LST
戦車揚陸艦

アイコン 意味
戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません
戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争などで沈没し、何十年後に発見された場合もこのアイコンです
映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です
参考文献、小説や書籍に登場する事柄です
インターネットやTVゲームに登場する事柄です
不可解な事故&事件およびUFOなど超常現象に遭遇した事柄です


↑海上自衛隊掃海母艦はやとも(MST-461、元LST-1級戦車揚陸艦LST-802)
↑海上自衛隊揚陸艦/輸送艦しもきた(LST-4002、元LST-1級戦車揚陸艦LST-835)
↑海上自衛隊揚陸艦/輸送艦しれとこ(LST-4003、元LST-1級戦車揚陸艦LST-1064)
↑An undated photo of USS LST-906 with a USAAF L-4 Grasshopper just having left the flight deck, with Navy personnel looking on. US Army photo. Image courtesy of NavSource.

↑Undated photo of USS LST-906 underway in the Mediterranean. She is fitted with a 220' x 16' temporary flight deck for launching USAAF Piper L-4 Grasshopper observation aircraft, one of which is shown, ready for launching. US Navy photo from "Allied Landing Craft and Ships of World War Two" by the US Division of Naval Intelligence. Image courtesy of NavSource.

↑HMTS Chang (LST 2). ex-USS Lincoln County (LST-898). Image courtesy of Shipbucket.

↑HMTS Angthong (LST 1). ex-USS LST-924. Image courtesy of Shipbucket.
艦種記号 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
LST-796 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1944/10/20 1946/4/17 1946/6/19 ◎1944/8/6 起工
◎1944/9/16 進水
◎1947/9/22 ニュー・オーリンズのSouthern Shipwrecking Co. に売却
LST-797 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1944/10/20 1946/6/28 1946/7/31 ◎1944/8/21 起工
◎1944/9/22 進水
◎1947/12/12 解体のため、Morris Heightsのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却
LST-798 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1944/10/26 1946/7/16 1946/8/15 ◎1944/8/17 起工
◎1944/9/26 進水
◎1947/9/17 解体のため、Morris Heightsのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却
LST-799 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1944/10/28 1960/1/18 1960/11/1 ◎1944/8/25 起工
◎1944/10/3 進水
◎1946/4/22(1946/5/6?) 退役、陸軍に移管
◎1950 海軍に移管
◎1950/8/26 再役
◎1950/10下旬 元山?にてオーヴァーホール(~1950/12/24)
◎1950/12下旬 釜山にてオーヴァーホール(~1951初め)
◎1952秋? ロング・ビーチにてオーヴァーホール
◎1955/7/1 グリーア・カウンティ Greer Countyと命名
◎1960/10 西ドイツに貸与(除籍後、解体のため売却ともいわれる)
LST-800 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1944/11/2 1946/5/1 1946/7/3 ◎1944/8/29 起工
◎1944/10/10 進水
◎1947/12/22 HoustonのHumble Oil & Refining Co. に売却
LST-801 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1944/11/8 1946/7/18 1946/8/18 ◎1944/9/6 起工
◎1944/10/14 進水
◎1947/12/29 Pablo N. Ferrari & Co. に売却されDon Antonioと命名
◎1947/12 アルゼンチン政府に売却され艦種記号をBDT No. 5に改める
◎1959 アルゼンチン海軍に移管
◎1963 Cabo Buen Tiempo(BDT13)と改名
LST-802 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1944/11/13 1960/6/30 1960/7/1 ◎1944/9/2 起工
◎1944/10/19 進水
◎1946/7/21 退役、グアムにて太平洋予備艦隊に編入、SCAJAPに貸与
◎1950/8/30 横須賀にて再役
◎1951/3下旬 本国にてオーヴァーホール
◎1955/7/1 ハミルトン・カウンティ Hamilton Countyと命名
◎1960/6/30 日本に売却され掃海母艦はやとも(MST-461)となる
◎1972/3/31 除籍
LST-803 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1944/11/17 1958/1/2 1958/4/17 ◎1944/9/14 起工
◎1944/10/23 進水
◎1949/3/26(1949/6/15?) 退役、ロング・ビーチにて太平洋予備艦隊に編入
◎1950/11/15 再役
◎1952/2? サン・ディエゴにてオーヴァーホール
◎1955/7/1 ハンプデン・カウンティ Hampden Countyと命名
◎1958/9/26 カリフォルニア沿岸にて標的として沈没
LST-804 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1944/11/22 1946/5/24 1946/7/3 ◎1944/9/10 起工
◎1944/10/27 進水
◎退役後、国務省に移管
◎除籍後、中国国民党に貸与
◎のちに民間に売却されChung 101と命名
LST-805 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1944/11/27 1946/5/25 1946/7/19 ◎1944/9/22 起工
◎1944/10/31 進水
◎1947/11/5 フィリピンにて売却
◎のちに台湾の業者に売却されChung 111と命名
LST-806 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/9/28 1946/5/20 1946/7/19 ◎1944/7/25 起工
◎1944/9/7 進水
◎1947/11/20 フィリピンにて売却
◎のちに台湾の業者に売却されChung 112と命名
1950/4/30 海南島Yulinにて沈没
LST-807 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/10/3
(1944/10/8?)
1946/5/27 1946/7/3 ◎1944/7/29 起工
◎1944/9/11 進水
1945/2/22 硫黄島沖にて護衛駆逐艦メルヴィン R. ナウマン Melvin R. Nawman(DE-416)と衝突し損傷
◎退役後、国務省に移管
LST-808 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/9/29 1945/11/11 ◎1944/8/1 起工
◎1944/9/15 進水
1945/5/18 沖縄の伊江島沖にて日本軍機の雷撃により損傷
1945/5/20 何隻かのLCVPがLST-808を珊瑚礁付近まで押すも日本軍の特攻機の攻撃により損傷
◎1945/11/11 破壊処分
LST-809 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/10/10 1946/7/15 1946/8/18 ◎1944/8/5 起工
◎1944/9/19 進水
1945/2/21 硫黄島にて日本海軍の特攻機の攻撃により損傷
1945/2/27 硫黄島にて他の艦船と衝突し損傷
◎1948/5/19 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却
LST-810 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/10/13 1946/7/18 1946/8/28 ◎1944/8/8 起工
◎1944/9/21 進水
◎1947/10/14 解体のため、ニュー・ヨークのWilliam E. Skinnerに売却
LST-811 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/10/18 1946/6/26 1946/7/31 ◎1944/8/12 起工
◎1944/9/23 進水
◎1947/11/4 解体のため、シアトルのDulien Steel Products, Inc. に売却
LST-812 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/10/19 1946/5/9 1946/6/10
(1946/6/19?)
◎1944/8/14 起工
◎1944/9/27 進水
◎1948/5/25 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却
LST-813 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/10/24 1946/6/21 1946/7/31 ◎1944/8/20 起工
◎1944/9/30 進水
◎1948/6/12 解体のため、Walter W. Johnson Co. に売却
LST-814 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/10/27 1946/4/16 1946/5/8 ◎1944/8/25 起工
◎1944/10/4 進水
1945/12/30 佐世保にて揚陸作業中に事故により損傷
◎1946/8/12 フィリピン海にて沈没処分(12345
LST-815 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/10/30 1946/9/6 1961/7/1 ◎1944/8/28 起工
◎1944/10/7 進水
◎1948/5/28 解体のため、Basalt Rock Co., Inc. に売却
◎1948 フランスに再売却されOdet(L 9005)と命名
◎1955ごろ Toulonにて入渠
◎1969/8/14 除籍
◎1969 フランスにて解体
LST-816 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/11/2 1946/6/29 1946/7/31 ◎1944/9/2 起工
◎1944/10/11 進水
◎1948/5/27 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却
LST-817 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/11/7 1947/1/31 1947/2/7 ◎1944/9/4 起工
◎1944/10/14 進水
◎1948/5/25 解体のため、NapaのBasalt Rock Co., Inc. に売却
LST-818 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/11/9 1946/7/16 1946/8/28 ◎1944/9/8 起工
◎1944/10/18 進水
◎1947/9/17 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却
LST-819 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/11/14 1970/12/19 1975/4/1 ◎1944/9/12 起工
◎1944/10/21 進水
◎1946/11/15 退役、アストリアにて太平洋予備艦隊に編入
◎1950/9/8 再役
◎1955/6/24 退役、サン・ディエゴにて太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 ハンプシャー・カウンティ Hampshire Countyと命名
◎1966/7/9 再役
◎1975/12/1 Defense Reutilization & Marketing Service(DRMS)により解体のため売却
◎のちにBeverly HillsのMax Rouse & Sonsに売却、シアトルのLake Union Drydock Co. にて改装
◎のちにLanding System Technology Pte., Ltd. (船主はノルウェーのLauritz Kloster)に売却
◎1976 LST2と改名
◎1970/6/30 パナマとギリシャのMaritime & Commercial Co. Argonaftis, S.A. に売却されPetrola 142と改名
◎1980/7/31 運用開始
◎1983/2/24 Piraeusにて係船、Petrolaと改名
◎のちに解体のため、AliagaのSeltas, A.S. に売却
◎1995/12/22 Aliagaに到着
LST-820 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/11/16 1946/1/16 1946/2/7 ◎1944/9/14 起工
◎1944/10/25 進水
LST-821
123
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/11/22 1970/10/12 ◎1944/9/9 起工
◎1944/10/27 進水
◎1944/11/14 竣工
◎ニュー・オーリンズにて就役
◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla Twenty-Three、LST Group Sixty-Seven、LST Division One Hundred Thirty-Four所属)
◎1945/4/18 沖縄群島への強襲、占拠(~1945/6/18)
◎1945/5上旬 ウルシーにてオーヴァーホール
◎1945/9/20 極東にて占領作戦の任務(~1945/10/5)
◎1945/10/20 極東にて占領作戦の任務(~1945/12/6)
◎1945/11/18 極東にて占領作戦の任務(~1945/10/5)
◎1946/7/8 Vancouverにて退役、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 ハーネット・カウティ Harnett Countyと命名
◎1966/8/20 再役
◎1967/1/12 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase II、~1967/5/31)
◎1967/6/1 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase III、~1967/7/12)
◎1967/8/17 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase III、~1968/1/29)
◎1968/1/30 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Tet Counteroffensive、~1968/2/27)
◎1968/4/9 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase IV、~1968/6/30)
◎1968/7/1 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase V、~1968/11/1)
◎1968/11/2 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase VI、~1968/11/4)
◎1968/12/8 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase VI、~1969/2/22)
◎1969/2/23 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Tet/69 Counteroffensive、~1969/5/7)
◎1969/8/4 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnam Summer-Fall 1969、~1969/10/31)
◎1969/11/1 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnam Winter-Spring 1970、~1970/1/22)
◎1970/2/17 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnam Winter-Spring 1970、~1970/4/30)
◎1970/5/1 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Sanctuary Counteroffensive、~1970/6/30)
◎1970/7/1 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase VII、~1970/7/21)
◎1970/9/25 艦種を哨戒艇母艦(AGP-821)に改める
◎PUC 31 Jan 1968-29 Feb 1968.
LST-822
12
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/11/23 1956/2/21 ◎1944/9/20 起工
◎1944/11/1 進水
◎ニュー・オーリンズにて就役
◎1946/5/28 ポートランドにて入渠
◎1946/7/27 ポートランドにて退役
◎1946/8/10 Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1950/11/23 再役
◎1955/7/1 ハリス・カウンティ Harris Countyと命名
◎1955/12/1 シアトルにてオーヴァーホール(~1956/1/20)
◎退役後、メア・アイランドにて太平洋予備艦隊に編入
◎1956/3 軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行(T-LST-822)
◎1976/9/13 フィリピンに貸与されAurora(LT 508)と改名
LST-823
12
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/11/28 1945/12/1 1946/1/3 ◎1944/9/25 起工
◎1944/11/4 進水
1945/9/16 沖縄のBuckner Bayにて台風により座礁、損傷
1945/10/9 沖縄のBuckner Bayにて台風により座礁、損傷、後に応急修理(123
◎1945/11 グアムへ曳航
◎1947/5 解体のため、Oklahoma-Philippines Co. に売却
LST-824
12
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/11/30 1975/4/11 ◎1944/9/28 起工
◎1944/11/8 進水
◎1946/5/15 ポートランドにて退役、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 ヘンリー・カウンティ Henry Countyと命名
◎1959/9/5 再役
◎1976/10/1 マレーシアに貸与されSri Banggi(A1501)と命名
LST-825
12
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/12/8 1979/9/15 ◎1944/10/2 起工
◎1944/11/11 進水
◎ニュー・オーリンズにて就役
◎1946/5/22 ポートランドにて退役、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1950/11/3 再役
◎1955/7/1 ヒックマン・カウンティ Hickman Countyと命名
◎1955/9/20 退役、サン・ディエゴにて太平洋予備艦隊に編入
◎1963/3/22 再役
◎1969/11/26 フィリピンに貸与されCagayan(LT-97)と改名
LST-826 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/12/7 ◎1944/10/6 起工
◎1944/11/14 進水
1945/10/9 沖縄にて台風により座礁(12
◎1947/5(1947/11?) 解体のため、Oklahoma-Philippines Co. に売却
LST-827
12
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/12/12 1958/1/22
(1958/1/28?)
