| アイコン | 意味 |
| 戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません | |
| 戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争などで沈没し、何十年後に発見された場合もこのアイコンです | |
| 映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です | |
| 参考文献、小説や書籍に登場する事柄です | |
| インターネットやTVゲームに登場する事柄です | |
| 不可解な事故&事件およびUFOなど超常現象に遭遇した事柄です |
- 軽荷排水量:1,620t 満載排水量:2,000t(2,525tともいわれる) 全長:106.12m(106.14mともいわれる) 幅:10.99m 吃水:5.33m 主缶:バブコック&ウィルコックス式水管缶(重油専焼)4基(DD-425、DD-427、DD-428はフォスターホイーラー式水管缶(重油専焼)) 主機/軸数:ウェスティングハウス式オール・ギアード蒸気タービン2基/2軸 出力(計画):50,000馬力 速力(計画):35.0kt(36.5ktともいわれる) 燃料搭載量(計画):重油500t 航続力(計画):12ktで6,500浬(戦時は12ktで5,580浬、20ktで3,880浬) 兵装:38口径127mm単装両用砲5基、12.7mm対空機銃10基、533mm4連装魚雷発射管2基、爆雷投射機1基、爆雷投下軌条2条、爆雷22個(1945年には38口径127mm単装両用砲4基、40mm連装機関砲2基、20mm対空機関砲7基〜8基、533mm5連装魚雷発射管1基、爆雷投射機1基、爆雷投下軌条2条、爆雷22個、DD-459以降は38口径127mm単装両用砲5基、12.7mm単装機銃10基、533mm5連装魚雷発射管1基に改正、後期艦はさらに機銃兵装を40mm連装機関砲2基、20mm機関砲4基〜7基に増強) 乗員:191名(276名ともいわれる)
- ※同じギブス&コックス社製の図面によったため、本級のDD-423、DD-424とリヴァモア級を一緒にしてグリーヴス級ともいわれる
- ※メジャー迷彩(アメリカ海軍歴史センターのサイトから、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13)
- ※1941年7月のScheme A案
- 基準排水量:1,810t
- ※1941年7月のScheme A-I案
- 基準排水量:1,795t
| 艦名 | NAME | 艦種記号 | 建造所 | 就役日 | 退役日 | 除籍日 | 備考 |
| ベンソン (1、2) |
Benson | DD-421 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1940/7/25 | 1946/3/18 | 1974/11/1 | ◎1938/5/16 起工 ◎1939/11/15 進水 ◎チャールズタウン海軍工廠にて艤装(〜1940/8/22) ◎1940/11中旬 ニュー・ヨーク海軍工廠にて修理改装 ◎1941/6 チャールズタウン海軍工廠にて修理改装 ◎退役後、チャールストンにて大西洋予備艦隊に編入 ◎1954/2/26 台湾に譲渡され洛陽 Lo Yang(DD 14)と改名(1、2) ◎除籍後、台湾に売却 ◎1974(1975?) 除籍、解体 |
| ◎Neutrality Patrol. Sicily, Salerno, Convoy UGS-40, Southern France. ☆DD-421の撃沈、撃墜スコア(以下の艦船、航空機) ・1943/9/19 ドイツ空軍Fw190 1機(サレルノにて撃墜) ・1944/5/11 ドイツ空軍Ju88 2機(北大西洋にて撃墜) |
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| メイヨー | Mayo | DD-422 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1940/9/18 | 1946/3/18 | 1972/12/1 | ◎1946/3/18 予備役に編入 ◎1972/5/8 解体のため売却 |
| グリーヴス | Gleaves | DD-423 | バス鉄工所 | 1940/6/14 | 1946/5/8 | 1969/11/1 | ◎1946/5/8 予備役に編入 ◎1972/6/29 解体のため売却 |
