アイコン | 意味 |
戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません | |
戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争などで沈没し、何十年後に発見された場合もこのアイコンです | |
映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です | |
参考文献、小説や書籍に登場する事柄です | |
インターネットやTVゲームに登場する事柄です | |
不可解な事故&事件およびUFOなど超常現象に遭遇した事柄です |
- ※1920年7月17日、巡洋艦籍 Cruisersの一等巡洋艦 Cruiser, First Lineは1930年4月にロンドン軍縮条約に基づき、重巡洋艦 Heavy Cruiserと名称が変更される。PSAは試験航海後の有用性(Post Shakedown Availability)の略
- 軽荷排水量:13,600t(14,472tともいわれる、CA-69、CA-70は14,500t) 満載排水量:17,200t(CA-69、CA-70は18,100t) 全長:205.25m(CA-72、CA-74、CA-75、CA-131〜CA-133、CA-135は205.71m) 幅:21.59m 吃水:6.24m(平均、6.35mともいわれる、CA-73、CA-74は8.05m、CA-130は8.17m) 主缶:バブコック&ウィルコックス缶8基(CA-69、CA-70はバブコック&ウィルコックス缶4基) 主機/軸数:ジェネラル・エレクトリック式ギアード蒸気タービン4基/4軸 出力:120,000馬力 速力:33.0kt(34.0ktともいわれる、CA-73は32.0kt、CA-74は32.6kt) 燃料搭載量:重油2,343t 航続力:15ktで10,000浬 兵装:55口径203mm3連装砲3基、38口径127mm連装両用砲6基、40mm4連装機関砲12基、20mm単装機関砲26基 装甲:水線50.8mm〜152.4mm、砲塔38.1mm〜203.2mm、甲板63.5mm、隔壁127.0mm〜152.4mm、バーベット76.2mm〜152.4mm、司令塔38.1mm〜152.4mm(CA-74、CA-75、CA-130〜CA-133、CA-136は司令塔76.2mm〜165.1mm) 塔載機:水上偵察機4機 乗員:1,142名(1,772名ともいわれる、CA-73は1,700名、CA-74は1,902名、CA-130は1,042名)
- ※メジャー迷彩(アメリカ海軍歴史センターのサイトから、1、2、3、4、5、6)
- ※CA-68〜CA-71はクレーン2基、CA-72以降はクレーン1基が備えられている。カタパルトは1948年〜1950年に撤去
- ※装甲、兵装、装備、改装変遷はこちら
↑Title: USS BALTIMORE (CA-68). Caption: USS BALTIMORE (CA-68) at Boston Navy Yard on 10 September 1943, showing various radar antenna. Catalog #: NH 64669. Copyright Owner: Naval History and Heritage Command. Original Date: Fri, Sep 10, 1943. After this Year: 1940. Before this Year: 1949. Original Medium: BW Photo. Image courtesy of Naval History and Heritage Command.
- ※1940年9月16日のCA-B案
- 基準排水量:17,000t 公試排水量:20,000t 吃水線長:210.31m 幅:23.46m 吃水:7.31m 出力:120,000馬力 速力:33.0kt 兵装:55口径203mm3連装砲4基、127mm連装両用砲6基
- ※ゲーム「World of Warships」ではバッファロー Buffaloという艦名で登場
↑Image courtesy of Shipbucket.
