1943/2/26 進水 ◎1947/10/24 解体のため、ニュー・ヨークのLuria Steel & Trading Corp. に売却 |
1943/5/22〜1946/4/12 |
LST-170 (1、2) |
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/5/31 | 1946/4/6 | 1946/7/3 | ◎1942/10/9 起工 ◎1943/2/27 進水 1944/2/10 Finschhafenにて日本軍機の爆撃により損傷 ◎1947/11/5 解体のため、BiloxiのBiloxi Boatwrecking Co. に売却 |
1943/5/31〜1946/4/6 |
LST-171 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/6/5 | 1946/5/21 | 1946/7/3 | ◎1942/10/20 起工 ◎1943/2/28 進水 ◎1947/9/26 解体のため、ボルティモアのボストン・メタルズ社に売却 |
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LST-172 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/6/11 | 1946/6/8 | 1946/6/9 | ◎1942/12/24 起工 ◎1943/5/12(1943/5/23?) 進水 ◎1944/9/29 Espiritu Santoの分割式浮きドック(ABSD-1)にて入渠 ◎1947/11/5 フィリピンのBoseyにて売却され商船に改装、Chung 110と命名 ◎のちにフィリピン海軍が取得 |
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LST-173 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/6/18 | 1944/12/24 | 1946/6/19 | ◎1942/12/24 起工 ◎1943/4/24 進水 ◎1944/12/24 イギリスに貸与、ビゼルトのイギリス海軍にて就役 ◎1946/4/23 ノーフォークにてイギリスより返還 ◎1947/10/22 解体のため、フィラデルフィアのLuria Brothers & Co. に売却 |
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LST-174 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/6/15 | 1945/12/21 | 1946/1/21 | ◎1943/1/1 起工 ◎1943/4/21 進水 ◎1947/1/29(1947/1/30?) 上海のMing-Sung Industrial Co., Ltd. に売却され貨物船に改装、Sui Yuanと命名 ◎1949 La Coloradaと改名 |
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LST-175 (1、2) |
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/5/19 | 1946/3/1 | 1946/5/8 | ◎1943/1/6 起工 ◎1943/4/18 進水 ◎1947/12/11 解体のため、ニュー・オーリンズのSouthern Shipwrecking Co. に売却 |
1943/5/19〜1946/4/6 |
LST-176 (1、2) |
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/5/12 | 1946/1/6 | 1973/11/1 | ◎1943/1/18 起工 ◎1943/4/15 進水 ◎退役後、SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q002) ◎1952/3/31 SCAJAPより返還され、軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行(T-LST-176) ◎1973/11/1 運用終了 |
1943/5/12〜1944/11/23 |
LST-177 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/6/22 | 1946/2/11 | 1946/4/12 | ◎1943/2/5 起工 ◎1943/5/16 進水 ◎1947/3/13 フランスに売却されLaita(K 05)と命名 ◎のちに艦種記号をL 9001に改める ◎1962/1 退役、港内集積船に改装 ◎1964 除籍 |
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LST-178 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/6/21 | 1944/12/24 | 1947/1/22 | ◎1943/2/6 起工 ◎1943/5/23 進水 ◎1944/12/24 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1945/2/24 Patrasにて機雷により損傷、Patrasにて応急修理、全損、エジプトへ曳航 ◎1945/5/28 退役 ◎1946/11 エジプトに売却されAkaと命名 ◎1946/12/12 イギリスより返還 1956/11 Lake Timsah近郊にて閉塞船として準備中、イギリス軍機の攻撃により沈没 ◎1957/2 引き揚げられる、放棄 |
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LST-179 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/7/3 | ― | 1944/7/18 | ◎1943/2/7 起工 ◎1943/5/30 進水 1944/5/21 真珠湾にて爆発事故により沈没 ◎1945/11 引き揚げられ標的として沈没 |
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LST-180 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/6/29 | 1943/7/10 | 1946/1/21 | ◎1943/2/8 起工 ◎1943/6/3 進水 ◎1943/7/9 イギリス海軍にて就役 ◎1943/7/10 イギリスに貸与 ◎1945/12/17 ニュー・ヨークにてイギリスより返還 ◎1948/3/10 BarberのShips & Power Equipment Co. に売却され商船に改装、Leonaと命名 1954/10/31 Lake Maracaiboにて爆発事故により損傷 ◎1955/3/28 沈没処分 |
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LST-181 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/8/21 | 1946/3/4 | 1946/4/12 | ◎1943/4/7 起工 ◎1943/7/3 進水 ◎1946/12/9 ブルックリンのConstruction Power Machinery Co. に売却され商船M.O.P. 378-Bとなる |
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LST-182 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-183 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-184 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-185 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-186 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-187 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-188 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-189 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-190 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-191 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-192 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-193 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-194 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-195 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-196 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-197 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/2/5 | 1946/4/5 | 1946/6/5 | ◎1942/6/15 起工 ◎1942/12/13 進水 1944/2? アンツィオにてドイツ軍の砲撃により損傷、後に入渠 ◎1947/10/31 解体のため、ニュー・ヨークのLuria Steel & Trading Co. に売却 |
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LST-198 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/2/15 | 1943/2/27 | 1946/5/3 | ◎1942/6/22 起工 ◎1943/1/17 進水 ◎1943/3/5(1943/3/6?) イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1945/2〜3 衝突により損傷 ◎1946/1/23 ニュー・ヨークにてイギリスより返還 ◎1948/3/19 解体のため、BarberのShips & Power Equipment Corp. に売却 |
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LST-199 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/3/1 | 1943/3/19 | 1946/4/17 | ◎1942/6/27 起工 ◎1943/2/7 進水 ◎1943/3/19 イギリスに貸与 ◎1943/3/20 イギリス海軍にて就役 1945/11/5 スラバヤにて機雷により損傷 1946/3/27 沈没 ◎1946/3/29 全損と認定 |
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LST-200 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/3/16 | 1943/3/25 | 1946/4/17 | ◎1942/7/2 起工 ◎1943/2/20 進水 ◎1943/3/25 イギリスに貸与 ◎1943/3/29 イギリス海軍にて就役 ◎1946/2/27 ニュー・ヨークにてイギリスより返還 ◎1948/3/26 解体のため、BarberのShips & Power Equipment Corp. に売却され商船に改装、Lindaと命名 ◎1957 Ghentにて解体 |
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LST-201 (1、2) |
シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/4/2 | 1946/4/2 | 1946/5/1 | ◎1942/7/13 起工 ◎1943/3/2 進水 ◎Algiersにて就役 ◎1943/8中旬? 魚雷艇母艦に改装 ◎1944/8/15 艦種を魚雷艇母艦(AGP-20)に改め、ポンタス Pontusと命名 |
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LST-202 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/4/9 | 1946/4/11 | 1946/8/28 | ◎1942/7/15 起工 ◎1943/3/16 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 7、Group 21、Division 42所属) ◎1943/12/26 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1943/12/30、1、2、3、4、5、6、7) ◎1944/1/3 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/1/7) ◎1944/1/11 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/1/14) ◎1944/1/23 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/1/27) ◎1944/2/10 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2/15) ◎1944/2/10 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2/15) ◎1944/2/21 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2/25) ◎1944/1/15 Saidorにて作戦の任務(〜1944/1/17) ◎1944/1/19 Saidorにて作戦の任務(〜1944/1/21) ◎1944/2/4 Saidorにて作戦の任務(〜1944/2/7) ◎1944/4/21 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/4/28) ◎1944/5/1 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/5/7) ◎1944/5/9 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/5/14) ◎1944/5/17 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務(〜1944/5/18) ◎1944/5/21 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務(〜1944/5/23) ◎1944/7/9 Noemfoor Islandにて作戦の任務(〜1944/7/14) ◎1944/7/30 Cape Sansaporにて作戦の任務(1、2、3) ◎1944/8/2 Cape Sansaporにて作戦の任務 ◎1944/8/4 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8/10) ◎1944/8/12 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8/18) ◎1944/8/20 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8/26) ◎1944/9/15 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10/13 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/10/27、1、2) ◎1944/11/14 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11/29) ◎1945/10/15 極東にて占領作戦の任務(〜1945/11/3) ◎1948/4/16 解体のため、シアトルのベスレヘム・スチール社に売却 |
1943/4/9〜1946/4/11 |
LST-203 (1、2) |
シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/4/22 | ― | 1944/3/6 | ◎1942/7/2 起工 ◎1943/3/25 進水 1943/10/1(1943/10/2?) エリス諸島Nanumea近海にて座礁、全損と認定 |
1943/4/22〜1943/10/1 |
LST-204 (1、2) |
シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/4/27 | 1946/2/23 | 1946/6/5 | ◎1942/7/24 起工 ◎1943/4/3 進水 ◎1947/10/8 解体のため、シカゴのNew Orleans Shipwrecking Corp. に売却 |
1943/4/27〜1946/2/23 |
LST-205 (1、2) |
シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/5/15 | 1946/4/2 | 1946/6/5 | ◎1942/8/5 起工 ◎1943/4/13 進水 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-205)に改める |
1943/5/15〜1946/4/2 |
LST-206 (1、2) |
シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/6/7 | 1946/5/6 | 1946/6/5 | ◎1942/8/7 起工 ◎1943/4/21 進水 ◎1948/4/7 解体のため、シアトルのベスレヘム・スチール社に売却 |
1943/6/7〜1946/5/6 |
LST-207 (1、2) |
シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/6/9 | 1946/3/20 | 1946/4/17 | ◎1942/9/7 起工 ◎1943/4/29 進水 ◎1947/12/19 解体のため、BarberのShips & Power Equipment Corp. に売却 |
1943/6/9〜1946/3/20 |
LST-208 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/6/8 | 1946/6/12 | 1946/7/3 | ◎1942/9/7 起工 ◎1943/5/11 進水 1944/7 イギリス海峡にて商船と衝突し損傷 ◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-209 (1、2) |
シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/6/10 | 1956/12/10 | 1958/11/1 | ◎1942/9/7 起工 ◎1943/5/29 進水 ◎ニュー・オーリンズにて就役 ◎1944/2中旬? Cardiffにて入渠 ◎1944春? 駆逐艦母艦メルヴィル Melville(AD-2)により改装(兵装を換装) ◎1945夏 アラバマ・ドライ・ドック&シップビルディング社にて改装 ◎1946/6/27 退役、予備艦隊に編入 ◎1951/6/19 海軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行(T-LST-209) ◎1951/8/5 ノーフォークにて運用終了 ◎1951/8/24 再役 ◎1951/11 修理、改装 ◎1953 改装 ◎1955/7/1 バムバーグ・カウンティ Bamberg Countyと命名 ◎除籍後、アーリントンのTolchester Lines, Inc. に売却 ◎1961/2/23 ピッツバーグのドラヴォ社に売却され乾ドックとなる |
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LST-210 (1、2) |
シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/7/6 | 1945/12/8 | 1946/1/3 | ◎1942/9/7 起工 ◎1943/6/1 進水(1、2) ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/4/1 UGS-36船団 ◎1944/6/17 ElbaとPianosaにて揚陸作戦 ◎1944/8/15 南フランスへの侵攻(〜1944/9/25) ◎1948/5/12 Weeks Stevedoring Co., Inc. に売却され艀に改装 |
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LST-211 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/7/6 | 1945/11/20 | 1945/12/5 | ◎1942/9/7 起工 ◎1943/6/5 進水 ◎1948/1/12(1948/3/26?) 解体のため、BarberのShips & Power Equipment Corp. に売却(1947年に中国国民党に売却されChung Shengと命名ともいわれる) |
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LST-212 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/7/6 | 1945/11/15 | 1945/11/28 | ◎1942/12/7 起工 ◎1943/6/12 進水 ◎1947/7/24 ニュー・ヨークのAlfredo A. Lavalleに売却され商船に改装、El Cuisと命名 ◎1948 Muriel Hと改名 ◎1958 El Ponteと改名 ◎1963 Neptune IVと改名 ◎1967 Arabdrill Iと改名 |
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LST-213 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/7/7 | 1946/3/11 | 1947/3/5 | ◎1942/12/21 起工 ◎1943/6/16 進水 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-213)に改める |
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◎Pearl Harbor Arrived - 7 November 1943, Complete - 12 November 1943, Dock - 7 November 1943, Undock - 10 November 1943. Special docking for repacking of stern tubes. 20 mm and 40 mm installations to be accomplished. | ||||||
LST-214 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/7/7 | 1946/4/12 | ◎1942/12/29 起工 ◎1943/6/22 進水 ◎1943/7/13 イギリス海軍にて就役 ◎1943/7/24 イギリスに貸与 ◎1946/1/20(1946/1/26?) ノーフォークにてイギリスより返還 ◎1947/3/3(1947/12/3?) 解体のため、ノーフォークのN. Block Co. に売却 |
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LST-215 (1、2) |
シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/7/12 | 1946/10/29 | ◎1943/1/8 起工 ◎1943/6/26 進水 ◎1943/7/19 イギリスに貸与 ◎1943/7/20 イギリス海軍にて就役 1944/10/24 Ostendにて閉塞船と衝突し損傷 ◎1944/11 HullのAmos & Smithで工兵揚陸艦に改装(〜1945/6)、艦種を工兵揚陸艦(LSE(LC)-51)に改める ◎1946/7/27 イギリスより返還 ◎1947/9/11 民間に売却され商船に改装、Pigasosと命名 ◎1954 Celikと改名 ◎1962 解体のため、Splitの業者に売却 |
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LST-216 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/7/23 | 1944/11/13 | ◎1943/1/23 起工 ◎1943/7/4 進水 ◎1943/8/4 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎のちに退役、ClydebankのJohn Brown Shipbuilding & Engineering Shipyardsで戦闘機指揮母艦に改装 ◎1944/2/13 再役、艦種を戦闘機指揮母艦(FDT-216)に改める 1944/7/7 Le Havre西方海域にてドイツ空軍機の雷撃により沈没 |
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LST-217 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/7/30 | 1946/6/5 | ◎1943/2/2 起工 ◎1943/7/13 進水 ◎1943/8/5 イギリスに貸与 ◎1943/8/7 イギリス海軍にて就役 ◎のちに退役、ClydebankのJohn Brown Shipbuilding & Engineering Shipyardsで戦闘機指揮母艦に改装 ◎1944/2/13 再役、艦種を戦闘機指揮母艦(FDT-217)に改める ◎1946/2/12(1946/4/16?) イギリスより返還 ◎1947/12/12 解体のため、ニュー・ヨークのJames A. Hughesに売却 |
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LST-218 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/8/12 | 1946/1/19 | ◎1943/2/11 起工 ◎1943/7/20 進水 ◎1943/8/5 ニュー・オーリンズに運ばれる ◎1946/1 SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q020) ◎1950/1/28 SCAJAPより返還 ◎1950/11/15 ブレマートンにて太平洋予備艦隊に編入 ◎1955/5/3 韓国に貸与され秘封 Bi Bong(Bibong?、LST 809)と命名 ◎のちに艦種記号をLST 673に改める ◎1999 除籍 |
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LST-219 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/8/19 | 1948/11/29 | 1948/12/22 | ◎1943/2/18 起工 ◎1943/7/27 進水 1943/10/27 Balboaにて魚雷艇母艦ヴァルナ(AGP-5)と衝突し損傷 1945/1/18 リンガエン湾にて座礁 ◎1949/2/25 タコマのFoss Launch & Tug Co. に売却され艀Foss 205となる |
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LST-220 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/8/26 | 1946/3 | 1948/5/12 | ◎1943/3/4 起工 ◎1943/8/3 進水 ◎のちにビキニ環礁の原爆実験標的として使用 ◎1948/5/12 標的として沈没 |
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LST-221 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/9/2 | 1946/5/6 | 1946/7/3 | ◎1943/3/9 起工 ◎1943/8/7 進水 ◎1948/3/4 HoustonのPort Houston Iron Works, Inc. に売却され艀Foss 208となる |
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LST-222 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/9/10 | 1946/2 | ◎1943/3/16 起工 ◎1943/8/17 進水 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-222)に改める ◎1952/3/31 SCAJAPより返還され、軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行。艦種を戦車揚陸艦(T-LST-222)に改める ◎1972/7/15 運用終了、フィリピンに貸与されMindoro Occidental(LT 93)と命名 ◎1991 除籍 |
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LST-223 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/9/17 | ◎1943/3/31 起工 ◎1943/8/24 進水 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-223)に改める |
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LST-224 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/9/23 | 1946/3/22 | 1946/4/17 | ◎1943/4/2 起工 ◎1943/8/31 進水 1945/3/2 硫黄島にて衝突により損傷 ◎1948/4/9 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却 |
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LST-225 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/10/2 | 1946/7/30 | 1946/8/28 | ◎1943/4/14 起工 ◎1943/9/4 進水 1945/1/12 パラオ諸島コッソル水道にて日本海軍伊号第五三潜水艦搭載の人間魚雷回天の攻撃により損傷(爆発で100mもの黒い水柱があがり、LST-225は大きく揺さぶられてハッチ蓋が吹き飛び、甲板上の乗組員は薙ぎ倒された) ◎1947/12/16 解体のため、オークランドのLearner Co. に売却 |
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☆LST-225の撃沈スコア(以下の艦船) ・1945/1/2 日本海軍人間魚雷回天(パラオ諸島コッソル水道にて損傷を与える) |
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LST-226 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/10/8 | 1946/6/8 | 1946/6/19 | ◎1943/4/16 起工 ◎1943/9/14 進水 ◎1947/11/5 フィリピンのBoseyにて売却され商船に改装、Chung 109と命名 ◎のちにフィリピン海軍が取得 |
