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※メイン州 State of Maineのバス Bathにて、1833年にバス鉄工所 Bath Iron Works(BIW)が設立。1884年には施設の拡張が行われ、イースト・ブランズウィック East Brunswickとポートランド Portlandに乾ドックや加工場をはじめ建造や修理の施設が設けられた。その後バス・インダストリーズ社 Bath Industries, Inc. の子会社になる。1986年、プラデンシャル証券 Prudential Securitiesが買収。1995年9月にBIWをジェネラル・ダイナミックス社 General Dynamics(GD)が再買収
※バス鉄工所が、第二次大戦後初めて建造したのは駆逐艦ミッチャー級のうち2隻。1953年〜1957年にかけて、駆逐艦フォレスト・シャーマン級が18隻起工され、同社も9隻を建造した。1952年10月〜1967年10月にかけて、駆逐艦チャールズ F. アダムス級(23隻中4隻)、護衛艦ディーリー級(13隻中3隻)、護衛艦ガーシア級(17隻中4隻)と次々に建造。1957年8月〜1967年1月にかけてはミサイル・フリゲイト・ファラガット/クーンツ級(10隻中2隻)、ミサイル・フリゲイト・レイヒ級(9隻中3隻)、ミサイル・フリゲイト・ベルナップ級(9隻中5隻)を建造した。ミサイル・フリゲイト・オリヴァー・ハザード・ペリー級51隻中25隻を、1975年12月〜1987年2月にかけて建造している。ミサイル巡洋艦タイコンデロガ級も27隻中8隻建造し、現在はミサイル駆逐艦アーレイ・バーク級を建造
※4つの建造ドックを備え、商船、艦艇合わせて年間50,000tの鋼材加工能力があり、駆逐艦クラスを建造対象にする中堅造船所である。バス工場は敷地こそ0.22平方qと狭いが、材料置き場から始まって外板等の曲げ加工場、内業加工場、組み立て場、パイプ工場、機械工場、建造ドック、艤装岸壁、クレーン等造船所の設備を一通り備えている。この中で、クレーンは能力330tと220tのものが各1基ある。乾ドックの能力はポートランドの分工場のものが81,000t、バス工場のものは9,000t。イージス関連の試験所や事務所が設けられている
↑PCU Momsen (DDG-92, in the water), PCU Bainbridge (DDG-96, closest to Momsen) and PCU Nitze (DDG-94, on the right) at Bath Iron Works. Image courtesy of NavSource.
1918年1月にバス鉄工所が提案した嚮導駆逐艦案(Preliminary Design No. 192)

↑Image courtesy of Shipbucket.


※クインシー造船所 Quincy shipyardはアリグザンダー・グラハム・ベル Alexander Graham Bellの有名なアシスタントであるトーマス A. ワトソン Thomas A. Watsonによって1886年にフォア・リヴァー・エンジン社 Fore River Engine Companyとしてスタート。元々はマサチューセッツ州 State of Massachusettsのイースト・ブレインツリー East Braintreeにあったが、すぐにマサチューセッツ州のクインシー Quincyに移り、フォア・リヴァー・シップ&エンジン社 Fore River Ship & Engine Companyになった。同社は1913年にベスレヘム・スチール社 Bethlehem Steelに売却され、第一次大戦では駆逐艦を建設するためにスカンタム・ポイント Squantum Pointに緊急施設を運営。一握りの大きな造船所と並んで、戦時中は完全な運営を続けた。その能力は、第二次大戦の開始時に、海軍から$21,000,000の投資で拡大。第二次大戦では緊急施設をも。1つはマサチューセッツ州ヒンガム Hinghamで揚陸艇、護衛駆逐艦(DE)戦車揚陸艦(LST)を建造。ピーク時には、造船所は32,000人を雇った。戦後、大規模なギリシャの船主の為にタンカーを建造する等、商船と海軍艦艇の建造の両方を継続するも1963年にベスレヘム・スチール社はジェネラル・ダイナミックス General Dynamicsに売却。GDは莫大な投資をして海軍造船に集中したが1986年に造船所をコモンウェルス・オブ・マサチューセッツ Commonwealth of Massachusettsに売却。1995年、Sotirious Emmanouilは旧造船所を購入、マサチューセッツ重工 Massachusetts Heavy Industriesを通じて造船所の復活を約束。同社は敷地の多くを整備し、$55,000,000(現在の価値では$86,400,000に相当)のローンを確保した後、いくつかの建物を建設するも契約を結ぶ事が出来なくなった。同社は最終的には貸出残高が不履行となり、資産は2000年に海事局 United States Maritime Administrationに押収され、資産は数年後にオークションにかけられた。地元の自動車ディーラーであるダニエル J. カーク Daniel J Quirkは2004年、自動車の保管と流通の施設としてここを購入($1,000,000)。大不況の前に、彼はマンションや生活史展示場に再開発する計画を公表。2006年、ゴライアス・クレーン Goliath craneが構造の劣化が進行して危険になった為、計画が中止。旧造船所はマサチューセッツ湾輸送機関(MBTA: Massachusetts Bay Transportation Authority)のハーバー・エクスプレスが運航するボストンへの通勤ボートの港として機能していた。このサーヴィスは、クインシーのドックが深刻な損傷を受けた2013年に廃止。造船所はJay Cashman, Inc. による重工業および海上機器サーヴィス、マサチューセッツ州水資源局(Massachusetts Water Resources Authority)による下水汚泥加熱乾燥およびペレット化施設、及びフォア・リヴァー・トランスポーテーション社(Fore River Transportation Corporation)による短距離貨物鉄道サーヴィスCSXT等が使用している。造船所はまた、プロパティに隣接している新しいフォア・リヴァー・ブリッジの主要建設区域としても使用されている。造船業は1986年に中止されたが、造船所の名前は引き続き使用され、その場所は依然としてフォア・リヴァー造船所と呼ばれている
※フォア・リヴァー造船所は、閉鎖されて以来複数の映画にも出演。2005年の映画「The Departed」の最終シーンは、造船所にて撮影。2009年、映画「The Company Men」は元造船所の場所で撮影された。2015年の映画「The Finest Hours」では、巨大水槽と共に造船所内にセットが建設されている。この映画ではこの造船所で建造された記念艦セイラム Salem(CA-139)も撮影に使用


