VFA
戦闘攻撃飛行隊 Fighter Attack Squadron

アイコン 意味
戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません
戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争などで沈没し、何十年後に発見された場合もこのアイコンです
映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です
参考文献、小説や書籍に登場する事柄です
インターネットやTVゲームに登場する事柄です
不可解な事故&事件およびUFOなど超常現象に遭遇した事柄です
※ABは飛行場(Air Base)の略。MCAAFは海兵航空補助施設(Marine Corps Auxiliary Air Facility)の略。NAFは海軍航空施設(Naval Air Facility)の略。NASは海軍航空基地(Naval Air Station)の略。NAASは海軍航空補助基地(Naval Auxiliary Air Station)の略。NSは海軍基地(Naval Station)の略(ABC順)。Fighter Attack Squadronは1983年にStrike Fighter Squadronに改称された
※第921予備役戦闘飛行隊(Reserve Fighter Squadron NINE HUNDRED TWENTY ONE: VF-921)は、1951年2月1日に現役任務に召集された。1953年2月4日に第84戦闘飛行隊(Fighter Squadron EIGHTY FOUR: VF-84)へ改称。1955年7月1日に第86攻撃飛行隊(Attack Squadron EIGHTY SIX: VA-86)へ改称。1987年7月15日に第86戦闘攻撃飛行隊(Strike Fighter Squadron EIGHTY SIX: VFA-86)へ改称された。VA-86の名称を付与された2番目の飛行隊であり、VFA-86の名称を付与された最初の飛行隊である。ニックネームは“サイドワインダーズ”(1955年〜)

↑Image courtesy of en.wikipedia.org.

所在地 駐留日
NAS St. Louis
NAS Jacksonville 1951/3/28
NAS Oceana 1952/6/11
NAS Cecil Field 1966/3/15
MCAS Beaufort 1999
NAS Lemoore 2011
予備役飛行隊として、1951年に現役復帰を命じられる前は、セント・ルイス海軍航空基地 NAS St. Louisに配属されていた
航空団 テイル・コード 割り当て日
CVG-8 E 1951/4/9
ATG-181 I/AM 1955/7
CVG-7/CVW-7 AG 1958/1/15
CVW-6 AE 1967/10/16
CVW-15 NL 1969
COMFAIRJACKSONVILLE 1986/10
CVW-10 NM 1970/7/1
CVW-8 AJ 1971/1
COMLATWING 1 1987/9/1
CVW-1 AB 1988
テイル・コードは1957年に“I”から“AM”に変更された。この変更の実施日は、1958会計年度の初め(1957年7月1日)であった可能性が高い。 1963年12月20日、空母航空群(Carrier Air Group: CVG)が空母航空団(Carrier Air Wing: CVW)へと改称・改編された際、CVG-7はCVW-7へと改称された
航空機の割り当て 初受領日
F4U-4 1951/2
F8F-2 1952/6/18
F9F-5 1952/9
F7U-3M 1955/6
A4D-1 1957/5/26
A4D-2 1957/12/24
A4D-2N/A-4C 1962/9
A-4E 1964/4/28
A-7A 1967/2
A-7E 1970/10/1
A-7C 1972/4
A-7E 1974/11/14
F/A-18C 1987/11/18
F/A-18E 2011
F-35C
A4D-2Nという名称は、1962年にA-4Cに変更された
日付 主な出来事
1953/6/29〜7/2 VF-84は攻撃航空母艦アンティータム Antietam(CVA-36)に乗艦してイギリス海軍と共同で活動し、同艦の新しいアングルド・デッキ(斜めフライト・デッキ)を使用した航空運用を実演した
1961/1/7 地中海にデプロイメント中であった飛行隊の隊長、J. W. シャフ中佐 Commander J. W. Shuffが航空機事故で殉職した
1961/4 米国が支援するキューバ亡命者によるキューバ侵攻作戦(ピッグス湾事件)の際、同飛行隊はキューバのグアンタナモ湾南方の海域において、攻撃航空母艦インディペンデンス Independence(CVA-62)を拠点に作戦行動に従事した
1962/11 キューバ危機の際、同飛行隊は対潜航空母艦レキシントン Lexington(CVS-16)に乗艦し、フロリダ州ジャクソンヴィル沖で、カリブ海での作戦に即応できる態勢をとりつつ活動した
1963/4〜5 同飛行隊は分遣隊を編成し、対潜航空母艦ランドルフ Randolph(CVS-15)エセックス Essex(CVS-9)ワスプ Wasp(CVS-18)にデプロイメントした。分遣隊のA-7Cスカイホークにはサイドワインダー・ミサイルが装備され、対潜空母に対空戦闘能力を付与する役割を担った

