DDG
ミサイル駆逐艦

※PSAは試験航海後の有用性(Post Shakedown Availability)の略
↑ US Navy destroyers. Image courtesy of Naval Analyses.
※データは駆逐艦ギアリング級の項を参照
※兵装はテリアSAM連装発射機1基、38口径127o連装両用砲2基、50口径76o連装両用砲2基(後に撤去)、12.7o単装機銃4基

↑Image courtesy of Shipbucket.
艦名 NAME 艦種記号 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
ジャイアット Gyatt DDG-1 フェデラル・シップビルディング&ドライ・ドック社 1945/7/2 1969/10/22 1969/10/22 ◎1955/12/1 ミサイル駆逐艦(DDG-1)となる
◎1955/12/3 再役
◎1956/12/30 DDG-712となる
◎1957/5/23 DDG-1となる
◎1962/10/1 駆逐艦(DD-712)となる


軽荷排水量:3,277t(DDG-25〜DDG-30は3,370t) 満載排水量:4,526t(DDG-25〜DDG-27は4,618t、DDG-28〜DDG-30は4,720t) 全長:133.20m(DDG-25〜DDG-27は134.30m) 幅:14.30m 吃水:4.60m 主缶:バブコック&ウィルコックス式水管缶(重油専焼)4基(DDG-4〜DDG-6、DDG-9、DDG-14、DDG-28〜DDG-30はフォスターホイーラー式水管缶(重油専焼、DDG-25〜DDG-27はフォスターホイーラー式水管缶(重油専焼)2基)、DDG-15〜DDG-19はコンバッション・エンジニアリング式水管缶(重油専焼)) 主機/軸数:ジェネラル・エレクトリック式オール・ギアード蒸気タービン2基/2軸(DDG-4〜DDG-6、DDG-9、DDG-14、DDG-23、DDG-24はウェスティングハウス式オール・ギアード蒸気タービン) 出力:70,000馬力 速力(計画):32.0kt(DDG-25〜DDG-27は30.0kt強) 燃料搭載量(計画):重油900t 航続力(計画):20ktで4,500浬 兵装:ターターSAM連装発射機1基(DDG-15〜DDG-24は単装発射機1基、後にスタンダードMR SAM/ハープーンSSM発射機に換装)、54口径127o単装両用砲2基(1966年に前部砲塔を撤去)、アスロックSUM8連装発射機1基、324o3連装短魚雷発射管2基(DDG-25〜DDG-27はスタンダードMR SAM単装発射機1基、アイカアラSUM単装発射機1基、54口径127o単装両用砲2基、12.7o単装機銃6基、324o3連装短魚雷発射管2基、DDG-28〜DDG-30はスタンダードSAM/ハープーンSSM単装発射機1基、RAM近接防御SAM21連装発射機2基 アスロックSUM8連装発射機1基、54口径127o単装両用砲2基、機銃4基〜6基、324o3連装短魚雷発射管2基、爆雷投射機1基) 乗員:333名〜350名(DDG-25〜DDG-27は333名、DDG-28〜DDG-30は337名)
※レーダー:LN-66航海レーダー1基(近代化改装後に装備)、SPS-10D対水上捜索レーダー1基(DDG-19、DDG-20、DDG-22は近代化改装後にはSPS-10Fに換装)、SPS-29対空捜索レーダーまたはSPS-37対空捜索レーダー1基(DDG-2〜DDG-14は近代化改装後にはSPS-40B/D対空捜索レーダーに換装、それ以降の艦は最初から装備)、SPS-39A三次元対空レーダー1基(近代化改装後にSPS-52B/Cに換装)、Mk. 4武器指向システム(WDS)1基(DDG-9、DDG-12、DDG-15、DDG-19〜DDG-22は近代化改装後にはMk. 13Mod. 4武器指向システムに換装)、Mk. 68砲射撃指揮装置(GFCS)1基(SPG-53A/Fレーダーを内蔵、後にデジタル・コンピューター・システムを組み込んだタイプをDDG-4〜DDG-6、DDG-8〜DDG-12、DDG-15、DDG-18が装備、何隻かはMk. 68電子光学センサー・システム(EOSS、赤外線探知装置とレーザー目標指示/測距装置)を装備、DDG-19、DDG-20、DDG-22は近代化改装後にはMk. 86Mod. 8砲射撃指揮装置に換装(SPG-60及びSPQ-9A各1基を内蔵))、Mk. 74ミサイル射撃指揮装置(MFGS)2基(SPG-51C、DDG-19、DDG-20、DDG-22は近代化改装後にはSPG-51Dに換装)、Mk. 111水中発射指揮装置(ASWFCS)1基(DDG-16〜DDG-24はMk. 114水中発射指揮装置) ソナー:SQS-23Aソナー(キール線上に装備、DDG-20〜DDG-24は艦首に装備、後にSQS-23A性能向上・統合化改善型(PAIR)に変更) TAKAN:SRN-6(近代化改装後にはURN-25に換装) 電子戦装置:WLR-1F迎撃装置(電波探知用、近代化改装後にはレイセオン式SLQ-32(V)2統合電子戦装置に換装)、ULQ-6B迎撃装置(電波妨害用、近代化改装後にはレイセオン式SLQ-32(V)2統合電子戦装置に換装)、SLQ-20一式(近代化改装後に装備)、Mk. 36 SRBOCデコイ・システム(近代化改装後に装備)
※DDG-19、DDG-20、DDG-22は近代化改装後には戦術情報処理装置NTDSのUYA-4指示機にSYS-1データ・システムを付加
↑USS Lawrence (DDG-4). Underway near Cape Henry, inbound to Norfolk, Virginia on 3 May 1973 Note the Destroyer Squadron 22 insignia painted on the side of her forward superstructure. Photographed by PH2 Dupuis. Official U.S. Navy Photograph, from the collections of the Naval Historical Center.