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LST-227 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/10/16 | 1946/1/22 | 1974/11/15 | ◎1943/5/10 起工 ◎1943/9/21 進水 ◎1946/1/23 SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q025) ◎1950/6/6 SCAJAPより返還、太平洋予備艦隊に編入 ◎1955/3/27(1955/3/29?) 韓国に貸与され徳峰 Duk Bong(Tukbong?、LST 808)と命名 ◎1974/11/1 韓国に売却 ◎のちに艦種記号をLST 672に改める ◎1989 除籍 |
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LST-228 (1、2) |
シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/10/25 | ― | 1944/2/12 | ◎1943/5/20 起工 ◎1943/9/25 進水 1944/1/19 Bahia Angra Island近海にて座礁(1、2) ◎1944/1/21 全損と認定 |
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LST-229 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/11/3 | 1946/2/12 | 1947/10/31 | ◎1943/5/27 起工 ◎1943/10/5 進水 ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q054)(〜1945/12中旬) ◎1948/4/7 解体のため、Morris Heightsのコンソリデーテッド・シップビルディング社に売却 |
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LST-230 | シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/11/3 | 1946/3/4 | 1975/6/30 | ◎1943/6/10 起工 ◎1943/10/12 進水 ◎退役後、SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q082) ◎1952/3/31 SCAJAPより返還され、軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行(T-LST-230) ◎1976/9/13 フィリピンに貸与されLaguna(LT 501)と命名(1、2、3、4、5) ◎1994/3 BauanのA.G. & P. Shipyardにて入渠(1、2) |
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LST-231 (1、2) |
シカゴ・ブリッジ&アイアン社 | 1943/11/15 | 1956/4/5 (1956/4/13?) |
1972/6/1 | ◎1943/6/3 起工 ◎1943/10/19 進水 ◎1943/11/3 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-7)に改め、アトラス Atlasと命名 |
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LST-232 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-233 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-234 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-235 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-236 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | |||
LST-237 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/6/30 | 1946/2/26 | ◎1943/2/9 起工 ◎1943/6/8 進水 ◎1943/7/12 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/2/11(1946/3/16?) スービック湾にてイギリスより返還 ◎1947/11/5 フィリピンのBoseyにて売却 ◎1947/11 中国の業者に売却され商船Chung 113となる |
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LST-238 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/7/9 | 1946/3/12 | ◎1943/3/5 起工 ◎1943/6/13 進水 ◎1943/7/16 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/2/12 ノーフォークにて退役 ◎1946/2/13 ノーフォークにてイギリスより返還 ◎1948/3/12(1948/3/13?) 解体のため、BarberのShips & Power Equipment Corp. に売却 |
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LST-239 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/7/13 | 1946/6/5 | ◎1943/3/6 起工 ◎1943/6/18 進水 ◎1943/7/19 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/2/5(1946/2/14?) 退役、イギリスより返還 ◎1948/4/26 ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社に売却され艀となる |
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LST-240 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/7/27 | 1946/5/3 | 1947/6/23 | ◎1943/3/7 起工 ◎1943/6/25 進水 ◎1948/6/1 解体のため、チェスターのサン・シップビルディング&ドライドック社に売却 |
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LST-241 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/7/31 | 1946/3/7 | 1946/6/5 | ◎1943/3/8 起工 ◎1943/6/29 進水 1945/4/6 沖縄にて味方艦の誤った砲撃により損傷 1945/4/14 沖縄にて衝突により損傷 ◎1947/9/29 解体のため、ニュー・オーリンズのSouthern Shipwrecking Co. に売却 |
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LST-242 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/8/5 | 1946/2/9 | 1947/10/31 | ◎1943/3/8 起工 ◎1943/7/3 進水 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-242)に改める |
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LST-243 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/8/9 | 1946/1/9 | 1947/7/17 | ◎1943/4/26 起工 ◎1943/7/9 進水 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-243)に改める |
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LST-244 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/8/13 | 1946/3/28 | 1946/7/3 | ◎1943/5/1 起工 ◎1943/7/14 進水 ◎1948/6/11 解体のため、チェスターのサン・シップビルディング&ドライドック社に売却 |
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LST-245 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/8/22 | 1946/4/1 | 1946/5/8 | ◎1943/5/7 起工 ◎1943/7/17 進水 ◎1948/4/15 海事委員会に移管、解体のため売却 |
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LST-246 (1、2) |
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/8/23 | 1946/2/14 | 1948/3/12 | ◎1943/5/12 起工 ◎1943/7/22 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 13、LST Group 38、LST Div. 75所属) ◎1944/1/31 Kwajaleinとマジュロ環礁の占拠(〜1944/2/8) ◎1944/2/17 エニウェトク環礁の占拠(〜1944/2/23) ◎1944/6/15 サイパンの奪取、占拠(〜1944/7/28) ◎1944/7/24 テニアン島の奪取、占拠(〜1944/7/28) ◎1944/9/6 パラオ諸島南方の奪取、占拠(〜1944/10/14、1、2) ◎1945/1/9 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/5/2 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/5/22) ◎1945/11/16 極東にて占領作戦の任務(〜1945/12/17) ◎1946/1/16 極東にて占領作戦の任務(〜1946/2/15) ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q061) ◎1947/6/26 陸軍輸送隊に移管 |
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LST-247 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/8/26 | 1946/6/27 | 1946/8/15 | ◎1943/5/17 起工 ◎1943/7/30 進水 1945/3/2 硫黄島にて衝突により損傷 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-247)に改める |
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LST-248 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-249 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-250 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-251 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-252 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-253 | Marietta Manufacturing Co. | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-254 | Marietta Manufacturing Co. | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-255 | Marietta Manufacturing Co. | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-256 | Marietta Manufacturing Co. | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-257 | Marietta Manufacturing Co. | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-258 | Marietta Manufacturing Co. | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-259 | Marietta Manufacturing Co. | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-260 | Marietta Manufacturing Co. | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-261 (1、2) |
アメリカン・ブリッジ社 | 1943/5/22 | 1946/2/22 | 1946/3/28 | ◎1942/9/7 起工 ◎1943/1/23 進水 ◎1947/11/10 解体のため、BiloxiのBiloxi Boat Wrecking Co. に売却 |
1943/5/22〜1946/2/22 |
LST-262 (1、2) |
アメリカン・ブリッジ社 | 1943/6/15 | 1946/1/14 | 1946/6/19 | ◎1942/9/7 起工 ◎1943/2/13 進水 ◎1947/12/9 解体のため、ノーフォークのN. Block & Co. に売却 |
1943/6/16〜1946/1/14 |
LST-263 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/6/30 | 1946/5/29 | 1958/11/1 | ◎1942/9/7 起工 ◎1943/2/27 進水 ◎退役後、大西洋予備艦隊に編入 ◎1955/7/1 ベントン・カウンティ Benton Countyと命名 ◎1960 売却され艀TMT Puerto Ricoとなる |
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LST-264 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/7/16 | 1946/1/11 | 1946/6/19 | ◎1942/9/21 起工 ◎1943/3/13 進水 ◎1948/4/23 ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社に売却され艀に改装 |
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LST-265 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/7/27 | 1945/12/11 | 1946/1/3 | ◎1942/10/31 起工 ◎1943/4/24 進水 ◎1948/2/20 ニュー・ヘイヴンのExcello Corp. に売却され商船に改装、Excelloと命名 ◎のちにDeepwater No. 1と改名 ◎艀San Juanとなる ◎Seadrill 10と改名 |
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LST-266 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/8/4 | 1947/6/25 | 1958/11/1 | ◎1942/11/1(1942/11/11?) 起工 ◎1943/5/16 進水 ◎ニュー・オーリンズにて就役、艤装 1944/6/15 ノルマンディにてドイツ軍の沿岸砲台の砲撃により損傷 ◎1945/6/17 イギリスにて修理(〜1944/6/18) ◎1945夏 ノーフォークにて修理改装 ◎1945/10/2 Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入 ◎退役後、運用開始、保管 ◎1947/6/25 運用終了 ◎1947/7 チャールストン海軍造船所へ曳航 ◎1947/9/11 メイポートへ曳航 ◎1955/7/1 ベンジー・カウンティ Benzie Countyと命名 ◎1959/8/4 解体のため、Fleet Storage Co. に売却 |
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LST-267 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/8/9 | 1946/6/25 | 1946/7/31 | ◎1942/11/21 起工 ◎1943/6/6 進水 ◎1947/9/24 解体のため、William E. Skinnerに売却 |
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LST-268 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/8/19 | 1946/2/16 | 1947/10/31 | ◎1942/11/26 起工 ◎1943/6/18 進水 ◎1944/10〜11ころ Espiritu Santoの分割式浮きドック(ABSD-1もしくはABSD-2)にて入渠(1、2) ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-268)に改める |
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LST-269 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/8/27 | 1946/2/7 | 1947/12/23 | ◎1942/12/28 起工 ◎1943/7/4 進水 1944/10/21 レイテ島にて日本軍の陸上砲台の砲撃により損傷 ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q047) ◎1948/5/28 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却 |
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LST-270 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/9/8 | 1947 | ◎1943/1/13 起工 ◎1943/7/18 進水 1945/1/11 リンガエン湾にて日本軍の陸上砲台の砲撃により損傷 ◎退役後、海軍予備練習船となる ◎1950/5/12 売却され艀U-303となる ◎のちにMargaret Cと改名 |
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LST-271 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/9/1 | 1946/4/22 | 1946/6/5 | ◎1943/1/21 起工 ◎1943/7/25 進水 ◎1944/10〜11ころ Espiritu Santoの分割式浮きドック(ABSD-1もしくはABSD-2)にて入渠 ◎1948/4/15(1948/4/19?) 解体のため、NapaのBasalt Rock Co., Inc. に売却 |
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LST-272 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/9/17 | 1946/8/16 | 1946/9/25 | ◎1943/2/9 起工 ◎1943/8/1 進水 ◎1948/4/5 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却 |
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LST-273 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/9/24 | 1946/8/12 | 1946/10/8 | ◎1943/2/24 起工 ◎1943/8/8 進水 1945/4/5 沖縄にて衝突により損傷 ◎1947/11/3 解体のため、ニュー・ヨークのHugo Neu Steel Products Corp. に売却 |
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LST-274 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/9/28 | 1946/5/6 | 1947/6/23 | ◎1943/3/11 起工 ◎1943/8/15 進水 ◎1948/6/29 ニュー・オーリンズのAlexander Shipyard, Inc. に売却され艀に改装、Barge 18と命名 |
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LST-275 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/10/5 | 1946/8/16 | 1946/9/25 | ◎1943/4/22 起工 ◎1943/8/22 進水 ◎1948/4/5 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却 |
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LST-276 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/10/11 | 1946/2/15 | 1973/6/10 | ◎1943/5/10 起工 ◎1943/8/29 進水 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-276)に改める ◎1952/3/31 軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行。艦種を戦車揚陸艦(T-LST-276)に改める ◎1973(1974/6/27?) シンガポールに貸与の予定がキャンセル、のちに民間に売却 |
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LST-277 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/10/24 | 1946/2/12 | 1973/2/1 | ◎1943/5/31 起工 ◎1943/9/5 進水 1945/3/31 沖縄海域にて重巡洋艦ペンサコラ Pensacola(CA-24)と衝突し損傷 ◎1949/3/20 SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q055) ◎1952/3/31 SCAJAPより返還後、軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行(T-LST-277) ◎1973/2/2 チリに売却されComandante Toro(Commandante Toro?、LST 97(AP 97?))と命名 |
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LST-278 (1、2) |
アメリカン・ブリッジ社 | 1943/10/22 | 1947/5/22 | ◎1943/6/16 起工 ◎1943/9/12 進水 ◎1943/11中旬 モービルのアラバマ・ドライ・ドック社にて修理 1944/6/15 サイパンにて日本軍の37mm砲の砲撃により損傷、修理 1944/10/2 ペリリューにて嵐により戦車揚陸艦LST-129と衝突し損傷、のちに郵便局となる ◎1945/1/22 退役 ◎1945/1/24 除籍 ◎1945/2/8 籍をもどす ◎1945/2/14 再役 ◎1945/2/15(1945/2/17?) 艦種を非分類雑役船(IX-209)に改め、シーワード Seawardと命名、ウルシーにて運用開始 |
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LST-279 (1、2) |
アメリカン・ブリッジ社 | 1943/10/25 | 1955/6/14 | 1960/4/25 | ◎1943/7/2 起工 ◎1943/9/19 進水 ◎ニュー・オーリンズにて就役 ◎Algeris海軍基地にて艤装 ◎1943/11中旬 Pendleton Ship Yardsにて改装 ◎1945夏 ニュー・オーリンズにて修理改装 ◎1945/10/12 Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入 ◎1945/6/27 Green Cove Springsにて退役 ◎1951/4/5 Green Cove Springsにて再役 ◎1955/2/1 太平洋予備艦隊に編入 ◎1955/6/30 台湾に貸与されChung Chi(Chung Chie?、Chung Chih?、LST 218)と改名 ◎1955/7/1 バークリー・カウンティ Berkley Countyと命名 ◎1978(2001?) 解体 |
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LST-280 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/11/2 | 1946/4/13 | 1946/6/5 | ◎1943/7/16 起工 ◎1943/9/26 進水 1944/6/14 ノルマンディにてドイツ海軍潜水艦U621の雷撃により損傷 ◎1944/10/26 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1944/7/8 テームズにて修理(〜1945/1/18) ◎1946/4/11(1946/4/13?) スービック湾にてイギリスより返還 ◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-281 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/11/8 | 1946/3/9 | 1954/5/19 | ◎1943/6/25 起工 ◎1943/9/30 進水 ◎1949/5/20 SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q092) ◎1952/3/31 SCAJAPより返還後、軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行(T-LST-281) |
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LST-282 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/11/12 | ― | 1944/9/16 | ◎1943/7/12 起工 ◎1943/10/3 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25、1、2、3、4、5) ◎1944/8 南フランスへの侵攻 1944/8/15 南フランス沖にてドイツ軍の無線誘導爆弾により損傷、浜に引き揚げられる、放棄(1、2、3、4、5、6、7、8、9、10) |
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LST-283 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/11/18 | 1946/6/13 | 1947/1/22 | ◎1943/8/2 起工 ◎1943/10/10 進水 ◎1947/3/25 ホノルルのNorthrup H. Castleに売却され商船Rawhitiとなる ◎1951/12/21 ペルーに売却されChimbote(LST 34)と改名 |
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LST-284 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/11/25 | 1946/3/13 | 1946/6/19 | ◎1943/8/9 起工 ◎1943/10/17 進水 ◎1947/12/11 解体のため、ニュー・オーリンズのSouthern Shipwrecking Co. に売却 |
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LST-285 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/12/13 | 1947/6/27 | 1947/8/1 | ◎1943/8/16 起工 ◎1943/10/24 進水 ◎1948/3/26 解体のため、シアトルのKaiser Co., Inc. に売却 |
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LST-286 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/12/11 | 1946/3/26 | 1946/5/8 | ◎1943/8/23 起工 ◎1943/10/27 進水 ◎1945/3ころ ニュー・ギニア島西部のフンボルト湾Challenger Coveにて入渠 ◎1948/4/15 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却 |
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LST-287 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/12/15 | 1975/6/30 | ◎1943/8/30 起工 ◎1943/10/31 進水 ◎1951/5/29 軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行(T-LST-287) ◎のちに除籍 ◎1965/12/9 籍をもどす ◎1976/9/13 フィリピンに貸与されSamar Oriental(LT 502)と命名 ◎1991 除籍 |
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LST-288 (1、2) |
アメリカン・ブリッジ社 | 1943/12/20 | 1946/3/6 | 1974/11/15 | ◎1943/9/6 起工 ◎1943/11/7 進水 ◎1943/12/4 ニュー・オーリンズに運ばれる ◎1944/2上旬 ニュー・オーリンズにてPSA ◎1944/10/31 ビゼルトにて修理、メンテナンス ◎1945/7上旬 サイパンにて入渠、修理 ◎1949/5/20 SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q085) ◎1950/6/14 ブレマートンにてSCAJAPより返還 ◎1950/11/15 ブレマートンにて太平洋予備艦隊に編入 ◎1955/7/1 バークシャー・カウンティ Berkshire Countyと命名 ◎1956/3/5 韓国に貸与され開峰 Gaebong(Kae Bong?、LST 810)と改名 ◎のちに艦種記号をLST 675に改める ◎2006/8 退役 |
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LST-289 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/12/31 | 1944/11/30 | 1946/10/15 | ◎1943/9/14 起工 ◎1943/11/21 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる 1944/4/28 Lyme Bayにてドイツ海軍Sボートの雷撃により損傷(兵員室、舵と艦尾砲を損傷、1、2、3、4、5、6、7) ◎1944/11/30(1944/12/9?) イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/10/10(1946/10/12?) イギリスより返還 ◎1947/1/30(1947/6/30?) オランダに売却 ◎1948 Eendracht(Fendracht?)と命名 ◎1956 民間に売却され商船に改装、Estemarと改名 ◎1970 ロッテルダムにて解体 |