(↑AIM-9サイドワインダー)
1965/7/1 同飛行隊は南ヴェトナム国内の目標に対する初の戦闘任務を実施した
1967/10/11 同飛行隊の航空機とパイロットは、ヴェトナムにおける戦艦ニュー・ジャージー New Jersey(BB-62)の艦砲射撃を支援するため、着弾観測任務に参加した
1975/7〜10 同飛行隊の航空機は、北ヴェトナムの目標に対する大規模な空爆作戦である“ラインバッカーI作戦 Operation Linebacker I”に参加した
1972/12 同飛行隊は、“ラインバッカーI作戦”をさらに強化した“ラインバッカーII作戦 Linebacker II operations”に参加した。
1980/1 イランのテヘランで米国大使館員が人質に取られる事件が発生したのち、第86攻撃飛行隊(Attack Squadron EIGHTY SIX: VA-86)はイタリアのナポリを出発し、原子力汎用航空母艦ニミッツ Nimitz(CVN-68)に乗艦して、喜望峰経由でインド洋へと向かった。これは、同飛行隊にとって144日間におよぶ連続洋上デプロイメントの始まりであった
1981/8 VA-86を搭載したニミッツは、シドラ湾での“航行の自由作戦 Freedom of Navigation Exercise”に参加した。同作戦中の8月18日、ニミッツ所属のF-14トムキャット2機が、リビア軍のSu-22フィッター2機から攻撃を受けた。F-14は直ちに応戦し、当該リビア機2機を撃墜した。緊張が高まる中、VA-86は、敵対行動をとる恐れのあるリビア艦船の上空で、空中給油および偵察任務を遂行した
1981/10 エジプトのサダト大統領 President Sadat暗殺事件を受け、VA-86を搭載したニミッツは、エジプト沿岸海域でのデプロイメントを命じられた
1983/2 リビアによるスーダンへの敵対的な脅威を受け、VA-86を搭載したニミッツは、リビアとエジプトの国境に面した海域でデプロイメントした
1985/6 アラブの過激派によるTWA847便ハイジャック事件を受け、VA-86を乗せたニミッツはレバノン沿岸でのデプロイメントを命じられた。同空母および飛行隊は、7月後半に人質が解放されるまで、当該海域での任務を継続した
1987/1〜2 ニミッツに搭載されたVA-86は、ベイルートのアメリカン大学から米国人3名が人質として拉致されたことを受け、レバノン沖で活動した
1987/7 1987年7月15日、VA-86は正式に第86戦闘攻撃飛行隊(Strike Fighter Squadron EIGHTY SIX: VFA-86)へと改編され、F/A-18Cホーネットの運用を開始した。同隊は、東海岸の飛行隊として初めてF/A-18のC型(Lot 10)を受領した部隊。1988年から2007年にかけて、VFA-86は第1空母航空団 Carrier Air Wing Oneに配属された。1989年には、汎用航空母艦アメリカ America(CV-66)での6ヶ月間にわたるデプロイメント任務の際、ベイルートにある米国大使館からの退避活動に対する航空援護を行った
1991 1991年、同飛行隊はアメリカに搭載され、紅海およびペルシャ湾から“砂漠の嵐作戦 Operation Desert Storm”を支援する戦闘任務に従事した
1992 1992年には、東海岸を拠点とするF/A-18飛行隊として初めて、カリフォルニア州サン・ニコラス島の標的に対するスタンドオフ対地攻撃ミサイル(Standoff Land Attack Missile: SLAM)の発射試験を成功させた
1994 1994年、同飛行隊は“デナイ・フライト作戦 Operation Deny Flight”支援のため、アメリカにデプロイメントした。同年10月には、国連の救援活動を支援するため、ソマリア沖のインド洋へ向かうよう命じられた。そののち、アドリア海からボスニアヘルツェゴヴィナ上空でのNATO“デリバレート・フォース作戦 Operation Deliberate Force”任務を遂行し、1995年2月にセシル・フィールド海軍航空基地 NAS Cecil Fieldへ帰還した。同飛行隊は1995年度の海軍作戦部長(CNO)安全賞(Safety "S" Award)を受賞した
1997 1997年10月3日、同飛行隊は原子力汎用航空母艦ジョージ・ワシントン George Washington(CVN-73)に搭載され、地中海およびペルシャ湾へデプロイメントした。イラクによる国連制裁不履行をめぐる危機の最中、1998年3月中旬まで湾岸地域に留まり、“サザン・ウォッチ作戦 Operation Southern Watch”における緊急対応任務を遂行した。VFA-86は、東海岸のF/A-18ホーネット飛行隊の中で最優秀と評価され、1997年度のバトル“E”(戦闘効率賞)を受賞した。1998年11月2日から12月17日にかけては、原子力汎用航空母艦ハリート S. ルーマン Harry S. Truman(CVN-75)に搭載され、プエルト・リコ海域での短期デプロイメントを行った。1999年9月22日には、汎用航空母艦ジョン F. ケネディ John F. Kennedy(CV-67)に搭載されて地中海およびアラビア海へデプロイメントし、リビア沖での“航行の自由作戦 Freedom of Navigation Operations”に参加した