↑Image courtesy of Shipbucket.

↑Perth (D.38) ex-DDG-25. Image courtesy of Shipbucket.

↑Lutjens (D185) ex-Tolman (DDG-28). Image courtesy of Shipbucket.
艦名 NAME 艦種記号 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
チャールズ F. アダムス Charles F. Adams DDG-2 バス鉄工所 1960/9/10 1990/8/1 1992/11/20 ◎1956/8/16 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-952)に改める
◎1957/6/26 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-2)に改める
◎1958/6/16 起工
◎1959/9/8 進水
◎1961/2 ターターSAM試験
◎除籍後、フィラデルフィアにて保管(記念艦となる予定)
ジョン・キング John King DDG-3 バス鉄工所 1961/2/4 1990/3/30 1993/1/12 ◎1956/8/16 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-953)に改める
◎1957/6/26 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-3)に改める
◎1958/8/25 起工
◎1960/1/30 進水
◎1995/7/25 解体のため売却
◎後に解体業者が不履行により再取得
◎1999/2/10 解体のため売却
ローレンス Lawrence DDG-4 ニュー・ヨーク・シップビルディング社 1962/1/6 1990/3/30 1990/5/16 ◎1956/8/16 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-954)に改める
◎1957/6/26 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-4)に改める
◎1958/10/27 起工
◎1960/2/27 進水
◎1971/8/30 対艦ミサイル防御システム試験艦となる
◎1994/4/15 解体のため売却
◎1996/10/8 解体業者が不履行により再取得
◎1999/2/10 解体のため売却
ビドル
12
Biddle DDG-5 ニュー・ヨーク・シップビルディング社 1962/5/5 1989/10/31 1990/6/1 ◎1956/8/16 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-955)に改める
◎1957/6/26 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-5)に改める
◎1959/5/18 起工
◎1960/6/4 進水
◎1964/7/28 クロード V. リケッツ Claude V. Rickettsと改名
◎1994/4/15 解体のため売却
◎1996/10/8 解体業者が不履行により再取得
◎2002/3/25 解体のため売却
バーニー Barney DDG-6 ニュー・ヨーク・シップビルディング社 1962/8/11 1990/12/17 1992/11/20 ◎1956/8/16 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-956)に改める
◎1957/6/26 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-6)に改める
◎1959/5/18 起工
◎1960/12/10 進水
◎1994/4/15 解体のため売却
◎後に解体業者が不履行により再取得
◎1999/2/10 解体のため売却
ヘンリー B. ウィルソン Henry B. Wilson DDG-7 デフォー・シップビルディング社 1960/12/17 1989/10/2 1990/1/26 ◎1956/8/16 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-957)に改める
◎1957/6/26 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-7)に改める
◎1958/2/28 起工
◎1959/4/22 進水
◎1994/6/20 コンソリデーテッド・ミネラルズに売却され発電用艀となる
ラインド・マコーミック Lynde McCormick DDG-8 デフォー・シップビルディング社 1961/6/3 1991/10/1 1992/11/20 ◎1956/8/16 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-958)に改める
◎1957/6/26 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-8)に改める
◎1958/4/4 起工
◎1959/7/28 進水
◎1994/6/20 コンソリデーテッド・ミネラルズに売却され発電用艀となる
◎1999/3/23 再取得
◎2001/2/24 カリフォルニア沖にて標的として沈没
タワーズ Towers DDG-9 トッド・パシフィック造船所 1961/6/6 1990/10/1 1992/5/27 ◎1956/8/16 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-959)に改める
◎1957/6/26 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-9)に改める
◎1958/4/1 起工
◎1959/4/23 進水
◎2002/10/9 太平洋にて標的として沈没
サンプソン Sampson DDG-10 バス鉄工所 1961/6/24 1991/6/24 1992/11/20 ◎1959/3/2 起工
◎1960/9/9 進水
◎1962〜1963 ターターSAM試験
◎1995/7/25 解体のため売却
セラーズ Sellers DDG-11 バス鉄工所 1961/10/28 1989/10/31 1992/11/20 ◎1959/8/3 起工
◎1960/9/9 進水
◎1995/7/25 解体のため売却
◎後に再取得
◎2004/8 フィラデルフィアにてMetro Machineにより解体中
ロビソン Robison DDG-12 デフォー・シップビルディング社 1961/12/9 1991/10/1 1992/11/20 ◎1959/4/23 起工
◎1960/4/27 進水
◎ボストン海軍工廠にて就役
◎1994/6/20 コンソリデーテッド・ミネラルズに売却され発電用艀となる