- ※ゲーム「World of Warships」ではバッファロー Buffaloという艦名で登場。正確にはバッファローだが、この名前はボルティモア級に取られたので、代わりに使われていないアンカレッジを選んだ。アンカレッジは、ウィチタに搭載されていた機器を使用しただけで、ボルティモア以降の設計ではない。基本的にCA-Bはボルティモアをステロイド化したもので、船内カタパルトや格納庫など、過去にあったものを取り入れたものである
艦名 | NAME | 艦種記号 | 建造所 | 就役日 | 退役日 | 除籍日 | 備考 |
ボルティモア (1、2) |
Baltimore | CA-68 | ベスレヘム・スチール社 | 1943/4/15 | 1956/5/31 | 1971/2/15 | ◎1941/5/26 起工 ◎1942/7/28 進水 ◎チャールズタウン海軍工廠South Boston Annexにて就役 ◎1943/7/28 ボストンにてPSA(〜1943/9初め、主バッテリー油圧管の漏れを修理) ◎1944/7/6 メア・アイランドにて修理改装(〜1944/7/17、1、2) ◎1944/8/13 メア・アイランド海軍工廠にて入渠、修理、改装(〜1944/10/25、1、2、3) 1944/12/18 台風により損傷(水上観察機2機、モーター救難ボート2隻を破壊 、40mmおよび20mm機関砲座、バックルド・デッキ・プレートを曲げる) ◎1944/12下旬 ウルシーにて修理 1945/6/5 沖縄にて台風により損傷 ◎1945/7 真珠湾海軍工廠にて修理改装 ◎1946/7/8 保管 ◎1947/4/29 ブレマートンにて退役 ◎1951/11/28 ピュージェット・サウンド海軍造船所にて再役 ◎1952/2? ボストンにてPSA ◎1956/1/29 ブレマートンにて不活性化工事(1、2) ◎退役後、ブレマートンにて太平洋予備艦隊に編入 ◎1972/4/10(1972/5?) 解体のため、ポートランドのZidell Explorations, Inc. に売却 ◎1972/7/13 ポートランドのZidell Explorations, Inc. に引き渡される ◎のちにポートランドにて解体 ◎解体後、200tの装甲板がフェルミ加速機研究所にて使用 |
◎Carried President Roosevelt to Yalta Conference,
23 Jan-27 Feb 1945. Gilbert I. (1, 2), Kwajalein, Raid on Truk (1, 2), Eniwetok, Marianas Raid Feb 1944, Palau-Yap
Raids Mar 1944, Hollandia, Truk Raid
Apr
1944, Saipan, 1st Bonins Raid, Philippine
Sea, 2nd Bonins Raid, Luzon Raids Oct
1944,
Formosa Raids Jan 1945, Luzon Raids
Jan 1945,
China Coast Raids Jan 1945, Formosa
Raids
Jan 1945, Nansei Shoto Raid Jan 1945,
Iwo
Jima Bombard., Iwo Jima, Honshu Raid
Feb
1945, Fleet Raids 1945, Operation Magic
Carpet. ◎Mediterranean 1952, 1953, and 1954. |
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ボストン (1、2) |
Boston | CA-69 | ベスレヘム・スチール社 | 1943/6/30 | 1970/5/5 | 1973/11/1 | ◎1941/6/30 起工 ◎1942/8/26 進水 1944/12/18 フィリピン海にて台風により水上偵察機をなくす(航空戦史シリーズNo. 55「神風、米艦隊撃滅」(朝日ソノラマ)より) ◎1945/3下旬 ロング・ビーチにてオーヴァーホール ◎1946/10/29 ピュージェット・サウンド海軍造船所にて退役、保管 ◎1952/1/4 艦種をミサイル重巡洋艦(CAG-1)に改める ◎1955/11/1 再役 ◎1968/5/1 艦種を重巡洋艦(CA-69)に改める 1969/7/9 ヴェトナム沿岸にて右舷前方の127mm砲の暴発により損傷(1、2、3、4) ◎退役後、フィラデルフィア海軍造船所にて保管(1、2、3) ◎1974 Defense Reutilization & Marketing Service(DRMS)により解体のため売却 ◎のちにニュー・オーリンズにて解体 |
◎Kwajalein, Eniwetok, Palau-Yap Raids Mar
1944, Hollandia, Truk Raid Apr 1944, Morotai,
Saipan, 1st Bonins Raid, Philippine Sea,
2nd Bonins Raid, 3rd Bonins Raid, Guam, Palau-Yap
