SC−21
21世紀の水上戦闘艦

※SC-21はSurface Combatant for the 21st centuryの略で、艦種記号ではない
※SC-21(Surface Combatant for the 21st century)は、1994年に開始されたアメリカ海軍の陸上攻撃艦の設計を目的とした研究開発プログラムで、500発の巡航ミサイルを搭載したアーセナル・シップを初め、様々な設計が検討された。最終的には、2基の長距離砲と128本のミサイル発射管を備えた約16,000tのタンブルホーム tumblehome型船体設計が、21世紀の駆逐艦“DD-21”に選ばれた。プログラムは2001年11月に終了し、DD-21のヴァージョンがDD(X)またはズムウォルト級ミサイル駆逐艦として登場した。DD-21の船体は将来の21世紀型ミサイル巡洋艦(CG-21)に使用される事が想定されていたが、最終的にはCG(X)プログラムへと発展した。SC-21の起源は、ジョセフ・メトカーフ3世 Joseph Metcalf III中将が、垂直発射ミサイル様な新技術が軍艦の設計を完全に見直すことを可能にしたと認識したことにある。彼はその可能性を研究する為に、“グループ・マイク Group Mike”という運営グループを設立。グループ・マイクは1987年に、船舶運用特性研究(SOCS: Ship Operational Characteristics Study)と表面戦闘力要件研究(SCFRS: Surface Combatant Force Requirement Study)という2つの研究を主催した。これらの研究では、護衛艦に求められる運用特性を特定し、その様な艦船が艦隊に何隻必要かを見積もることを目的としていた。 当時、海軍はノルウェー海で長期戦を行うことが予想されていた為、SOCSではソヴィエトの初期攻撃後も継続して戦える艦船の能力を重視していた。その為には、歴史的に一般的であった12,000t前後の大型で生存能力の高い護衛艦が必要であり、センサーや兵器をネットワーク化して、個々の艦がレーダーを無効にしてもタスク・フォース全体で使用できる様にする必要があった。また、生存能力には、艦橋と戦闘情報センターを統合して艦の中心部に“埋設”する事や、電気駆動を用いて艦内のエンジニアリングを分散させることも必要であった。これにより、兵器の為のスペースが増えるだけでなく、レールガン railgunsやレーザーなどの将来的な兵器を搭載できるようになるだろう。SCFRSは、海軍がオリヴァー・ハザード・ペリー級ミサイル・フリゲイトを護衛任務の為に置き換えるのではなく、後年の護衛任務に割り当てられる様な、より要求度の低い前線戦闘艦の建造に集中すべきであると提案し。両研究とも1989年に報告されたが、冷戦の終結によってほぼ直ちに陳腐化した。最大の脅威が突然消滅したことで、平和配当の一環として海軍の予算削減の見通しが立った。1991年12月の駆逐艦変型(DDV: Destroyer Variant)計画は、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の最終開発を目的としたその場しのぎのものであった。1992年に海軍作戦部長(CNO)は21世紀型駆逐艦(DD-21)技術研究を発注した。これは21世紀型水上戦闘艦 (SC-21)と呼ばれる新しいプログラムにつながっており、“駆逐艦”や“巡洋艦”という古い呼称には必ずしも適合しないような幅広い能力を持つ艦船群を意図している。その間、"FORWARD...FROM THE SEA"のような戦略文書は、沿岸戦と内陸部での水陸両用攻撃の支援に向けた海軍の優先順位を再定義していた。その為、陸上攻撃が新艦の最も重要な任務になると思われた。アイオワ級戦艦の退役以来、海軍の海軍火力支援(NFS: Naval Fire Support)能力に関する議会の要請があった。海兵隊と海軍は、反対意見もあるが、駆逐艦がこの役割には十分であると主張してい。小口径砲(とミサイル)は何世紀にもわたって海軍の射撃支援に使われてきたが、超大型砲は中口径砲以上の特別な能力を持っている。アメリカの戦艦は第二大戦後に三度もNFS専用に再就役し、第二次大戦から湾岸戦争までのアメリカの主要な戦いではすべて16インチ砲が使用された。戦艦アイオワ Iowa(BB-61)ウィスコンシン Wisconsin(BB-64)は、海軍の砲火支援の役割を果たす為に残していたが、最終的に2006年に除籍された。SC-21ミッション・ニード・ステートメント The SC-21 Mission Need Statementは、1994年9月〜10月の間に合同要件監督会議 Joint Requirements Oversight Councilによって承認された。防衛調達委員会 Defense Acquisition Boardは1995年1月13日にプロジェクトを承認し、プログラムをコスト・運用効果分析(COEA: Cost & Operational Effectiveness Analysis)に進めることを許可
※コンセプトデザインSC-21 COEAは、2,500tから40,000tまでの様々な設計を研究した。主に3つの“コンセプト”があった。コンセプト1は既存の船のアップグレードの可能性を検討し、コンセプト2は既存の設計のヴァリエーションを検討し、コンセプト3は新造船の為のものであった
2A:アーレイ・バーク・フライトIIAの新造
2B:アーレイ・バーク級デザインのさらなるアップデート
3A:パワープロジェクションシップ(Power Projection Ship)、航空巡洋艦(Aviation Cruiser)、重巡洋艦(Heavy Cruiser)。殆どが256個のVLSセルと両用作戦能力を持つ