ホーエル Hoel DDG-13 デフォー・シップビルディング社 1962/6/16 1990/10/1 1992/11/20 ◎1959/6/1 起工
◎1960/8/4 進水
◎1972/9 ヒップ・ポケットII型ESMの試験艦となる
◎1994/6/20 コンソリデーテッド・ミネラルズに売却され発電用艀となる
ブキャナン Buchanan DDG-14 トッド・パシフィック造船所 1962/2/7 1991/10/1 1992/11/20 ◎1959/4/23 起工
◎1960/5/11 進水
1972/4/16 トンキン湾にて北ヴェトナム軍の陸上砲台の砲撃により損傷
◎2000/6/14 リムパック2000演習に、標的として沈没
バークリー Berkeley DDG-15 ニュー・ヨーク・シップビルディング社 1962/12/15 1992/10/1 1992/10/1 ◎1960/6/1 起工
◎1961/7/29 進水
◎1992/10/1 ギリシャに貸与されThemistocles(D221)と改名
◎2002/2/18 退役
◎2004/2/19 解体のため売却
ジョセフ・ストラウス Joseph Strauss DDG-16 ニュー・ヨーク・シップビルディング社 1963/4/20 1990/2/1 1995/1/11 ◎1960/12/27 起工
◎1961/12/9 進水
◎1963/3/29 引き渡される
◎フィラデルフィア海軍造船所にて就役
◎1991/10/1(1992/10/1?) ギリシャに貸与されFormion(D222)と改名
◎2002/7/29 退役
◎2002 除籍
◎2004/2/19 解体のため売却
◎Vietnam Aug 1964, Oct 1964-Jul 1965, Sep-Nov 1965, Feb-Jun 1966, Feb-May 1967, Aug 1968-Jan 1969, Apr-Jun 1970, Feb-Aug 1972, Libya Feb-Apr 1988.
☆DDG-16の撃沈スコア(以下の艦船)
・1988/4/18 イラン海軍フリゲイトSahand(F74、ペルシャ湾にて撃沈(2機のA-6Eと共同で)、12
カニンガム Conyngham DDG-17 ニュー・ヨーク・シップビルディング社 1963/6/13 1990/10/30 1991/5/30 ◎1961/5/1 起工
◎1962/5/19 進水
1990/5/8 ヴァージニア沖にて火災により損傷
◎1994/4/15 解体のため売却
セムズ Semmes DDG-18 エイヴォンデール・シップビルディング社 1962/12/10 1991/9/12 1995/1/11 ◎1960/8/18 起工
◎1961/5/20 進水
◎1992/9/13 ギリシャに貸与にされKimon(D218)と改名
◎2004/6/17 退役、CreteのSouda Bayにて保管
タトノール Tattnall DDG-19 エイヴォンデール・シップビルディング社 1963/4/13 1991/1/18 1993/1/12 ◎1960/11/14 起工
◎1961/8/26 進水
◎チャールストン海軍造船所にて就役
◎1981/8/31 フィラデルフィア海軍造船所にて近代化改装(〜1982/11/28)
◎1995 解体のため売却
◎1997 再取得
◎1999/2/12 解体のため、ブランズヴィルのInternational Shipbreakersにて売却
ゴールズボロ Goldsborough DDG-20 ピュージェット・サウンド・ブリッジ&ドライドック社 1963/11/9 1993/4/29 1993/4/29 ◎1961/1/3 起工
◎1961/12/15 進水
◎ピュージェット・サウンド海軍造船所にて就役
1972/12/19 トンキン湾南部にて北ヴェトナム軍の陸上砲台の砲撃により損傷
◎1983/4(1983/11?) 真珠湾海軍造船所にて近代化改装(〜1984/7)
◎1993/9/17 オーストラリアに売却され部品供給艦となる
コクレーン Cochrane DDG-21 ピュージェット・サウンド・ブリッジ&ドライドック社 1964/3/21 1990/10/1 1992/11/20 ◎1961/7/31 起工
◎1962/7/18 進水
◎除籍後、解体のため、ブランズヴィルのInternational Shipbreakersに売却
ベンジャミン・ストッダート Benjamin Stoddert DDG-22 ピュージェット・サウンド・ブリッジ&ドライドック社 1964/9/12 1991/12/20 1992/11/20 ◎1962/6/11 起工
◎1963/1/8 進水
◎1984/4 真珠湾海軍造船所にて近代化改装(〜1985/8)
2001/2/3 解体のためブラウンズヴィルへ曳航途中に太平洋にて沈没
リチャード E. バード Richard E. Byrd DDG-23 トッド・パシフィック造船所 1964/3/7 1990/4/27 1992/10/1 ◎1961/4/12 起工
◎1962/2/6 進水
◎1992/10/1 ギリシャに売却され部品供給艦となる
◎2003/6/19 標的として沈没
ウォッデル Waddell DDG-24 トッド・パシフィック造船所 1964/8/28 1992/10/1 1995/1/11 ◎1962/2/6 起工
◎1963/2/26 進水
◎1992/10/1 ギリシャに貸与されNearchos(D219)と改名
◎2003/7/18 退役、CreteのSouda Bayにて保管
DDG-25 デフォー・シップビルディング社 ◎1965/7/17 オーストラリア海軍にて就役、Perth(D.38)と命名
◎1974 近代化改装
◎1999/10/15 退役
◎除籍後、アルバニー沖にて沈没処分
DDG-26 デフォー・シップビルディング社 ◎1965/12/18 オーストラリア海軍にて就役、Hobart(D.39)と命名
◎1978 近代化改装
◎2000/5/12 退役
DDG-27 デフォー・シップビルディング社 ◎1967/12/16 オーストラリア海軍にて就役、Brisbane(D.41)と命名
◎1979 近代化改装
◎2001/10/19 退役
◎2001/10/19 クイーンズランド島海岸にて沈没処分
トールマン Tolman DDG-28 バス鉄工所 ◎1969/3/22 西ドイツ海軍にて就役、Lutjens(D185)と改名
◎1984 近代化改装(〜1986)
◎2003/12/18 退役
退役後、ハンブルクにて記念艦となる
ヘンリー A. ウィリー Henry A. Wiley DDG-29 バス鉄工所 ◎1969/9/20 西ドイツ海軍にて就役、Moelders(D186)と改名
◎1982 近代化改装(〜1984)
◎2003/5/28 退役
退役後、記念艦となる
シア Shea DDG-30 バス鉄工所 ◎1970/5/2 西ドイツ海軍にて就役、Rommel(D187)と改名
◎1983 近代化改装(〜1985)
◎1999/9/30 退役、保管
◎2004 解体のため、トルコの業者に売却