Raids Jul 1944, Palau, Philippines Raids
Sep 1944, Okinawa Raids Oct 1944, N. Luzon-Formosa Raids Oct 1944, Luzon Raids Oct 1944, Surigao Strait, Formosa
Raids Jan 1945, Luzon Raids Jan 1945, China
Coast Raids Jan 1945, Nansei Shoto Raid Jan
1945, Honshu Raid Feb 1945, Iwo Jima, Raids
on Japan Jul-Aug 1945 (1, 2), Tokyo Bay. ◎Vietnam Apr-Sep 1968 (1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9), Jun-Oct 1969 (1, 2, 3, 4, 5, 6). |
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キャンベラ (1、2、3、4) |
Canberra | CA-70 | ベスレヘム・スチール社 | 1943/10/14 | 1970/2/16 | 1978/7/31 | ◎最初の予定艦名はピッツバーグだった(1942/10/12改名) ◎1941/9/3 起工 ◎1943/4/19 進水 ◎1943/10/14 引き渡される 1944/10/13 台湾にて日本海軍機の雷撃により損傷、のちにManusへ重巡洋艦ウィチタ(CA-45)(のちに艦隊航洋曳船マンシー Munsee(ATF-107))が曳航(1、2)、分割式浮きドック(ABSD-2)にて一時的な修理(1、2、3) ◎1945/2/16 チャールズタウン海軍工廠にて修理(〜1945/10/17) ◎1947/3/7 ブレマートンにて退役、保管 ◎1952/1/4 艦種をミサイル重巡洋艦(CAG-2)に改める、Camdenのニュー・ヨーク・シップビルディング社へ曳航、ミサイル重巡洋艦に改装(1、2) ◎1968/5/1 艦種を重巡洋艦(CA-70)に改める ◎1969秋 サン・フランシスコ海軍造船所にて不活性化工事(1、2、3、4、5) ◎1978/7/31 Defense Reutilization & Marketing Service(DRMS)により解体のため売却 |
◎Severely damaged by aircraft torpedo off Formosa, 13 Oct 1944 (23 killed).
Eniwetok, Palau-Yap Raids Mar 1944, Hollandia, Truk Raid Apr 1944, Morotai,
Saipan, 1st Bonins Raid, Philippine Sea, 2nd Bonins Raid, 3rd Bonins Raid,
Guam, Palau-Yap Raids Jul 1944, Palau, Philippines Raids Sep 1944, Okinawa
Raids Oct 1944, N. Luzon-Formosa Raids Oct 1944, Luzon Raids Oct 1944. ◎Vietnam Oct-Dec 1968. |
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クインシー (1、2、3) |
Quincy | CA-71 | ベスレヘム・スチール社 | 1943/12/15 | 1954/7/2 | 1973/10/1 | ◎最初の予定艦名はセント・ポールだった(1942/10/16改名) ◎1941/10/9 起工 ◎1943/6/22(1943/6/23?) 進水 ◎サウス・ボストンにて就役 1945/6/5 沖縄にて台風により損傷 ◎1946/10/19 ピュージェット・サウンド海軍造船所にて退役、ブレマートンにて太平洋予備艦隊に編入 ◎1952/1/31 再役 ◎退役後、ブレマートンにて太平洋予備艦隊に編入 ◎1974/7/31(1974/8/20?) Defense Reutilization & Marketing Service(DRMS)により解体のため売却 ◎のちにタコマにて解体 |
◎Carried President Roosevelt to Yalta Conference,
23 Jan-27 Feb 1945 (1, 2). Normandy, Southern France (1, 2, 3), Fleet Raids 1945, Raids on Japan Jul-Aug
1945, Tokyo Bay. ◎Korea 1953. |
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ピッツバーグ (1、2、3) |