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LST-290 | アメリカン・ブリッジ社 | 1944/1/10 | 1945/11/15 | 1945/11/28 | ◎1943/9/22 起工 ◎1943/12/5 進水 ◎1946/12/23(1946/12/25?) Conlon & Tendler Co. に売却され商船に改装 ◎1947 Hopeと命名 ◎1951 Guaraniと改名 ◎1967 Cabral Lemeと改名 ◎1971 解体 |
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LST-291 | アメリカン・ブリッジ社 | 1943/12/22 | 1947/6/18 | 1954/5/19 | ◎1943/9/25 起工 ◎1943/11/14 進水 1954 Eleutheraの岩礁にて座礁 ◎1954/7 標的として沈没 |
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LST-292 | アメリカン・ブリッジ社 | 1944/1/5 | 1946/1/25 | 1946/4/12 | ◎1943/9/30 起工 ◎1943/11/28 進水 ◎1948/1/21 解体のため、ニュー・ヨークのHughes Bros. に売却 |
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LST-293 | アメリカン・ブリッジ社 | 1944/1/17 | 1945/12/3 | 1945/12/19 | ◎1943/10/5 起工 ◎1943/12/12 進水 ◎1949/6/1 ニュー・ヨークのJames Hughes, Inc. に売却され艀Hughes No. 100となる ◎1968 Witte 100と改名 |
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LST-294 | アメリカン・ブリッジ社 | 1944/1/20 | 1945/12/18 | 1946/1/8 | ◎1943/10/12 起工 ◎1943/12/15 進水 ◎1947/10/10(1947/10/13?) フィラデルフィアのLuria Bros. & Co. に売却 ◎1947/10 タイに売却されAngthongと命名 ◎1978 処分 ◎1994〜1995ころ レストアされ艦種記号をLST 711に改める、タイ海軍にて運用開始 |
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LST-295 | アメリカン・ブリッジ社 | 1944/2/7 | 1945/12/18 | 1946/4/12 | ◎1943/10/19 起工 ◎1943/12/24 進水 ◎1947/9/12 C. W. Edwardsに売却され商船に改装、Oceanic Vと命名 ◎1954 Ginyo Maruと改名 ◎1962 日本にて解体 |
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LST-296 | アメリカン・ブリッジ社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-297 | アメリカン・ブリッジ社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-298 | アメリカン・ブリッジ社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-299 | アメリカン・ブリッジ社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-300 | アメリカン・ブリッジ社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-301 | チャールズタウン海軍工廠 | 1942/11/1 | 1947/12 | ◎1942/6/26 起工 ◎1942/9/15 進水 ◎1942/11/6 イギリスに貸与 ◎1942/11/14 イギリス海軍にて就役 ◎1946/3/20 ニュー・ヨークにてイギリスより返還 ◎のちにWar Shipping Administrationに移管 ◎1947/12/11 解体のため売却 |
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LST-302 | チャールズタウン海軍工廠 | 1942/11/10 | 1946/3/20 | ◎1942/6/27(1942/6/28?) 起工 ◎1942/9/15 進水 ◎1942/11/14 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎のちに修理 ◎1946/1/5 ニュー・ヨークにてイギリスより返還 ◎1947/12/11 解体のため、フィラデルフィアのノーザン・メタルズ社に売却 |
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LST-303 | チャールズタウン海軍工廠 | 1942/11/20 | 1946/7/3 | ◎1942/7/3 起工 ◎1942/9/21 進水 ◎1942/11/21 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/5/14(1946/6/1?) スービック湾にてイギリスより返還 ◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-304 | チャールズタウン海軍工廠 | 1942/11/29 | 1942/11/30 | 1947/8/1 | ◎1942/7/3 起工 ◎1942/9/21 進水 ◎1942/11/30 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1944/10 Ostendにて閉塞船と衝突し損傷 ◎1946/11/29 イギリスより返還 ◎1947/10/7 シンガポールのTung Hwa Trading Co. に売却され商船に改装、Chit Seinと命名 ◎1954 Chong Hsingと改名 ◎1957 Libertadと改名 ◎1965 シンガポールにて解体 |
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LST-305 | チャールズタウン海軍工廠 | 1942/12/6 | ― | 1944/5/16 | ◎1942/7/24 起工 ◎1942/10/10 進水 ◎1942/12/7 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1944/2/20 アンツィオ沖にてドイツ海軍潜水艦U230の雷撃により損傷 1944/2/21 沈没 |
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LST-306 (1、2) |
チャールズタウン海軍工廠 | 1942/12/11 | 1946/6/13 | 1959/2/1 | ◎1942/7/24 起工 ◎1942/10/10 進水 ◎ボストンにて艤装 ◎1943/12 ファルマスにて入渠、オーヴァーホール(〜1944/1/10) 1944/6/4 ブイと衝突しプロペラを損傷 ◎1944/6中旬? サザンプトンにて修理改装 ◎1944/6/17 プリマスにて修理 ◎1944/6/22 プロペラ交換工事 ◎1945/6中旬 ブルックリンのSullivan's Shipyardにて改装(〜1945/8/29) ◎1945/10/6 Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入 1955/3/11 ピュージェット・サウンドにて漁船と衝突し損傷、漁船を沈没させる ◎1955/7/1 バーナリロ・カウンティ Bernalillo Countyと命名 ◎1959/10/22 マイアミのShips, Inc. に売却され艀Turkey Islandとなる |
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LST-307 | チャールズタウン海軍工廠 | 1942/12/23 | 1946/6/13 | 1946/7/31 | ◎1942/9/15 起工 ◎1942/11/9 進水 1944/6/15 ノルマンディにてドイツ軍の沿岸砲台の砲撃により損傷 ◎1948/3/30 解体のため、シアトルのKaiser Co., Inc. に売却 |
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LST-308 | チャールズタウン海軍工廠 | 1943/1/2 | 1946/10/17 | ◎1942/9/15 起工 ◎1942/11/9 進水 ◎1947/12/5 国務省に移管 |
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LST-309 | チャールズタウン海軍工廠 | 1943/1/11 | 1946/6/19 | 1947/6/23 | ◎1942/9/22 起工 ◎1942/11/23 進水 ◎1948/6/1(1948/6/25?) HoustonのHumble Oil & Refining Co. に売却され商船に改装、S-26と命名 ◎1972 Ile de l'Europeと改名 |
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LST-310 (1、2) |
チャールズタウン海軍工廠 | 1943/1/20 | 1945/5/16 | 1946/3/12 | ◎1942/9/22 起工 ◎1942/11/23 進水 ◎1945/5/28 チャールズタウン海軍工廠で揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦]に改装、艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-42)に改め、イオラス Aeolusと命名 ◎1945/8/11(1945/9/12?) 改装中止、艦種を戦車揚陸艦(LST-310)に改める ◎1947/1/28 ボルティモアのボストン・メタルズ社に売却され商船に改装 ◎1948 パナマのPanama Navigation Corp に売却されMercatorと命名 ◎1963 アルゼンチンのNavemar, S.A. に売却されAltamarと改名(オフィシャル・ナンバー4594) |
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LST-311 | ニュー・ヨーク海軍工廠 | 1943/1/11 | 1946/6/5 | ◎1942/9/7 起工 ◎1942/12/30 進水 ◎1944/11/20 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1946/3/25 シンガポールにてイギリス海軍戦車揚陸艦LST-3036(L.3036)と衝突し損傷 ◎1946/4/11(1946/4/13?) スービック湾にてイギリスより返還 ◎1946/12/5 売却 ◎のちにT. Y. Fongに売却 |
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LST-312 | ニュー・ヨーク海軍工廠 | 1943/1/9 | 1946/7/12 | 1946/8/15 | ◎1942/9/7 起工 ◎1942/12/30 進水 1944/7/8 Deptfordにてドイツ空軍V1(Fi103)飛行爆弾により損傷 ↑Fi103(V1) ◎1947/12/13 解体のため、ニュー・ヨークのJames A. Hughesに売却 |
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LST-313 | ニュー・ヨーク海軍工廠 | 1943/1/13 | ― | 1943/7/28 | ◎1942/9/7 起工 ◎1942/12/30 進水 1943/7/10 シシリー島Gelaにてドイツ軍機の爆撃により沈没(1、2) |
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LST-314 | ニュー・ヨーク海軍工廠 | 1943/1/15 | ― | 1944/8/22 | ◎1942/9/7 起工 ◎1942/12/30 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1943/7/9 シシリー島の占拠(〜1943/7/15) ◎1943/9/9 サレルノにて揚陸作戦(〜1943/9/21、1、2、3、4、5) ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1943/6/9) 1944/6/9 ノルマンディ海岸にてドイツ海軍魚雷艇の雷撃により沈没(画像解説:1944年6月8日、ドイツ軍のSボートの魚雷攻撃を受けて炎上・沈没したLST-314の乗員を救助していたイギリス海軍駆逐艦Beagle(H.30)が、ノルマンディ海堡沖と海峡の中程で撮影した新聞記事と写真。新聞記事は、Beagleにいたロイター通信のデズモンド・ティッヘ Desmond Tigheが書いた 寄稿:Martin Taylor-Smith) |
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LST-315 | ニュー・ヨーク海軍工廠 | 1943/2/3 | 1944/11/20 | 1946/2/26 | ◎1942/10/15 起工 ◎1943/1/28(1943/2/3?) 進水 ◎1944/11/20(1944/12/9?) イギリスに貸与 ◎1944/11/30 イギリス海軍にて就役 ◎1946/3/16 スービック湾にてイギリスより返還 ◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-316 | ニュー・ヨーク海軍工廠 | 1943/2/3 | 1945/5/24 | 1946/3/12 | ◎1942/10/15 起工 ◎1943/1/28 進水 ◎退役後、ニュー・ヨーク海軍工廠で揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦]に改装、艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-43)に改め、サーベラス Cerberusと命名 ◎1945/8/11(1945/9/12?) 改装中止、艦種を戦車揚陸艦(LST-316)に改める ◎1946/12/23 ニュー・ヨークのJames Hughes, Inc. に売却され商船に改装、Augustaと命名 ◎1966 解体 |
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LST-317 | ニュー・ヨーク海軍工廠 | 1943/2/6 | 1945/5/18 | 1946/3/12 | ◎1942/10/15 起工 ◎1943/1/28 進水 ◎退役後、ニュー・ヨーク海軍工廠で揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦]に改装、艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-44)に改め、コーナス Conusと命名 ◎1945/8/11(1945/9/12?) 改装中止、艦種を戦車揚陸艦(LST-317)に改める ◎1947/1/22 A. G. Schoonmakerに売却 |
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LST-318 | ニュー・ヨーク海軍工廠 | 1943/2/8 | ― | 1943/10/20 | ◎1942/10/15 起工 ◎1943/1/28 進水 1943/8/9 シシリー島コロニア海岸にてドイツ軍機の攻撃により損傷、浜に引き揚げられる、放棄 |
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LST-319 | フィラデルフィア海軍工廠 | ― | ― | 1946/1/21 | ◎1942/8/10 起工 ◎1942/11/5 進水 ◎1942/12/15 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1944/10初め ピアと衝突し損傷 ◎1945/12/17 ニュー・ヨークにてイギリスより返還 ◎1948/3/9 BarberのShips & Power Equipment Corp. に売却され商船に改装、Luciaと命名 ◎1957 Ghentにて解体 |
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LST-320 | フィラデルフィア海軍工廠 | ― | ― | 1946/6/19 | ◎1942/8/10 起工 ◎1942/11/5 進水 ◎1942/12/28(1942/12/31?) イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1944夏 イングランドのポーツマスにて入渠 ◎1946/4/23 ノーフォークにてイギリスより返還 ◎1947/10/4 解体のため、ウィルミントンのSouthern Trading Co. に売却 |
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LST-321 | フィラデルフィア海軍工廠 | ― | ― | 1947/6/10 | ◎1942/8/10 起工 ◎1942/11/5 進水 ◎1942/12/31 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1944/11/29 機雷により損傷、のちにAntwerpにて修理 ◎1946/4/11 スービック湾にてイギリスより返還 ◎1947/11/5 フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-322 | フィラデルフィア海軍工廠 | ― | ― | 1946/10/29 | ◎1942/8/10 起工 ◎1942/11/5 進水 ◎1943/1/9 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎後に鉄道車両のためのレールを設置 ◎1946/7/10(1946/8/2?) Bremerhavenにてイギリスより返還 ◎1947/1/6 ギリシャに売却され商船Theodorosとなる 1948/11/30 Euboea Islandにて座礁により喪失 |
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LST-323 | フィラデルフィア海軍工廠 | 1946/1/26 | 1946/6/5 | 1946/6/19 | ◎1942/8/10 起工 ◎1942/11/5 進水 ◎1943/1/18 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎のちに鉄道車両のためのレールを設置 ◎1946/1/26 プリマスにてイギリスより返還 ◎1947/10/9 解体のため、フィラデルフィアのLuria Bros. & Co. に売却 |
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LST-324 | フィラデルフィア海軍工廠 | ― | ― | 1946/7/3 | ◎1942/8/10 起工 ◎1942/11/5 進水 ◎1943/1/22(1943/1/23?) イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/6/1(1946/6/11?) スービック湾にてイギリスより返還 ◎1948/2/13 フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-325 (1、2) |
フィラデルフィア海軍工廠 | 1943/2/1 | 1946/7/2 | 1961/9/1 | ◎1942/8/10 起工 ◎1942/10/27 進水 ◎1943/2/1 引き渡される ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1943/7/9 シシリー島の占拠(〜1943/7/15、1、2) ◎1944/6/9 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25、1、2、3、4、5、6) ◎退役後、フロリダ州Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入 ◎1951 軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行(T-LST-325、1、2、3、4) ◎除籍後、海事局に移管、国家防衛予備船隊に移管 ◎1963/9 海軍に移管 ◎1964/9/1 ギリシャに貸与されSyros(L 144)と命名(1、2、3、4) ◎1990年代末 運用終了 ◎2000/11/13 ギリシャより返還、USS LST Memorial, Inc. が取得、艦種記号をLST-325に改める ◎2000/12 ギリシャを出港 ◎2001/1/10 アラバマ州モービルに到着 2004初め モービルにて記念艦となる 現在はインディアナ州Evansvilleにて記念艦となる(1、2、3) |
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LST-326 (1、2) |
フィラデルフィア海軍工廠 | 1943/2/26 | 1944/12/9 | 1946/2/26 | ◎1942/11/12 起工 ◎1943/2/11 進水 1943/6/17 ビゼルトにて戦車揚陸艦LST-6と衝突し損傷 ◎1944/12/9 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/2/25(1946/3/16?) スービック湾にてイギリスより返還 ◎1946/4/5 フランスに売却 ◎のちにLiamoneと命名 のちに南シナ海にて台風により破壊ともいわれる ◎1949 除籍 |
1943/2/26〜1944/12/18 |
LST-327 (1、2) |
フィラデルフィア海軍工廠 | 1943/3/5 | 1945/11/19 | 1945/12/5 | ◎1942/11/12 起工 ◎1943/2/11 進水 1944/8/27 イギリス海峡にて機雷により損傷 ◎1947/9/13(1948/9/15?) 解体のため、チェスターのサン・シップビルディング&ドライドック社に売却 |
1943/3/6〜1945/11/19 |
LST-328 (1、2) |
フィラデルフィア海軍工廠 | 1943/5/22 | 1947/1 | 1961/7/1 | ◎1942/11/12 起工 ◎1943/1/25 艦種を戦傷修理工作艦(ARB-2)に改め、オシアナス Oceanusと命名 |
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LST-329 (1、2) |
フィラデルフィア海軍工廠 | 1943/5/18 | 1947/1/15 | 1961/7/1 | ◎1942/11/12 起工 ◎1943/1/25 艦種を戦傷修理工作艦(ARB-1)に改め、アリスタエウス Aristaeusと命名 |
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LST-330 (1、2) |
フィラデルフィア海軍工廠 | 1943/6/12 | 1946/4/18 | 1946/11/13 | ◎1942/11/12 起工 ◎1943/1/25 艦種を魚雷艇母艦(AGP-4)に改め、ポートゥナス Portunusと命名 |
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LST-331 (1、2) |
フィラデルフィア海軍工廠 | 1943/3/11 | 1944/11/20 | 1946/2/26 | ◎1942/11/12 起工 ◎1943/2/11 進水 1944/6/15 ノルマンディ海岸にて沿岸砲台の砲撃により損傷 ◎1944/11/20 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎のちにClyde Riverにて改装 ◎1946/3/16 スービック湾にてイギリスより返還 ◎1948/2/13 フィリピンのBoseyにて売却 |
1943/3/11〜1944/11/20 |
LST-332 | フィラデルフィア海軍工廠 | 1943/2/6 | 1945/5/22 | 1946/3/12 | ◎1942/10/20(1942/10/29?) 起工 ◎1942/12/24 進水 ◎退役後、ニュー・ヨーク海軍工廠で揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦]に改装、艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-45)に改め、フェロニア Feroniaと命名 ◎1945/9/12 改装中止、艦種を戦車揚陸艦(LST-332)に改める ◎1946/10/17 チャールストンのスワニー・スチームシップ社に売却され商船に改装、Casa Blancaと命名 |
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LST-333 | ノーフォーク海軍工廠 | 1942/11/20 | ― | 1943/7/6 | ◎1942/7/17 起工 ◎1942/10/15 進水 1943/6/22 Cape Corbelin北東海域にてドイツ海軍潜水艦U593の雷撃により損傷、浜に引き揚げられる、放棄(1、2) |
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LST-334 | ノーフォーク海軍工廠 | 1942/11/29 | 1946/4/24 | 1946/6/5 | ◎1942/7/17 起工 ◎1942/10/15 進水 1943/9/30 ヴェラ・ラヴェラにて日本軍機の爆撃にて損傷 ◎1948/4/22 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却 |
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LST-335 | ノーフォーク海軍工廠 | 1942/12/6 | 1945/12/22 | 1946/1/8 | ◎1942/7/17 起工 ◎1942/10/15 進水 ◎1947/12/1 解体のため、ニュー・ヨークのJames A. Hughesに売却 |
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LST-336 | ノーフォーク海軍工廠 | 1942/12/11 | 1944/11/27 | 1946/6/5 | ◎1942/7/17 起工 ◎1942/10/15 進水 1943/9/9 サレルノにて枢軸軍の沿岸砲台の攻撃により損傷 ◎1944/11/27 イギリスに貸与 ◎1944/11/29 Rosneathにてイギリス海軍にて就役 ◎1945/6/5 Port Saidにて修理(〜1945/9/27) ◎1946/3/7 ノーフォークにてイギリスより返還 ◎1947/10/22 解体のため、フィラデルフィアのLuria Bros. & Co., Inc. に売却 |
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LST-337 | ノーフォーク海軍工廠 | 1942/12/16 | 1944/12/2 (1946/3/16?) |
1946/4/17 | ◎1942/7/17 起工 ◎1942/11/8 進水 ◎1944/12/2 イギリスに貸与、Rosneathにてイギリス海軍にて就役 ◎1946/3/16 スービック湾にてイギリスより返還 ◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却(1、2) |
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LST-338 (1、2) |
ノーフォーク海軍工廠 | 1942/12/20 | 1946/5/6 | 1947/6/23 | ◎1942/7/17 起工 ◎1942/11/8 進水 ◎1947/12/3 フィラデルフィアのSouthern Trading Co. に売却され貨物船に改装 ◎1948 Southern Citiesと命名 ◎1956 Albertaと改名 ◎1960 ウィルミントンにて解体 |
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LST-339 | ノーフォーク海軍工廠 | 1942/12/23 | 1946/5/13 | 1947/6/23 | ◎1942/7/17 起工 ◎1942/11/8 進水 ◎1947/10/16 解体のため、シカゴのNew Orleans Shipwrecking Corp. に売却 |
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LST-340 (1、2) |
ノーフォーク海軍工廠 | 1942/12/26 | 1944/10/24 | 1945/9/1 | ◎1942/7/17 起工 ◎1942/11/8 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/6/16 ソロモン諸島南方にて作戦の任務 1943/6/16 ガダルカナルにて日本海軍機の爆撃により損傷(Koli Point beachにて軍用車両と兵員の積荷を降ろそうとしたが失敗した後、LST-340は島の北海岸に沿って真西に、Lunga Pointの西側にあるKukum beachに向かうよう命じられた。目的地までの約半分の距離で、9機の日本海軍九九式艦上爆撃機(D3A“Val”)の攻撃を受けた。3機の飛行機から9個の爆弾が落とされた。他の機体は船を空爆した。1機の爆弾(3発のうち)は、中央線左側の後貨物ハッチ近くのフレーム30で主甲板に命中し、他の2発はニアミスした。6番の20mmで撃墜された。2機目は2回ニアミスして船首砲を空爆した。この結果、左舷の船体に100個以上の穴が開いた。この機体も前部砲で撃墜された。この2回目の攻撃で、前部砲の乗員1名が死亡、2名が負傷した。この攻撃でアメリカ軍兵士9名も死亡した。爆弾の直撃は、燃料、オイル缶、ガソリン、木枠、トランク、寝具、バラック・バッグなどで満載されたトラックの間に凄まじい火災を引き起こした。水道管も内部の通信手段も全て不能になった。全軍の乗客は船を捨てるように命じられた。火災のため、補助機関室は放棄された。左舷エンジンが故障した。右舷エンジンのスロットルをフランクス・ピード flank speedにし、すべての人員(砲兵隊と修理隊を除く)に船から離れるように命じた。船はTenaru Beachに向かい、海岸から約500ヤードの地点で右舷エンジンが停止し、船の勢いは風の助けを借りて船を沈めた)、Espiritu Santoへ戦車揚陸艦LST-398が曳航、修理(1、2、3) ◎1943/11下旬 サン・フランシスコにてオーヴァーホール(〜1944/4) ◎1944/6/15 サイパンの奪取、占拠(〜1944/8/19) ◎1944/7/24 テニアン島の奪取、占拠(〜1944/8/10) 1944/7/29 テニアン島にて座礁により損傷(1944年7月29日、LST-340はテニアン島の“ホワイト・ビーチ2 White Beach 2”で岩礁に突き上げられ座礁した。画像80-G-284218に見える仮桟橋で24両のトラックとドライヴァーを降ろし、医療のために避難していた多くのアメリカ軍兵士を乗せた。海岸から引き揚げる際、台風による大きな波と風が船を横切り、岩礁に激しく座礁させた。右舷プロペラ・シャフトは5インチほど狂い、主機関室は制御不能の浸水、補助機関室は水深2フィート、船体に開けられた穴から4フィートのサンゴの頭が入り込んできた。風と波は非常に強く、近くの浜辺の仮設桟橋はその晩にバラバラになり破壊され、ビーチヘッドはDUKWとLVTのみが使用できる状態になった。翌日、攻撃輸送艦カンブリア Cambria(APA-36)のボートが支援に向かったが、波がまだ荒く、負傷した兵士を移送する事は出来なかった。その後、この作業は、試行錯誤しながらも不安の残る吊り下げ型救命ブイ breeches buoyに移された。160名の負傷者は、7月30日に8時間半かけて吊り下げ型救命ブイで艦隊航洋曳船チカソー Chickasaw(ATF-83)に一名ずつ移され、その後LST-40に移された。チカソーは曳航を必要とする他の船舶を支援するために離れ、救難艦クランプ Clamp(ARS-33)に交代し、8月1日に修理とサルヴェージ作業を開始。約2週間の作業の後、8月13日の日曜日の早朝に浮揚し、チカソーによってサイパンのTanapag Harborに曳航された。海軍の検査で経済的な修理が不可能であることが判明し、無動力兵舎船となった、1、2、3、4、5、6) ◎1944/8/13 離礁、Tanapag港へ曳航 ◎1944/8中旬 Tanapagで宿泊艦に改装 ◎1944/10/20 艦種を非分類雑役船(IX-196)に改め、スパーク Sparkと命名 |