1958/3/28 ◎1944/10/9(1944/10/13?) 起工
◎1944/11/16(1944/11/22?) 進水
◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla Twenty-Three、LST Group Sixty-Eight、LST Division One Hundred Thirty-Eight所属)
◎1945/5/20 沖縄群島への強襲、占拠(~1945/6/10、1(画像解説:1945年7月7日、沖縄の西海岸、渡具知ビーチで戦車揚陸艇LCT-1402の荷揚げをする戦車揚陸艦LST-827。LCT-1402はニュー・オーリンズでLST-827に積み込まれ、そのウェルにはPTボートがあった。LCT-1402が荷揚げされる前に、貨物船がLST-827に横付けされ、そのカーゴ・ブームを使ってLCT-1402のウェルからPTボートを吊り上げた。これが完了すると、LCT-1402 の荷降ろしが開始された。シリーズ最初の写真は、LST-827のメイン・デッキに停泊するLCT-1402を示している)、2(画像解説:1945年7月7日、沖縄の西海岸、渡具知ビーチにて、LST-827の横から進水するLCT-1402。宙に浮いている。貴重な写真)、3(画像解説:LCT-1402は1945年7月7日、沖縄の西海岸、渡具知ビーチで進水後、LST-827と並んでいる。この写真は、LCTを運搬するためにLSTの甲板に作られた船道を示している。LCTを進水させたのち、船道を離脱させ、海岸まで運搬した)、4(画像解説:LCT-1402は、1945年7月7日、沖縄の西海岸、渡具知ビーチで進水後、LST-827と並んでいる))
◎1946/6/7 退役、カリフォルニア州サン・ディエゴにて太平洋予備艦隊に編入
◎1950/11/3 再役
◎1951/3/19 朝鮮戦争中、戦域に割り当てられる(First UN Counter Offensive、~1951/4/21)
◎1951/4/22 朝鮮戦争中、戦域に割り当てられる(Communist China Spring Offensive、~1951/5/13)
◎1952/7/5 朝鮮戦争中、戦域に割り当てられる(Third Korean Winter、~1952/7/10)
◎1952/7/19 朝鮮戦争中、戦域に割り当てられる(Third Korean Winter、~1952/7/24)
◎1952/8/5 朝鮮戦争中、戦域に割り当てられる(Third Korean Winter、~1952/8/23)
◎1952/12上旬 カリフォルニア州メア・アイランドにて近代化改装
◎1955/7/1 ヒルズボロ・カウンティ Hillsborough Countyと命名
◎1957/11/1 保管
◎1958/8/15 カリフォルニア湾にて標的として沈没
LST-828 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/12/13 1947/4/22 1947/5/22 ◎1944/10/13 起工
◎1944/11/22 進水
◎退役後、不活性化工事
◎1947/5/7 マリアナ諸島にて破壊処分
LST-829 アメリカン・ブリッジ社 1944/10/23 1945末 ◎1944/8/10 起工
◎1944/9/26 進水
◎1948/3/19 海事委員会に移管
◎のちに民間に売却され商船Macauとなる
1961/12/21 ブラジル北東海域にて爆発により沈没
LST-830 アメリカン・ブリッジ社 1944/10/28 1946/4/29 1946/7/3 ◎1944/8/15 起工
◎1944/9/30 進水
◎1947/7/8 ブエノス・アイレスのCompania, Naviera, Argentinaに売却され商船Marplatenseとなる
LST-831 アメリカン・ブリッジ社 1944/11/8 1946/4/15 ◎1944/8/19 起工
◎1944/10/6 進水
◎1947/12/19 海事委員会に移管
◎後に民間に売却され艀Humble ST-2となる
◎後にBauer ST-2と改名
LST-832 アメリカン・ブリッジ社 1944/11/4 1946/4/30 1946/7/3 ◎1944/8/25 起工
◎1944/10/11 進水
◎1948/3/12 ニュー・オーリンズのAlexander Shipyards, Inc. に売却
LST-833 アメリカン・ブリッジ社 1944/11/10 1946/5/2 1947/6/10 ◎1944/8/28 起工
◎1944/10/16 進水
◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 25、LST Group 74、LST Div. 148所属)
◎1945/4/1 沖縄群島への強襲、占拠(~1945/6/18)
◎1945/9/25 極東にて占領作戦の任務(~1946/1/5、中国方面での行動も含む)
◎後に陸軍輸送科に移管
LST-834 アメリカン・ブリッジ社 1944/11/10 1946/9/12 1946/10/8 ◎1944/9/2 起工
◎1944/10/20 進水
◎1947/11/28(1947/12/13?) 解体のため、シアトルのKaiser Co., Inc. に売却
LST-835 アメリカン・ブリッジ社 1944/11/20 1946/1
(1946/3?)
1959/10 ◎1944/9/6 起工
◎1944/10/25 進水
◎退役後、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 ヒルズデイル・カウンティ Hillsdale Countyと命名
◎1961/4/1 日本に供与され揚陸艦しもきた(LST-4002)となる
◎1971/4/1 艦種を輸送艦に改める
◎1975/3/31 除籍
◎のちにフィリピンに売却されCavite(LT-509)と改名
◎1989 解体のため売却
LST-836
12
アメリカン・ブリッジ社 1944/11/25 1971/7/1 ◎1944/9/11 起工
◎1944/10/29 進水
◎1946/7/25 Vancouverにて退役、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1950/11/3 再役
◎1952初め オーヴァーホール
◎1955/7/1 ホームズ・カウンティ Holmes Countyと命名
◎1959末 FRAM改装
◎1971/7/1 シンガポールに貸与されEndurance(L 201)と改名
◎1975/12/5 売却
LST-837 アメリカン・ブリッジ社 1944/11/29 1946/6/28 1946/8/15 ◎1944/9/15 起工
◎1944/11/3 進水
◎1948/2/6 Madison B. Wrightに売却され商船Willie D. となる
LST-838
12
アメリカン・ブリッジ社 1944/12/4 1974/8/1 1974/8/1 ◎1944/9/20 起工
◎1944/11/8 進水
◎1946/8/7 Vancouverにて退役、太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 ハンタードン・カウンティ Hunterdon Countyと命名
◎1966/9/10 Vallejoにて再役
1968 Ham Loung Riverにて共産軍のB-40ロケット弾により損傷、スービック湾にて入渠、修理
◎1970/9/25 艦種を哨戒艇母艦(AGP-838)に改める
LST-839 アメリカン・ブリッジ社 1944/12/6 1970/7 ◎1944/9/25 起工
◎1944/11/12 進水
◎ニュー・オーリンズにて就役
◎1946/7/24 Vancouverにて退役、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 アイルデル・カウンティ Iredell Countyと命名
◎1966/6/18 サン・ディエゴにて再役
◎退役後、インドネシアに貸与されTeluk Boneと改名
◎1979/2 売却
LST-840 アメリカン・ブリッジ社 1944/12/11 1957/11/23
(1958/7/1?)
◎1944/9/28 起工
◎1944/11/15 進水
◎1946/6/1 Vancouverにて退役、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1950/11/3 再役
◎1951/11末 オーヴァーホール
◎1955/7/1 アイアン・カウンティ Iron Countyと命名
◎1958/7/1 中国国民党に貸与されChung Fu(LST-223)と改名
◎1997/11/8 除籍
LST-841 アメリカン・ブリッジ社 1944/12/18 1946/6/25 1947/6/23 ◎1944/10/4 起工
◎1944/11/20 進水
◎1948/1/5 ニュー・オーリンズのカリフォルニア社に売却され商船S-23となる
LST-842 アメリカン・ブリッジ社 1944/12/19 1947/12/30 1948/1/22 ◎1944/10/9 起工
◎1944/11/24 進水
◎1947/12/30 フィリピンに貸与されPampangaと命名
LST-843 アメリカン・ブリッジ社 1944/12/23 1947/12/18 1948/1/22 ◎1944/10/13 起工
◎1944/11/29 進水
◎1947/12/18 フィリピンに貸与されBulacanと命名
LST-844 アメリカン・ブリッジ社 1944/12/30 1947/9/15 1947/9/29 ◎1944/10/18 起工
◎1944/12/3 進水
1945/5/29 沖縄にて座礁
◎1948/6/28 HoustonのHumble Oil & Refining Co. に売却
◎1949 S-25と命名
LST-845 アメリカン・ブリッジ社 1945/1/1
(1945/1/9?)
1960/11/28 1961/2/1 ◎1944/10/23 起工
◎1944/12/7 進水
◎ニュー・オーリンズにて就役
1945/4/6 マウイ島にて揚陸作業訓練中に損傷
◎1945/4/9 真珠湾へ曳航
◎1945/4/10 真珠湾にて修理(~1945/7/27)
◎1951? オーヴァーホール
◎1955/7/1 ジェファーソン・カウンティ Jefferson Countyと命名
◎退役後、サン・ディエゴにて太平洋予備艦隊に編入
◎1961/8/22 解体のため、ポートランドのZidell Explorations, Inc. に売却
LST-846 アメリカン・ブリッジ社 1945/1/9 1970/9/25 1970/9/25 ◎1944/10/27 起工
◎1944/12/12 進水
◎1945/5中旬? シアトルにて修理
◎1949/10/14 退役、アストリアにて太平洋予備艦隊に編入
◎1950/11/3 再役
◎1951/11上旬? オーヴァーホール
◎1955/4中旬 アストリアにてオーヴァーホール
◎1955/7/1 ジェニングス・カウンティ Jennings Countyと命名
◎1955/12/7 退役、サン・ディエゴにて太平洋予備艦隊に編入
◎1966/6/11 再役
◎のちにヴェトナムにて哨戒艇母艦となる
1970 火災により損傷
◎1971 サイゴンにて入渠、修理
◎1971/3/30 売却
LST-847 アメリカン・ブリッジ社 1945/1/15 1946/6/21 1946/7/31 ◎1944/11/1 起工
◎1944/12/17 進水
◎1948/5/13 ニュー・オーリンズのAlexander Shipyards, Inc. に売却
LST-848
12
アメリカン・ブリッジ社 1945/1/20 1970/4/1 ◎1944/11/6 起工
◎1944/12/21 進水
◎1946/8/10 Vancouverにて退役、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 ジェローム・カウンティ Jerome Countyと命名
◎1959/12/7 再役
◎1970/4 南ヴェトナムに貸与されNha Trang(HQ-505)と改名
◎1975 フィリピンに逃れ、フィリピンが取得、Agusan Del Sur(LT-54)と改名
◎1992 フィリピン政府に移管
LST-849 アメリカン・ブリッジ社 1945/1/16
(1945/1/25?)
1946/6/13 1959/1 ◎1944/11/10 起工
◎1944/12/20(1944/12/30 ?) 進水
◎ニュー・オーリンズにて就役
◎退役後、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 ジョンソン・カウンティ Johnson Countyと命名
◎1959/1 韓国に貸与され義峰 Wee Bong(Wi Bong?、LST-812)と改名
◎後に艦種記号をLST-676に改める
2007/12 群山の鎮浦海洋公園にて記念艦となる
LST-850 シカゴ・ブリッジ&アイアン社 1944/11/27 1947/1/18 1958/11/1 ◎1944/8/15 起工
◎1944/11/3 進水
◎ニュー・オーリンズにて就役
◎1946/5/17 保管
◎退役後、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 ジュニアータ・カウンティ Juniata Countyと命名
◎1958/10/20 標的として沈没
LST-851 シカゴ・ブリッジ&アイアン社 1944/11/30 1946/4/24 1946/5/8 ◎1944/8/10 起工
◎1944/11/8 進水
◎1946/10/14 シアトルのNorthwest Merchandising Serviceに売却
LST-852 シカゴ・ブリッジ&アイアン社 1944/11/24
(1944/8/27?)
1971/9/30
(1971/10/15?)
◎1944/8/16 起工
◎1944/11/13 進水
◎1944/12/28 退役、ジャクソンヴィルで揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦]に改装
◎1945/4/28 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-23)に改め、セイター Satyrと命名
LST-853 シカゴ・ブリッジ&アイアン社 1944/12/11 1946/7/24 ◎1944/8/30 起工
◎1944/11/17 進水
◎退役後、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 ケーン・カウンティ Kane Countyと命名
◎1958/12/22 韓国に貸与され水營 Su Yong(LST-813)と改名
◎後に艦種記号をLST-677に改める
LST-854 シカゴ・ブリッジ&アイアン社 1944/12/14 1969/5/28 1975/4/1 ◎1944/8/30 起工
◎1944/11/20 進水
◎1945/12中旬 シアトルにてオーヴァーホール
◎1949/10/21 退役、ピュージェット・サウンド海軍造船所にて太平洋予備艦隊に編入
◎1950/11/20 ブレマートンにて再役
◎1952/3中旬 サン・ディエゴにてオーヴァーホール
◎1952/10中旬 サン・ディエゴにてオーヴァーホール
◎1955/7/1 ケンパー・カウンティ Kemper Countyと命名
◎1975/6/24(1975/7?) バルバドスに貸与されNorthpointと改名
◎1980年代初め パナマに売却されEl Gato Blancoと改名
LST-855 シカゴ・ブリッジ&アイアン社 1944/12/21 1958/1/22 ◎1944/9/6 起工
◎1944/11/27 進水
◎1945/2末? 真珠湾にて修理
◎1950/2/15 退役、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1950/11/3 再役
◎1951 横須賀にて入渠
◎1952/3? 本国にてオーヴァーホール
◎1955/7/1 ケント・カウンティ Kent Countyと命名
◎1958/3/19 標的として沈没
LST-856 シカゴ・ブリッジ&アイアン社 1944/12/23 1946/5/29 1946/7/3 ◎1944/9/16 起工
◎1944/12/1 進水
◎後に艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-25)に改める予定がキャンセル
◎1948/5/5 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却
LST-857
12
シカゴ・ブリッジ&アイアン社 1944/12/29 1960/7/8
(1960/7/28?)