↑Image courtesy of Shipbucket.
3B:沿海域戦闘艦(Littoral Combatant)。128個のVLSを持つ手頃なマルチミッション船(multimission ship)。改良型スプルーアンス級駆逐艦に似ている
3C:海事戦闘艦(Maritime Combatant)、武装スーパータンカー、機動力のある哨戒艦(Agile Maritime Patrol Ship)、小型対潜艦、集中任務地域戦闘艦(Focused Mission Local Area Combatant)。8〜64個のVLSセルを持つ
※下の画像は3C3のコンセプト、つまり武装したスーパータンカー。元々の計画は、VLSとヘリコプターのスポットに巨大なスーパータンカー船体を使用する事だった。示されているヴァージョンは、本質的に、巨大な船体の上に構築された4つのFMLAC上部構造(FMLACとは、更に下の画像のSC-21グループのフリゲイト)。それぞれにMk. 48シー・スパロー・ランチャーと62口径127o砲。電気モーター駆動室とfoamを除いて船体は空である。電気駆動により、ガス・タービン自体を上部構造に設置する事が出来た。明らかに、4つの上部構造要素はすべて同一であり、従って非常に冗長である為、示されている設計は完全に深刻ではなかった。ただし、この設計では非常に大きな船体もしくは一部の上部構造で複数のミサイル攻撃に耐えることが出来る十分な冗長性を可能にするという点を強調している。これはデザインというより、未来的な艦船の設計の出発点の1つとして見るべきである

↑Image courtesy of Shipbucket.
3D:遠征軍支援艦(Expeditionary Force Support Ship)、テーラーメイド海上支援艦(Tailored Maritime Support Ship)等、モジュール式の“ミッションパック mission packs”を搭載した艦艇。
オプションとして3B1は、約9,400tの従来型のフレア船体に前後一対の64セルVLSと2基の標準型5インチ砲を搭載したズムウォルト級に最も近いものであった。より大きな船体は、全てをステルス状に囲み、はるかに大きなAGS砲システムを収容する為に必要とされた
DD-21の設計コンペの優勝者は2001年3月に発表される予定であったが、ブッシュ新政権による国防費の見直しに伴い、決定は2度後回しにされた。2001年3月1日には5月に決定されると発表され、5月31日には海軍は4ヶ年事の国防レヴュー Quadrennial Defense Reviewの結果と将来の造船レヴュー future shipbuilding reviewを待つと発表された。ノーマン・ポルマー Norman Polmar氏は、DD-21プログラムがクリントン政権と密接に結びついていた事から、主に政治的な理由で打ち切られたと主張しているが、ロバート O. ワーク Robert O. Work氏は、DD-21のような大型の能力を持つ艦船を沿岸域で使うべきか、それとも“ストリートファイター Streetfighter”コンセプトの様な多数の小型艦船を使うべきかについての海軍内の議論の集大成であると考えている。当初の計画では、第5隻目のコストが1996年度に$75,000,000とされていたが、1999年の第4四半期だけで、計画コストは$3,200,000,000から$5,200,000,000に上昇した。FSCの下ではDD-21DD(X)となり、ズムウォルト級ミサイル駆逐艦となるが、CG-21の予備計画は弾道ミサイル防衛巡洋艦(CG(X))に統合された


Update 20/12/29