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LST-341 | ノーフォーク海軍工廠 | 1942/12/28 | 1946/3/14 | 1946/4/12 | ◎1942/8/21 起工 ◎1942/11/8 進水 ◎1946/9/12 ブルックリンのConstruction Power & Merchandising Co. に売却され商船に改装、Insco Merchantと命名 ◎1956 LST Iと改名 ◎1962 Goncaloと改名 1966/9/2 Recife南方海域にて座礁により転覆 |
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LST-342 | ノーフォーク海軍工廠 | 1942/12/31 | ― | 1943/7/28 | ◎1942/8/21 起工 ◎1942/11/8 進水 1943/7/18 ガダルカナル島西方海域にて日本海軍呂号第一〇六潜水艦の雷撃により沈没(1、2) |
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LST-343 | ノーフォーク海軍工廠 | 1943/1/9 | 1946/1/27 | 1947/3/5 | ◎1942/10/18 起工 ◎1942/12/15 進水 1945/4/4 沖縄にて座礁により損傷 ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q033) ◎1947/2/21 アメリカ軍統治下の韓国に移管、のちに売却 |
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LST-344 (1、2) |
ノーフォーク海軍工廠 | 1943/1/14 | 1969/10/3 | 1974/9/15 | ◎1942/10/18 起工 ◎1942/12/15 進水 ◎1945/6上旬 ブルックリンのSullivan's Shipyardにてオーヴァーホール ◎1946/6/7 Green Cove Springsにて退役、大西洋予備艦隊に編入 ◎1951末 ノーフォーク海軍造船所にて再活性化工事 ◎1952/1/15 ノーフォークにて再役 ◎1955/7/1 ブランコ・カウンティ Blanco Countyと命名 ◎1956/2/28 退役、Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入 ◎1965末 ボルティモアのベスレヘム・シップビルディング&ドライドック社にて再活性化工事 ◎1966/6/9 リトル・クリークにて再役 ◎1967/12 グアムにてオーヴァーホール(〜1968/3/3) ◎1975/7/1 W. L. Weeksに売却され商船Olmecaとなる 1983/12/24 座礁、全損と認定 ◎1984 解体 |
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LST-345 | ノーフォーク海軍工廠 | 1943/1/21 | 1945/12/5 | 1946/1/3 | ◎1942/10/17 起工 ◎1942/12/15 進水 ◎1948/3/23 解体のため、BarberのShips & Power Equipment Co. に売却 |
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LST-346 | ノーフォーク海軍工廠 | 1943/1/25 | 1944/11/20 (1946/5/4?) |
1946/6/19 | ◎1942/10/17 起工 ◎1942/12/15 進水 ◎1944/11/20 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎のちにスコットランドのLeithにて改装 ◎1946/5/2(1946/5/4?) スービック湾にてイギリスより返還 ◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-347 | ノーフォーク海軍工廠 | 1943/2/7 | 1944/12/19 | 1949/4/28 | ◎1942/10/10 起工 ◎1943/2/7 進水 ◎1944/12/17(1944/12/19?) イギリスに貸与 ◎1944/12/19 イギリス海軍にて就役 ◎のちにスコットランドのLeithにて改装 ◎1946/1/23 シンガポールにて退役 ◎1948/1 シンガポールにてイギリスより返還 ◎1948/1/23 シンガポールにてフランスに貸与、フランス海軍にて就役 ◎1949/3/21 フランスより返還後、フランスに売却 ◎1950 艦種記号をL 9003に改め、Vireと命名 ◎1957 除籍、解体 |
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LST-348 | ノーフォーク海軍工廠 | 1943/2/9 | ― | 1944/3/6 | ◎1942/11/10 起工 ◎1943/2/7 進水 1944/2/20 アンツィオ南東海域にてドイツ海軍潜水艦U410の雷撃により沈没(1、2) |
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LST-349 | ノーフォーク海軍工廠 | 1943/2/11 | ― | 1944/3/25 | ◎1942/11/10 起工 ◎1943/2/7 進水 1944/2/26 Ponza Is. にて座礁により喪失 |
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LST-350 | ノーフォーク海軍工廠 | 1943/2/13 | 1945/5/26 | 1946/3/12 | ◎1942/11/10 起工 ◎1943/2/7 進水 ◎1945/5/25 ノーフォーク海軍工廠で揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦]に改装、艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-46)に改め、チャンドラ Chandraと命名 ◎1945/8/11(1945/9/12?) 改装中止、艦種を戦車揚陸艦(LST-350)に改める ◎1946/12/2 チャールストンのSuwannee Steam Ship Co. に売却され商船に改装 ◎1947 Doloresと命名 ◎1960 解体 |
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LST-351 | ノーフォーク海軍工廠 | 1943/2/24 | 1944/12/12 | 1946/10/15 | ◎1942/11/9 起工 ◎1943/2/7 進水 ◎1944/12/12 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/12/10 イギリスより返還 ◎1946/12/30〜1947/6/17 オランダに売却 |
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LST-352 | ノーフォーク海軍工廠 | 1943/2/26 | 1944/12/24 | 1946/10/29 | ◎1942/11/9 起工 ◎1943/2/7 進水 ◎1944/12/24 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎のちにロッテルダムにて改装 ◎1946/8/2 Bremerhavenにてイギリスより返還 ◎1946/11/21〜1947/1/6 ギリシャに売却 |
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LST-353 | チャールストン海軍工廠 | 1942/11/27 | ― | 1944/7/18 | ◎1942/7/15 起工 ◎1942/10/12 進水 1944/5/21 真珠湾にて事故により沈没 |
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LST-354 | チャールストン海軍工廠 | 1942/11/27 | 1946/4/30 | 1946/6/19 (1947/12/16?) |
◎1942/7/15 起工 ◎1942/10/13 進水 ◎1947/12/16 解体のため、ピッツバーグのSouthwest Steel Corp. に売却 |
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LST-355 (1、2) |
チャールストン海軍工廠 | 1942/12/22 | 1946/3/6 | 1947/10/31 | ◎1942/9/7 起工 ◎1942/11/16 進水 ◎1943/1 艤装(〜1943/2/3) 1943/4下旬 Arzew近海にて座礁により損傷 ◎1943/5 Arzewへ曳航、係船、修理(〜1943/7、この間、チュニスとシチリア周辺で活動するLSTの修理にLST-355の機械部品を使用した修理部隊によって、多くの共食いが行われた。Arzew付近での接岸作業で受けたダメージにより、シチリア侵攻に参加することができなくなった) ◎1943/7/31 Oranへ曳航、アメリカ人によって修理され稼動していたフランスの浮きドックにて入渠(Oranにて修理中、LST-355の主甲板に各種対空兵器を設置することが決定され、基地部隊と修理部隊は40mm機関砲、20mm機関砲、50口径機銃で主甲板を埋め尽くした) 1943/9/9 サレルノ湾にて揚陸作業中に錨とケーブルをなくす(全艦が敵の激しい砲火にさらされ側面速度にもかかわらず、海岸の平坦な勾配のため、本船は装備した戦闘工兵を降ろすことができず、また船尾のアンカーとケーブルも失われてしまった(側面速度は非常に燃料を必要とし、推進システムの制限により持続不可能なことがよくある)) ◎1944/6/6 2隻分の医療物資をノルマンディの“オマハ・ビーチ”に送り込んだ。同船は直ちにイギリスに戻り、今では有名な英仏海峡を渡るLSTシャトル・サーヴィスに参加しました。D-Dayから1945年4月16日にイギリスからアメリカへ向けて出港するまで、イギリスからフランスへの44回の航海をこなしたことになる。この間、連合軍の傷病兵や死者、敵の捕虜を運んだ。侵攻初期には海軍軍医2名と陸軍軍医1名が乗船し、多くの下士官兵を含む医療関係者が負傷者の手当てにあたった。LST-355はまた、イギリスのSouthampton Hantsからフランスのノルマンディー地方シェルブールまでの鉄道シャトルの一部であり、数百のアメリカ軍鉄道車両をフランスに運んだ。この作業のためにタンク・デッキに特別なレールが敷かれ、アメリカ軍の鉄道会社が運営する特設ランプで車両の積み下ろしが行われた。このシャトル・サーヴィスでは、自転車から最も重い戦車や道路改良装置に至るまで、考えられるあらゆる機材が海峡を渡ってフランスに運ばれ、成功を収めた。上陸から数週間後、連合軍の上陸地点に猛烈な嵐が吹き荒れたとき、この船は上陸地点からイギリスまで航行し、多くのLSTが途中で主甲板の継ぎ目が開いていたにもかかわらず、無傷で旅を続けた ◎1944/12 アルデンヌ突破作戦では、ドイツ軍の攻勢を阻止するため、歩兵の補充兵を直接フランスに運ぶ直掩船として活躍した。この船は、海峡での最悪の冬の間、レーダーの恩恵を受けることなく運用を続け、ETOで最後にレーダーを装備したLSTであると考えられている ◎1945/3中旬 ファルマスにて修理改装(レーダー一式を受領した。この間、甲板砲をすべて撤去し、主甲板を戦車揚陸艇(LCT)をアメリカに持ち帰ることができる状態にするよう命令が出された) ◎ノーフォークで5日間過ごした後、沿岸輸送船団の一員としてニュー・オーリンズに向けて出港し、1945年5月23日に同地に到着、第8海軍区司令官に30日間のオーヴァーホールと兵器設置船への改造を報告した。全組員に30日間の休暇が与えられ、士官と乗員の半数は再任命のためにキャンプ・ブラッドフォード Camp Bradford,に戻り、転任した乗員の代わりに新しい士官と乗員が船に着任した。ニュー・オリンズから出航したLST-355はルイジアナ州AlgiersのTodd-Johnson Shipyardに向かい、ミシシッピ川を挟んでニュー・オリンズに留まり、1945年7月27日にルフポートに艀を引き取りに行くまで待機していた。ニュー・オーリンズ滞在中、LST-355はLST-308、LST-392とともに主甲板に10tクレーン、40mm連装機関砲、そして前方エリアの艦にMk. 51 director付き40mm連装機関砲を設置するためのフル装備の装備を与えられていた。艦内中隊は将校10名、下士官兵127名に増員された。ニュー・オリンズを出港したとき、$約15,000,000相当の兵器装備を搭載していた。ガルフポートからガルヴェストンへ向かい、新しいレーダー・アンテナを設置するための簡単な点検を行った。 ◎1945/8/3 この船はガルヴェストンから運河地帯のココ・ソロに向けて出航し、1945年8月10日に現地に到着。1945年8月14日、日本の降伏の知らせを受け、パナマ運河を通過し、真珠湾に向かった。真珠湾まであと5日というところで、サン・フランシスコに向かうよう無線で指令を受けた。サン・フランシスコからメア・アイランド海軍工廠に向かい、すべての兵器を撤去するよう命じられた。ここでは、ニュー・オリンズ海軍工廠に設置されていた10tクレーンや特殊装備を含む40mm連装機関砲をすべて取り外された。本艦の中隊は8名の将校と104名の下士官兵に減らされ、LST-355のフル装備として機能することになった ◎1945/9/26 355は真珠湾に向けて出航し、10月4日にダイヤモンド・ヘッド沖に到着した。到着後すぐに日本向けの貨物を積み込むためにKewalo Basinに向かうよう命じられた。日本に向けて出港した直後、エンジンにトラブルが発生し、修理のため真珠湾海軍工廠に戻されることになった ◎1945年11月1日までにUSS LST-355は1943年2月にチャールストンを出発して以来、合計35,503マイルの航海を終えていた ◎1946/3 War Shipping Administrationに移管 ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q084) ◎1948/4/10 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却(フィリピンに貸与された説もあり) |
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☆LST-355の撃墜、撃破スコア撃墜(以下の航空機、車輌) ・1943/9/9 ドイツ空軍機1機(サレルノ湾にて撃墜、おそらくBf109) ・1943/9/9 VI号戦車ティーガーI(サレルノ湾にて40mm機関砲で撃破、“ドイツ軍のティーガーが船の真正面の丘陵を乗り越えてきた。LST-355の砲術士官、L. A. ウィルソン中尉 Lieutenant (jg) L. A. Wilson, USNRは、艦首の40mm(陸軍型単装砲)に戦車への射撃を命じた。砲の乗員は早速、最大射程距離から戦車本体にHE弾を流し込み始め、戦車は炎上、撃破された。陸軍も揚陸指揮艦ビスケイン Biscasyne(AGC-18)に乗っていた司令部も、敵戦車を撃破したことをLST-355の公式な功績として認めている。本艦は、戦車を撃破した数少ないLSTの1つであると考えられる”) (←ドイツ軍VI号戦車ティーガーI) |
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LST-356 (1、2) |
チャールストン海軍工廠 | 1942/12/22 | 1945/9/21 (1946/7/2?) |
1960/9/1 | ◎1942/9/7 起工 ◎1942/11/16 進水 ◎ニュー・ヨーク海軍工廠にてPSA 1943/7/10 にて座礁により損傷(補助機関部屋の燃料タンクが破裂) 1943/9/9 2機のL-4Aが離艦中、40mm機関砲の手摺りを紛失 ◎1943秋 イギリスにて改装、50口径76mm単装砲を撤去 ◎1945/5 Hobokenのベスレヘム・スチール社にてオーヴァーホール、改装(〜1945/7末) ◎退役後、Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入 ◎1955/7/1 ブレッドソー・カウンティ Bledsoe Countyと命名 ◎1961/3/8 ニュー・オーリンズのメカニカル・イクイップメント社に売却され商船Brunalとなる ◎1962 Inagua Crestと改名 ◎のちにインドネシア海軍に売却 ◎1968 Teluk Tomini(508)と改名 |
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LST-357 | チャールストン海軍工廠 | 1943/2/8 | 1946/6/8 | 1946/7/31 | ◎1942/10/24 起工 ◎1942/12/14 進水 ◎1948/4/1 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却 |
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LST-358 | チャールストン海軍工廠 | 1943/2/8 | 1944/12/24 | 1946/8/15 | ◎1942/10/24 起工 ◎1942/12/15 進水 ◎1944/12/24 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/2/27 ノーフォークにてイギリスより返還 ◎1947/10/3 解体のため、フィラデルフィアのSouthern Trading Co. に売却 |
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LST-359 | チャールストン海軍工廠 | 1943/2/9 | ― | 1945/2/8 | ◎1942/11/21 起工 ◎1943/1/11 進水 1944/12/20 アゾレス諸島北東海域にてドイツ海軍潜水艦U870の雷撃により沈没(1、2) |
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LST-360 | チャールストン海軍工廠 | 1943/2/9 | 1944/11/29 | 1946/8/15 | ◎1942/11/21 起工 ◎1943/1/11 進水 1944/6/15 ノルマンディにてドイツ軍の沿岸砲台の攻撃により損傷 ◎1944/11/29 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1944/12/18 Wallsend Slipwayで工兵揚陸艦(LSE(LC)-52)に改装(〜1945/6/30) ◎1946/6/10 イギリスより返還 ◎1947/10/8 解体のため売却 |
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LST-361 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | ― | ― | 1946/6/5 | ◎1942/8/10 起工 ◎1942/10/10 進水 ◎1942/11/16 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/3/7 イギリスより返還 ◎1947/10/11 解体のため、フィラデルフィアのLuria Bros. & Co., Inc. に売却 |
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LST-362 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | ― | ― | 1945/4/28 | ◎1942/8/10 起工 ◎1942/10/10 進水 ◎1942/11/23 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1944/3/2 ビスケー湾にてドイツ海軍潜水艦U744の雷撃により沈没(1、2) |
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LST-363 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | ― | ― | 1946/4/12 | ◎1942/9/2 起工 ◎1942/10/26 進水 ◎1942/11/30 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎のちにイギリスのポーツマスにて修理 ◎のちにテームズにて修理 ◎のちにAntwerpにて修理 ◎1946/1/26 ノーフォークにてイギリスより返還 ◎1947/12/4 解体のため、ノーフォークのN. Block & Co. に売却 |
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LST-364 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | ― | ― | 1945/7/11 | ◎1942/9/3 起工 ◎1942/10/26 進水 ◎1942/12/7 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1945/2/22 Ramsgateにてドイツ海軍特殊潜航艇ゼーフントの雷撃により沈没 |
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LST-365 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | ― | ― | 1946/10/15 | ◎1942/10/14 起工 ◎1942/11/11 進水 ◎1942/12/14 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1945/12 Greenockにて嵐により損傷 ◎1946/12/10 イギリスより返還 ◎1947/6/5 AyrshireのFresh Frozen Foods, Ltd. に売却され商船に改装、Mowbray Roadと命名 ◎1952 Adri Iと改名 |
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LST-366 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | ― | ― | 1946/6/5 | ◎1942/10/1 起工 ◎1942/11/11 進水 ◎1942/12/21 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/1/26 ノーフォークにてイギリスより返還 ◎1947/12/3 解体のため、ノーフォークのN. Block & Co. に売却 |
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LST-367 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | ― | ― | 1946/1/21 | ◎1942/10/13 起工 ◎1942/11/24 進水 ◎1942/12/29 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1944/11 衝突し揚搭用門扉を損傷 ◎1945/12/17 ニュー・ヨークにてイギリスより返還 ◎1948/3/18 解体のため、Great Atlantic Iron & Steel Corp. に売却 |
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LST-368 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1943/3/16 | 1946/3/16 | 1946/4/17 | ◎1942/10/13 起工 ◎1942/11/24 進水 ◎1943/1/4 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1943/3/16 スービック湾にてイギリスより返還 ◎1948/6/16 破壊処分 |
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LST-369 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1943/1/8 | 1944/11/29 | 1947/8/1 | ◎1942/10/13 起工 ◎1942/11/24 進水 ◎1944/11/29 イギリスに貸与、Rosneathにてイギリス海軍にて就役 ◎1946/11/29 イギリスより返還 ◎1947/10/7 シンガポールのTung Hwa Trading Co. に売却 |
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LST-370 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1943/1/13 | 1946/1/7 | 1946/4/12 | ◎1942/10/31 起工 ◎1942/12/12 進水 ◎1947/2/3 Ming-Sung Industrial Co., Ltd. に売却され商船に改装、Ting Yuanと改名 ◎1950 La Capirenaと改名 |
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LST-371 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1943/1/16 | 1944/11/17 | 1946/2/26 | ◎1942/10/29 起工 ◎1942/12/12 進水 ◎1944/11/17 イギリスに貸与 ◎1946/3/16 スービック湾にてイギリスより返還 ◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-372 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1943/1/23 | 1946/7/9 | 1946/8/15 | ◎1942/11/14 起工 ◎1943/1/19 進水 ◎1947/10/3 解体のため、ボルティモアのPatapsco Scrap Corp. に売却 |
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LST-373 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1943/1/27 | 1944/12/9 | 1946/2/26 | ◎1942/11/14 起工 ◎1943/1/19 進水 ◎1944/12/9 イギリスに貸与 ◎1946/3/16 スービック湾にてイギリスより返還 ◎1947/11/5 フィリピンのBoseyにて売却され商船Chung 118となる ◎1962 解体 |
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LST-374 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1943/1/29 | 1945/5/29 | 1946/3/12 | ◎1942/11/12 起工 ◎1943/1/19 進水 ◎1945/5/29 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-47)に改め、ミネルヴァ Minervaと命名 ◎1945/8/11(1945/9/11?、1945/9/12?) 改装中止、艦種を戦車揚陸艦(LST-374)に改める ◎1945/10/12 ノーフォークへ曳航、のちに装備を撤去 ◎1947/1/14 A. G. Schoonmakerに売却され商船Estrella Australとなる ◎1968 Mar Australと改名 1968/6/14 Parana Riverにて衝突し沈没 |
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LST-375 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1943/2/2 | 1946/7/18 | 1947/6/10 | ◎1942/11/25 起工 ◎1943/1/28 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1943/7/9 シシリー島の占拠(〜1943/7/15) ◎1943/9/9 サレルノにて揚陸作戦(〜1943/9/21、1、2、3) 1943/9/9 サレルノにて枢軸軍の沿岸砲台の砲撃により損傷 ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) 1944/6/6 ノルマンディにて衝突により損傷 ◎1946/1/18 極東にて占領作戦の任務(〜1946/2/20) ◎1948/4/12(1948/12/31?) 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却 |
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LST-376 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1943/2/5 | ― | 1944/6/28 | ◎1942/11/25 起工 ◎1943/2/1 進水 1944/6/9 イギリス海峡にてドイツ海軍魚雷艇の雷撃により損傷、沈没処分 |
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LST-377 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1943/2/8 | 1946/6/7 | 1946/7/31 | ◎1942/11/28 起工 ◎1943/2/1 進水 ◎1948/4/1 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却 |
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LST-378 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1943/2/10 | 1946/2/20 | 1947/3/5 | ◎1942/12/12 起工 ◎1943/2/6 進水 ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q069) ◎1947/6/1 アメリカ軍統治下の韓国に売却 |
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LST-379 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1943/2/12 | 1946/2/28 | 1946/3/20 | ◎1942/12/12 起工 ◎1943/2/6 進水 ◎1948/4/12 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却 |
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LST-380 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1943/2/15 | 1946/6/7 | 1946/7/19 | ◎1942/12/10 起工 ◎1943/2/10 進水 ◎1944/11/20 イギリスに貸与 ◎1946/4/11(1946/4/13?) イギリスより返還 ◎1946/6/7 アメリカ軍統治下の韓国に売却 ◎のちに中国国民党に売却され商船Wan Liと命名 ◎1955 台湾海軍が取得し中有 Chung Yu(LST 215)と改名 |
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LST-381 (1、2) |
ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1943/2/15 | 1944/12/19 | 1946/7/19 | ◎1942/12/10 起工 ◎1943/2/10 進水 ◎1944/12/19 イギリスに貸与 ◎1946/6/10 イギリスより返還 ◎1947/9/11 解体のため売却 |
1943/8/25〜1944/12/19 |