1960/8/1 ◎1944/9/19 起工
◎1944/12/6 進水
◎1950/1中旬 メア・アイランドにてオーヴァーホール
◎1950/11上旬 真珠湾にて修理
◎1954/11下旬 真珠湾にてオーヴァーホール
◎1955/7/1 キング・カウンティ King Countyと命名
◎1957/10中旬 メア・アイランド海軍造船所で実験ミサイル試験船に改装(~1958/11/15、123
◎1958/5/18 艦種を雑役艦(AG-157)に改める
LST-858 シカゴ・ブリッジ&アイアン社 1944/12/22
(1944/12/24?)
1947/12
(1948/5/24?)
1960/7/1 ◎1944/8/14 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-26)に改め、ステンター Stentorと命名
LST-859 シカゴ・ブリッジ&アイアン社 1945/1/6 1958/8/15 1958/8/15 ◎1944/9/26 起工
◎1944/12/15 進水
◎1946/1中旬 メシアトルにてオーヴァーホール
◎1950/10中旬 真珠湾にてオーヴァーホール
◎1955/7/1 ラファイエット・カウンティ Lafayette Countyと命名
◎1958/8/15 中国国民党に貸与されChung Cheng(LST-224)と改名
◎1989 除籍
LST-860
12
シカゴ・ブリッジ&アイアン社 1945/1/13 1946/6/1 1946/7/3 ◎1944/9/23 起工
◎1944/12/19 進水
◎1948/3/19 Mechanical Equipment Export Co. に売却
◎後にフランスに売却されInspecteur General Pouyanne(L9007)と命名
◎後にAdourと改名
1951/5/17 Nhatrangにて爆発事故により損傷、後に修理(~1955)
LST-861 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1944/11/30 1947/3/10 1947/4/7 ◎1944/9/18 起工
◎1944/11/4 進水
◎1948/6/10 解体のため、シアトルのKaiser Co., Inc. に売却
LST-862 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1944/12/4 1946初め ◎1944/9/26 起工
◎1944/11/9 進水
◎1947/10/10 海事委員会に移管
LST-863 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1944/12/9 1946/6/19 1946/7/31 ◎1944/10/11 起工
◎1944/11/14 進水
◎1948/5/31 解体のため、ニュー・ヨークのHughes Bros., Inc. に売却
LST-864 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1944/12/13 1947/5/1 1947/5/22 ◎1944/10/3 起工
◎1944/11/18 進水
◎1948/5/26(1948/6/26?) 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却
LST-865 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1944/12/16 1947/12/30 1948/1/22 ◎1944/10/19 起工
◎1944/11/22 進水
◎1947/12/30 フィリピンに貸与されAlbay(LT39)と命名
LST-866 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1944/12/21 1946/6/27 1946/7/31 ◎1944/10/14 起工
◎1944/11/27 進水
◎1947/9/25(1947/10/24?) 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却
LST-867 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1944/12/18 1946/7/2 1946/7/31 ◎1944/10/23 起工
◎1944/12/1 進水
◎1947/9/25(1947/10/25?) 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却
LST-868 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1944/12/30 1946/8/9 1947/6/10 ◎1944/10/31 起工
◎1944/12/6 進水
◎1947/12/19 解体のため、フィラデルフィアのノーザン・メタルズ社に売却
LST-869 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1945/1/6 1946/7/31 1946/8/28 ◎1944/10/27 起工
◎1944/12/11 進水
◎1947/12/16 Pablo N. Ferrari & Co. に売却されDona Micaela(Dona Stella?)と命名
◎1952 アルゼンチン政府に売却され艦種記号をBDT No. 8に改める
◎1966 民間に売却され商船Rio Turbioとなる
LST-870 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1945/1/10 1946/6 1946/8/28 ◎1944/10/4 起工
◎1944/12/15 進水
◎1947/8/29 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却
◎後にアルゼンチンに売却され艦種記号をBDT No. 1に改める
◎後にCabo San Bartolomeと命名
LST-871 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1945/1/18 1946/10/4 1946/11/13 ◎1944/11/9 起工
◎1944/12/20 進水
◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-871)に改める
LST-872 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1945/1/22 1946/7/8 1946/8/15 ◎1944/11/18 起工
◎1944/12/28 進水
◎1947/10/27 Northwest Merchandising Serviceに売却◎1947/12(1948?) アルゼンチン政府に売却され艦種記号をBDT No. 4に改める
◎後にCabo San Gonzaloと命名
◎後にアルゼンチン海軍に移管(~1969)
LST-873 ジェファーソンヴィル・ボート&マシーン社 1945/1/27 1946/8/8 1946/9/25 ◎1944/11/14 起工
◎1945/1/3 進水
◎1948/5/20 解体のため、VancouverのKaiser Co., Inc. に売却
LST-874 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/12/18 1946/5/29 1946/7/3 ◎1944/10/16 起工
◎1944/11/25 進水
◎1948/6/8 Donald P. Lokerに売却
◎1948 フランスに売却されCheliff(L9006)と命名
◎1970 除籍
LST-875 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/12/22 1946/4/22 1946/7/19 ◎1944/10/18 起工
◎1944/11/29 進水
◎1948/7/2 フィリピンに売却されMisamis Oriental(LT-40)と命名
LST-876 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1944/12/27 1946/6/28 1946/7/31 ◎1944/10/21 起工
◎1944/12/2 進水
◎1947/11/6 解体のため、W. A. Talbotに売却
LST-877 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1945/1/1 1946/5/1 1946/7/3 ◎1944/10/25 起工
◎1944/12/6 進水
◎1948/1/15 カリフォルニア社に売却され商船となる
LST-878 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1945/1/3 1946/5/3 1946/7/19 ◎1944/10/30 起工
◎1944/12/9 進水
◎1947/11/5 フィリピンのBoseyにて売却
◎1948 商船Chung 114となる
LST-879 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1945/1/5 1946/6/26 1946/9/25 ◎1944/11/2 起工
◎1944/12/13 進水
◎1948/5/17 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却
LST-880 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1945/1/9 1958/11/25 1959 ◎1944/11/6 起工
◎1944/12/16 進水
◎1946/10/1 退役、Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入
◎1951/5 軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行(~1951/8)
◎1951/8/20 ノーフォークにて再役
◎1955/7/1 レイク・カウンティ Lake Countyと命名
◎除籍後、標的として沈没
LST-881 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1945/1/15 1947/2/14 1947/3/5 ◎1944/11/10 起工
◎1944/12/20 進水
◎1947/11/24 E. G. Fontes & Co. に売却され商船Rio Douroとなる
◎1951 Rio dos Sinosと改名
◎1956 Clarionと改名
◎1964 Sao Sebastiaoと改名
1973/8/3 リオ・デ・ジャネイロにて火災により沈没
◎1975 解体のため売却
LST-882 ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1945/1/18 1946/7/5 1946/8/28 ◎1944/11/14 起工
◎1944/12/23 進水
◎1947/11/4 解体のため、オークランドのムーア・ドライドック社に売却
LST-883
12
ミズーリ・ヴァリー・ブリッジ&アイアン社 1945/1/23 1959/12/7 1960/1/1 ◎1944/11/16 起工
◎1944/12/30 進水
◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 32、LST Group 95、LST Div. 189所属)
◎1945/6/26 沖縄群島への強襲、占拠(~1945/6/30)
◎1945/9/8 極東にて占領作戦の任務(~1945/9/29)
◎1945/10/30 極東にて占領作戦の任務(~1945/11/9)
◎1946/4/20 サマールにて退役、除籍
◎1946/8/26 陸軍輸送隊に移管
◎1950/7/1 海軍に移管、籍をもどす
◎1950/8/26 横須賀にて再役
◎1950/9/15 朝鮮戦争中、戦域に割り当てられる(Inchon Landing、~1950/9/17)
◎1950/9/18 朝鮮戦争中、戦域に割り当てられる(North Korean Aggression Campaign、~1950/11/2)
◎1950/11/3 朝鮮戦争中、戦域に割り当てられる(Communist China Aggression Campaign、~1950/12/27)
◎1951/2/3 朝鮮戦争中、戦域に割り当てられる(First UN Counter Offensive Campaign、~1951/3/7)
◎1951/5/26 ブレマートンにてオーヴァーホール(~1951/7/22)
◎1951/12/28 朝鮮戦争中、戦域に割り当てられる(Second Korean Winter Campaign、~1952/1/9)
◎1952/1/27 朝鮮戦争中、戦域に割り当てられる(Second Korean Winter Campaign、~1952/3/13)
◎1952/3/20 朝鮮戦争中、戦域に割り当てられる(Second Korean Winter Campaign、~1952/3/28)
◎1952/6/10 朝鮮戦争中、戦域に割り当てられる(Korean Defense Summer-Fall 1952 Campaign、~1952/7/14)
◎1953/7/27 朝鮮戦争中、戦域に割り当てられる(Korea, Summer-Fall 1953)
◎1955/7/1 ラ・ムーア・カウンティ La Moure Countyと命名
◎1960/11/30 解体のため、ポートランドのZidell Explorations, Inc. に売却
LST-884 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1944/10/10 1946/2/16 1946/5/21 ◎1944/7/23 起工
◎1944/9/30 進水
1945/2/26 硫黄島にて日本軍の陸上砲台の砲撃により損傷
1945/3/31 沖縄海域にて日本軍の特攻機の攻撃により損傷(123
◎1946/5/6 沈没処分
LST-885 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1944/10/26 1946/4/29 1946/7/3 ◎1944/8/13 起工
◎1944/9/23 進水
◎1947/12/16 ダラスのTex-O-Kan Flour Mills Co. に売却
◎1948 商船Gaspedocとなる
◎1968 Vedalinと改名
◎1968 Witshoalと改名
LST-886 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1944/11/2 1946/5/10 1946/6/19 ◎1944/8/20 起工
◎1944/9/30 進水
◎1947/11/28 解体のため、VancouverのKaiser Co., Inc. に売却
LST-887 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1944/11/7 1960/3/22 1960/11/1 ◎1944/8/27 起工
◎1944/10/7 進水
◎ニュー・オーリンズにて就役
◎1946/6/13 Vancouverにて不活性化工事(~1946/7/22)
◎1946/7/23 退役、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1950/11/3 ブレマートンにて再役
◎1953/10中旬 サン・ディエゴにてオーヴァーホール
◎1955/7/1 ローレンス・カウンティ Lawrence Countyと命名
◎退役後、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1960/12 インドネシアに売却されTandjung Nusanive(LST-1)と改名
◎1974 除籍
LST-888 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1944/11/13 1946/9/2 1959/6/1
(1960/9/21?)