※データは駆逐艦フォレスト・シャーマン級の項を参照
※兵装:ターターSAM単装発射機1基、54口径127o単装両用砲1基、アスロックSUM8連装発射機1基、324o3連装短魚雷発射管2基
※1966年〜1967年に三脚檣をラティス・マストを換装
USS Decatur (DDG-31). Underway in the Pacific Ocean, 5 July 1972. Photographed by PH3 D. L. Pierce. Official U.S. Navy Photograph, from the Collections of the Naval Historical Center.
艦名 NAME 艦種記号 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
ディケイター
12
Decatur DDG-31 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1956/12/7 1983/6/30 1988/3/16 ◎1966/9/15 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-31)に改める
◎1967/9下旬 PSA
◎1970/8末 オーヴァーホール(〜1971春)
◎1975春 ロング・ビーチ海軍造船所にてオーヴァーホール(〜1975夏)
◎1979/4上旬 オーヴァーホール
◎除籍後、自衛テスト艦(Self Defense Test Ship)に改装、艦種を実験ミサイル駆逐艦(EDDG-31)に改め、運用開始
◎Vietnam Aug 1968-Jan 1969, Mar-Jul 1970, Nov 1971-Feb 1972, Feb-Mar 1973< Korea Dec 1968, Iran/Indian Ocean Jan-Mar 1979.
ジョン・ポール・ジョーンズ John Paul Jones DDG-32 バス鉄工所 1956/4/5 1982/12/15 1986/4/30 ◎1967/3/15 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-32)に改める
◎1967秋 再役
◎2001/1/31 カリフォルニア沖にて標的として沈没
パーソンズ Parsons DDG-33 インガルス造船所 1959/10/29 1982/11/19 1984/12/1 ◎1967/3/15 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-33)に改める
◎1967/11/3 再役
◎1989/4/25 標的として沈没
サマーズ Somers DDG-34 バス鉄工所 1959/4/3 1984/5/15 1988/4/26 ◎1967/3/15 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-34)に改める
◎1968/2/10 再役
◎1998/7/22 標的として沈没