Pittsburgh | CA-72 | ベスレヘム・スチール社 | 1944/10/10 | 1956/8/28 | 1973/7/1 | ◎最初の予定艦名はオールバニーだった(1942/11/26改名) ◎1943/2/3 起工 ◎1944/2/22 進水 ◎ボストンにて就役 1945/6/5 フィリピン海にて台風により艦首を喪失、のちにグアムにて一時的な修理(1、2、3、4、5、6、7) ◎1945/7中旬 海軍工廠ピュージェット・サウンドにて入渠、修理 ◎1946/3/12 保管 ◎1947/3/7 退役 ◎1951/9? ピュージェット・サウンド海軍造船所にて再活性化工事(1、2、3) ◎1951/9/25 再役 ◎1955/7/21 メア・アイランド海軍造船所にて修理(〜1955/10/26) ◎1955/10/28 ピュージェット・サウンド海軍造船所にて不活性化工事 ◎1956/4/28 保管 ◎1974/7/22 Defense Reutilization & Marketing Service(DRMS)により解体のため売却 ◎のちにタコマにて解体 |
◎Honshu Raid Feb 1945, Iwo Jima, Fleet Raids
1945. ◎Mediterranean 1953. |
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セント・ポール (1、2、3) |
St. Paul | CA-73 | ベスレヘム・スチール社 | 1945/2/17 | 1971/4/30 | 1978/7/31 | ◎最初の予定艦名はロチェスターだった(1942/11/26改名) ◎1943/2/3 起工 ◎1944/9/16 進水 1945/12/21 上海にて中華民国軍の揚陸艦144と衝突し損傷(1、2) ◎1946/10上旬 ターミナル・アイランド海軍造船所にてオーヴァーホール 1952/4/21 元山にて203mm砲の暴発により損傷 ◎1955/7? ロング・ビーチにて修理、オーヴァーホール ◎1956/2 ブレマートンにてオーヴァーホール 1964/8 映画会社パラマウントの映画「危険な道 In Harm's Way」撮影用に用いられる 1967/9/2 ヴェトナムにて共産軍の陸上砲台の砲撃により損傷 ◎1970/12/7 サン・ディエゴにて不活性化工事 ◎退役後、ピュージェット・サウンドにて太平洋予備艦隊に編入 ◎1979/12/13 解体のため、カリフォルニア州ターミナル・アイランドのナショナル・メタル&スチール社に売却 |
◎Raids on Japan Jul-Aug 1945, Tokyo Bay, Bombarded targets off northeast of Korea, Nov-Dec 1950 (1, 2), and north of Inchon Jan 1951. Active area of Wonsan and Chongjin, Nov 1951-Apr 1952 (1, 2). Bombarded east coast of Korea, Feb-Jul 1953. Carried President Eisenhower on visit to Taiwan, Jun 1960. Made five deployments to Vietnam providing gunfire support, May 1961-Sep 1970. Korea (Communist China Aggression, 3 Nov 1950-24 Jan 1951. 1st UN counteroffensive. Communist China Spring Offensive, 22 Apr-8 Jul 1951. UN Summer Offensive, 9 Jul-27 Nov 1951. 2nd Korean Winter, 28 Nov 1952-30 Apr 1952. Korean Defense, 1 May-30 Nov 1952. 3rd Korean Winter, 1 Dec 1952-30 Apr 1953. Korean Summer-Fall, 1 May-17 Jul 1953.), Quemoy-Matsu Aug-Nov 1959, Mar-Apr, Jun, Oct 1960, Nov 1961, Vietnam Oct 1960, May 1961, Jun-Oct 1966, Jun-Oct 1967 (1, 2), Apr-Oct 1968 (1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8), Apr-Sep 1969, May-Sep 1970, Korea Apr 1969. | |||||||
コロンバス (1、2) |
Columbus | CA-74 | ベスレヘム・スチール社 | 1945/6/8 | 1975/1/31 | 1976/8/9 | ◎1943/6/28 起工 ◎1944/11/30 進水 ◎1945/6/8 引き渡される ◎ボストンにて就役 ◎1945/11 ボストンにて修理改装 ◎1947/6 ピュージェット・サウンド海軍造船所にてオーヴァーホール ◎1955? オーヴァーホール 1956/3/11 ルソンにて駆逐艦フロイド B. パークス Floyd B. Parks(DD-884)と衝突 ◎1959/5/8 ピュージェット・サウンド海軍造船所にて退役、ミサイル巡洋艦に改装 ◎1959/9/30 艦種をミサイル巡洋艦(CG-12)に改める |