◎1944/8/11 起工
◎1944/10/14 進水
◎ニュー・オーリンズにて就役
◎退役後、Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入
◎1947 Greenvilleにて海軍予備練習船となる
◎1955/7/1 リー・カウンティ Lee Countyと命名
◎1961/4/18 解体のため、タンパのガルフ・タンパ・ドライドック社に売却
◎1961/5/11 ガルフ・タンパ・ドライドック社へ曳航
◎後に艀Barge No. 20となる
LST-889 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1944/11/18 1946/5/28 1946/7/19 ◎1944/9/3 起工
◎1944/10/14 進水
◎1948/2/13 フィリピンのBoseyにて売却
LST-890 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1944/11/24 1946/5/24 1946/7/3 ◎1944/9/10 起工
◎1944/10/21 進水
1945/4/7 沖縄海域にて衝突し損傷
◎1948/6/10 解体のため、VancouverのKaiser Co., Inc. に売却
LST-891 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1944/11/27 1946/7/2 1946/7/31 ◎1944/8/21 起工
◎1944/10/28 進水
◎1947/8/29 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却
LST-892 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1944/11/30 1946/7/5 1946/8/28 ◎1944/9/17 起工
◎1944/10/28 進水
◎1947/10/28 解体のため、オークランドのムーア・ドライドック社に売却
LST-893 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1944/12/4 1946/5/8 1946/6/19 ◎1944/9/24 起工
◎1944/11/4 進水
◎1948/5/25(1948/5/29?) 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却
LST-894 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1944/12/12 1946/4/29 1946/7/19 ◎1944/9/4 起工
◎1944/11/11 進水
◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却
LST-895 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1944/12/16 1946/8/17 1948/3/12 ◎1944/10/1 起工
◎1944/11/11 進水
◎1944/12中旬 ニュー・オーリンズにて改装
◎1946/2 フィリピンにて入渠、艦底を再塗装
◎1952/1/10 ポートランドのBabbidge & Holt Co., Inc. に売却
LST-896 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1944/12/20 1945/12/3 1946/1/3 ◎1944/9/6 起工
◎1944/11/18 進水
1945/10/9 沖縄にて台風により損傷、全損と認定
◎1946/3/8 沈没処分
LST-897 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1944/12/22 1946/7/23 1946/8/28 ◎1944/9/19 起工
◎1944/11/25 進水
◎1948/6/15 Steel Powersに売却され商船Stanolind 57となる
◎1951 Guaratingaと改名
1954/7/21 Santa Marta LH近海にて座礁
LST-898 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1944/12/29 1961/3/24 1962/6/1 ◎1944/10/15 起工
◎1944/11/25 進水
◎1946/5/9 フィリピンにて退役
◎1946/5/25 陸軍に移管
◎1950/6/1(1950/7/1?) 海軍に移管、軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行(T-LST-898)
◎1950/8/28 神戸にて再役、艦種記号をLST-898に改める
◎1951/5下旬 サン・ディエゴにてオーヴァーホール
◎1955/7/1 リンカーン・カウンティ Lincoln Countyと命名
◎1962/8/31 タイに貸与されChang(LST 2)と改名、タイ海軍にて就役
◎のちに艦種記号をLST 712に改める
◎2006 退役
◎除籍後、Royal Thai Navy Dock Yard Phachunlachomklaoにて保管(123
◎2012/11/12 人工環礁のため沈没処分
LST-899 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/1/1 1946/7/15 1946/8/15 ◎1944/10/22 起工
◎1944/12/2 進水
◎1947/12/5 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却
LST-900 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/1/6 1946/5/15 1959/2/8 ◎1944/10/1 起工
◎1944/12/9 進水
◎ニュー・オーリンズにて就役
◎退役後、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 リン・カウンティ Linn Countyと命名
◎1958/12/2 韓国に貸与され北漢 Buk Han(Bukhan?、LST 815)と改名
◎のちに艦種記号をLST 678に改める
◎1974/11/15 韓国に売却
◎2001 退役
LST-901 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/1/11 1969/12/6 1975/4/1 ◎1944/10/29 起工
◎1944/12/9 進水
◎ニュー・オーリンズにて就役
◎1946/8/9 Vancouverにて退役、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1951/11/30 再役
◎1955/7/1 サン・フランシスコにて不活性化工事
◎1955/7/2 リッチフィールド・カウンティ Litchfield Countyと命名
◎1955/9/19 保管
◎1955/12/20 ロング・ビーチにて退役、太平洋予備艦隊に編入
◎1966初め ポートランドへ曳航
◎1966/3/5 ポートランドにて再役
◎1977/1/1 Defense Reutilization & Marketing Service(DRMS)により解体のため売却
◎のちにパナマのAphrodite Shipping & Trading Corp., S.A. に売却されPetrola 132と改名
◎1996/4/5 解体のため、AliagaのSeltas, A.S. に売却、後にAliagaへ曳航
◎1996 Aliagaにて解体
LST-902 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/1/15 1970/8/12 1970/8/12 ◎1944/11/5 起工
◎1944/12/16 進水
◎ルイジアナ州Algiersにて就役
◎1945/12中旬 サン・フランシスコにてオーヴァーホール
◎1946/8/3 ポートランドにて退役、アストリアにて太平洋予備艦隊に編入
◎1952/1/18 再役
◎1955/7/1 ルザーン・カウンティ Luzerne Countyと命名
◎1955/7上旬 不活性化工事
◎1955/11/30 アストリアにて退役、太平洋予備艦隊に編入
◎1963/3/29 ストックトンにて再役、保管
◎1966/5中旬 佐世保にて修理、オーヴァーホール
1967/6上旬? Triton Islandにて座礁したアメリカの商船を離礁作業中、損傷(突然のうねりが両船を横揺れさせ衝突)、後に佐世保にて修理
◎除籍後、民間に売却され艀に改装、ZB Fontanaと改名
◎後にKatmaiと改名
LST-903 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/1/20 1946/9/10 1958/11/1 ◎1944/10/15 起工
◎1944/12/23 進水
◎ニュー・オーリンズにて就役
◎1946/6上旬 ピュージェット・サウンドにて不活性化工事
◎退役後、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 ライマン・カウンティ Lyman Countyと命名
◎1958/10/20 艦種を標的艦に改める
◎1959/3/28 Baja沿岸にて攻撃型潜水艦メンハーデン Menhaden(SS-377)の標的として沈没
LST-904 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/1/25 1946/11/15 1958/11/1 ◎1944/11/22 起工
◎1944/12/23 進水
◎ニュー・オーリンズにて就役
◎1945/7中旬 サイパンにて修理改装
◎退役後、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 リヨン・カウンティ Lyon Countyと命名
◎1958/12/31 ブレマートンへ曳航
◎1959/5/13 ワシントン沿岸にて攻撃型潜水艦キャピタイン Capitaine(SS-336)の標的として沈没
LST-905 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/1/20 1969/11/26 1979/9/15 ◎1944/11/19 起工
◎1944/12/30 進水
◎ニュー・オーリンズにて艤装
◎1945/7中旬 サイパンにて修理改装
◎1946/9/11 不活性化工事、退役、太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 マデラ・カウンティ Madera Countyと命名
◎1963/3/30 再役、保管
◎1965/12中旬 オーヴァーホール
◎1966/7 佐世保にてメンテナンス(~1966/12)
◎1966/12 オーヴァーホール
◎1969/11/26(1969/11/29?) フィリピンに貸与されIlcos Norte(Ilocos Norte?、LT-98)と改名
◎1980/3/1 フィリピンに売却
◎1992 除籍
LST-906 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/4/27 1945/5/20 1945/6/22 ◎1944/1/24 起工
◎1944/3/11 進水
◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる
◎1944/8/15 南フランスへの侵攻(~1944/9/25)
1944/10/18 Leghornにて座礁
◎除籍後、解体のため売却
LST-907 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/4/30 1946/10/18 1946/11/25 ◎1944/1/31 起工
◎1944/3/18 進水
◎1946/11/25 ヴェネズエラに貸与されCapanaと命名
◎1966 民間に売却され商船Aldebaranとなる
LST-908 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/5/8 1946/7/30 1946/8/28 ◎1944/2/14 起工
◎1944/3/28 進水
◎1947/10/3 解体のため、フィラデルフィアのLuria Bros. & Co. に売却
LST-909 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/5/11 1946/6/21 1946/7/31 ◎1944/2/19 起工
◎1944/4/3 進水
◎1948/5/19 解体のため、VancouverのKaiser Co., Inc. に売却
LST-910 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/5/24 1946/6/27 1946/7/31 ◎1944/2/23 起工
◎1944/4/8 進水
◎1947/12/3(1948/11/25?) 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却
LST-911 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/5/14 1946/6/24 1946/7/31 ◎1944/2/28 起工
◎1944/4/12 進水
◎1944/6上旬 ノーフォークにて修理改装
◎1945/8/2 サン・ペドロ湾の大型修理浮きドック(非自走)ARD-19にて入渠、錆止め剤を塗装
◎1947/9/25 解体のため、シアトルのPuget Sound Bridge & Dredging Co. に売却
LST-912 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/5/21 1967/1/31
(1967/7/31?)
◎1944/2/5 起工
◎1944/4/22 進水
1945/1/7 リンガエン湾近海にて日本軍の特攻機の攻撃により損傷
◎1946/2/20 退役?、ニュー・オーリンズにて大西洋予備艦隊に編入
◎1946/10/30 ワシントン海軍工廠にて再役
◎1955/1 保管
◎1955/7/1 マーノメン・カウンティ Mahnomen Countyと命名
◎1955/8/25 退役、Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入
◎1963/3/27 再役
1966/12/30 Chu Laiにて台風により座礁
1967/1 離礁を試みたが失敗
◎除籍後、その場にて装備を撤去
LST-913 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/5/23 1946/7/16 1947/3/14 ◎1944/3/15 起工
◎1944/4/26 進水
◎1948/6/18 HoustonのHumble Oil & Refining Co. に売却され艀に改装、Kiska Island, 537と命名
LST-914 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/5/18 1959/9/5 1959/10/1 ◎1944/2/16 起工
◎1944/4/18 進水
1945/1/7 リンガエン湾近海にて日本軍の特攻機の攻撃により損傷
◎1946/6/26 退役、除籍
◎1946/6/28 陸軍に移管(乗員は日本人)
◎1950/8/26 横須賀にて海軍に移管、籍をもどす、再役
◎1951/1中旬 神戸にてオーヴァーホール
◎1955/7/7 シアトルにてマホーニング・カウンティ Mahoning Countyと命名
◎1957/2/6 メア・アイランドにて修理(~1957/4/22)
◎1960/6/22 解体のため、ポートランドのZidall Explorations, Inc. に売却
LST-915 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/5/27 1946/6/25 1946/7/31 ◎1944/3/22 起工
◎1944/5/3 進水
◎1948/6/19 HoustonのHumble Oil & Refining Co. に売却され艀に改装、Adak Islandと命名
LST-916 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/5/25 1946/4/5 1947/9/29 ◎1944/3/22 起工
◎1944/4/29 進水
◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 14、LST Group 41、LST Div. 81所属)
◎1944/10/20 レイテ島にて揚陸作戦
◎1945/1/4 リンガエン湾にて揚陸作戦(~1945/1/18)
◎1945/4/2 沖縄群島への強襲、占拠(~1945/4/16)
◎1945/9/6 極東にて占領作戦の任務(~1945/9/23)
◎1945/10/20 極東にて占領作戦の任務(~1945/11/14)
◎1946/6/28 陸軍に移管
LST-917 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/5/28 1946/5/24 1946/7/3 ◎1944/3/31 起工
◎1944/5/6 進水
◎1948/5/19 解体のため、VancouverのKaiser Co., Inc. に売却
LST-918 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/5/29 1946/6/12 1946/7/31 ◎1944/4/5 起工
◎1944/5/7 進水
1945/1/11 リンガエン湾にて日本軍の陸上砲台の砲撃により損傷
◎1947/12/18 解体のため、オークランドのLearner Co. に売却
LST-919 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/5/31 1946/8/5 1946/9/25 ◎1944/4/11 起工
◎1944/5/17 進水
◎1948/1/10 Pablo N. Ferrari & Co. に売却
◎後にアルゼンチン政府に売却され艦種記号をBDT No. 6に改める
◎後にCabo San Isidroと命名
LST-920 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/6/17 1946/7/8 1947/3/14 ◎1944/4/26 起工
◎1944/5/29 進水
◎1948/6/17 Standard Oil & Gas Co. に売却され商船Stanolind 55と命名
◎1951 ブラジルのEmpreza Internacional de Transportesに売却されGuarapeと改名
◎後にヒギンズにて改装(メイン・デッキに4つのハッチと4基のデリックを備え付ける)
◎後にSantosのCompanhia Paulista de Commercio Maritimoに売却
◎1972/6/23 解体のため売却
LST-921 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/6/23 1944/9/29 1944/10/14 ◎1944/5/1 起工
◎1944/6/2 進水
1944/8/14 Bristol Channelにてドイツ海軍潜水艦U667の雷撃により損傷、曳航
LST-922 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/6/29 1944/7/8 1946/8/28 ◎1944/4/26 起工
◎1944/6/7 進水
◎1948/6/13 解体のため、Walter W. Johnson Co. に売却
LST-923 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/7/6 1946/7/10 1946/8/15 ◎1944/5/3 起工
◎1944/6/11 進水
◎1948/5/31 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却
LST-924 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/7/10 1946/6/13 1946/7/3 ◎1944/5/8 起工
◎1944/6/17 進水
◎1947/5/5(1947/10?) タイに貸与されAngthong(LST 1)と命名
◎1998 艦種記号をLST 711に改める
◎2006 退役
LST-925 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/7/15 1945/11/26 1945/12/5 ◎1944/5/10 起工
◎1944/6/21 進水
1945/1/9 リンガエン湾にて日本陸軍四式肉薄攻撃艇の爆雷により損傷
◎1948/5/9 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却
LST-926 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/7/20 1946/6/14 1946/7/31 ◎1944/5/13 起工
◎1944/6/24 進水
◎1948/6/13 解体のため、シアトルのWalter W. Johnson Co. に売却
LST-927 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/7/4 1946/7/20 1946/10/8 ◎1944/5/20 起工
◎1944/6/28 進水
◎1947/12/9 解体のため、オークランドのLearner Co. に売却
LST-928 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/7/30 1946/12/13 1959 ◎1944/6/1 起工
◎1944/7/5 進水
1945/2/25 硫黄島にて衝突により損傷
1945/3/16 硫黄島にて座礁により損傷
◎退役後、予備艦隊に編入
◎1945/8/1 宿泊艦に改装、艦種を宿泊艦(APB-50)に改め、キャメロン Cameronと命名
LST-929 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/8/2 1946/5/24 1946/7/3 ◎1944/6/5 起工
◎1944/7/8 進水
1945/4/18 沖縄にて衝突により損傷
◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-929)に改める
LST-930 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/8/6 1946/6/26 1946/7/31 ◎1944/6/9 起工
◎1944/7/12 進水
◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-930)に改める
LST-931 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/8/11 1946/6/26 1946/7/31 ◎1944/6/13 起工
◎1944/7/19 進水
◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-931)に改める
LST-932 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/8/15 1946/6/24 1946/7/31 ◎1944/6/21 起工
◎1944/7/22 進水
◎1948/3/29 スタンダード・オイル社に売却され商船Esso Neuquenとなる
◎1952/2/21 Campanaにて焼失
◎1953 解体
LST-933 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/8/20 1946/7/2 1946/8/15 ◎1944/6/23 起工
◎1944/7/26 進水
◎1948/5/25 解体のため、ニュー・ヨークのHughes Bros., Inc. に売却
LST-934 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/8/25 1946/5/13 1946/6/19 ◎1944/6/29 起工
◎1944/7/29 進水
◎1946/5/13 国務省に移管
LST-935 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/8/29 1946/7/2 1946/8/15 ◎1944/7/3 起工
◎1944/8/5 進水
◎1947/8/29 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却
LST-936 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/9/1 1946/5/17 1946/6/5 ◎1944/7/7 起工
◎1944/8/9 進水
◎1948/6/12 解体のため、Walter W. Johnson Co. に売却
LST-937 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/9/6 1946/5/24 1946/7/3 ◎1944/7/11 起工
◎1944/8/12 進水
◎1946/5/24 国務省に移管、後に中国国民党に貸与
LST-938 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/9/9 1956/2/29 1962/6/1 ◎1944/7/14 起工
◎1944/8/15 進水
◎1947 ベイヨーンにて海軍予備練習船となる
◎1949/12 退役、Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入
◎1951/12/14 再役
◎1952夏 揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦]ゴーディアス Gordius(ARL-36)により修理
◎1955/7/1 マリコパ・カウンティ Maricopa Countyと命名
◎1955夏? ニュー・ヨークにて不活性化工事
◎退役後、Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入
◎1961/10 フィラデルフィア海軍造船所へ曳航
◎1962/7/12 南ヴェトナムに貸与されDa Nang(HQ 501)と命名
1975/4/29 北ヴェトナムに拿捕されTran Khanh Duと改名
LST-939 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/9/14 1946/6/22 1946/7/31 ◎1944/7/21 起工
◎1944/8/23 進水
◎1945/4/8 沖縄海域にて衝突により損傷
◎1948/6/12 解体のため、シアトルのWalter W. Johnson Co. に売却
LST-940 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/9/20 1946/7/13 1946/8/28 ◎1944/7/25 起工
◎1944/8/26 進水
1945/4/5 沖縄海域にて衝突により損傷
1945/4/8 座礁
◎1948/6/13 解体のため、Walter W. Johnson Co. に売却
LST-941 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/9/22 1946/5/1 1946/7/3 ◎1944/7/28 起工
◎1944/8/30 進水
◎1947/2/27(1947/3/28?) Francis R Stolzに売却
◎1948 商船R. W. McIlvainとなる
◎1965 艀に改装、Seadrill 11と改名
LST-942 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/9/26 1946/6/26 1946/7/31 ◎1944/8/1 起工
◎1944/9/6 進水
◎1948/6/10 HoustonのHumble Oil & Refining Co. に売却
LST-943 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/9/30 1946/7/16 1946/9/25 ◎1944/8/8 起工
◎1944/9/9 進水
◎1947/10/9(1947/11/4?) 解体のため、オークランドのムーア・ドライドック社に売却
LST-944 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/10/4 1945/12/19 1946/1/8 ◎1944/8/11 起工
◎1944/9/13 進水
◎1947/9/26 解体のため、ボルティモアのボストン・メタルズ社に売却
LST-945 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/10/9 1946/4/16 1946/7/19 ◎1944/8/11 起工
◎1944/9/16 進水
◎1946/5/29 海事委員会に移管
◎後に中国国民党に売却されChung 103と命名
◎Chung Kungと改名
◎1956 除籍
LST-946 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/10/12 1946/6/25 1946/7/31 ◎1944/8/15 起工
◎1944/9/20 進水
◎1948/5/25 カリフォルニア社に売却され商船Guaraciabaとなる
◎1967 Lorenco Taquesと改名
◎1969 Marvi Iと改名
◎1973 リオ・デ・ジャネイロにて解体
LST-947 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/10/15 1946/8/16 1946/10/15 ◎1944/8/18 起工
◎1944/9/23 進水
◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却
LST-948 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/10/18
(1944/10/19?)