※データは嚮導駆逐艦ミッチャー級の項を参照
※兵装:ターターSAM単装発射機1基、54口径127o単装両用砲2基、アスロックSUM8連装発射機1基、324o3連装短魚雷発射管2基
↑USS John S. McCain (DDG-36). Coming alongside USS Constellation (CV-64) for replenishment somewhere on the Pacific Ocean, 14 April 1977. Photographer: PH3 B. A. Holton. Official U.S. Navy Photograph, from the collections of the Naval History and Heritage Command. Image courtesy of HyperWar.
艦名 NAME 艦種記号 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
ミッチャー Mitscher DDG-35 バス鉄工所 1953/5/15
(1953/5/16?)
1978/6/1 1978/6/1 ◎1967/3/15 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-35)に改める
◎1968/6/29 再役、フィラデルフィア海軍造船所にて艤装
◎1980/8/1 解体のため売却
ジョン S. マケイン John S. McCain DDG-36 バス鉄工所 1953/10/12 1978/4/29 1978/4/29 ◎1967/3/15 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-36)に改める
◎1969/9/6 再役
◎1979/12/13 解体のため売却
◎Vietnam Apr-May 1971, Apr-Oct 1972.
ウィリス A. リー Willis A. Lee DDG-37 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1954/9/28
(1954/10/5?)
1969/12/20 1972/5/15 ◎後に艦種をミサイル駆逐艦(DDG-37)に改める予定がキャンセル
ウィルキンソン Wilkinson DDG-38 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1954/7/29
(1954/8/3?)
1969/12/19 1974/5/1 ◎後に艦種をミサイル駆逐艦(DDG-38)に改める予定がキャンセル