LST-382 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1943/2/18 | 1944/11/29 | 1949/4/28 | ◎1942/12/10 起工 ◎1943/2/3 進水 ◎1944/11/29 イギリスに貸与 ◎1948/1/23 フランスに貸与 ◎1949/3/21 フランスに売却 ◎のちにla Paillotteと命名 ◎1954 カンボジアに貸与 |
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LST-383 | ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1942/10/27 (1942/10/28?) |
1944/11/20 | 1946/7/3 | ◎1942/6/16 起工 ◎1942/9/28 進水 ◎1944/11/20 イギリスに貸与 ◎1945 香港にて入渠、左舷プロペラ交換工事 ◎1946/5/4 イギリスより返還 ◎1946/6/10 オランダ領東インド諸島海事税関局に貸与(のちに売却)されLST Iと命名 ◎のちにAlbatrosと改名 ◎のちに除籍 |
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LST-384 | ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1942/11/2 | 1946/4/22 | 1946/6/5 | ◎1942/6/16 起工 ◎1942/9/28 進水 1944/7/8 Deptfordにてドイツ空軍V1(Fi103)飛行爆弾により損傷 ◎1948/4/8 解体のため、VancouverのKaiser Co., Inc. に売却 |
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LST-385 | ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1942/11/6 | 1944/11/29 | 1946/2/26 | ◎1942/6/19 起工 ◎1942/9/28 進水 1943/9/9 サレルノにて枢軸軍の沿岸砲台の砲撃により損傷 ◎1944/11/29 イギリスに貸与 ◎1944/11/30ころ イギリス海軍にて就役 ◎1946/3/16 シンガポールにて退役、スービック湾にてイギリスより返還 ◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-386 | ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1942/11/10 | 1944/12/9 | 1946/10/15 | ◎1942/6/9 起工 ◎1942/9/28 進水 1943/9/9 サレルノにて機雷により損傷 ◎1944/12/9 イギリスに貸与 ◎1946/12/10 イギリスより返還 ◎1947/6/5 スコットランドのFrozen Foods, Inc. に売却され商船に改装、Barnes Parkと命名 ◎1950 Sant'Annaと改名 ◎1955 El Orientalと改名 ◎1965 Blas Daveniaと改名 ◎1973 解体 |
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LST-387 | ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1942/11/17 | 1946/5/2 | 1946/7/19 | ◎1942/6/20 起工 ◎1942/9/28 進水 1943/6/22 Cape Corbelinにてドイツ海軍潜水艦U593の雷撃により損傷、のちに修理 ◎1947/12/22 解体のため、フィラデルフィアのノーザン・メタルズ社に売却 |
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LST-388 | ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1942/11/20 | 1947/2/1 | 1947/2/25 | ◎1942/6/20 起工 ◎1942/9/28 進水 ◎1942/11/20 引き渡される ◎1946/7 ビキニ環礁にて原爆実験標的として使用 ◎1948/4/7 海事委員会に移管、アメリカ軍統治下の韓国に売却 |
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LST-389 (1、2) |
ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1942/11/24 | 1946/3/12 | 1959/6/1 | ◎1942/6/20 起工 ◎1942/9/28(1942/10/15?) 進水 1943/7/9 シシリー島Bracette Point南部にて戦車揚陸艦LST-5と衝突し損傷 ◎1943/7中旬 ビゼルトにて修理 1943/9/9 サレルノ湾の“ブルー・ビーチ”にてドイツ軍の沿岸砲台の砲撃により損傷 ◎1943/10上旬 Oranにて修理 ◎1943/12/13 プリマスにて入渠、修理 ◎1944/4下旬 Milford Havenにて修理、改装(40mm機関砲6基、20mm機関砲6基を設置) 1944/11/12 Grand Radeにて海底の突出部と接触し船体にヒビ、浸水、浜に引き揚げられる、応急修理、のちにDevonportへ曳航、入渠、修理 ◎1945/1中旬 揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦]アトラス Atlas(ARL-7)によりオーヴァーホール 1945/2/5 濃霧によりMarine Transport LineのVC2-S-AP2型貨物船チャペル・ヒル・ヴィクトリー Chapel Hill Victory(MCハル615)と衝突し損傷 ◎1945/3末 プリマスにて入渠 ◎1945/6? ニュー・ヨークにてオーヴァーホール ◎1945/10/9 Green Cove Springsにて予備艦隊に編入 ◎1946/7/1 保管 ◎のちにチャールストンにて保管 ◎1950年代 Green Cove Springsにて保管 ◎1955/7/1 ブーン・カウンティ Boone Countyと命名 ◎1960/5(1960/8/9?) ギリシャに貸与されLesbos(L 172)と改名 ◎2000 Aliagaにて解体 |
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LST-390 | ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1942/11/28 | 1946/3/12 | 1947/9/29 | ◎1942/6/20 起工 ◎1942/10/15 進水 1945/2/21 硫黄島にて衝突し損傷 ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q096) ◎1948/4/3 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却 |
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LST-391 | ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1942/12/3 | ◎1942/7/14 起工 ◎1942/10/28 進水 1944/8/16 ノルマンディにて機雷により損傷 ◎1955/7/1 ボウマン・カウンティ Bowman Countyと命名 ◎1960/5(1960/8/9?) ギリシャに貸与されRodos(L 157(L 391?))と改名 ◎1997 除籍 |
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LST-392 | ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1942/12/7 | 1946/4/12 | 1946/6/19 | ◎1942/7/14 起工 ◎1942/10/28 進水(1、2) ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1943/5/6 チュニジアにて作戦の任務(〜1943/7/9) ◎1943/7/9 シシリー島の占拠(〜1943/7/15、1、2) ◎1943/9/12 サレルノにて揚陸作戦(〜1943/9/21) ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎就役後、LST-392は1942年12月から1943年2月までチェサピーク湾で訓練船として使用された ◎1943年2月に北アフリカに向けて出発し、地中海での任務に続いてノルマンディー・キャンペーンに配属された ◎ノルマンディー作戦のため、LST-392は鉄道車両を運搬するために改装された ◎1944年6月から1945年4月にかけて、イギリスとフランスの間を55回往復した(1、2) ◎機雷掃海が完了する前にフランスのシェルブール港に入港した最初のLSTであり、侵攻後にイギリスからフランスに運ばれた最初の鉄道車両を陸揚げした ◎LST-392は1945年4月に米国に戻り、兵器設置船に改造された ◎8月2日に真珠湾に到着し、日本の降伏後に米国に戻り、標準的なLSTに再改装された ◎1947/10/8 解体のため、ペンシルヴェニア州ピッツバーグのH. H. Buncher Co. に売却 |
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LST-393 (1、2) |
ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1942/12/11 | 1946/3/1 | 1947/3/14 | ◎1942/7/27 起工 ◎1942/11/11 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1943/7/9 シシリー島の占拠(〜1943/7/15) ◎1943/9/9 サレルノにて揚陸作戦(〜1943/9/21) ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎1948/3/20(1948/3/28?) デトロイトのSand Products Corp. に売却され貨物船に改装、Highway 16と命名(オフィシャル・ナンバー255408) ◎1948 ミルウォーキーのWisconsin & Michigan Steamship Co. に売却 2002/5ころ National Historic Siteがレストア、五大湖海軍記念博物館にて記念艦となる ◎のちにLST 393 Preservation Associationが取得 現在はマスキーゴンにて記念艦となる(1、2) |
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LST-394 | ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1942/12/15 | 1944/12/24 | 1946/6/19 | ◎1942/7/27 起工 ◎1942/11/11 進水 ◎1944/12/24 イギリスに貸与 ◎1946/5/12 イギリスより返還 ◎1947/12/10 解体のため、ノーフォークのN. Block & Co. に売却 |
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LST-395 | ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1942/12/19 | 1946/4/19 | 1946/5/1 | ◎1942/9/28 起工 ◎1942/11/23 進水 ◎1947/9/26 解体のため、ボルティモアのボストン・メタルズ社に売却 |
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LST-396 | ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1942/12/23 | ― | 1943/9/3 | ◎1942/9/28 起工 ◎1942/11/23 進水 1943/8/18 ソロモン諸島沖にて事故により沈没 |
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LST-397 | ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1942/12/28 | 1946/4/26 | 1946/6/5 | ◎1942/9/28 起工 ◎1942/11/22(1942/11/23?) 進水 ◎1947/9/30 解体のため、ボルティモアのPatapsco Scrap Corp. に売却 |
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LST-398 | ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1943/1/2 | 1946/2/27 | 1947/8/28 | ◎1942/9/28 起工 ◎1942/11/23(1942/11/28?) 進水 ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q029) ◎1948/3/28 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却 |
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LST-399 | ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1943/1/4 | 1945/12/8 | 1985/6/15 | ◎1942/9/28 起工 ◎1942/11/23(1942/11/28?) 進水 1943/10/27 Treasury Is. にて日本軍の沿岸砲台の砲撃により損傷 1945/4/4 沖縄にて衝突し損傷 1945/4/11 沖縄にて座礁 ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q098) ◎1952/3/31 軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行する(T-LST-399) ◎1973/11/1 除籍 ◎1980/11/25 籍をもどす、太平洋ミサイル・レンジにて支援船となる ◎1982/9/30 艦種を非分類雑役船(IX-511)に改める |
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LST-400 | ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社 | 1943/1/7 | 1946〜1947 | 1960/4/25 | ◎1942/9/28 起工 ◎1942/11/23(1942/11/28?) 進水 ◎1955/7/1 ブラッドリー・カウンティ Bradley Countyと命名 ◎1958/9/30 台湾に貸与され中肇 Chung Chao(Chung Suo?、LST 667)と改名 ◎のちに艦種記号をLST 217に改める ◎2010/12/19 退役 |
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LST-401 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1946/6/5 | ◎1942/8/17 起工 ◎1942/10/16 進水 ◎1942/11/30 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/3/7 イギリスより返還 ◎1947/10/11 解体のため、フィラデルフィアのLuria Brothers & Co. に売却 |
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LST-402 (1、2) |
ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1947/6/10 | ◎1942/8/21 起工 ◎1942/10/9 進水 ◎1942/12/9 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1943/1/27 ニュー・ヨーク出港〜バミューダ〜地中海(1st flotilla所属) ◎LST-402はシチリア侵攻、サレルノ上陸作戦、アンツィオ、ノルマンディーに参加(画像解説:LST-492とイギリス海軍のLST-402は、1944年6月11日から19日にかけて、ノルマンディの“オマハ・ビーチヘッド”沖のマルベリー・ハーバーA Mulberry Harbor Aに係留された。マルベリー・ハーバーAは1944年6月11日から6月19日までしか運用されなかったが、19日の暴風雨で十分な被害が出たため、連合軍は使用を中止した。“フランス侵攻という短編映画の一コマ:装備の上陸と負傷者の避難”。国立公文書館ID 77074。Local ID 428-NPC-4352; 海軍省)) ◎のちにWallsend-On-Tyne slipwayで工兵揚陸艦(LSE(LC)-53)に改装(65th Maintenance Mobile Unit所属) ◎1945夏 極東戦域に割り当てられる ◎1946/9/24 退役、イギリスより返還 ◎1947/9/30 解体のため売却 ◎のちにジブラルタルにて解体 |
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◎Invasion of Sicily, Salerno landings, Anzio and Normandy. | ||||||
LST-403 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1946/6/5 | ◎1942/8/23 起工 ◎1942/10/24 進水 ◎1942/12/8 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/4/11 イギリスより返還 ◎1947/12/5 解体のため、フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-404 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1944/10/14 (1945/10/21?) |
◎1942/8/27 起工 ◎1942/10/28 進水 ◎1942/12/16 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1944/8/15 Rydeにてドイツ海軍潜水艦U741の雷撃により損傷(1、2)、浜に引き揚げられる、真っ二つになる(1、2) ◎1945/10/21 退役、イギリスより返還 ◎1946/11 国務省に移管、のちに解体のため売却 ◎のちにZeebruggeにて解体 |
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◎HM LST-404 transported elements of the 179th Infantry Regimental Combat Team, from Termini Imerese, Sicily, 7 September 1943, debarking the troops at Beach Blue, Italy, 10 September 1943 (Salerno landings). | ||||||
LST-405 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1946/4/17 | ◎1942/8/30 起工 ◎1942/10/31 進水 ◎1942/12/28 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1943/9 Reggioへ侵攻 ◎1944/1 アンツィオにて揚陸作戦(〜1944/3) 1945/10/29 Colomboにてアメリカ海軍兵員輸送艦ジェネラル M. M. パトリック General M. M. Patrick(AP-150)と衝突し損傷 ◎1946/2 Ceylonにて退役 ◎1946/3/29 沈没処分 |
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LST-406 | ベスレヘム・スチール社フェアフィールド造船所 | ― | ― | 1947/6/10 | ◎1942/9/1 起工 ◎1942/10/28 進水 ◎1942/12/26 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/4/11(1946/4/13?) イギリスより返還 ◎1947/12/5 解体のため、フィリピンのBoseyにて売却 ◎のちに台湾の業者に売却され商船Chung 116となる ◎のちに台湾海軍が取得 |
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HM LST-406 sailed for Europe in convoy SC 125 in company with USS LST-336 and HM LST-319 from Halifax, Nova Scotia, 31 March 1943, arriving at Liverpool, England, 14 April 1944. | ||||||
LST-407 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1945/7/11 | ◎1942/9/2 起工 ◎1942/11/5 進水 ◎1942/12/31 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1944/4/24 Baiaの浜辺にて悪天候により損傷、全損と認定 ◎1945/5/6 イギリスより返還 ◎1945/7 解体のため、イタリアの業者に売却 |
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LST-408 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1946/6/19 | ◎1942/9/9 起工 ◎1942/10/31 進水 ◎1942/12/23 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/5/2(1946/5/4?) イギリスより返還 ◎1947/12/5 解体のため、フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-409 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1946/10/29 | ◎1942/9/9 起工 ◎1942/11/15 進水 ◎1943/1/6 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1944/1/22ころ Anzio-Nettunoにて揚陸作戦(〜1944/3/1) ◎1946/7/2 イギリスより返還 ◎1946/11/21〜1947/1/9 この間、ギリシャの業者に売却され商船Spyrosとなる ◎1953 Attikiと改名 ◎1955 Marianti Tetenesと改名 ◎のちにSaipemと改名 ◎1972 解体 |
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LST-410 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1946/2/26 | ◎1942/9/13 起工 ◎1942/11/15 進水 ◎1943/1/14 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/3/16(1947/4/16?) スービック湾にてイギリスより返還 ◎1948/2/13 解体のため、フィリピンのBoseyにて売却 |
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◎As part of "W" Task Force HM LST-410 worked down the Arakan coast of Burma and participated in the recapture of Rangoon, before proceeding to the eventual invasion of Malaya at Morib and Port Swettenham, and so to Singapore and Bangkok etc. doing relief work repatriating ex P.O.W.s of the Japanese. | ||||||
LST-411 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1944/11/13 | ◎1942/9/21 起工 ◎1942/11/9 進水 ◎1942/12/31(1943/1/8?) イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1944/1/1 Maddalena〜Bastia間にて機雷もしくは雷撃により損傷、悪天候により放棄 |
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LST-412 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1946/3/20 | ◎1942/9/24 起工 ◎1942/11/16 進水 ◎1943/1/26 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1946/1/23 イギリスより返還 ◎1947/12/16 解体のため、フィラデルフィアのノーザン・メタルズ社に売却 |
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◎HM LST-412 sailed from New York in company with HM LST-324 and HM LST-421, 13 March 1943 transporting refinery equipment to Curacao. From Georgetown, Curacao HM LST-412 set sail for Freetown, Sierra Leone. | ||||||
LST-413 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1947/6/10 | ◎1942/10/10 起工 ◎1942/11/10 進水 ◎1943/1/5 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/4/11 イギリスより返還 ◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-414 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1943/11/24 | ◎1942/10/18 起工 ◎1942/11/21 進水 ◎1943/1/19 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1943/8/15 Cani Rocksにてドイツ軍機の雷撃により損傷、ビゼルトにて浜に引き揚げられる |
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LST-415 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1945/6/2 | ◎1942/10/29 起工 ◎1942/11/21 進水 ◎1943/1/19 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎のちにサレルノにて揚陸作戦 1945/1/16 Thurrockにてドイツ海軍Sボートの雷撃により損傷、浜に引き揚げられる ◎1945/8/21 イギリスより返還 ◎1948/1 解体のため、イギリスの業者に売却 ◎のちに解体 |
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◎Salerno landings. Landed elements of the 89th Field Artillery Battalion of the US 45th Infantry Division. | ||||||
LST-416 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1945/6/5 | ◎1942/10/25 起工 ◎1942/11/30 進水 ◎1943/2/3 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/2/12 イギリスより返還 ◎1948/4/23 ニューポート・ニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社に売却され商船に改装 |
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LST-417 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1946/7/3 | ◎1942/10/29 起工 ◎1942/11/24 進水 ◎1943/1/29 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/5/31 イギリスより返還 ◎1947/12/4 解体のため、ニュー・ヨークのJames A. Hughesに売却 ◎のちに解体 |
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LST-418 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1944/5/16 | ◎1942/11/2 起工 ◎1942/11/30 進水 ◎1943/1/29 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1944/2/16 Ponza IslandのPunta Papa北西海域にてドイツ海軍潜水艦U230の雷撃により沈没(1、2) |
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LST-419 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1946/7/8 | ◎1942/11/1 起工 ◎1942/11/30 進水 ◎1943/2/8 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/5/4 イギリスより返還 ◎1947/12/5 解体のため、フィリピンのBoseyにて売却 ◎のちに解体 |
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LST-420 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1945/6/2 | ◎1942/11/6 起工 ◎1942/12/5 進水 ◎1943/2/15 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1944/11/7(1944/11/28?) Ostendにて機雷により沈没 |
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◎LST-420 was ferrying RAF personnel to Belgium, but was unable to enter the port of Ostend due to adverse weather. On returning to England, she struck a mine. Killed crew and RAF passengers are buried at Ostend and Blankenberge cemeteries, Belgium. | ||||||
LST-421 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1947/8/1 | ◎1942/11/11 起工 ◎1942/12/5 進水 ◎1943/1/26 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/11/29 イギリスより返還 ◎1947/10/7 シンガポールのTung Hwa Trading Co. に売却され商船に改装、Chong Tongと命名 ◎1950 Maung Bamaと改名 ◎1957 解体 |