※1849年に“鉄の男”ドナヒュー3兄弟の1人、ピーター・ドナヒュー Peter Donahueによって、ユニオン・ブラス&鉄工所 Union Brass & Iron Worksがカリフォルニア州 State of Californiaのサン・フランシスコ San Franciscoに設立。1906年にベスレヘム・スチール社 Bethlehem Steel Companyに売却。しかしベスレヘム・スチール社は、1917年までユニオン鉄工所 Union Iron Worksの名前を使用し続けた。後にベスレヘム・スチール社はマサチューセッツ州クインシー、メリーランド州 State of Marylandのスパローズ・ポイント Sparrows Pointと幾つか小さい造船所を取得し、造船所の名前と船体番号付けシステムを標準化した。1911年にサン・フランシスコ造船所は、機関車を造っていた隣接のリズドン鉄工所 Risdon Iron Worksの買収により拡大する。この施設は、第一次大戦に駆逐艦の建造をする。造船所は、両大戦間を通じて稼働し続け、第二次大戦以前は西海岸で唯一の主要造船所だった。1982年に市に造船所を$1で売却。サウスウェスト・マリーン社 Southwest Marine, Inc. にサン・フランシスコ乾ドック San Francisco Drydockの名でリースする。2002年にBAEシステムズ BAE Systemsの一部門となる。2017年初めにPuglia Engineeringに売却されたが、この取り引きは直ちに破談し一度造船所が閉鎖された
※第一次大戦中の1916年に合衆国船舶院の標準貨物船を建造するために、アラメダ造船所 Alameda shipyard(旧ユナイテッド・エンジニアリング・ワークス United Engineering Works)が加わった。第一次大戦後、造船所はユナイテッド・エンジニアリング・カンパニー United Engineering Companyとなる、第二次世界大戦では10隻の兵員輸送艦(AP)、21隻の艦隊航洋曳船(ATF)と10隻の無蓋運貨船(非自走)(YC)を建造したが、船の修理や改装も行った。1956年に閉鎖。ウェブスター・ストリート Webster Streetの麓に位置し、今残っているのはパワー・ハウス power house、オフィス・ビルだけである


※ボストン海軍造船所 Boston Naval Shipyardは1800年にチャールズタウン海軍工廠 Charlestown Navy Yardとして設立、1945年にボストン海軍工廠 Boston Navy Yardに変更され、1967年以降はボストン海軍造船所と呼ばれる(他の資料では、“歴史の中でチャールズタウン海軍工廠は、異なる名前で呼ばれてもいた。普通、海軍での伝統は海岸の施設や造船所は地理的エリアで呼ばれる、ここでは合衆国海軍工廠ボストン U.S. Navy Yard, Boston。しかし、殆どの造船所は通常、造船所が配置された実際の場所の名前であり、チャールズタウンの様な複数の名前、代替で知られていた。19世紀を通じて、ボストン海軍工廠とチャールズタウン海軍工廠は頻繁にしばしば互換的に対応し、議会の立法の両方で登場。それは、今までそれがボストン海軍造船所となった海軍の海岸施設の1945年11月の再編成まで、施設の命名正式発注があった事は表示されていない”と記されている)。1974年7月1日に閉鎖。現在は、国立公園庁 National Park Serviceが運営しているボストン国立歴史公園 Boston National Historic Parkの一部。サウス・ボストン海軍付属施設 South Boston Naval Annexの大きい乾ドックは商業用の使用で利用可能であるが、多く使われるわけでは無い

↑BOSTON (Nov. 7, 2018) - USS Constitution is moored at Boston Naval Shipyard, Nov. 7, 2018. Constitution, America's Ship of State, is the oldest commissioned warship afloat in the world. U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 1st Class Joshua Hammond. (Released)
↑CHARLESTOWN, Mass. (Sept. 25, 2013) - An aerial photo of USS Constitution and the Charlestown Navy Yard. Constitution and the yard are closed to the public as a result of the government shutdown that took effect Oct. 1. U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 3rd Class John P. Benson. (Released)


Update 18/11/10