1947/7/7 1960/4/1 ◎1944/8/11(1944/8/14?) 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-16)に改める
LST-949 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/10/23 1946/7/18 1946/9/25 ◎1944/8/29 起工
◎1944/9/30 進水
◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-949)に改める
LST-950 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/10/27 1946/9/23 1947/6/10 ◎1944/9/1 起工
◎1944/10/4 進水
◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-950)に改める
LST-951 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/10/31 1946/8/8 1946/9/25 ◎1944/9/8 起工
◎1944/10/7 進水
◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-951)に改める
LST-952 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/11/3 1946/8/1 1947/1/22 ◎1944/9/11 起工
◎1944/10/11 進水
◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-952)に改める
LST-953 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/11/7 1946/11/12 1958/11/1 ◎1944/9/15 起工
◎1944/10/15 進水
◎退役後、Beaumontにて海軍予備練習船となる
◎1950/6/17 Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 マリネット・カウンティ Marinette Countyと命名
◎除籍後、売却され艀に改装、TMT Floridaと改名
LST-954 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/4/3 1947/7/1 1960/4/1 ◎1944/8/14 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-17)に改め、ナミター Numitorと命名
LST-955 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/11/13 1946/10/2 1952/8/22 ◎1944/8/14 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-19)に改め、パトロクラス Patroclusと命名
LST-956 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/11/16 1947/1/29 1976/4/15 ◎1942/7/11 起工
◎1944/8/14 艦種を戦傷修理工作艦(ARB-7)に改め、サーペドン Sarpedonと命名
LST-957 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/11/20 1946/5/20 1948/1/22 ◎1944/9/30 起工
◎1944/10/30 進水
◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却
LST-958 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/11/25 1946/3/14 1946/3/28 ◎1944/10/3 起工
◎1944/10/31 進水
◎1946/12/20 売却
LST-959 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/11/29 1946/6/13 1946/7/3 ◎1944/10/6 起工
◎1944/11/4 進水
◎1948/6/10 スービック湾にて装備を撤去、破壊処分
LST-960 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/12/2 1946/7/2 1946/8/15 ◎1944/10/11 起工
◎1944/11/8 進水
◎1948/4/4 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却
LST-961 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/12/6 1946/7/23 1946/8/28 ◎1944/10/13 起工
◎1944/11/11 進水
◎1947/12/10 解体のため、オークランドのLearner Co. に売却
LST-962 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/12/9 1956/6/1 1960/10/1 ◎1944/8/14 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-22)に改め、ロムルス Romulusと命名
LST-963 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/12/12 1989/6/19 ◎1944/8/14 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-24)に改め、スフィンクス Sphinxと命名
LST-964 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/12/16 1946/6/27 1946/8/15 ◎1944/10/24 起工
◎1944/11/22 進水
◎1947/1/17 Campania Naviera y Commercial Perez Compano, S.A. に売却
◎1948 商船San Juan Boscoとなる
◎1965 Mar Jonicoと改名
LST-965 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/12/20 1946/6/3 1946/7/19 ◎1944/10/27 起工
◎1944/11/25 進水
◎1947/10/23 解体のため、ボルティモアのボストン・メタルズ社に売却
LST-966
12
ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/12/22 1946/5/9 ◎1944/8/14 艦種を魚雷艇母艦(AGP-15)に改め、カリスト Callistoと命名
LST-967 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1944/12/27 1947/2/20
(1947/2/28?)
1961 ◎1944/4/14(1944/8/14?) 艦種を戦傷修理工作艦(ARB-9)に改める
LST-968 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/1/3 1946/7/2 1946/8/15 ◎1944/11/7 起工
◎1944/12/9 進水
◎1948/6/10 HoustonのHumble Oil and Refining Co. に売却され艀Humble ST-8となる
◎後にDelta Marine 8と改名
LST-969 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/1/9 1946/7/12 1946/8/15 ◎1944/11/10 起工
◎1944/12/13 進水
◎1947/4/25 Trailer-ships, Inc. に売却され商船New Yorkとなる
◎1947 解体
LST-970 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/1/13 1946/7/10 1946/8/15 ◎1944/11/14 起工
◎1944/12/16 進水
◎1947/4/25 Trailerships, Inc. に売却され商船Albany(Old Point Comfort?)となる
◎1957/3 Chesapeake Bay Ferry Districtに売却
◎後にChesapeake Bridge & Tunnel Districtに売却
◎1964/12/16 Delaware River Bay Authorityに売却
◎1967/1/6 Navegacion, Atlantida, S.A. に売却されAtlantic(Atlantico?)と改名、ウルグアイ船籍となる
◎1967/3 ブエノス・アイレス~Colonia del Sacramento間のフェリーとなる(~1990年代初め)
◎1993~1994 係船、San Nicolas Coastにて放棄
後に火災により損傷(放火)
◎1993~1994頃 Rio Paranaにて係船
LST-971 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/1/15 1955/9/5 1960/6/1 ◎1944/8/14 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-13)に改め、メネラウス Menelausと命名
LST-972 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/1/22 1946/6/25 1946/8/15 ◎1944/11/21 起工
◎1944/12/22 進水
◎1947/5/29 海事委員会に移管、Texas Petro Co. に売却され商船Tucupitaとなる
◎1951 Ciudad de Panamaと改名
◎後にSeadrill 1と改名
LST-973 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/1/27 1951/11/7 1951/11/20 ◎1944/11/25 起工
◎1944/12/27 進水
◎1946/5/24 退役
◎1946/8/2 陸軍に移管
◎1947/9/29 除籍
◎1950/9/6 海軍に移管、籍をもどす
◎1950/12/14 再役
◎1951/11/7 フランスに貸与されGolo(L9008)と命名
◎1953頃 サイゴンにて入渠
◎後にDiego Suarezにて入渠
◎1959 解体
◎1960 除籍
LST-974 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/1/31 1946/5/14 1946/6/19 ◎1944/11/28 起工
◎1944/12/31 進水
◎1946/5/14 国務省に移管
LST-975 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/2/3 1956/5/10 1962/6/1
(1963/6/1?)
◎1944/12/1 起工
◎1945/1/6 進水
◎1946/4/16 スービック湾にて退役
◎1946/4/28 陸軍に移管
◎後に除籍
◎1950/7/1 海軍に移管、籍をもどす、軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行(乗員は日本人)
◎1950/8/28 再役
◎1955/7/7 マリオン・カウンティ Marion Countyと命名
◎退役後、軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行(T-LST-975)
◎1957/9/26 Suisun Bayにて予備艦隊に編入
◎1960/10/21 海事局に移管
◎1962/4/12(1962/7/12?) 南ヴェトナムに貸与されCam Ranh(Camranh?、HQ-500)と改名
◎1975/4/29 フィリピンに逃れる
◎1975/11/17(1976/10/15?) フィリピンに貸与されZamboanga del Sur(LT-86)と改名
LST-976 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/2/5 1947/5/20 1973/6/1 ◎1944/4/28(1944/8/14?) 艦種を戦傷修理工作艦(ARB-8)に改め、テラモン Telamonと命名
LST-977
12
ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/2/8 1946/1/28 1947/6/28 ◎1944/6/12(1944/8/14?) 艦種を魚雷艇母艦(AGP-14)に改め、アレクト Alectoと命名
LST-978 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/2/15 1946/6/6 1946/7/3 ◎1944/12/15 起工
◎1945/1/20 進水
◎1947/12/10 解体のため、Salco Iron & Metal Co. に売却
LST-979 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/2/20 1946/7/5 1946/8/28 ◎1944/12/19 起工
◎1945/1/23 進水
◎1947/11/4 解体のため、オークランドのムーア・ドライドック社に売却
LST-980 チャールズタウン海軍工廠 1944/2/26 1970/12/15 1975/4/1 ◎1943/12/9 起工
◎1944/1/27 進水
1944/6/6? ノルマンディにて爆弾により損傷
◎1955/7/1 ミーカー・カウンティ Meeker Countyと命名
◎1955/7中旬 不活性化工事
◎1955/12/16 Green Cove Springsにて退役、大西洋予備艦隊に編入
◎1961/10 フィラデルフィアにて大西洋予備艦隊に編入
◎1966/9/23 ボルティモアにて再役
◎1975/12/1 Defense Reutilization & Marketing Service(DRMS)により解体のため売却
◎1975/12/4 タコマのMarine Industriesにて使用するため、Beverly HillsのMax Rouse & Sonsに売却、商船に改装
◎1976 Landing System Technology Pte., Ltd. (船主はノルウェーのLauritz Kloster)に売却されLST-3と改名
◎後にPiraeusにてMaritime & Commercial Co. Argonaftis, S.A. に売却されPetrola 143と改名
◎1996/8/7 Aliagaへ曳航、解体のため、Seltas, A.S. に売却