◎Raids on Japan Jul-Aug 1945, Taiwan Straits Aug-Dec 1958. | |||||||
ヘレナ (1、2、3) |
Helena | CA-75 | ベスレヘム・スチール社 | 1945/9/4 | 1963/6/29 | 1974/1/1 | ◎最初の予定艦名はデ・モインだった(1944/11/6改名) ◎1943/9/6 起工 ◎1945/4/28 進水 ◎ボストンにて艤装 ◎1949晩春? ヘリコプター発着艦設備を設置 ◎1950/11 オーヴァーホール 1951/7/31 元山にて共産軍の陸上砲台の砲撃により損傷 1951/10/23 興南にて共産軍の陸上砲台の砲撃により損傷 ◎退役後、保管 ◎1974/10/1(1974/11/13?) Defense Reutilization & Marketing Service(DRMS)により解体のため売却 |
◎Bombarded Tanchon, Korea, 7 Aug 1950 and later other areas. Returned to bombarding targets in Korea, Jul 1951. Bombarded targets in Korea, Jun-Nov 1952 (1, 2, 3, 4, 5). Korea (North Korean Aggression, 27 Jun-2 Nov 1950. Communist China Spring Offensive, 22 Apr-8 Jul 1951. UN Summer Offensive, 9 Jul-27 Nov 1951. Korean Defense, 1 May-30 Nov 1952.), Taiwan Straits Aug-Nov 1958. | |||||||
ブレマートン (1、2) |
Bremerton | CA-130 | ニュー・ヨーク・シップビルディング社 | 1945/4/29 | 1960/7/29 | 1973/10/1 | ◎1943/2/1 起工 ◎1944/7/2 進水 ◎1948/2 サン・フランシスコ海軍造船所にて不活性化工事 ◎1948/4/9 サン・フランシスコにて退役、太平洋予備艦隊に編入 ◎1951 サン・フランシスコ海軍造船所にて再活性化工事 ◎1951/11/23 再役 ◎1953/11 ロング・ビーチにてオーヴァーホール ◎1954夏 横須賀基地のDrydock No. 5にて入渠 ◎のちに艦種をミサイル巡洋艦(CG-14)に改めるも改装中止 ◎退役後、メア・アイランド海軍造船所にて保管 ◎1973/10(1974/7/11?) Defense Reutilization & Marketing Service(DRMS)により解体のため、ポートランドのZidell Explorations Corp. に売却 ◎後にタコマにて解体 |
◎Bombarded targets in Korea at Wonsan and Chongjin, 1952 and other targets 1953. Korea. | |||||||
フォール・リヴァー (1、2) |
Fall River | CA-131 | ニュー・ヨーク・シップビルディング社 | 1945/7/1 | 1947/10/31 | 1971/2/19 | ◎1943/4/12 起工 ◎1944/8/13 進水 ◎退役後、保管 1953/1/29 サン・フランシスコにてピアと衝突し損傷 ◎1958/11/1 艦種をミサイル巡洋艦(CG-12)に改めるも改装中止 ◎1972/8/28 解体のため売却 ◎のちにポートランドにて解体 艦首はFall RiverのBattleship Coveにて展示 |
◎Operation Crossroads. | |||||||
メーコン (1、2) |
Macon | CA-132 | ニュー・ヨーク・シップビルディング社 | 1945/8/26 | 1961/3/10 | 1969/11/1 | ◎1943/6/14 起工 ◎1944/10/15 進水 ◎フィラデルフィアにて就役 ◎1950/4/12 フィラデルフィアにて退役、保管 ◎1950/6 再活性化工事 ◎1950/10/16 再役 ◎退役後、フィラデルフィアにて保管(1、2) ◎1973/6/22(1973/7/5?) Defense Reutilization & Marketing Service(DRMS)により解体のため、ニュー・ヨークのUnion Minerals & Alloys Corporationに売却(売却額$375,269.00) ◎解体後、200tの装甲板がフェルミ加速機研究所にて使用 |
◎Mediterranean 1956. | |||||||
トレド (1、2) |