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◎HM LST-421 sailed from New York in company with HM LST-324 and HM LST-412, 13 March 1943 transporting refinery equipment to Curacao. From Georgetown, Curacao HM LST-421 set sail for Freetown, Sierra Leone. HM LST-421 participated in the following campaigns: Sicilian occupation, Salerno landings, West Coast of Italy operations-1944 - Anzio-Nettuno advanced landings, Invasion of Normandy. | ||||||
LST-422 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1944/5/16 | ◎1942/11/12 起工 ◎1942/12/10 進水 ◎1943/2/4 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1944/1/26 アンツィオにて機雷により沈没 |
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LST-423 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1946/7/19 | ◎1942/12/1 起工 ◎1943/1/14 進水 ◎1943/2/24 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/6/10 イギリスより返還 ◎1947/12/29 解体のため、フィラデルフィアのノーザン・メタルズ社に売却 |
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LST-424 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1946/5/21 | ◎1942/11/17 起工 ◎1942/12/12 進水 ◎1943/2/1 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/1/7 イギリスより返還 ◎1946/7/3 解体のため、イタリアの Rinaldo De Haagに売却 |
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LST-425 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1947/6/10 | ◎1942/11/16 起工 ◎1942/12/12 進水 ◎1943/2/10 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎第二次大戦中、地中海戦域に割り当てられる ◎のちに工兵揚陸艦(LSE(LC)-50)に改装 ◎1946/8/30 イギリスより返還 ◎1947/10/8 解体のため売却 |
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LST-426 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1946/6/19 | ◎1942/11/16 起工 ◎1942/12/11 進水 ◎1943/2/16 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/4/23 イギリスより返還 ◎1947/12/2 解体のため、ノーフォークのN. Block & Co. に売却 |
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LST-427 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1947/6/10 | ◎1942/11/22 起工 ◎1942/12/19 進水 ◎1943/2/16 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/4/11 イギリスより返還 ◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却 ◎のちに解体 |
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LST-428 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1946/7/19 | ◎1942/11/22 起工 ◎1942/12/22 進水 ◎1943/2/9 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/6/10 イギリスより返還 ◎1947/10/10 解体のため、フィラデルフィアのLuria Bros, & Co., Inc. に売却 |
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LST-429 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1943/11/24 | ◎1942/11/16 起工 ◎1943/1/11 進水 ◎1943/2/20 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 1943/7/3 地中海にて火災により喪失 |
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LST-430 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | 1946/5/8 | ◎1942/11/25 起工 ◎1943/12/31 進水 ◎1943/2/19 イギリスに貸与、イギリス海軍にて就役 ◎1946/1/26 イギリスより返還 ◎1947/10/12 解体のため、フィラデルフィアのノーザン・メタルズ社に売却 |
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LST-431 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-432 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-433 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-434 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-435 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-436 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-437 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-438 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-439 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-440 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-441 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-442 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-443 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-444 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-445 | ベスレヘム・フェアフィールド社 | ― | ― | ◎1942/9/16 未着手のまま建造中止 | ||
LST-446 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1942/11/30 | 1946/7/13 | 1946/10/8 | ◎1942/6/15 起工 ◎1942/9/18 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/3/11 ソロモン諸島南方にて作戦の任務(〜1943/4/20) ◎1943/7/13 New Georgia-Rendova-Vangunuの占拠(〜1943/7/14) ◎1943/7/24 New Georgia-Rendova-Vangunuの占拠(〜1943/7/25) ◎1943/8/4 New Georgia-Rendova-Vangunuの占拠(〜1943/8/7) ◎1943/8/13 ヴェラ・ラヴェラの占拠(〜1943/8/19) ◎1943/11/11 Cape Torokinaの占拠と防衛 ◎1943/12/3 Cape Torokinaの占拠と防衛(〜1943/12/4) ◎1943/12/15 Cape Torokinaの占拠と防衛 1944/1/1 ブーゲンヴィルにて爆発事故により損傷 ◎1944/2/15 Green Islandにて揚陸作戦(〜1944/2/19) ◎1944/7/21 グアム島への強襲、占拠(〜1944/7/28) ◎1945/4/1 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/4/5) ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務 ◎1947/2/10(1947/2/13?) ジャクソンヴィルのSuwannee Fruit & Steamship Co. に売却され商船に改装 ◎1948 Samanaと命名 ◎1964 Panama Cityにて解体 |
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LST-447 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1942/12/13 | ― | 1945/6/2 | ◎1942/7/10 起工 ◎1942/9/22 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 5、LST Group 13、のちにLST Group 15所属) ◎1943/6 ソロモン諸島南方にて作戦の任務 ◎1943/11 Cape Torokinaの占拠と防衛(〜1943/12) ◎1944/2 Green Islandにて揚陸作戦 ◎1944/2/11 ガダルカナルのククム・ビーチ Kukum Beachで、LST FLOT 5の弾幕気球部隊から弾幕気球を受け取り、1944年2月15日のグリーン諸島(パプア・ニュー・ギニア)侵攻に向けて航行中のUSS LST-447。LSTs Leave Kukum Beach, Guadalcanal, Land On Green Is" National Archives ID 76049, Local ID 428-NPC-1527というショート・フィルムのフレーム・イメージ(1、2、3、4、5、6) ◎1944/2/15朝 上陸作戦に先立ち、グリーン諸島(パプア・ニュー・ギニア)に接近中のUSS LST-447。侵攻船団は愛知九九式艦上爆撃機(D3A、Val)による日本軍の航空攻撃を受けている。撃墜された1機は、約2マイル先の地平線上に明るい炎として見える。一発の爆弾がUSS LST-447の右舷後方200ヤードの地点に着弾した。乗員していたニュー・ジーランド軍兵士は、40mmと50口径の携帯用AAマウントを携行し、攻撃時に艦の防御に使用した。LSTs Leave Kukum Beach, Guadalcanal, Land On Green Is" National Archives ID 76049, Local ID 428-NPC-1527というショート・フィルムのフレーム・イメージ(1、2、3、4、5、6) ◎グリーン諸島(パプア・ニュー・ギニア)のビーチに停泊中のUSS LST-447。ニュー・ジーランド第3師団の部隊と装備の上陸、1944年2月15日。LSTs Leave Kukum Beach, Guadalcanal, Land On Green Is" National Archives ID 76049, Local ID 428-NPC-1527というショート・フィルムのフレーム・イメージ(1、2、3、4、5、6、7) ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務 ◎1944/7 グアム島の奪取、占拠(〜1944/8) ◎1945/4 沖縄群島への強襲、占拠 1945/4/7 沖縄海域にて日本軍の特攻機の攻撃により沈没(LST-447は1945年4月1日にビーチで貨物を降ろしたあとなので空だった) |
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LST-448 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1942/12/23 | ― | 1943/10/26 | ◎1942/7/10 起工 ◎1942/9/26 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/6 ソロモン諸島南方にて作戦の任務 ◎1943/10 ヴェラ・ラヴェラの占拠 1943/10/1 ブーゲンヴィル南方海域にて日本軍機の爆撃により損傷 1943/10/5 ヴェラ・ラヴェラ南方海域にて曳航するも沈没 |
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LST-449 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1942/12/31 | 1946/3/16 | 1946/3/28 | ◎1942/7/10 起工 ◎1942/9/30 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 5所属) ◎1943/4 ソロモン諸島南方にて作戦の任務(〜1943/6) ◎1943/11 Cape Torokinaの占拠と防衛(〜1943/12) ◎1944/7 グアム島の奪取、占拠(〜1944/8) ◎1945/2 硫黄島への強襲、占拠 ◎1945/4 沖縄群島への強襲、占拠 1945/4/10 沖縄にて日本軍の陸上砲台の砲撃により損傷 ◎1947/1/27 解体のため売却 ◎1948 商船Don Franciscoとなる ◎1959 Anna G. と改名 ◎1971 解体 |
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LST-450 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/1/6 | 1946/4/8 | 1946/4/17 | ◎1942/7/10 起工 ◎1942/10/4 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/5/11 アッツ島の占拠(〜1943/6/2) ◎1944/6 サイパンの奪取、占拠 ◎1944/7 テニアン島の奪取、占拠 ◎1945/4 沖縄群島への強襲、占拠 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-450)に改める |
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LST-451 (1、2) |
カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/1/12 | 1946/7/22 | 1946/9/25 | ◎1942/7/20 起工 ◎1942/10/6 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6/15 サイパンの奪取、占拠(〜1944/7/30) ◎1944/7/24 テニアン島の奪取、占拠(〜1944/7/30) ◎1944/10/20 レイテ島にて揚陸作戦 ◎1945/1/4 リンガエン湾にて揚陸作戦(〜1945/1/15) ◎1945/4/1 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/4/9) ◎1945/12/25 極東にて占領作戦の任務(〜1946/2/20) ◎1947/12/11 オークランドのThe Learner Co. に売却 ◎のちに解体 |
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LST-452 (1、2) |
カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/1/16 | 1946/6/12 | 1946/7/3 | ◎1942/7/20 起工 ◎1942/10/10 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/9 ラエの占拠 ◎1943/9 Finschhafenの占拠 ◎1943/12 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2) ◎1944/1 セイダーの占拠 ◎1944/3 アドミラルティ諸島にて揚陸作戦 ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/5) ◎1944/5 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6) ◎1944/7 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8) ◎1944/9 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦 1944/10/20 レイテにて日本軍の沿岸砲台の砲撃により損傷 ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/6 バリクパパンにて作戦の任務(〜1945/7) ◎第二次大戦後、中国方面での行動(〜1946/5中旬) ◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-453 (1、2) |
カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/1/21 | 1946/7/15 | 1946/8/15 | ◎1942/7/28 起工 ◎1942/10/10 進水 ◎1943/5 ブリズベンで揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦]に改装 ◎1944/8/15 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-40)に改め、リマス Remusと命名 |
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◎Finschhafen, Arawe. | ||||||
LST-454 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/1/26 | 1946/3/25 | 1946/5/1 | ◎1942/7/10 起工 ◎1942/10/14 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/9 ラエの占拠 ◎1943/9 Finschhafenの占拠 ◎1944/1 セイダーの占拠 ◎1944/2 アドミラルティ諸島にて揚陸作戦(〜1944/3) ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務 ◎1944/5 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6) ◎1944/9 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11) ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/3 Visayan Islandにて揚陸作戦(〜1945/4) ◎1945/6 バリクパパンにて作戦の任務(〜1945/7) ◎1947/10/3 解体のため、ボルティモアのPatapsco Scrap Corp. に売却 |
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LST-455 (1、2) |
カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/1/30 | 1946/7/19 | 1946/8/28 | ◎1942/8/3 起工 ◎1942/10/17 進水 ◎1943/2下旬 メア・アイランド海軍工廠にて艤装 ◎1943/5? オーストラリアで揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦]に改装 ◎1943/9/4 ラエの占拠(〜1943/9/12) 1943/9/12 Buna東方海域にて日本軍機の爆撃により損傷 ◎1944/8/21 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-41)に改め、アチールズ Achillesと命名 |
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LST-456 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/2/3 | 1946/12 | 1973/6/15 | ◎1942/7/10 起工 ◎1942/10/20 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/9/4 ラエの占拠(〜1944/9/8) ◎1943/9/14 ラエの占拠(〜1944/9/17) ◎1943/12/26 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1943/12/28) 1943/12 Cape Gloucesterにて日本軍機の爆撃により損傷(3発命中するも全て不発弾) ◎1944/1/2 セイダーの占拠(〜1944/1/3) ◎1944/1/6 セイダーの占拠(〜1944/1/9) ◎1944/2/12 セイダーの占拠(〜1944/2/14) ◎1944/2/17 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2/23) ◎1944/2/25 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/3/1) ◎1944/3/4 アドミラルティ諸島にて揚陸作戦(〜1944/3/8) ◎1944/3/11 アドミラルティ諸島にて揚陸作戦(〜1944/3/15) ◎1944/4/21 Humboldt Bay-Tanahmerah Bayにて作戦の任務(〜1944/4/25) ◎1944/5/17 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務(〜1944/5/18) ◎1944/5/23 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務(〜1944/5/25) ◎1944/5/27 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/5/29) ◎1944/5/31 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6/4) ◎1944/7/30 Cape Sansaporにて作戦の任務 ◎1944/8/4 Cape Sansaporにて作戦の任務 ◎1944/8/8 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8/14) ◎1944/9/15 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10/13 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/10/28) ◎1945/1/4 リンガエン湾にて揚陸作戦(〜1945/1/18) ◎1945/4/17 ミンダナオ島にて揚陸作戦(〜1945/4/23) ◎1945/6/28 バリクパパンにて作戦の任務(〜1945/7/7) ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q043) ◎1952/3/31 軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行する(T-LST-456) ◎1973/9/27 KhorramshahrのMaritime Co., Ltd. に売却され商船Karkasとなる ◎1993/2/1(1999?) アラブ首長国連邦のAl Jazya Mar. y Sh. Ag. に売却されBshairと改名、ボリヴィア船籍となる |
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LST-457 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/2/6 | 1946/3/15 | 1947/9/29 | ◎1942/8/3 起工 ◎1942/10/23 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/9 ラエの占拠 ◎1943/12 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2) ◎1944/1 セイダーの占拠(〜1944/2) ◎1944/3 アドミラルティ諸島にて揚陸作戦 ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務 ◎1944/5 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務 ◎1944/5 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6) ◎1944/7 Noemfoor Islandにて作戦の任務 ◎1944/11 レイテ島にて揚陸作戦 ◎1945/3 Visayan Islandにて揚陸作戦(〜1945/4) ◎1945/6 バリクパパンにて作戦の任務(〜1945/7) ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1945/10中旬) ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q098) ◎1948/4/20 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却 |
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LST-458 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/2/10 | 1946/4/15 | 1946/7/3 | ◎1942/9/18 起工 ◎1942/10/26 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/9 ラエの占拠 ◎1943/12 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2) ◎1944/1 セイダーの占拠(〜1944/2) ◎1944/3 アドミラルティ諸島にて揚陸作戦 ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務 ◎1944/5 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務 ◎1944/5 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6) ◎1944/7 Noemfoor Islandにて作戦の任務 ◎1944/8 Cape Sansaporにて作戦の任務 ◎1944/9/15 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11) ◎1945/4 ミンダナオ島にて揚陸作戦 ◎1945/9/29 極東にて占領作戦の任務(〜1945/10/21) ◎1947/10/31 解体のため、フィラデルフィアのLuria Steel & Trading Corp. に売却 |
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◎USS LST-458's AA batteries downed four Japanese Zeros when after coming under enemy air attack at Lae, Cape Cretin, and Biak Island, Leyte, Los Negroes Island, Admiralty Islands. and Noemfoor Island. Source: Personal Journal of RM1/c James Albin, USS LST-458 - 10 February 1943 to August, 1945. | ||||||
LST-459 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/2/13 | 1946/4/12 | 1946/6/19 | ◎1942/9/22 起工 ◎1942/10/29 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/12/22 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1943/12/28) ◎1943/12/30 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/1/3) ◎1944/1/9 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/1/11) ◎1944/2/5 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2/9) ◎1944/2/18 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2/21) ◎1944/2/23 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2/26) ◎1944/3/11 アドミラルティ諸島にて揚陸作戦(〜1944/3/15) ◎1944/4/21 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/4/26) ◎1944/5/1 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/5/7) ◎1944/5/9 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/5/16) ◎1944/5/27 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/5/29) ◎1944/5/31 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6/4) ◎1944/6/9 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6/13) ◎1944/6/16 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6/20) ◎1944/7/2 Noemfoor Islandにて作戦の任務(〜1944/7/4) ◎1944/7/6 Noemfoor Islandにて作戦の任務(〜1944/7/11) ◎1944/8/12 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8/18) ◎1944/8/20 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8/26) ◎1944/9/15 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/11/4 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11/18) ◎1945/1/4 リンガエン湾にて揚陸作戦(〜1945/1/16) ◎1945/3/10 ミンダナオ島にて揚陸作戦(〜1945/3/18) ◎1945/3/24 ミンダナオ島にて揚陸作戦(〜1945/3/31) ◎1945/4/2 スル諸島にて揚陸作戦(〜1945/4/4) ◎1945/4/9 スル諸島にて揚陸作戦(〜1945/4/11) ◎1945/11/13 極東にて占領作戦の任務(〜1945/11/22) ◎1947/10/31 解体のため、ニュー・オーリンズのNew Orleans Shipwrecking Co. に売却 |