LST-981 チャールズタウン海軍工廠 1944/3/11 1946/7/30 1946/8/28 ◎1943/12/9 起工
◎1944/1/27 進水
1944/6/5 Bognor Regisにて機雷により損傷
◎1947/12/12 解体のため、Salco Iron & Metal Co. に売却
LST-982 チャールズタウン海軍工廠 1944/3/19 1946/4/25 1946/7/19 ◎1943/12/22 起工
◎1944/2/10 進水
◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却
LST-983 チャールズタウン海軍工廠 1944/3/25 1969/10/15 1974/9/15 ◎1943/12/22 起工
◎1944/2/10 進水
1944/11/1 Le Harveの浜にて嵐により右舷スクリューにワイアが絡まる、のちにプリマスにて入渠
◎1945初夏 プリマスにて修理
◎1955/7/1 ミドルセックス・カウンティ Middlesex Countyと命名
◎1955/10/1 保管
◎1956/1/10 Green Cove Springsにて退役、大西洋予備艦隊に編入
◎1961/9/27 再役
◎1967春 ボルティモアのメリーランド・シップビルディング&ドライドック社とジャクソンヴィルのJacksonville Shipyardsにてオーヴァーホール
◎1974 インドネシアに貸与されTeluk Tomaniと改名
◎のちに民間に売却され商船Alimos 19となる(1975年に AthensのL. P. Callimrosに売却、1980年12月4日にベンガジにて座礁ともいわれる)
LST-984 チャールズタウン海軍工廠 1944/4/1 1946/6/25 1946/7/31 ◎1944/1/3 起工
◎1944/2/25 進水
◎1948/6/19 HoustonのHumble Oil and Refining Co. に売却され艀Humble ST-11となる
◎後にPlacid T-66と改名
◎1972 Green Dolphinと改名
LST-985 チャールズタウン海軍工廠 1944/4/7 1946/6/11 1946/7/3 ◎1944/1/3 起工
◎1944/2/25 進水
◎1947/10/13 解体のため、William E. Skinnerに売却
LST-986 チャールズタウン海軍工廠 1944/4/14 1946/7/18 1946/8/28 ◎1944/1/15 起工
◎1944/3/5 進水
◎1948/11/4 解体のため、オークランドのムーア・ドライドック社に売却
LST-987 チャールズタウン海軍工廠 1944/4/19 1946/9/3 1960/6/1 ◎1944/2/2 起工
◎1944/3/5 進水
◎1945/4中旬 ポーツマス海軍工廠にてオーヴァーホール
1945/10/18 日本~フィリピン間にてport propellerをなくす
◎1946/5 海軍予備練習船となる
◎1950 Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 ミラード・カウンティ Millard Countyと命名
◎1961/8 西ドイツに売却され戦傷修理工作艦に改装の予定がキャンセル
◎1968 除籍
◎1968/11 解体のため売却
◎1973 パナマのZanzuig & Transportbedrijf H.G. & G. D. Blomberg B.V. に売却されHopper Dredgeに改装、Esperance IIIと改名
◎1978 ウィルミントンのCedeco Maritime Construction, Inc. に売却
◎1980 American International Dredge Corp. に売却
◎1986 シカゴのB & B Dredging Corp. に売却されColumbusと改名
◎2000 Colombiaと改名
◎2001(2002?) Columbiaと改名
LST-988 チャールズタウン海軍工廠 1944/4/25 1957/10/11 1957/9/27 ◎1944/2/10 起工
◎1944/3/12 進水
◎1946/7/25 ニュー・ヨークにて保管、オーヴァーホール
◎1947/1/13 海軍予備練習船となる
◎1950/4/6 フィラデルフィアにて不活性化工事
◎1950/6/13 フィラデルフィアにて退役、Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入
◎1951/6/7 再役
◎1955/7/1 ミネラル・カウンティ Mineral Countyと命名
◎1957/7/8 ノーフォークにて保管
◎除籍後、標的として沈没
LST-989 チャールズタウン海軍工廠 1944/4/28 1946/10/7 1946/11/13 ◎1944/2/10 起工
◎1944/3/12 進水
◎1948/6/25 HoustonのHumble Oil and Refining Co. に売却され艀Humble ST-10となる
◎1972 Blue Dolphinと改名
LST-990 チャールズタウン海軍工廠 1944/5/1 1946/7/10 1946/9/25 ◎1944/2/26 起工
◎1944/3/27 進水
◎1947/9/26 解体のため、ボルティモアのボストン・メタルズ社に売却
LST-991 チャールズタウン海軍工廠 1944/5/6 1946/5/3 ◎1944/2/26 起工
◎1944/3/27 進水
◎退役後、国務省に移管、上海にて連合国救済復興機関(UNRRA)に移管
◎除籍後、売却され商船Mei Lingとなる
◎1952 Wan Chunと改名
後にQuemoy Islandにて中国人民解放軍海軍の魚雷艇の雷撃により沈没ともいわれる
LST-992 チャールズタウン海軍工廠 1944/5/10 1946/8/9 1946/9/25 ◎1944/3/5 起工
◎1944/4/7 進水
◎1948/6/13 解体のため、Walter W. Johnson Co. に売却
LST-993 チャールズタウン海軍工廠 1944/5/12 1946/6/1 1948/3/12 ◎1944/3/7 起工
◎1944/4/7 進水
◎1948/2/7 中国国民党に貸与されChung Hsun(208)と命名
1959 喪失といわれる
LST-994 チャールズタウン海軍工廠 1944/5/17 1946/7/31 1946/8/28 ◎1944/3/12 起工
◎1944/4/17 進水(123456
◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる(LST Flotilla 36、LST Group 106、LST Division 211所属)
◎1944/8/15 南フランスへの侵攻(~1944/9/25)
◎1945/9/15 極東にて占領作戦の任務(~1945/10/23)
◎1945/11/10 極東にて占領作戦の任務(~1946/4/14、中国方面での行動も含む)
◎1947/12/23 Pablo N. Ferrari & Co. に売却されDon Flora(Doña Flora?)と命名
◎1947 アルゼンチン政府に売却され艦種記号をBDT No. 7に改める
◎後に入渠(123
◎後にアルゼンチン海軍に移管、Cabo San Pablo(BDT7)と改名(123
◎1964 除籍
◎1966 処分
LST-995 チャールズタウン海軍工廠 1944/5/20 1946/8/15 1946/9/25 ◎1944/3/12 起工
◎1944/5/2 進水(123456
◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる(LST Flotilla 36、LST Group 106、LST Division 211所属)
◎1944/8/15 南フランスへの侵攻(~1944/9/25)
◎1945/9/15 極東にて占領作戦の任務(~1945/10/25)
◎1945/11/13 極東にて占領作戦の任務(~1945/11/25)
◎1945/11/13 極東にて占領作戦の任務(~1945/11/25)
◎1946/3/4 極東にて占領作戦の任務(~1946/3/11)
◎1946/3/28 極東にて占領作戦の任務(~1946/4/8)
◎1947/11/4 Northwest Merchandising Serviceに売却されDon Nicolasと命名
◎1948 アルゼンチン政府に売却され艦種記号をBDT No. 2に改める
◎後にアルゼンチン海軍に移管、Cabo San Diego(BDT2)と改名
◎1964 除籍
◎1966 処分
LST-996 チャールズタウン海軍工廠 1944/5/23 1946/4/22 1946/5/8 ◎1944/3/27 起工
◎1944/5/2 進水
◎1947/10/12(1947/10/22?) 解体のため、ニュー・ヨークのHugo Neu Steel Products Corp. に売却
LST-997 チャールズタウン海軍工廠 1944/5/27 1947/3/7 1947/4/4 ◎1944/3/27 起工
◎1944/5/12 進水
◎1948/6/15 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却
◎のちに売却され商船Wan Mingとなる
◎のちに台湾海軍が取得
LST-998 チャールズタウン海軍工廠 1944/5/29 1946/6/26 1946/7/31 ◎1944/4/8 起工
◎1944/5/14 進水
◎1947/11/4(1947/11/11?) Northwest Merchandising Serviceに売却されDon Ernestoと命名
◎1948 アルゼンチン政府に売却され艦種記号をBDT No. 3に改める
◎のちにアルゼンチン海軍に移管、Cabo San Francisco de Paula(BDT.3)と改名(12
◎1966 処分
LST-999 チャールズタウン海軍工廠 1944/5/30 1946/7/29 1946/9/25 ◎1944/4/8 起工
◎1944/5/14 進水
◎1947/11/3 解体のため、シアトルのDulien Steel Products, Inc. に売却
LST-1000 チャールズタウン海軍工廠 1944/6/14 1946/7/22 1946/8/28 ◎1944/4/18 起工
◎1944/5/26 進水
1945/4/5 沖縄にて衝突し損傷
1945/4/6 味方艦の誤った砲撃により損傷
◎1948/6/13 解体のため、Walter W. Johnson Co. に売却
LST-1001 チャールズタウン海軍工廠 1944/6/20 1946/2/26 1946/6/19 ◎1944/4/18 起工
◎1944/5/26 進水
◎1947/10/23 解体のため、シカゴのNew Orleans Shipwrecking Corp. に売却
LST-1002 チャールズタウン海軍工廠 1944/6/25 1946/5/22 1946/7/3 ◎1944/5/3 起工
◎1944/6/8 進水
◎1946/5/22 国務省に移管
◎除籍後、中国国民党に売却
LST-1003
12
チャールズタウン海軍工廠 1944/6/29 1946/7/29 1961/7/1 ◎1944/5/3 起工
◎1944/6/8 進水
◎1944/6/12(1944/8/14?) 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-10)に改め、コロニス Coronisと命名
LST-1004 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/3/28 1946/6/27 1947/2/7 ◎1944/1/26 起工
◎1944/3/3 進水
◎1947/10/16 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却(アルゼンチンに貸与ともいわれる)
LST-1005 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/4/6 1946/4/6 1946/4/17 ◎1944/2/2 起工
◎1944/3/11 進水
1946 揚陸作業中に損傷(1(画像解説:元USS LST-814(左)と元USS LST-1005(右)、1946年8月3日、日本の大久野島に接岸。この2隻のLSTは経済的な修理が不可能なほど損傷していたため、退役させられ、海軍登録簿から抹消され、有用なものはすべて取り除かれていた。そののち、1946年8月12日にフィリピン海へ曳航される前に、東京第二工廠から“ルイサイト作戦 Operation Lewisite”で持ち出された毒ガスの積荷が積まれた。オーストラリア戦没者慰霊碑 Australian War Memorial写真#131746)、2(画像解説:1946年8月3日、日本の大久野島に接岸した元USS LST-814と元USS LST-1005。元LST-814の船体は、廃棄のためフィリピン海まで曳航される準備が整った。彼女の積荷は、85tの液体ヴィエシカント Viesicant、665tのマスタード爆弾、710tのジフェニルシナルシン Dyphenylcynarsine、540tのマスタードとルイサイト・ガス・コンテナから成っていた。合計2,000t。船と積荷は1946年8月12日、10発のビーハイヴ爆雷 Beehive chargesで船体に穴を開け、沈没した。オーストラリア戦争記念館写真#131747)
◎1946/11/8 破壊処分
LST-1006 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/4/12 1946/7/26 1946/8/28 ◎1944/2/5 起工
◎1944/3/11 進水
◎1948/6/14 Steele Powersに売却され商船Stanolind 58となる
◎のちに艀に改装、Solveigと改名
LST-1007 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/4/15 1946/3/2 1946/4/12 ◎1944/2/8 起工
◎1944/3/20 進水
◎1946/9/12 ブルックリンのConstruction Power & Merchandising Co. に売却
◎1947 商船Romanoとなる
1955/6/24 Cayenne東方海域にて転覆
LST-1008 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/4/18 1946/5/4 1946/6/19 ◎1944/2/16 起工
◎1944/3/23 進水
◎1946/5/4 国務省に移管、のちに中国国民党に貸与
のちに中国共産党に拿捕され艦種記号をLST 926に改める
のちに青島の中国海軍博物館にて展示(1234567
LST-1009 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/4/24 1946/7/17 1947/3/14 ◎1944/2/22 起工
◎1944/3/23 進水
◎1946/7/17 陸軍に移管
LST-1010
12
ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/4/25 1947/4/4
(1947/4/24?)