※データはミサイル・フリゲイトファラガット/クーンツ級の項を参照
※兵装:スタンダードER SAM連装発射機1基(1982年〜)、ハープーンSSM4連装発射機2基(1975年〜)、54口径127o単装両用砲1基、324o3連装短魚雷発射管2基
艦名 NAME 艦種記号 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
ファラガット
12
Farragut DDG-37 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1960/12/10 1989/10/31 1992/11/20 ◎1975/6/30 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-37)に改める
◎除籍後、BrownsvilleのNR Aquisitions/Sigma recycling Corp. にて解体(1234
◎Iran/Indian Ocean Nov 1980-Jan 1981, Lebanon Dec 1982-May 1983, Libya Mar-Jun 1986.
ルース
12
Luce DDG-38 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1961/5/20 1991/4/1 1992/11/20 ◎1975/6/30 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-38)に改める
◎後にフィラデルフィアにてNaval Inactive Ship Maintenance Facility(NISMF)により保管(12345
◎2005/6/17 解体のため、フィラデルフィアのMetro Machine Corp. に売却
◎後にフィラデルフィアにて解体終了(123456789101112131415161718192021
マクドノー
12
Macdonough DDG-39 ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 1961/11/4 1992/10/23 1992/11/30 ◎1975/6/30 艦種をミサイル駆逐艦(DDG-39)に改める
1992/2/22 火災により損傷
◎後に解体のため、フィラデルフィアのMetro Machine Corp. に売却
◎2003/10/21 フィラデルフィアのMetro Machine Corp. に引き渡される(123
◎2004/9/10 解体終了
◎Iran/Indian Ocean Jul-Aug 1981, Aug 1982, Gulf War Oct 1990-Feb 1991.
クーンツ
12
Coontz DDG-40 ピュージェット・サウンド海軍造船所 1960/7/15 1989/10/4 1990/1/26 ◎1975 ミサイル駆逐艦(DDG-40)となる
キング King DDG-41 ピュージェット・サウンド海軍造船所 1960/11/17 1991/3/28 1992/11/20 ◎1975 ミサイル駆逐艦(DDG-41)となる
マハン
12
Mahan DDG-42 メア・アイランド海軍造船所 1960/8/25 1993/6/15 1993/6/15 ◎1975 ミサイル駆逐艦(DDG-42)となる
ダールグレン Dahlgren DDG-43 フィラデルフィア海軍造船所 1961/4/8 1992/7/31 1992/11/20 ◎1975 ミサイル駆逐艦(DDG-43)となる
ウィリアム V. プラット William V. Pratt DDG-44 フィラデルフィア海軍造船所 1961/11/4 1991/9/30 1992/11/20 ◎1975 ミサイル駆逐艦(DDG-44)となる
デューイ Dewey DDG-45 バス鉄工所 1959/12/7 1990/8/31 1992/11/20 ◎1975 ミサイル駆逐艦(DDG-45)となる
プレブル Preble DDG-46 バス鉄工所 1960/5/9 1991/11/15 1992/11/20 ◎1975 ミサイル駆逐艦(DDG-46)となる


※1967年の案

↑At a Buships meeting during the preliminary designs for the DX and DXG (1986-1987), it was proposed to authorize the DDG FY67 to test a variety of DX/DXG components. These components were Tartar D, gas turbines and modular command & control spaces. DDG FY67 was supposed to be an updated, long range follow-on design for the earlier DDG's. Various powerplants were proposed; COSAG, COGAG and 1,200psi steam plant. COSAG was rejected on the grounds of both maintenance (of the steam plant) and specialised personnel (gas turbine). SCB chose for a COGAG powerplant, but on 12 august 1965 the CNO opted for the steam plant. Buships suggested a 600psi plant to avoid maintenance problems. This drove up the ships size. The advantages of gas turbines were clear though, and the final design went back to COGAG. This design was 160 meters long on the waterline, 168.4m long OA, had a beam of 18.29m and a draft of 5.85m. Displacement was 6,272 (light ship) and 8,586 (full load). She would have had a crew of 360 and a 63.4MW powerplant. This would give her a range of 7,000nm at 20 knots. Interesting was her double decked machinery layout: the base load turbines were on the main deck, electrically coupled to the gearboxes in the hull. This was done so the base load turbines could be replaced by regenerative cycle ones without the need for a drydock. This setup also made the ship extremely quiet, as the only systems running in the hull would be the gearbox and the electrical engine. What killed this design was not that it was a bad design, but the sentiment that any new ship over 7,000 tons should have nuclear power. As a result, the DDG FY67 was not ordered: instead, congress bought 2 nuclear DLG's, the California class. The DDG FY68 program thus went for weight reduction, but in the end the result was that these designs were replaced by a number of DXG's, and by the ASMS plans (which ended up becoming AEGIS). More about that later on. Image courtesy of Shipbucket.