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LST-460 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/2/15 | ― | 1945/1/19 | ◎1942/9/26 起工 ◎1942/10/31 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/8/6 ヴェラ・ラヴェラの占拠(〜1943/8/7) ◎1943/11/1 Treasury Islandにて揚陸作戦(〜1943/11/6) ◎1944/9 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/11 レイテ島にて揚陸作戦 ◎1944/12 ミンドロ島にて揚陸作戦 1944/12/21 ミンドロ島南方海域にて日本軍の特攻機の攻撃により喪失 1945/1/1 沈没 |
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LST-461 (1、2) |
カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/2/18 | 1947/9/2 | 1947/9/16 | ◎1942/9/30 起工 ◎1942/11/3 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/5/11 アッツ島にて作戦の任務(〜1943/6/2) ◎1944/6 サイパンの奪取、占拠(〜1944/7) ◎1944/7 テニアン島の奪取、占拠 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦 ◎1945/1/9 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/1 Nasugbuにて作戦の任務 ◎1945/5 沖縄群島への強襲、占拠 ◎1948/3/30 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却 |
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LST-462 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/2/21 | 1946/3/21 | 1946/5/1 | ◎1942/10/4 起工 ◎1942/11/6 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/5 Hollandiaにて作戦の任務 ◎1944/5 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6) ◎1944/7 Noemfoor Islandにて作戦の任務 ◎1944/7 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8) ◎1944/9/15 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦 ◎1945/1/9 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/7 バリクパパンにて作戦の任務 ◎1947/12/13(1948/12/15?) 解体のため、ニュー・ヨークのHughes Brothers., Inc. に売却 |
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LST-463 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/2/23 | 1946/6/6 | 1946/6/19 | ◎1942/10/6 起工 ◎1942/11/9 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/12 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/3) ◎1944/1 セイダーの占拠(〜1944/3) ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務 ◎1944/5 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6) ◎1944/7 Noemfoor Islandにて作戦の任務 ◎1944/7 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8) ◎1944/9 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11) 1944末〜1945初め 日本軍の特攻機の攻撃により損傷(1、2) ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/1 Nasugbuにて作戦の任務 ◎1945/4 ミンダナオ島にて揚陸作戦 ◎1945/6 沖縄群島への強襲、占拠 ◎1947/11/3 シアトルのDulien Steel Products, Inc. に売却され商船に改装 |
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LST-464 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/2/25 | 1946/4/16 | 1946/6/19 | ◎1942/10/10 起工 ◎1942/11/12 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/5 第7艦隊司令部の支援業務(〜1944/10) ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11) ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-464)に改める |
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LST-465 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/2/27 | 1946/3/8 | 1946/4/12 | ◎1942/12/17 起工 ◎1943/1/9 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/12 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2) ◎1944/2 セイダーの占拠 ◎1944/3 アドミラルティ諸島にて揚陸作戦 ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務 ◎1944/5 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務 ◎1944/9 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11) ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/10 極東にて占領作戦の任務(〜1945/11/22) ◎1947/9/30 解体のため、ボルティモアのPatapsco Scrap Corp. に売却 |
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LST-466 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/3/1 | 1946/3/8 | 1946/4/12 | ◎1942/10/14 起工 ◎1942/11/18 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/9 ラエの占拠 ◎1943/12 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2) ◎1944/1 セイダーの占拠 ◎1944/2 アドミラルティ諸島にて揚陸作戦(〜1944/3) ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/5) ◎1944/5 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務 ◎1944/5 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6) ◎1944/7 Noemfoor Islandにて作戦の任務 ◎1944/7 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8) ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦 ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/4 タラカン島にて作戦の任務(〜1945/5) ◎1945/6 バリクパパンにて作戦の任務(〜1945/7) ◎1945/10 極東にて占領作戦の任務 ◎1945/11 中国方面での行動(〜1945/12) ◎1948/6/4 解体のため、ニュー・ヨークのHughes Bros., Inc. に売却 |
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LST-467 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/3/3 | 1946/5/28 | 1946/6/5 | ◎1942/10/17 起工 ◎1942/11/21 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/9 ラエの占拠 ◎1943/12 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2) ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/5) ◎1944/5 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務 ◎1944/6 ビアク島にて作戦の任務 ◎1944/6 Noemfoor Islandにて作戦の任務(〜1944/7) ◎1944/8 Cape Sansaporにて作戦の任務 ◎1944/9 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11) ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/3 パラワン島にて揚陸作戦 ◎1945/3 Visayan Islandにて揚陸作戦 ◎1945/4 タラカン島にて作戦の任務(〜1945/5) ◎のちにロング・ビーチ海軍工廠にて太平予備艦隊に編入 ◎1946/11/22 ターミナル・アイランドのナショナル・メタル&スチール社に売却 ◎のちにMontrealのAnglo Canadian Pulp & Paper Millsの子会社St. Charles Transportation Co. に売却されLauzonのDavie Shipbuilding & Repairing Co. にて改装 ◎1947 Ampowercorpと命名 ◎1948 Frank J. Humphreyと改名 ◎1969 Witshoal IIと改名 ◎のちにSt. Thomas沖にて沈没処分 |
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LST-468 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/3/5 | 1946/4/2 (1946/4/12?) |
1946/6/5 | ◎1942/10/20 起工 ◎1942/11/24 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/9/4 ラエの占拠(〜1943/9/10) ◎1943/12/26 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1943/12/29) ◎1944/1/2 セイダーの占拠(〜1944/1/4) ◎1944/1/5 セイダーの占拠(〜1944/1/11) ◎1944/2/12 セイダーの占拠(〜1944/2/14) ◎1944/2/23 Cape Gloucesterにて作戦の任務(〜1944/2/26) ◎1944/3/4 アドミラルティ諸島にて揚陸作戦(〜1944/3/8) ◎1944/4/21 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/4/25) ◎1944/5/27 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/5/29) ◎1944/5/31 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6/4) ◎1944/7/12 Noemfoor Islandにて作戦の任務(〜1944/7/18) ◎1944/7/21 Cape Sansaporにて作戦の任務 ◎1944/8/6 Cape Sansaporにて作戦の任務 ◎1944/8/8 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8/14) ◎1944/8/16 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8/22) ◎1944/9/15 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10/13 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/10/27) ◎1944/11/5 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11/18) ◎1945/1/4 リンガエン湾にて揚陸作戦(〜1945/1/16) ◎1945/4/17 ミンダナオ島にて揚陸作戦(〜1945/4/23) ◎1947/9/30 解体のため、ボルティモアのPatapsco Scrap Corp. に売却 |
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LST-469 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/3/8 | 1946/3/27 | 1946/5/1 | ◎1942/10/23 起工 ◎1942/11/27 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla Seven、LST Group Nineteen所属) 1943/6/16 Coffs Harbor南東海域にて日本海軍伊号第一七四潜水艦の雷撃により損傷(画像解説:USS LST-469 BuShips. 94721 LST、1943年12月7日までの戦闘での損失を含む魚雷、投射物、爆弾、火災の被害報告。15ページ。米国国立公文書館 US National Archives ID 78672524) ◎1943/8 シドニーにて入渠(1(画像解説:1943年8月、オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ州シドニーのCockatoo Island Dock Yardで損傷した船尾部分を再建するために乾ドック入りしたUSS LST-469)、2(画像解説:オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ州シドニーのCockatoo Island Dock YardでUSS LST-469の舵とプロペラの戦闘損傷修理が完了した(1943年8月撮影)。 オーストラリア戦争記念館 Australian War Memorial、写真番号 306415)、3(画像解説:1943年8月、オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ州シドニーのCockatoo Island Dock Yardで、USS LST-469の修理中に船尾のシェル・プレートと甲板を閉鎖。 オーストラリア戦争記念館、写真番号 305768)、4(画像解説:1943年8月、オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ州シドニーのCockatoo Island Dock YardのUSS LST-469の船尾外観。1943年6月16日、オーストラリア東海岸沖で日本海軍伊号第一七四潜水艦の魚雷攻撃を受け、ドック・ヤードに曳航された。 オーストラリア戦争記念館、写真No.305769)) ◎1944/4/21 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/4/26) ◎1944/5/18 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務(〜1944/5/20) ◎1944/5/23 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務(〜1944/5/25) ◎1944/5/28 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/5/31) ◎1944/6/3 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6/7) ◎1944/6/9 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6/14) ◎1944/7/4 Noemfoor Islandにて作戦の任務(〜1944/7/10) ◎1944/7/12 Noemfoor Islandにて作戦の任務(〜1944/7/17) ◎1944/7/18 Noemfoor Islandにて作戦の任務(〜1944/7/22) ◎1944/7/31 Cape Sansaporにて作戦の任務 ◎1944/8/6 Cape Sansaporにて作戦の任務 ◎1944/8/8 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8/14) ◎1944/8/22 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8/28) ◎1944/9/15 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10/13 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/10/27) ◎1945/1/4 リンガエン湾にて揚陸作戦(〜1945/1/18、1、2、3) ◎1945/9/29 極東にて占領作戦の任務(〜1945/10/24) ◎1945/10/25 中国方面での行動(〜1945/11/2) ◎1947/12/13 解体のため、ニュー・ヨークのHughes Bros., Inc. に売却 |
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LST-470 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/3/9 | 1946/3/4 | 1946/6/5 | ◎1942/10/26 起工 ◎1942/11/30 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/9 ラエの占拠 ◎1943/12 Cape Gloucesterにて作戦の任務 ◎1944/1 セイダーの占拠 ◎1944/3 アドミラルティ諸島にて揚陸作戦 ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務 ◎1944/5 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6) ◎1944/7 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8) ◎1944/9 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11) ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/2 パラワン島にて揚陸作戦(〜1945/3) ◎1945/4 ミンダナオ島にて揚陸作戦 ◎1945/6 バリクパパンにて作戦の任務(〜1945/7) ◎1947/11/4(1947/11/6?) 解体のため、シアトルのDulien Steel Products, Inc. に売却 |
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LST-471 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/3/11 | 1946/2/26 | 1946/4/12 | ◎1942/10/29 起工 ◎1942/12/3 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/9 ラエの占拠 1943/9/4 Cape Ward Huntにて日本軍機の攻撃により損傷、のちにシドニーにて入渠、修理(1、2) ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11) ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/3 ミンダナオ島にて揚陸作戦 ◎1945/6 バリクパパンにて作戦の任務(〜1945/7) ◎1948/1/21 解体のため、ニュー・ヨークのHughes Bros., Inc. に売却 のちに曳航中、Rodanthe沿岸にて嵐により沈没(船体は現在でもその場に見られる) |
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LST-472 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/3/13 | ― | 1945/1/19 | ◎1942/10/31 起工 ◎1942/12/7 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/6 ソロモン諸島南方にて作戦の任務 ◎1943/7 New Georgia-Rendova-Vangunuの占拠 ◎1943/11 Cape Torokinaの占拠と防衛(〜1943/12) ◎1944/2/15 Green Islandにて揚陸作戦(〜1944/2/19) ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務 ◎1944/5 Toem-Wakde-Sarmiエリアにて作戦の任務 ◎1944/6 ビアク島にて作戦の任務 ◎1944/7 Noemfoor Islandにて作戦の任務 ◎1944/8 Cape Sansaporにて作戦の任務 ◎1944/12 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/12 ミンドロ島にて揚陸作戦 1944/12/15 ミンドロ島南方海域にて日本軍の特攻機の攻撃により損傷(1、2、3) 1944/12/21 沈没 |
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LST-473 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/3/16 | 1946/3/18 | 1946/4/17 | ◎1942/7/10 起工 ◎1942/12/9 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/9 ラエの占拠 ◎1943/9/4 Bunaにて日本軍機の攻撃により損傷 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦 ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/1 Zambales-スービック湾にて作戦の任務 ◎1945/4 ミンダナオ島にて揚陸作戦 ◎1948/4/21 解体のため、ニュー・ヨークのHughes Brothers, Inc. に売却 |
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LST-474 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/3/19 | 1946/3/22 | 1946/4/17 | ◎1942/7/10 起工 ◎1942/12/12 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/9 ラエの占拠 ◎1943/12 Cape Gloucesterにて作戦の任務 ◎1944/1 セイダーの占拠 ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務 ◎1944/5 ビアク島にて作戦の任務(〜1944/6) ◎1944/9 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11) ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/4 ミンダナオ島にて揚陸作戦 ◎1945/6 バリクパパンにて作戦の任務(〜1945/7) ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1945/9) ◎1947/12/5(1947/12/17?) 解体のため、BarberのShips & Power Equipment Corp. に売却 |
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LST-475 | カイザー社ヴァンクーヴァー造船所 | 1943/3/20 | 1946/4/24 | 1946/6/5 | ◎1942/7/10 起工 ◎1942/11/16(1942/12/16?) 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/9 ラエの占拠 ◎1943/12 Cape Gloucesterにて作戦の任務 ◎1944/1 セイダーの占拠 ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務 ◎1944/7 Noemfoor Islandにて作戦の任務 ◎1944/7 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8) ◎1944/9 モロタイ島にて揚陸作戦 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦(〜1944/11) ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/6 バリクパパンにて作戦の任務(〜1945/7) ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1945/10中旬) ◎1946/10/31 ジャクソンヴィルのSuwannee Fruit & Steamship Co. に売却され商船Bonitoとなる ◎1964 Ana Carolinaと改名 ◎1971 解体 |
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LST-476 | カイザー社リッチモンド造船所 | 1943/4/4 | 1946/2/12 | 1947/10/31 | ◎1942/8/5 起工 ◎1942/10/10 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 5、LST Group 14、LST Div. 27所属) ◎1943/11/21 ギルバート諸島にて作戦の任務(〜1943/12/8) ◎1944/2/2 Kwajaleinとマジュロ環礁の占拠(〜1944/2/8) ◎1944/4/21 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/4/26) ◎1944/7/21 グアム島の奪取、占拠(〜1944/8/15) ◎1944/8/4 Cape Sansaporにて作戦の任務(〜1944/8/10) ◎1945/10/21 極東にて占領作戦の任務(〜1945/11/6) ◎1946/1/5 極東にて占領作戦の任務(〜1946/2/12) ◎1948/6/1 解体のため、シアトルのPuget Sound Bridge & Dredging Co. に売却 |
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LST-477 | カイザー社リッチモンド造船所 | 1943/2/19 | 1946 | 1947/8/28 | ◎1942/8/12 起工 ◎1942/10/29 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 5、LST Group 13、LST Div. 25所属) ◎1943/11/21 ギルバート諸島にて作戦の任務(〜1943/12/8) ◎1944/2/2 Kwajaleinとマジュロ環礁の占拠(〜1944/2/8) ◎1944/7/21 グアム島の奪取、占拠(〜1944/7/29) ◎1945/2/20 硫黄島への強襲、占拠(〜1945/2/28) 1945/2/21 硫黄島にて日本海軍の特攻機の攻撃により損傷 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-477)に改める |
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LST-478 | カイザー社リッチモンド造船所 | 1943/3/13 | 1946/3/23 | 1947/8/28 | ◎1942/8/17 起工 ◎1942/11/7 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/11 ギルバート諸島にて作戦の任務(〜1943/12) ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務 ◎1944/7 グアム島の奪取、占拠 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦 ◎1945/4 沖縄群島への強襲、占拠 ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1946/3中旬) ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q091) ◎1948/3/25 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却 |
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LST-479 | カイザー社リッチモンド造船所 | 1943/4/19 | 1946/2/28 | 1946/3/28 | ◎1942/8/25 起工 ◎1942/10/4 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 13、LST Group 39、LST Div. 78所属) ◎1943/11/21 ギルバート諸島にて作戦の任務(〜1943/12/8) ◎1944/2/2 Kwajaleinとマジュロ環礁の占拠(〜1944/2/8) ◎1944/4/21 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/4/26) ◎1944/7/21 グアム島の奪取、占拠(〜1944/7/25) ◎1945/3/26 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/4/29) ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q100) ◎1948/4/16 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却 |