1974/11/15 ◎1944/2/22 起工
◎1944/3/29 進水
◎第二次大戦中、ヨーロッパ戦域に割り当てられる、のちにアジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla Thirty-Seven、LST Group One Hundred Nine、LST Division Two Hundred-Eighteen所属)
◎1944/8/15 南フランスへの侵攻(~1944/8/16)
◎1945/5/30 沖縄群島への強襲、占拠(~1945/6/22、12
“USS LST-1010は1945年6月27日、沖縄を出港しフィリピンのレイテ島に到着。フィリピンでは、ミンドロ島やルソン島を含むいくつかの島々をサーヴィスした。そののち、1945年8月4日に沖縄に到着し、8月17日にフィリピンに帰港。ルソンのバタンガス湾で終戦の知らせを受けた。LST-1010は1945年9月6日、占領任務のため日本に向けて出港し、11月にフィリピンに戻り、ふたたび日本に戻った。1946年5月に韓国で短い占領があり、そののち1946年6月16日まで日本に戻った”寄稿:アート・アレゴニ Art Aregoni USS LST-492 and USS LST-1010とロバート・ジョリー Robert Jolly USS LST 268 and USS LST 1010より
◎1945/9/9 極東にて占領作戦の任務(~1946/1/19)
1945/9/18 東京湾にて中型揚陸艦LSM-24と衝突し損傷、のちに修理
◎1947/4/4(1947/4/24?) 陸軍に移管
◎1950/3/1 海軍に移管、太平洋予備艦隊に編入
◎1955/3/22 韓国に貸与され雲峰 Un Bong(Unbong?、LST 807)と命名(12
◎1978/6/1 艦種記号をLST 671に改める
◎2005 退役
大明港にて記念艦となる(123
LST-1011 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/5/5 1946/6/20 1946/7/31 ◎1944/2/29 起工
◎1944/3/29 進水
◎1948/6/12 解体のため、Walter W. Johnson Co. に売却
LST-1012 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/4/30 1946/6/10 1946/7/19 ◎1944/3/4 起工
◎1944/4/8 進水
◎1946/6/10 国務省に移管
◎除籍後、民間に売却され商船Wan Puと命名
◎1952 Ping Yuanと改名
LST-1013 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/5/2 1946/6/11 1946/7/19 ◎1944/3/13 起工
◎1944/4/16 進水
◎1946/6/11 国務省に移管
◎1946/10 連合国救済復興機関(UNRRA)に移管
◎1947 解体
LST-1014 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/5/5 1946/3/5 1946/4/17 ◎1944/3/15 起工
◎1944/4/16 進水
◎1946/9/12 ブルックリンのConstruction Power & Merchandising Co. に売却され商船Aminoilとなる
LST-1015 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/5/8 1946/5/6 1946/6/19 ◎1944/3/22 起工
◎1944/4/20 進水
◎1946/5/8 国務省に移管
LST-1016 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/5/10 1946/6/26 1946/7/31 ◎1944/3/25 起工
◎1944/4/25 進水
◎1947/12/9 解体のため、オークランドのLearner Co. に売却
LST-1017 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/5/12 1946/6/29 1948/3/12 ◎1944/3/25 起工
◎1944/4/25 進水
◎1946/12/14 中国国民党に貸与され中基 Chung Chi(LST-626)と命名
◎後に艦種記号をLST-206に改める
◎1993 除籍
LST-1018 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/5/14 1946/8/16 1947/6/23 ◎1944/3/31 起工
◎1944/5/6 進水
◎1948/6/24 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却
LST-1019 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/5/17 1946/7/30 1946/9/25 ◎1944/3/31 起工
◎1944/5/6 進水
◎1948/6/28 HoustonのHumble Oil & Refining Co. に売却され艀Humble ST-12となる
◎1973 Exxon ST-12と改名
◎1979 ST-12と改名
LST-1020 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/5/19 1946/7/16 1946/8/28 ◎1944/4/11 起工
◎1944/5/10 進水
◎1948/6/13 解体のため、Walter W. Johnson Co. に売却
LST-1021 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/5/21 1944/12/24 1947/8/1 ◎1944/4/18 起工
◎1944/5/16 進水
◎第二次大戦中、ヨーロッパアフリカ中東戦域に割り当てられる
◎1944/8/15 南フランスへの侵攻(~1944/9/19)
◎1944/12/24(1944/12/25?) イギリスに貸与(123
◎1946/11/29(1947/8/1?) イギリスより返還
◎1947/10/7 シンガポールのTung Hwa Trading Co. に売却され商船Chong Yaとなる
◎1957 Honestaと改名
◎1962 Prosperaと改名
◎1964 Sindhusiamと改名
LST-1022 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/5/24 1947/12/31 1948/1/22 ◎1944/4/18 起工
◎1944/5/16 進水
◎1948/6/28 解体のため、R. G. Greiveに売却
LST-1023 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/5/26 1946/7/19 1946/8/28 ◎1944/4/20 起工
◎1944/5/17 進水
◎1948/6/18 HoustonのHumble Oil & Refining Co. に売却され艀Humble ST-7となる
◎後にZama "M"と改名
LST-1024 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/5/28 1946/6/27 1946/7/31 ◎1944/4/26 起工
◎1944/5/22 進水
◎1948/3/12 Alexander Shipyards, Inc. に売却
LST-1025 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/5/31 1946/5/24 1946/8/15 ◎1944/4/26 起工
◎1944/5/22 進水
◎1948/6/11 解体のため、Walter W. Johnson Co. に売却
LST-1026 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/6/7 1946/8/11 1946/8/22 ◎1944/5/8 起工
◎1944/6/2 進水
◎1947/12/5 フィリピンのBoseyにて売却
LST-1027 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1944/6/7 1946/9/4 1947/4/23 ◎1944/5/8 起工
◎1944/6/2 進水
◎1947/1/20 フィリピンのBoseyにて売却
◎後に中国の業者に売却され商船Chung 107となる
LST-1028 チャールズタウン海軍工廠 1944/7/7 1945/11/19 1945/12/5 ◎1944/5/15 起工
◎1944/6/18 進水
1945/1/9 リンガエン湾にて日本陸軍四式肉薄攻撃艇の爆雷により損傷
◎1947/8/29(1947/9/17?) 解体のため、シアトルのPuget Sound Bridge & Dredging Co. に売却
LST-1029 チャールズタウン海軍工廠 1944/7/13 1946/5/1 1947/6/10 ◎1944/5/15 起工
◎1944/6/18 進水
◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla 6、Group 17、Division 34所属)
◎1945/1/9 リンガエン湾にて揚陸作戦
◎1945/4/26 沖縄群島への強襲、占拠(~1945/6/30)
◎1945/9/2 極東にて占領作戦の任務(~1945/10/27)
◎1946/10/31 ジャクソンヴィルのSuwannee Fruit & Steamship Co. に売却
◎1947 商船Barbaraとなる
◎1962 Maria Cristinaと改名
◎後にBeliscoと改名
1963/10/29 Cidreira南方海域にて難破(The U.S. Navy Warship Series: THE NAVY OF WORLD WAR II, 1922-1947 (Routledge, 2007.)より)
◎1972 ジャクソンヴィル東方海域にて人工環礁のため沈没処分(NavSource Naval History - Photographic History Of The U.S. Navyより)
LST-1030 チャールズタウン海軍工廠 1944/7/19 1946/5/29 1948/3/12 ◎1944/5/27 起工
◎1944/6/25 進水
◎1948/2/17 中国国民党に貸与され衝山 Chung Shan(ARL 335)と命名
◎のちに中権 Chung Chuan(LST 651)と改名
◎のちに艦種記号をLST-221に改める
◎2009/5/27 退役
LST-1031 チャールズタウン海軍工廠 1944/7/25 1945/12/18 1946/1/8 ◎1944/5/27 起工
◎1944/6/25 進水
◎1947/10/23 解体のため、ボルティモアのボストン・メタルズ社に売却
LST-1032
123
チャールズタウン海軍工廠 1944/8/1 1970/8/12 1970/8/12 ◎1944/6/9 起工
◎1944/7/9 進水
◎第二次大戦中、アジア太平洋戦域に割り当てられる(LST Flotilla Six、LST Group Eighteen、LST Division Thirty-Five所属)
◎1945/2/19 硫黄島への強襲、占拠(~1945/2/25、12(画像解説:硫黄島に接岸した歩兵揚陸艇(大型)LCI(L)-771とUSS LST-1032。オリジナルのキャプションは、“日本軍の迫撃砲と砲弾の砲火に粉砕され、硫黄島の危険な黒灰の砂に捕らわれ、“アムトラック amtrac”やほかの戦車は火山要塞の黒い砂の上にノックアウトされて横たわっていた”。 米国国立公文書館識別番号 US National Archives Identifier 205585232、地方識別番号 Local Identifier 26-G-4474、米国沿岸警備隊写真番号 US Coast Guard photo # 4474、ロバート M. ウォーレン三等写真兵曹 PhoM/3c Robert M. Warren撮影)、3(画像解説:1945年2月19日、硫黄島沖の輸送区域で甲板上の戦車揚陸艇LCT-1031とUSS LST-1032。背景の急降下爆撃機が摺鉢山の麓を爆撃しているのに注目。「Amphibious Invasion of Iwo Jima, H-Hour Minus One」と呼ばれる短編映画の一コマ。海軍省 Dept. of the Navy。National Archives ID 80201, Local ID 428-NPC-15841)
◎1945/4/1 沖縄群島への強襲、占拠(~1945/6/10)
◎1945/9/9 極東にて占領作戦の任務(~1945/10/26)
◎1950/10/14 退役、フロリダにて大西洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 モンマス・カウンティ Monmauth Countyと命名
◎1961/8 フィラデルフィアにて大西洋予備艦隊に編入
◎1962年5月28日、ヴァージニア州リトル・クリーク海軍水陸両用基地 Naval Amphibious Base Little Creekにて予備役第2戦車揚陸戦隊 Reserve LST Squadron 2として再役
◎1965/12/21 再役
◎1966/5/31 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive、~1966/6/13)
◎1966/7/19 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase II、~1966/8/2)
◎1966/8/12 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase II、~1966/8/13)
◎1966/8/27 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase II、~1966/8/31)
◎1966/9/9 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase II、~1966/11/17)
◎1966/12 佐世保にて入渠
◎1967/1/16 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase II、~1967/1/23)
◎1967/2/1 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase II、~1967/2/7)
◎1967/2/23 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase II、~1967/3/6)
◎1967/3/16 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase II、~1967/3/20)
◎1967/4/4 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase II、~1967/4/13)
◎1967/5/30 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase II、~1967/5/31)
◎1967/6/1 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase III、~1967/8/9)
◎1967/12/17 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase III、~1968/1/29)
◎1968/1/30 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Tet Counteroffensive、~1968/4/1)
◎1968/1/30 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Tet Counteroffensive、~1968/4/1)
◎1968/4/27 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase IV)
◎1968/5/17 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase IV、~1968/6/19)
◎1968/7/15 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase V、~1968/9/10)
◎1968/10/28 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase V、~1968/11/1)
◎1968/11/2 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnamese Counteroffensive - Phase VI、~1969/2/13)
◎1969/3/21 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Tet 69/Counteroffensive、~1969/6/8)
◎1969/6/9 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Vietnam Summer-Fall 1969、~1969/9/8)
◎1969/11/3 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Winter-Spring 1970、~1970/2/15)
◎1970/3/18 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Winter-Spring 1970、~1970/4/30)
◎1970/5/1 ヴェトナム戦争中、戦域に割り当てられる(Sanctuary Counteroffensive、~1970/5/2)
◎メア・アイランド海軍造船所にて退役
◎1971/9/11 解体のため、オレゴン州ポートランドのZidell Exploration, Inc. に売却
LST-1033 チャールズタウン海軍工廠 1944/8/12 1946/8/1 1946/8/28 ◎1944/6/9 起工
◎1944/7/9 進水
◎1945/9/15 艦種を戦車揚陸艦(病院)(LSTH-1033)に改める
LST-1034 チャールズタウン海軍工廠 1944/8/26 1946/8/8
(1946/10/8?)
1946/10/29 ◎1944/6/26 起工
◎1944/8/4 進水
◎1946/10/28 オランダ領東インドに売却されLST Vと命名
◎後にSteven van der Hagenと改名
◎後にWoendiと改名
◎後に除籍
LST-1035 チャールズタウン海軍工廠 1944/9/1 1946/6/6 1946/7/3 ◎1944/6/26 起工
◎1944/8/4 進水
◎1947/12/16 解体のため、オークランドのLearner Co. に売却
LST-1036 チャールズタウン海軍工廠 1944/9/16 1949/6/8 1960/7/1 ◎1944/7/10 起工
◎1944/8/14 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-11)に改め、クレオン Creonと命名
LST-1037 チャールズタウン海軍工廠 1944/9/22 1946/11/30 1961/7/1 ◎1944/6/12(1944/8/14?) 艦種を揚陸艇修理艦[揚陸艇工作艦](ARL-12)に改め、ポセイドン Poseidonと命名
LST-1038 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/2/5 1949/6 1958/11/1 ◎1944/10/29 起工
◎1945/1/6 進水
◎ニュー・オーリンズにて就役
◎後にニュー・オーリンズにて修理改装
◎1945/7上旬 レイテにて修理改装
◎1946/5 ニュー・ヨークにて第3海軍区の予備練習艦となる
◎退役後、Green Cove Springsにて退役、大西洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 モンロー・カウンティ Monroe Countyと命名
◎除籍後、売却され商船Jose P. となる
◎1968 Adri XXIXと改名
LST-1039 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/2/9 1946/6/21 1946/7/31 ◎1944/11/26 起工
◎1945/1/6 進水
◎1947/9/2(1947/9/8?) Columbia River Packers Association, Inc. に売却
◎1948 フランスの業者に売却されTinianと命名
◎1961 Iratyと改名
LST-1040 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/2/13 1946/9/23 1947/4/23 ◎1944/12/3 起工
◎1945/1/13 進水
◎1946/10/5 オランダ領東インドに売却されLST IIIと命名
◎後に除籍
LST-1041 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/2/19 1956/1/31
(1956/6/30?)
1960/6/1 ◎1944/11/12 起工
◎1945/1/20 進水
◎ニュー・オーリンズにて就役
◎退役後、Green Cove Springsにて退役、大西洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 モントゴメリー・カウンティ Montgomery Countyと命名
◎1961/8/28 西ドイツに売却
◎後に戦傷修理工作艦に改装の予定がキャンセル
◎1968 解体
LST-1042 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/2/22 1946/5/9 1946/6/19 ◎1944/12/10 起工
◎1945/1/20 進水
LST-1043 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/2/24 1946/7/22 1946/8/28 ◎1944/12/17 起工
◎1945/1/27 進水
◎1947/12/10 解体のため、オークランドのLearner Co. に売却
LST-1044 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/3/2 1946/6/28 1946/7/31 ◎1944/11/25 起工
◎1945/2/3 進水
◎1948/1/8 Pablo N. Ferrari & Co. に売却されDona Barbaraと命名
◎1948 アルゼンチン政府に売却され艦種記号をBDT No. 10に改める、Cabo Pio(Cabo San Pio?)と改名
◎1964(1981?) 除籍
LST-1045 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/3/27 1946/7/10 1946/8/15 ◎1944/12/22 起工
◎1945/2/3 進水
◎1947/12/9 解体のため、ニュー・ヨークのJames A. Hughesに売却
LST-1046 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/3/28 1946/6/27 1946/7/31 ◎1944/12/31 起工
◎1945/2/10 進水
◎1947/9/25(1947/10/29?) 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却
LST-1047 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/3/28 1946/5/6 1947/9/29 ◎1944/12/9 起工
◎1945/2/17 進水
◎1946/6/25 陸軍に移管、艦種を大型貨物補給船(FS-751)に改める
LST-1048
12
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/3/28 1956/5/10 1959/8/1 ◎1945/1/7 起工
◎1945/2/17 進水
◎ニュー・オーリンズにて就役
◎1946/5/14 日本にて退役
◎1946/8/2 陸軍に移管
◎後に除籍
◎1950/7/1 海軍に移管、籍をもどす
◎1950/8/26 横須賀にて再役
◎1955/7/1 モーガン・カウンティ Morgan Countyと命名
◎退役後、軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行(T-LST-1048)
◎1960/6/10 解体のため、Ships, Inc. に売却
LST-1049
12
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/3/30 1946/7/18 1948/2/19 ◎1945/1/14 起工
◎1945/2/24 進水
◎1949/7/1 ベイヨーンのTownsend Transportation Co. に売却
LST-1050 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/4/3 1947/1/27 1948/3/12 ◎1944/12/23 起工
◎1945/3/3 進水
◎1947/1/27 中国国民党に貸与されChung Lien(LST-209)と命名
◎1993 除籍
LST-1051
12
ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/4/7 1946/5/7
(1946/7/11?)
