VF
戦闘飛行隊 Fighter Squadron

アイコン 意味
戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません
戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争などで沈没し、何十年後に発見された場合もこのアイコンです
映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です
参考文献、小説や書籍に登場する事柄です
インターネットやTVゲームに登場する事柄です
UFOなど超常現象に遭遇した事柄です
※MCAAFは海兵航空補助施設(Marine Corps Auxiliary Air Facility)の略。NASは海軍航空基地(Naval Air Station)の略。NAASは海軍航空補助基地(Naval Auxiliary Air Station)の略。NSは海軍基地(Naval Station)の略(ABC順)
※1955年7月1日に第86攻撃飛行隊(VA-86)として設立されたが、すぐに第84戦闘飛行隊(VF-84)に再指定され、1995年10月1日に解隊された。VF-84として指定されたアメリカ海軍の3番目の飛行隊であった。オシアナ海軍航空基地を拠点としていた。VF-84の“ウルフ・ギャング Wolf Gang”の番号と、VF-61の“ジョリー・ロジャース”の徽章を引き継いだが、血統は引き継がなかった。ニックネームはJolly Rogers。VF-84という呼称、またはジョリー・ロジャーの名称と記章のいずれかを使用した5つの異なるアメリカ海軍航空飛行隊が存在する:VF-17/VF-5B/VF-61“ジョリー・ロジャース”、VF-84(1953~1955)、VF-84“ヴァガボンズ Vagabonds”/“ジョリー・ロジャース”、VF-103/VFA-103“ジョリー・ロジャース”。これらはすべて、系統のつながりのない、はっきりとした飛行隊である。これら3つの飛行隊は、ジョリー・ロジャーの名前、ドクロとクロスボーンの徽章、伝統を様々な時期に使用してきた。1995年のVF-84の解散後、VF-103“スラッガーズ Sluggers”はその飛行隊名と徽章をジョリー・ロジャーのものに変更した

↑Image courtesy of en.wikipedia.org.