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LST-480 | カイザー社リッチモンド造船所 | 1943/5/3 | ― | 1944/7/18 | ◎1942/8/31 起工 ◎1942/10/29 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/11/21 ギルバート諸島にて作戦の任務(〜1943/12/8) ◎1944/2/1 Kwajaleinとマジュロ環礁の占拠(〜1944/2/6) 1944/5/21 真珠湾にて爆発事故により沈没(1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13) |
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LST-481 (1、2) |
カイザー社リッチモンド造船所 | 1943/5/15 | 1946/2/28 | 1946/4/12 | ◎1942/9/4 起工 ◎1942/12/2 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1943/11/12 ギルバート諸島にて作戦の任務(〜1943/12/8) ◎1944/1/31 Kwajaleinとマジュロ環礁の占拠(〜1944/2/8) ◎1944/4/21 Hollandiaにて作戦の任務(〜1944/4/26) ◎1944/7/21 グアム島の奪取、占拠(〜1944/7/28) 1944/7/24 グアム島にて日本軍の陸上砲台の砲撃により損傷 ◎1945/2/19 硫黄島への強襲、占拠(〜1945/2/25) ◎1945/4/1 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/4/10) ◎1945/9/23 極東にて占領作戦の任務(〜1945/9/26) ◎1945/10/20 極東にて占領作戦の任務(〜1945/11/15) ◎1948/4/28 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却 |
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LST-482 | カイザー社リッチモンド造船所 | 1943/3/20 | 1946/2/23 | 1955/8/11 | ◎1942/9/14 起工 ◎1942/12/17 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/1 Kwajaleinとマジュロ環礁の占拠(〜1944/2) ◎1944/4 Hollandiaにて作戦の任務 ◎1944/7 グアム島の奪取、占拠 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦 ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-482)に改める ◎1952/3/11 艦種を戦車揚陸艦(LST-482)に改める ◎1955/7/1 ブランチ・カウンティ Branch Countyと命名 ◎1956/2/22(1956/3?) サン・ディエゴにて標的として沈没 |
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LST-483 | カイザー社リッチモンド造船所 | 1943/5/3 | 1946/2/10 | 1955/8/11 | ◎1942/9/21 起工 ◎1942/12/30 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6 サイパンの奪取、占拠(〜1944/7) ◎1944/7 テニアン島の奪取、占拠 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦 1944/10/21 レイテ島にて日本軍の陸上砲台の砲撃により損傷 ◎1945/4 沖縄群島への強襲、占拠 ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1946/2初め) ◎退役後、予備艦隊に編入 ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q050) ◎1955/7/1 ブリュースター・カウンティ Brewster Countyと命名 ◎除籍後、標的として沈没 |
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LST-484 | カイザー社リッチモンド造船所 | 1943/4/23 | 1946/7/27 | 1946/8/28 | ◎1942/9/28 起工 ◎1943/1/2 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/2 Kwajaleinとマジュロ環礁の占拠 ◎1944/2 エニウェトク環礁の占拠(〜1944/3) ◎1944/6 サイパンの奪取、占拠(〜1944/7) ◎1944/7 テニアン島の奪取、占拠 ◎1945/3 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/6) ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1946/2中旬) ◎1947/12/13 解体のため、シアトルのKaiser Co., Inc. に売却 |
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LST-485 (1、2) |
カイザー社リッチモンド造船所 | 1943/5/19 | 1946/7/30 | 1946/8/28 | ◎1942/12/17 起工 ◎1943/1/9 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 5、LST Group 15、LST Div. 29所属) ◎1943/9 ヴェラ・ラヴェラの占拠 ◎1943/10 Treasury Islandにて揚陸作戦(〜1943/11) ◎1944/6 サイパンの奪取、占拠(〜1944/8) ◎1944/7 テニアン島の奪取、占拠(〜1944/8) ◎1945/5 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/6) ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1946/3) ◎1946/1 中国方面での行動(〜1946/2) ◎1948/3/29 解体のため、シアトルのKaiser Co., Inc. に売却 |
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LST-486 | カイザー社リッチモンド造船所 | 1943/5/29 | 1946/1/13 | 1947/8/28 | ◎1942/12/31 起工 ◎1943/1/16 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 5、LST Group 15、LST Div. 29所属) ◎1944/6 サイパンの奪取、占拠(〜1944/7) ◎1944/7 テニアン島の奪取、占拠 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦 1944/10/21 レイテ島にて日本軍の陸上砲台の砲撃により損傷 ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-486)に改める |
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LST-487 | カイザー社リッチモンド造船所 | 1943/4/27 | 1946/3/15 | 1946/5/1 | ◎1943/1/2 起工 ◎1943/1/23 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 5、LST Group 15、LST Div. 29所属、1945年5月にはLST Flotilla 13、LST Group 38、LST Div. 75所属) ◎1944/6/15 サイパンの奪取、占拠(〜1944/7/20) ◎1944/7/24 テニアン島の奪取、占拠(〜1944/7/28) ◎1944/9/6 パラオ諸島南方の奪取、占拠(〜1944/10/14) ◎1945/1/9 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/5/2 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/5/10) ◎1945/10/15 極東にて占領作戦の任務(〜1945/11/3) ◎1948/2/20 Houstonのブラウン&ルート社に売却され商船Dona Rosaとなる |
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LST-488 | カイザー社リッチモンド造船所 | 1943/5/24 | 1946/1/11 | ◎1943/1/11 起工 ◎1943/3/5 進水 ◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 5、LST Group 14、LST Div. 29所属) ◎1943/11 Cape Torokinaの占拠と防衛 ◎1944/7 グアム島の奪取、占拠 ◎1944/10 レイテ島にて揚陸作戦 ◎1945/1 リンガエン湾にて揚陸作戦 ◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-488)に改める ◎1952/3/12 軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行する(T-LST-488) ◎1972/7/15 フィリピンに貸与されSuriago Del Norte(Suriago del Norte?、LT 94)と命名 ◎1980/3/5 フィリピンに売却 ◎1991 除籍 |
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LST-489 (1、2) |
カイザー社リッチモンド造船所 | 1943/7/30 | 1946/11/15 | 1970/6/1 | ◎1943/1/13 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-2)に改め、アミカス Amycusと命名 | |
LST-490 (1、2) |
カイザー社リッチモンド造船所 | 1943/8/20 | 1946/11/15 | 1951/3/26 | ◎1943/1/13 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-3)に改め、アジェノール Agenorと命名 | |
LST-491 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/12/3 | 1946/1/12 | 1975/6/30 | ◎1943/7/29 起工 ◎1943/9/23 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1944/8 南フランスへの侵攻(〜1944/9) ◎1945/5 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/6) ◎1952/3/31 SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q010) ◎SCAJAPより返還後、軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行する(T-LST-491、1、2) ◎1976/9/13 フィリピンに売却されLanao Del Sur(Lanao del Sur?、LT 503)と命名 ◎1988後半 艀に改装 ◎1991 除籍 |
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LST-492 (1、2) |
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/12/8 | 1946/6/17 | 1947/6/23 | ◎1943/8/3 起工 ◎1943/9/30 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25、1、2、3、4(画像解説:LST-492とイギリス海軍のLST-402は、1944年6月11日から19日にかけて、ノルマンディの“オマハ・ビーチヘッド”沖のマルベリー・ハーバーA Mulberry Harbor Aに係留された。マルベリー・ハーバーAは1944年6月11日から6月19日までしか運用されなかったが、19日の暴風雨で十分な被害が出たため、連合軍は使用を中止した。“フランス侵攻という短編映画の一コマ:装備の上陸と負傷者の避難”。国立公文書館ID 77074。Local ID 428-NPC-4352; 海軍省)) ◎1944/8 南フランスへの侵攻(“南フランス侵攻ののち、LST-492は1944年10月に北イタリア作戦を支援し、コルシカ島のBastiaからイタリアのLivorno(Leghorn)まで、イギリス空軍と米陸軍航空軍の部隊と装備を乗せて2往復した。18日にコルシカ島のBastiaを出発し、Sardiniaへ向かったが、ハリケーンのような暴風雨に見舞われ、イタリアNaples方面へ進路を逸れた。イタリアのNesidaにしばらく滞在したのち、北アフリカのビゼルトに向けて出航。そこからSardiniaのMaddelena Islandに向かい、アフリカのOranに輸送するPT物資を積み込んだ。そののちまもなく、太平洋遠征の準備をする前に、アメリカに向けて出航した”寄稿:アート・アレゴニ Art Aregoni - USS LST-492 and USS LST-1010より) ◎1945/5 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/6) ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1945/12初め) ◎1948/2/24 テキサス州HoustonのGreen's Bayou Transportersに売却され非自走作業に就く |
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LST-493 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/12/13 | 1945/5/19 | 1945/5/19 | ◎1943/8/9 起工 ◎1943/10/4 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) 1945/4/12 プリマスにて座礁、全損と認定(1、2、3、4、5、6) |
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LST-494 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/12/18 | 1946/6/29 | 1946/8/28 | ◎1943/8/10 起工 ◎1943/10/11 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1944/8 南フランスへの侵攻(〜1944/9) ◎1945/6 沖縄群島への強襲、占拠 ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1946/3) ◎1946/3中旬 中国方面での行動(〜1946/5末) ◎1948/8/12 解体のため、フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-495 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/12/23 | 1946/4/23 | 1946/6/5 | ◎1943/8/14 起工 ◎1943/10/16 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 35、LST Group 105、LST Div. 210所属) ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎1944/8/15 南フランスへの侵攻(〜1944/9/25) ◎1945/4/29 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/6/24) ◎1945/9/10 極東にて占領作戦の任務(〜1945/9/23) ◎1945/10/22 極東にて占領作戦の任務(〜1945/10/29) ◎1948/4/8 解体のため、シアトルのKaiser Co., Inc. に売却 |
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LST-496 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/12/27 | ― | 1944/8/22 | ◎1943/8/24 起工 ◎1943/10/22 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 1944/6/11 ノルマンディー海岸“オマハ・ビーチ”にて機雷により沈没 |
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LST-497 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1943/12/31 | 1945/12/18 | 1946/1/8 | ◎1943/8/26 起工 ◎1943/10/27 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1948/1/30 ケベックのAnglo-Canadian Pulp & Paper Millsに売却され商船となる ◎1949 Robert McMichaelと命名 ◎1970 Fort Gaspeと改名 ◎1985 Sorelにて解体 |
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LST-498 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1944/1/6 | 1945/11/8 | 1945/11/28 | ◎1943/8/31 起工 ◎1943/11/1 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1947/11/21 解体のため、フィラデルフィアのWashburn Wire Co. に売却 |
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LST-499 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1944/1/10 | ― | 1944/8/22 | ◎1943/9/3 起工 ◎1943/11/5 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 1944/6/8 ノルマンディー海岸にてドイツ軍の攻撃により沈没 |
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LST-500 | ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 | 1944/1/13 | 1947/7/18 | 1947/8/1 | ◎1943/9/8 起工 ◎1943/11/10 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1948/4/20 ウィルミントンのSouthern Trading Co. に売却され商船Southern Districtsとなる 1954/12/6 キー・ウェスト南西海域にて転覆 |
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LST-501 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/11/26 | 1947/8/20 | 1947/9/29 | ◎1943/6/30 起工 ◎1943/9/22 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎1945/5/3 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/6/30) ◎1945/10/9 極東にて占領作戦の任務(〜1945/10/26) ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q097) ◎1948/5/7 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却 |
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LST-502 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/12/8 | 1946/2/7 | 1947/12/23 | ◎1943/6/18 起工 ◎1943/9/25 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1944/8 南フランスへの侵攻(〜1944/9) ◎1945/5 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/6) ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1946/1) ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q041) ◎1948/5/20 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却 |
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LST-503 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/12/8 | 1955/4/4 | 1960/4/25 | ◎1943/7/29 起工 ◎1943/10/8 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎1946/6/11 退役、Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入 ◎1950/10 再役 ◎1955/4/4 台湾に貸与され中光 Chung Kuang(LST 646)と命名 ◎のちに艦種記号をLST 216に改める ◎2009/2/16 Kaohsiung Harborにて退役 |
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LST-504 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/12/18 | 1946/1/22 | 1955/8/11 | ◎1943/7/21 起工 ◎1943/10/19 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1944/8 南フランスへの侵攻(〜1944/9) ◎1945/4 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/6) ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1946/1) ◎退役後、予備艦隊に編入 ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q016) ◎1955/7/1 ブキャナン・カウンティ Buchanan Countyと命名 ◎1956/2 標的として沈没 |
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LST-505 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1943/12/27 | 1946/6/11 | 1947/9/16 | ◎1943/8/6 起工 ◎1943/10/27 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1944/8 南フランスへの侵攻 ◎1945/5 沖縄群島への強襲、占拠(〜1945/6) ◎第二次大戦後、極東にて占領作戦の任務(〜1946/2初め) ◎のちに中国方面での行動(〜1946/5中旬) ◎1948/2/13 フィリピンのBoseyにて売却 |
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LST-506 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1944/1/3 | 1947/7/24 | 1947/8/28 | ◎1943/8/19 起工 ◎1943/11/4 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1944/9/22 ファルマスにて入渠 ◎1947/12/4 フィラデルフィアのSouthern Trading Co. に売却され商船となる ◎1948 Southern Countiesと命名 ◎1953 Bethcoasterと改名 ◎のちに艀Spadaforaとなる |
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LST-507 (1、2) |
ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1944/1/10 | ― | 1944/6/9 | ◎1943/9/8 起工 ◎1943/11/16 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる 1944/4/28 Lyme Bayにてドイツ海軍魚雷艇の雷撃により沈没(1、2、3) 2020春 イギリスのデジタル・文化・メディア・スポーツ省によって保護 |
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◎During World War II USS LST-507 was assigned to the Europe-Africa-Middle East Theater. Sunk by a German E-Boat torpedo attack off Slapton Sands, England, 28 April 1944, during Operation Tiger, the rehearsal for the Normandy invasion. LST 507 went down with 16 Army trucks and landing craft on deck and 22 amphibious DUKWs in her hold. Torpedoed by 40-knot German E-boats based in Cherbourg, 202 US servicemen from this vessel were killed. In total US 638 servicemen lost their lives in Exercise Tiger. | ||||||
LST-508 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1944/1/14 | 1946/8/2 | 1947/1/28 | ◎1943/9/18 起工 ◎1943/11/10 進水 ◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) ◎SCAJAPに貸与(SCAJAP番号Q087) ◎1947/3/25 国務省に移管後、フランスに貸与されOrne(L 9002)と命名 ◎1957 La Seyneにて解体(1、2) ◎1962 除籍 |
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LST-509 | ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1944/1/20 | 1970/4/8 | ◎1943/10/7 起工 ◎1943/11/23 進水 ◎1944/1/1 引き渡される ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる ◎1944/6 ノルマンディへの侵攻 ◎1955/7/1 バロック・カウンティ Bulloch Countyと命名 ◎1967/3/15 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase II、〜1967/4/24) ◎1967/6/9 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase III、〜1967/7/28) ◎1967/9/15 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase III、〜1967/11/7) ◎1967/12/3 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase III、〜1967/12/19) ◎1968/2/27 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Tet Counteroffensive、〜1968/4/1) ◎1968/4/2 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase IV、〜1968/5/13) ◎1968/5/24 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase IV、〜1968/5/24) ◎1968/6/4 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase IV、〜1968/6/25) ◎1969/3/30 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Tet 69/Counteroffensive、〜1969/4/27) ◎1969/5/13 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Tet 69/Counteroffensive、〜1969/5/22) ◎退役後、南ヴェトナムに貸与されQui Nhon(HQ 504)と改名 ◎1970 サイゴンの海軍造船所にて入渠 1975/4 北ヴェトナムに拿捕、のちに艦種記号をHQ 505に改める 1988/3/14 スプラトリー諸島海戦にて中国人民解放軍海軍フリゲイトYingtan(531)の攻撃により沈没 |
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LST-510 (1、2) |
ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 | 1944/1/31 | 1946/7/1 | 1958/11/1 | ◎1943/9/27 起工 ◎1943/11/30 進水 ◎ニュー・オーリンズにて就役 ◎1944/2 ニュー・オーリンズにてPSA ◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる 1944/4 大西洋にてエンジン故障 ◎1944/6/6 ノルマンディへの侵攻(〜1944/6/25) 1944/9下旬 ノルマンディにてエンジン故障、のちにプリマスにて入渠、修理 のちにシェルブール沖にて海底の突出部と接触し機関室浸水、のちにイギリスのポートランドへ曳航、一時的な修理、のちにファルマスにて入渠、修理 1945/2/5 ワイト島南方海域にて濃霧によりMarine Transport LineのVC2-S-AP2型貨物船チャペル・ヒル・ヴィクトリー(MCハル615)と衝突し損傷、のちにファルマスにて入渠(〜1945/5) ◎退役後、太平洋予備艦隊に編入 ◎1955/7/1 バンコンベ・カウンティ Buncombe Countyと命名 ◎1960(1961?) ノーフォークのChesapeake Bay Ferry Districtに売却され商船Virginia Beachとなる ◎1964(1965?) Delaware River & Pay Authorityに売却されCape Henlopenと改名 ◎1966 カーフェリーに改装 ◎1983 ニュー・ロンドンのCross Sound Ferry Services, Inc. に売却 |