1946/6/5
(1946/8/15?)
◎1945/1/21 起工
◎1945/3/3 進水
◎1948/6/13 解体のため、Walter W. Johnson Co. に売却
LST-1052 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/4/15 1946/7/11 1946/8/15 ◎1945/1/29 起工
◎1945/3/6 進水
◎1947/9/25(1947/10/31?) 解体のため、シアトルのコンソリデーテッド・ビルダーズ社に売却
LST-1053 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/4/23 1946/6/3 1946/7/3 ◎1945/1/6 起工
◎1945/3/6 進水
◎1948/6/8 HoustonのHumble Oil & Refining Co. に売却され艀Humble ST-6となる
◎1964 Mexican Prideと改名
LST-1054 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/4/17 1946/6/28 1946/7/31 ◎1945/2/4 起工
◎1945/3/17 進水
◎1947/11/25(1947/11/26?) 解体のため、ベスレヘムのベスレヘム・スチール社に売却
LST-1055 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/4/26 1947/2/13 1947/2/25 ◎1945/2/10 起工
◎1945/3/24 進水
◎1947/2/13 陸軍に移管
LST-1056 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/5/2 1946/7/12 1947/6/10 ◎1945/1/20 起工
◎1945/3/24 進水
◎1947/1/20 フィリピンのBoseyにて売却
◎後に中国の業者に売却され商船Chung 108となる
◎1955 台湾海軍に売却されChung Yehと改名
LST-1057 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/5/7 1946/8/5 1946/9/25 ◎1945/2/17 起工
◎1945/3/31 進水
◎1948/1/12 Pablo N. Ferrari & Co. に売却されStella Marisと命名
◎後にDona Stella(Dona Dorothea)と改名
◎1947 アルゼンチン政府に売却され艦種記号をBDT No. 9に改める
◎後にアルゼンチン海軍に移管
◎1952 除籍?
◎1953 民間に売却されTeniente de Navio del Castilloと改名
◎1958 除籍
LST-1058 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/5/16 1946/7/30 1946/9/25 ◎1945/2/24 起工
◎1945/4/7 進水
◎1948/6/13 解体のため、Walter W. Johnson Co. に売却
LST-1059 ドラヴォ社ピッツバーグ造船所 1945/5/17 1946/9/14 1947/4/23 ◎1945/3/3 起工
◎1945/4/14 進水
◎1947/1/14(1947/1/20?) 上海のMorrison Knudsen Co. に売却
LST-1060 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/2/24 1946/9/7 1947/4/23 ◎1944/12/22 起工
◎1945/1/29 進水
◎1948/2/13 フィリピンのBoseyにて売却され商船Kun Yeepとなる
LST-1061 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/3/1 1946/5/1 1946/7/3 ◎1944/12/26 起工
◎1945/2/3 進水
◎1948/3/1 Texas Petroleum Co. に売却され商船Jobureとなる
◎1957 Auguste Weitertと改名
◎1959 Alsterと改名
◎1961 Magallenesと改名
◎1968 Brian Conwayと改名
◎1969 香港にて解体
LST-1062 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/3/5 1946/6/27 1946/7/31 ◎1944/12/30 起工
◎1945/2/6 進水
◎1947/11/25 解体のため、ベスレヘム・パシフィック・コースト・スチール社に売却
LST-1063 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/3/8 1946/7/13 ◎1945/1/3 起工
◎1945/2/11 進水
◎1948/6/30 海事委員会に移管、民間に売却され商船Polarisとなる
◎1978 Ashtabulaにて解体
LST-1064 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/3/12 1946/8/21 1959/10/1 ◎1945/1/9 起工
◎1945/2/14 進水
◎退役後、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 ナンスモンド・カウンティ Nansemond Countyと命名
◎1961/4/1 アストリアにて日本に供与され揚陸艦しれとこ(LST-4003)となる
◎1971/4/1 艦種を輸送艦に改める
◎1976/3/31 除籍、日本より返還
◎1976/9/24 フィリピンに貸与されSamar Del Norte(LT-510)と改名
◎1987/3 BatangasのPNOC dockyardにて入渠
◎2001 除籍
LST-1065 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/3/16 1946/5/23 1947/6/23 ◎1945/1/12 起工
◎1945/2/17 進水
◎1948/1/17 ブエノス・アイレスのCom-pania Naviera y Commercial Perez Compano, S.A. に売却され商船Santa Micaelaとなる
◎1965 Mar Tirrenoと改名
◎1976 Campanaにて解体
LST-1066 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/3/20 1967/2/27 1973/6/10 ◎1945/1/18 起工
◎1945/2/21 進水
◎1946/3 退役、ピュージェット・サウンドにて太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 ニュー・ロンドン・カウンティ New London Countyと命名
◎1965/12/21 再役
◎退役後、軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行(T-LST-1066)
1970/1/13 ヴェトナム沿岸にて水面下の爆発により損傷、ダ・ナンへ曳航、修理
◎1973/8/29 チリに売却されComandante Hemmerdinger(LST-88)と改名
◎1983/10/14 運用終了
◎1984/1/19 Valparaisoの業者に売却され商船Maquiservとなる、チリ船籍となる
LST-1067 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/3/24 1967/3/27 1973/6/10 ◎1945/1/24 起工
◎1945/2/27 進水
◎1946/8/13 ポートランドにて退役、太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 ナイ・カウンティ Nye Countyと命名
◎1963/5/22 リトル・クリーク海軍揚陸基地にて保管
◎1965/12/21 再役
◎退役後、軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行(T-LST-1067)
◎1973/8/1(1973/8/29?) チリに売却されComandante Araya(LST 89)と改名
◎1981/12/14 運用終了
◎1981 除籍
◎1982/3/29 売却
LST-1068 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/3/27 1957/9/27
(1957/10/15?)
1957/9/27 ◎1945/1/31 起工
◎1945/3/3 進水
◎1945/12 ブレマートンにて不活性化工事
◎1946/8/9 アストリアにて退役、太平洋予備艦隊に編入
◎1950/9/8 再役
1950秋 サン・ディエゴ沖にて、海底の沈没船(歩兵揚陸艇)を引っ掛け損傷、修理
◎1951/6 オーヴァーホール
◎1954/12 サン・ペドロにてオーヴァーホール(~1955/1)
◎1955/7/1 オレンジ・カウンティ Orange Countyと命名
◎1958/6/18 標的として沈没
LST-1069 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/3/31 1965/5/20 1975/6/30 ◎1945/2/7 起工
◎1945/3/7 進水
◎1946/8/6 スタテン・アイランドにて退役、第3海軍区の予備練習艦となる
◎1949/9 Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入
◎1952/1/11 再役、mine squadron flagship & logistic support vesselに改装
◎1955/7/1 オーリンズ・パリッシュ Orleans Parishと命名
◎1957/12/16 退役、チャールストン海軍造船所で機雷戦指揮艦に改装
◎1958/12/19 再役
◎1959/1/19 艦種を機雷戦指揮艦(MCS-6)に改める
◎1966/5/20 軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行、艦種を戦車揚陸艦(T-LST-1069)に改める
◎1976/9/1 フィリピンに貸与されCotabato Del Norte(LT 511)と改名
◎1991 除籍
LST-1070
12
ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/4/5 1956/11/16 1960/4/1 ◎1945/2/8 起工
◎1945/3/9 進水
◎1945/12上旬 真珠湾でelectronics parts issue shipに改装
◎1946 改装中止
◎1946/12/3 アストリアにて退役、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1947/1/27(1949/1/27?) 艦種を雑役艦(AG-146)に改める
LST-1071 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/4/9 1956/2/5
(1956/2/15?)
1959/11/1 ◎1945/2/13 起工
◎1945/3/14 進水
◎1946/2下旬 ポートランドにて不活性化工事
◎1946/6/10 退役、ポートランドにて太平洋予備艦隊に編入
◎1951/1/3 再役
◎1955/7/1 ワシタ・カウンティ Ouachita Countyと命名
◎除籍後、Green Cove Springsにて大西洋予備艦隊に編入
◎後に売却され艀Foss 210となる
LST-1072 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/4/12 1951/4/2 1975/6/30 ◎1945/2/16 起工
◎1945/3/20 進水
◎1951/4/2 軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行
◎1966/9 空軍に移管
◎後に海軍に移管
◎1976/9/13 フィリピンに貸与されTawi Tawi(LT-512)と改名
◎後に解体
LST-1073
12
ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/4/17 1971/5/21 1973/12/1 ◎1945/2/20 起工
◎1945/3/22 進水
◎1946/8/5 サン・フランシスコにて退役、アストリアにて太平洋予備艦隊に編入
◎1950/10/10 ブレマートンへ曳航
◎1950/11/3 ブレマートン海軍造船所にて再役
◎1955/7/1 アウタガミー・カウンティ Outagamie Countyと命名
◎1971/5/24 ブラジルに貸与されGarcia d'Avila(Garcia D'Avilla?、G 28)と改名
◎1973/12/1 ブラジルに売却
◎1990 除籍、解体のためブラジルの業者に売却
LST-1074 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/4/21 1946/9/4 1958/11/1 ◎1945/2/24 起工
◎1945/3/27 進水
◎退役後、太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 オヴァートン・カウンティ Overton Countyと命名
◎1959/6/29 Foss Maritimeに売却され艀に改装(~1960)、Foss 201と改名
◎のちにワシントン州シアトルのSalmon Bay Barge Line, Inc. に売却されSantosと改名
◎2008年現在、Salmon Bay Barge Lineにより貨物船として運航中
LST-1075 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/4/25 1946/12/18 1948/3/12 ◎1945/3/5 起工
◎1945/4/3 進水
◎1946/12/18 中国国民党に貸与され中程 Chung Chengと命名
◎後に退役、保管
LST-1076 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/5/1 1971/3/5 1978/4/15 ◎1945/3/16 起工
◎1945/4/14 進水
◎1945/12中旬 サン・ディエゴにてオーヴァーホール
◎1946/4 Vancouverにて不活性化工事
◎1946/6/13 退役、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 ペイジ・カウンティ Page Countyと命名
◎1960/7 サン・ディエゴへ曳航、近代化改装
◎1960/11/28 再役
◎1963/3中旬 サン・フランシスコにてFRAM II改装(~1963/7)
◎退役後、ギリシャに貸与されKriti(L171)と改名
◎1978/7/1 ギリシャに売却
◎1996 除籍
LST-1077 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/5/8 1971/9 1978/4/15 ◎1945/3/21 起工
◎1945/4/18 進水
◎1946/7/31 アストリアにて退役、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1950/9/6 再役(12
◎1955/5/12 サン・フランシスコにて退役、太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 パーク・カウンティ Park Countyと命名
◎のちにブレマートンにて太平洋予備艦隊に編入
◎1965/11 ポートランドへ曳航、オーヴァーホール
◎1966/4/9 再役
◎1968/12 グアムにてオーヴァーホール
◎1971/9/20 メキシコに貸与されRio Panuco(LST-401)と改名
◎1978/7/1 メキシコに売却
◎のちに艦種記号をA 01に改める
LST-1078
12
ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/5/15 1958/4/22 1959/1/1 ◎1945/3/27 起工
◎1945/4/25 進水
◎1946/10中旬 サン・フランシスコにてオーヴァーホール
◎1948/4/28(1948/4/29?) サン・ディエゴにて退役、太平洋予備艦隊に編入
◎1949/1/27 艦種を雑役艦(AG-147)に改め、プロトン Protonと命名
LST-1079 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/5/22 1959/11/1 ◎1945/3/30 起工
◎1945/4/27 進水
◎1946/3 退役、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1950/10 再役
◎1955/5/12 サン・フランシスコにて退役、太平洋予備艦隊に編入
◎1955/7/1 ペイエット・カウンティ Payette Countyと命名
◎のちに軍事海上輸送部隊(MSTS)が管理運行、艦種を戦車揚陸艦(T-LST-1079)に改める
◎1961/5/18 アストリアのZidell Explorations, Inc. に売却され艀557となる
LST-1080 ベスレヘム・ヒンガム・シップヤード 1945/5/29 1958/1/2 1959/2/6 ◎1945/4/5 起工
◎1945/5/2 進水
◎1946/8/29 退役、Columbia Riverにて太平洋予備艦隊に編入
◎1950/10/3 再役
◎1952初め オーヴァーホール
◎1955/7/1 ペンダー・カウンティ Pender Countyと命名
◎1957/10/2 ロング・ビーチにて太平洋予備艦隊に編入
◎1958/10/30 韓国に貸与され華山 Hwa San(Hwasan?、LST 816)と改名
◎のちに艦種記号をLST-679に改める