Toledo | CA-133 | ニュー・ヨーク・シップビルディング社 | 1946/10/27 | 1960/5/21 | 1974/1/1 | ◎1943/9/13 起工 ◎1945/5/6 進水 ◎フィラデルフィア海軍造船所にて就役 ◎1947早春 フィラデルフィアにてPSA ◎1948/10/5 ピュージェット・サウンド海軍造船所にてオーヴァーホール(〜1949/2/18) ◎1950/11/14 サン・フランシスコ海軍造船所にてオーヴァーホール(〜1951/2/24) ◎1953/5中旬 サン・フランシスコ海軍造船所にてオーヴァーホール(〜1953/9) ◎1955/6中旬 ピュージェット・サウンド海軍造船所にてオーヴァーホール(〜1949/2/18) ◎1960/1/5 ロング・ビーチ海軍造船所にて不活性化オーヴァーホール ◎退役後、サン・ディエゴにて保管 ◎1974/10/30 Defense Reutilization & Marketing Service(DRMS)により解体のため、ナショナル・メタル&スチール社にて売却 ◎のちにターミナル・アイランドにて解体 |
◎Bombarded enemy shore installations Jul-Aug 1950. Landings at Inchon, Sep 1950, and Wonsan, Oct 1950. Provided fire support near Inchon, then Wonsan, Apr-Nov 1951, and Jan-Mar 1953. Korea (North Korean Aggression, 27 Jun-2 Nov 1950. Inchon Landing, 13-17 Sep 1950. Communist China Spring Offensive, 22 Apr-8 Jul 1951. UN Summer Offensive, 9 Jul-27 Nov 1951. Korean Defense, 1 May-30 Nov 1952. 3rd Korean Winter, 1 Dec 1952-30 Apr 1953.), Quemoy-Matsu Sep 1959, Vietnam Oct 1959. | |||||||
ロサンゼルス (1、2) |
Los Angeles | CA-135 | フィラデルフィア海軍工廠 | 1945/7/22 | 1963/11/15 | 1974/1/1 | ◎1943/7/28 起工 ◎1944/8/20 進水 ◎1948/4/9 ハンターズ・ポイントにて退役、太平洋予備艦隊に編入 ◎1950/12/5 サン・フランシスコ海軍造船所にて再活性化工事 ◎1951/1/27 再役 ◎1952/1/3 メア・アイランド海軍造船所にて修理、オーヴァーホール(〜1952/4/28) 1953/4/2 元山にて共産軍の陸上砲台の砲撃により損傷 ◎退役後、サン・ディエゴにて太平洋予備艦隊に編入 ◎1957/3/3 メア・アイランド海軍造船所にて修理、オーヴァーホール(〜1957/6/25) ◎1957/3/22 メア・アイランド海軍造船所のDrydock No. 2にて入渠(1、2) ◎1971/5/5 ロサンゼルスという艦名をとる ◎1975/5/16 Defense Reutilization & Marketing Service(DRMS)により解体のため、ターミナル・アイランドのナショナル・メタル&スチール社にて売却(売却額$1,036,089) ◎のちにターミナル・アイランドにて解体(1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19) |
◎Bombarded enemy positions on east coast of Korea, Jun-Nov 1951 (1, 2, 3), and again Oct 1952-Apr 1953. Korea (Communist China Spring Offensive, 22 Apr-8 Jul 1951. UN Summer Offensive, 9 Jul-27 Nov 1951. 2nd Korean Winter, 28 Nov 1952-30 Apr 1952. Korean Defense, 1 May-30 Nov 1952. 3rd Korean Winter, 1 Dec 1952-30 Apr 1953.), Taiwan Straits Sep-Oct 1958, Quemoy-matsu Sep-Oct 1958. | |||||||
シカゴ (1、2) |
Chicago | CA-136 | フィラデルフィア海軍工廠 | 1945/1/10 | 1980/3/1 | 1984/1/31 | ◎1943/7/28 起工 ◎1944/8/20 進水 ◎1945/2/19 引き渡される ◎フィラデルフィア海軍工廠にて就役 ◎1945/4中旬 フィラデルフィアにてPSA ◎1945/11下旬 サン・ペドロ海軍造船所にてオーヴァーホール ◎1947/6/6 退役、ピュージェット・サウンド海軍造船所にて保管 ◎1958/11/1 艦種をミサイル巡洋艦(CG-11)に改める |
◎ニックネームはザ・マイティ・チー The Mighty Chi ◎Raids on Japan Jul-Aug 1945, Tokyo Bay. |
Update 24/09/22