※データはミサイル巡洋艦タイコンデロガ級の項を参照
艦名 NAME 艦種記号 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
タイコンデロガ Ticonderoga DDG-47 インガルス造船所 1983/1/22 2004/9/30 2004/9/30 ◎1980/1/1 艦種をミサイル巡洋艦(CG-47)に改める
ヨークタウン Yorktown DDG-48 インガルス造船所 1984/7/4 2004/12/3
(2004/12/10?)
2004/12/3
(2004/12/10?)
◎1980/1/1 艦種をミサイル巡洋艦(CG-48)に改める
ヴィンセンズ Vincennes DDG-49 インガルス造船所 1985/7/6 2005/6/29 2005/6/29 ◎1980/1/1 艦種をミサイル巡洋艦(CG-49)に改める
ヴァリ・フォージ Valley Forge DDG-50 インガルス造船所 1986/1/11
(1986/1/18?)
2004/8/30 2004/8/30 ◎1980/1/1 艦種をミサイル巡洋艦(CG-50)に改める


軽荷排水量:6,210t 満載排水量:9,574t 全長:171.70m 幅:16.80m 吃水:6.20m(ソナー部10.00m) 主機/軸数:COGAG(ジェネラル・エレクトリック式LM2500ガス・タービン4基)/2軸 出力:80,000馬力 速力(計画):33.0kt 航続力(計画):20ktで6,000浬 兵装:ハープーンSSM4連装発射機2基、スタンダードMR SAM/アスロックSUM連装発射機2基、54口径127o単装両用砲2基、76口径20oCIWS2基、324o3連装短魚雷発射管2基 搭載機:ヘリコプター2機 乗員:339名
※レーダー:SPS-64(V9航海レーダー、SPS-55対水上捜索レーダー、SPS-48三次元対空レーダー、SPS-49(V)5回転式二次元対空レーダー、Mk. 86砲射撃指揮装置、Mk. 114水中発射指揮装置 ソナー:SQS-53A艦首ソナー 電子戦装置:レイセオン式SLQ-32(V)2統合電子戦装置
↑キッド級ミサイル駆逐艦
↑USS Scott (DDG-995). Transiting the Suez Canal on 8 August 1990, while enroute to the Persian Gulf to participate in Operation Desert Shield. Photographer: PH3 Frank A. Marquart. Official U.S. Navy Photograph, from the collections of the Naval History and Heritage Command. Image courtesy of HyperWar.

↑Image courtesy of Shipbucket.

↑Keelung (DDG-1801) ex-Scott (DDG-995). Image courtesy of Shipbucket.
艦名 NAME 艦種記号 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
キッド
12345
Kidd DDG-993 インガルス造船所 1981/6/27 1998/3/12 1998/3/12 ◎1979/8/8 ミサイル駆逐艦(DDG-993)となる
◎1998/3/12 ノーフォークにて保管
◎台湾に売却するため、ノース・チャールストンのDetyens Shipyard社にてVSE社BAV事業部による改装
◎2006/11/2 台湾に売却され左営 Tso-Ying(Tzuo-Ying?、DD-1803)と改名
キャラハン Callaghan DDG-994 インガルス造船所 1981/8/29 1998/3/31 1998/3/31 ◎1979/8/8 ミサイル駆逐艦(DDG-994)となる
◎台湾に売却するため、ノース・チャールストンのDetyens Shipyard社にてVSE社BAV事業部による改装
◎2005/12/17 台湾に売却され蘇澳 Su-Ao(DDG-1802)と改名
スコット Scott DDG-995 インガルス造船所 1981/10/24 1998/12/10 1998/12/10 ◎1979/8/8 ミサイル駆逐艦(DDG-995)となる
◎台湾に売却するため、ノース・チャールストンのDetyens Shipyard社にてVSE社BAV事業部による改装
◎2005/12/17 台湾に売却され基隆 Keelung(DDG-1801)と改名
チャンドラー Chandler DDG-996 インガルス造船所 1981/3/13 1999/9/23 1999/9/23 ◎1979/8/8 ミサイル駆逐艦(DDG-996)となる
◎台湾に売却するため、ノース・チャールストンのDetyens Shipyard社にてVSE社BAV事業部による改装
◎2006/11/2 台湾に売却され馬公 Ma-Kong(Ma-Kung?、DDG-1805)と改名