1999 1999年、基地再編・閉鎖(BRAC)措置に伴うセシル・フィールド海軍航空基地の閉鎖を受け、VFA-86はヴァージニア州オシアナ海軍航空基地 NAS Oceanaではなく、サウス・カロライナ州ビューフォート海兵航空基地 MCAS Beaufortへ移転した2つの米海軍戦闘攻撃飛行隊のうちの1つとなった。なお、ビューフォート海兵航空基地に駐留していたもう一つの海軍飛行隊であるVFA-82は、2005年に閉隊
2001/9 2001年9月19日、同飛行隊は“不朽の自由作戦 Operation Enduring Freedom: OEF”を支援するため、原子力汎用航空母艦セオドア・ルーズヴェルト Theodore Roosevelt(CVN-71)に乗艦してデプロイメントし、アフガニスタンにおけるタリバンおよびアルカイダの軍事目標に対する作戦に従事した。2002年3月2日に同海域を離れるまでに、飛行隊は3,500時間以上の飛行と213t以上の兵器投下を行い、160日間にわたる連続デプロイメンを完了した
2003/8 2003年8月から2004年7月にかけて、VFA-86は“イラクの自由作戦 Operation Iraqi Freedom: OIF”およびOEFを支援するため、原子力汎用航空母艦エンタープライズ Enterprise(CVN-65)に乗艦してデプロイメントした
2006/5 2006年5月から11月にかけて、同飛行隊はふたたびエンタープライズに乗艦してOIFおよびOEF支援任務に就き、クロアチア、クレタ島、ドバイ、香港、韓国、マレーシア、ポルトガルの各港に寄港した。2007年7月、VFA-86はOIFおよびOEF支援のためエンタープライズに乗艦して最後のデプロイメントを行い、同年12月にビューフォート海兵航空基地へ帰還した。同飛行隊は、2007年度の米大西洋艦隊海軍航空部隊司令官安全賞“S” The squadron earned the 2007 Commander Naval Air Forces U.S. Atlantic Fleet Safety "S"を受賞した
2009/7 2009年7月31日から2010年3月26日にかけて、VFA-86は第11空母航空団(Carrier Air Wing Eleven: CVW-11)の隷下部隊として、ニミッツにデプロイメントし、西太平洋および北アラビア海での任務に従事した
2011 2011年、同飛行隊はビューフォート海兵航空基地からリムーア海軍航空基地 NAS Lemooreへ移転した。到着後、F/A-18Eスーパー・ホーネットへの機種転換を行った。そののち、VFA-86は原子力汎用航空母艦ロナルド・レーガン Ronald Reagan(CVN-76)に搭載される第2空母航空団(Carrier Air Wing Two: CVW-2)に配属された。第7空母航空団(Carrier Air Wing Seven: CVW-7)への所属変更を経て、2019年には原子力汎用航空母艦エイブラハム・リンカーン Abraham Lincoln(CVN-72)に搭載されてデプロイメントした
2024/7 2024年7月26日、太平洋上にて、VFA-86“サイドワインダーズ”所属のF-35CライトニングIIが、ニミッツのフライト・デッキでタッチ・アンド・ゴーを実施。2022年、同飛行隊が2023年にF-35CライトニングIIへ機種転換することが発表された。当時のVFA-86飛行隊長であるダニエル・クラウス中佐 Commander Daniel Krauseによると、2023年4月22日時点で、F-35Cへの“心躍るような機種転換”は計画通りに進められていた。2023年5月28日から11月13日の間に、米海軍の公式ページにおける同飛行隊の記述が、“VFA-86は第7空母航空団(CVW-7)所属のF/A-18Eスーパー・ホーネット戦闘攻撃飛行隊である”から“VFA-86は統合打撃戦闘機航空団(Joint Strike Fighter Wing Pacific: JSFW)太平洋所属のF-35CライトニングII戦闘攻撃飛行隊である”へと変更され、機種転換が完了したことが示された。2025年6月下旬には、同飛行隊は第11空母航空団(CVW-11)へ再編入された
この部隊のパッチは2022年の映画会社パラマウントの映画「トップガン マーヴェリック Top Gun: Maverick」に登場し、グレッグ・ターザン・デイヴィス Greg Tarzan Davisが着用している

↑VFA-86 F/A-18E lands aboard USS Ronald Reagan in 2013. Image courtesy of en.wikipedia.org.

↑A U.S. Navy F-35C Lightning II, assigned to Strike Fighter Squadron (VFA) 86, conducts a flyby during a friends and family day cruise hosted by Nimitz-class aircraft carrier USS Theodore Roosevelt (CVN) 71, Aug. 8, 2026. Theodore Roosevelt's friends and family day cruise showcases carrier strike group capabilities and the professionalism of the crew. (U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist Seaman Tyler Harstad).


Update 26/08/14