所在地 駐留日
NAS Oceana 1955/7/1
航空機の割り当て 初受領日
FJ-3 1955/7/1
F8U-2 1959
F-4B 1964
F-4J
F-4N
F-14A 1983/1
F8U-2の呼称は1962年にF-8Cに変更された
日付 主な出来事
1955/7/1 1955年7月1日、FJ-3でオシアナ海軍航空基地に設立されたVF-84は、当初バガボンズと呼ばれていた。1959年のVF-61の活動停止後、VF-84の指揮官は元VF-61で、飛行隊の名称と記章をジョリー・ロジャースに変更することを要求した。彼の要求は1960年4月1日に承認された
そののち、同飛行隊は第7空母航空群(Carrier Air Group 7: CVG-7)に配置転換され、1958/59年に攻撃航空母艦ランドルフ Randolph(CVA-15)に1回だけ配備されたことがある
1959 F8U-2へ移行した
1960 VF-84はキューバ危機とピッグス湾事件で攻撃航空母艦インディペンデンス Independence(CVA-62)に乗船し、インディペンデンスで地中海クルーズを数回行った。1964年にF-4Bが導入されるまでの数年間、同飛行隊はF-8Cを飛行させた
1964 1964年、VF-84はF-4に移行し、F-4B、F-4J、F-4Nを飛行し、1976年初頭にF-14に移行した。1965年、同飛行隊はトンキン湾のインディペンデンスに7ヶ月間派遣され、1,507回の戦闘出撃、北ヴェトナムと南ヴェトナムの両方で2,200時間の飛行時間を記録した
1970~1975 1970年から1975年まで、VF-84は攻撃航空母艦フランクリン D. ルーズヴェルト Franklin D. Roosevelt(CVA-42)の第6空母航空団(Carrier Air Wing 6: CVW-6)に所属し、地中海に4回派遣された。ルーズヴェルトの21回目の第6艦隊 6th Fleet派遣は、1973年10月のヨム・キプール戦争 Yon Kippur War(第4次中東戦争)に間接的に参加し、イスラエルに輸送される航空機の経由地“着陸場”として機能したことが特徴。ルーズヴェルトの戦闘部隊である第60.2任務部隊 Task Force 60.2もまた、避難の可能性に備えて待機していた。VF-84(1973~1974年のクルーズではVF-41に一時的に割り当てられ、VF-41のマーキングで運用)の飛行機は、イスラエルへの補給作戦である“ニッケル・グラス作戦 Operation Nickel Grass”で、アメリカの輸送機をイスラエルの150マイル以内まで護衛した
1977/12 F-14への移行が完了したのち、同飛行隊は1977年12月に原子力汎用航空母艦ニミッツ Nimitz(CVN-68)での初クルーズに乗り出した
1979 同隊は艦隊初のTARPS可能な飛行隊となった
1980 映画会社Bryna Productions, Inc. の映画「ファイナル・カウントダウン The Final Countdown」撮影に参加し、ドクロとクロスボーンをあしらったF-14を国際的なスターダムに押し上げた。この映画では、2機のVF-84のトムキャットが2機のT-6改造の日本海軍零式艦上戦闘機(A6M)と交戦する印象的なシーンが描かれてる
1980/1 1980年1月、ニミッツはイラン人質事件に対応するため、地中海からアラビア海に転進し、4月には人質救出作戦に参加し失敗した
1983/11 1983年11月、同飛行隊は多国籍平和維持軍を支援するため、レバノンのベイルート沖に長期派遣された
1985 VF-84はTWA847便ハイジャック事件に対処するため、レバノン沖で68日間を過ごした
1986/12~1987/6 ニミッツとの最後のクルーズは1986年12月から1987年6月まで続き、ニミッツはワシントン州ブレマートン Bremertonに再母港化された
1988/10 1988年10月、CVW-8は原子力汎用航空母艦セオドア・ルーズヴェルト Theodore Roosevelt(CVN-71)とともに、ノルウェー王国空軍 Royal Norwegian Air Forceとの作戦を含む“チームワーク'88演習 Exercise Teamwork '88”のために北大西洋を皮切りに展開した。ルーズヴェルトの最初の地中海派遣は12月だった
1989末~1990 VF-84は1989年末から1990年にかけて、原子力汎用航空母艦エイブラハム・リンカーン Abraham Lincoln(CVN-72)のシェイクダウンと初期空母資格取得 initial carrier qualificationsも行った
1990/12 1990年12月、セオドア・ルーズヴェルトは“砂漠の盾作戦 Operation Desert Shield”に参加する最後の空母として派遣された。“TR”はペルシャ湾で汎用航空母艦レンジャー Ranger(CV-61)汎用航空母艦ミッドウェー Midway(CV-41)と合流し、のちに汎用航空母艦アメリカ America(CV-66)も合流。湾岸戦争の間、VF-84は艦隊のために戦闘航空哨戒を行い、CVW-8の攻撃機を護衛し、爆弾被害評価を収集するためのTARPSミッションを実施。合計で、飛行隊員は468回の戦闘出撃を行った。戦後、VF-84は、1991年6月にルーズベルトが汎用航空母艦フォレスタル Forrestal(CV-59)に交代するまで、“プロヴァイド・コンフォート作戦 Operation Provide Comfort”を支援するため、さらに111回の出撃を行った
1993/3 1993年3月、VF-84は再びセオドア・ルーズヴェルトに配備され、海兵隊のF/A-18CH-53UH-1飛行隊を含む再構成された飛行隊の中で唯一のF-14飛行隊となった。VF-84は、“デナイ・フライト作戦 Operation Deny Flight”で重要なTARPS偵察任務を遂行し、サラエヴォ周辺のボスニア・セルビア人陣地に関する情報を提供した。また、同飛行隊は、イラク南部上空の飛行禁止区域を実施する“サザン・ウォッチ作戦 Operation Southern Watch”を支援するために飛行した。1993年9月、VF-84はオシアナ海軍航空基地に帰還した。これは、同飛行隊にとって最後の地中海派遣となった
冷戦後の海軍の縮小により、海軍はいくつかの飛行隊を解散させ、VF-84はそのうちの1つだった。同飛行隊は最後の1年半をいくつかの合同作戦に参加し、空対空戦闘、攻撃、TARPSの技術を磨いた。この飛行隊はまた、映画会社ワーナー・ブラザースの映画「エグゼクティブ・デシジョン Executive Decision」にも登場し、記憶に残るものとなった
1995/10/1 VF-84は1995年10月1日に解散したが、VF-103“スラッガーズ Sluggers”は“ジョリー・ロジャース”の名称と記章を採用した。F-14への移行から解散まで、VF-84はCVW-8の一員であった
アニメ「超時空要塞マクロス」のロイ・フォッカーのVF-1Sバルキリー(これ自体がF-14にインスパイアされている)のマークは明らかにVF-84の飛行隊章にインスパイアされており、彼の“スカル隊”はVF-84と同等とされ、アメリカナイズ版ロボテックでは、同隊も精鋭とされた。この塗装は「マクロス ゼロ MACROSS ZERO」、「マクロスF」でも登場している
VF-84のトムキャットは映画会社ニューワールド・ピクチャーズの映画「フィラデルフィア・エクスペリメント」の短いシーンに登場
VF-84は、トム・クランシー Tom Clancyの小説「レッド・ストーム作戦発動 Red Storm Rising」で登場

↑第84戦闘飛行隊(VF-84)“ジョリー・ロジャース”所属F-14A

Grumman F-14 Tomcat. Lars Christensen.


Update 23/05/07