※イージス・システムを駆逐艦級の船体に載せる案は1971年末からあった。当時の海軍作戦部長のエルモ R. ズムウォルト Jr. 大将 Admiral Elmo Russell Zumwalt, Jr. が提案した仮称“DGイージス”は、防空任務のみで排水量は5,000t以内の簡素な艦で、単価1億ドル以内とするもハイマン G. リッコーヴァー大将 Admiral Hyman G. Rickoverの筆頭とする核動力派の反発を食らう

↑ASMS, the system that became the present AEGIS was first conceived in 1963, when it became clear that Typhon would not lead to results. Development started slow, but in 1969 it became Aegis. The cost concentrated in the advanced fire control computers and radars, as in Typhon, but even more so in the Aegis system because it used the standard missile instead of a new developed missile. In 1969 the only missile ship under development was DXGN, as DXG was dropped. Because of that, ASMS was designed to be fitted on a nuclear destroyer or cruiser of 10,000 tons displacement. When Admiral Zumwalt became CNO, he was determined to increase the amount of combatant ships by designing low-cost ships, which was enforced by unit-cost and unit-displacement limits. DXGN of course did not fit in this plan: nuclear vessels were just too expensive to build in the numbers required. Zumwalt wanted a low-cost Aegis vessel, and the limits were set as $ 100 million and 5,000 tons. Of the 139 computer runs of the first series, only one design was within these limits. This vessel had just an Mk. 22 launcher, a helideck and Aegis on board. This was considered too austere even for Zumwalt, so new limits were set. Image courtesy of Shipbucket.

↑These limits were set at $ 125 million and 6,000 tons, which proved to be more realistic. Within these limits, the design considered varied considerably. At first it was to have an austere sonar suite and provision for landing a helicopter, but no hangar. The SPS-49 search radar was deleted. The launcher would have been the Mk. 26 Mod. 1, which allowed the ship to fire ASROC and Harpoon as well, next to the SM-2MR. Image courtesy of Shipbucket.

↑Critics argued that so valuable a ship should have at least 2 launchers. This resulted in a design with 2 Mk. 13 launchers, which could not fire ASROC. LAMPS and SPS-49 were added, and this resulted in a vessel of 6,161 tons and $ 136.1 million, both of which exceeded Zumwalts limits. This, and the lack of growth space in the Mk. 13 launcher, made that this design was not satisfactory either, and a return to the Mk. 26 was made, this time the Mod. 2 with room for 64 missiles. Image courtesy of Shipbucket.

↑In the end, this resulted in the vessel shown underneath, the FY74 model, the only one about which exact dimensions are known. Displacement: 5,884.3 tons Length WL: 148.74 Beam: 16.15 Draft: 4.94 Power: 70,000shp Top speed: 29.4 knots. The cost of this variant rose though, and was not at $ 200 million. This would only get worse over time, but it was clear this was the minimal platform that could support the fleet with effective Aegis air defence. However, within the navy there were still plans for nuclear ships, and it was considered if it would not be better to have only one class of first line combatants. This, in effect, was a return to the original ASMS/DXGN plan. The nuclear ships were too expensive to build in numbers though, so it was proposed to have 8 nuclear strike cruisers and 16 conventional powered DDG-47 class ships, based on the Spruance hull. In retrospect, this was a fortunate turn of events, as we can see on the resulting Ticonderoga class; it would not have been easy to put a combat system designed for 10,000 tons on a 6,000 ton hull. Image courtesy of Shipbucket.
※1978年〜1982年にかけてDDX/DDGXと題した研究が海軍内で行われる。1979年には大きく5つのベースライン、細かく分ければ27の設計案が上がった。排水量7,000tでコスト5億5,000万ドルの線でまとまりかけるもあちこち要求を聞いて修正する内に排水量9,100tにまで膨れ上がる。1982年末にはDDX/DDGX計画は、民間企業への仕様の提示と入札の段階まで達するもそこで海軍長官が突然入札を取り止める。そして1983年2月には海軍海洋システム・コマンド(NAVSEA)に対して部内で次期駆逐艦を設計する様に指示が下される

↑Image courtesy of Shipbucket.




Update 17/03/26