| ニブラック | Niblack | DD-424 | バス鉄工所 | 1940/8/1 | 1946/6 | 1968/7/31 | ◎1946/6 予備役に編入 ◎1973/8/16 解体のため売却 |
| マディソン (1、2) |
Madison | DD-425 | チャールズタウン海軍工廠 | 1940/8/6 | 1946/3/13 | 1969/6/1 | ◎1946/3/13 予備役に編入 ◎1969/10/14 フロリダ南東沖にて標的として沈没 |
| ランズデイル (1、2) |
Lansdale | DD-426 | チャールズタウン海軍工廠 | 1940/9/17 | ― | ◎1938/12/19 起工 ◎1939/10/20(1939/10/30?) 進水 ◎カリブ海での整調後、ランズデイルは1941年1月18日にボストンを出航し、カリブ海での中立哨戒任務に就いた。キューバ、ヴァージン諸島、Martinique、イギリス領西インド諸島沖を巡航したのち、3月6日にボストンに帰還した。大西洋沿岸での護衛訓練ののち、6月下旬にサウス・カロライナ州チャールストンからニューファンドランド島Argentiaまで輸送船団を護衛し、6月30日にアルジェンティアを出航してアイスランドへの中立哨戒航海に就いた。この年の残りの期間、ランズデールはニューファンドランド島とアイスランドの間を3回護衛航海した。アイスランドのHvalfjordurに向かう途中、アメリカ合衆国が枢軸国との戦争に参戦すると、ランズデイルは12月15日から24日までボストンに向かった ◎ランズデイルは1942年1月22日から27日まで、ニュー・ヨークからキー・ウェストまで7隻の兵員輸送船を護衛し、2月1日にメイン州Casco Bayに到着してワスプ Wasp(CV-7)の航空機護衛を務めた。そののち6ヶ月間、対潜哨戒と護衛航行を行い、東海岸からアイスランド、カリブ海、パナマ運河、メキシコ湾まで航行した。5月8日から21日まで、サヴァンナ Savannah(CL-42)およびジュノー Juneau(CL-52)とともにプエルト・リコとバミューダ間の大西洋を哨戒し、そののちノーフォーク沖で船団護衛を再開した ◎8月9日、ランズデイルはノヴァスコシア州ハリファックスを出航し、北アイルランドに向かう船団に加わった。18日にリサハリーに到着し、スコットランドのGreenockからニュー・ヨークへ8月27日から9月5日まで護衛任務に就いた。ニュー・ヨークからハリファックスを経由して北アイルランドへ向かう別の船団を護衛したのち、10月10日から21日までニュー・ヨークに戻り、アーカンソー Arkansas(BB-33)の護衛任務に就いた。そののち、11月2日に第38任務部隊 Task Force 38とともに北アフリカ行きのUGF-2船団を護衛した。11月18日にフランス領モロッコのSafiに到着し、Safiとカサブランカ付近を哨戒したのち、12月22日に41隻の輸送船団と6隻の護衛艦からなる船団を率いてニュー・ヨークへ向かった ◎1943年1月10日にニュー・ヨークに到着、オーヴァーホールを受けたのち、1月30日に船団を率いて北アイルランドへ出発した。2月9日にロンドンデリーに到着し、第42イギリス護衛隊群 42d British Escort Groupと合流、2月15日にイギリスから西インド諸島へ向かうタンカーの護衛に出航した。23日、船団がアゾレス諸島南方を航行中、6隻から10隻からなるドイツ潜水艦“ウルフ・パック”が早朝と深夜に攻撃を仕掛け、タンカー3隻を沈没させ、ほか2隻に損害を与えた。ランズデイルは数度にわたり対潜水艦戦で反撃したが結果は不明である。しかし、2夜後、潜航中のUボートに5インチ砲弾を命中させた。散発的な夜襲は27日まで続いたが、アメリカ軍護衛隊の迅速かつ積極的な反撃により、それ以上の損害は防がれた ◎ランズデイルは3月6日、Maasyerkの護衛としてTrinidadのPort-au-Spainに到着し、そののち3月8日から9日にかけてオランダ領西インド諸島のCuracaoへ向かい、さらなる護衛任務を遂行した。3月20日から10月6日まで、カリブ海とイギリスの間で8回の護衛航海、Curacaoとニュー・ヨーク間で3回の船団護衛航海、そしてプエルト・リコとヴァージン諸島への定期的な護衛および哨戒航海を行った。 ノーフォーク沖で護衛任務を継続したランズデイルは、 11月3日から12月17日までカサブランカを往復したのち、1944年1月13日にふたたび北アフリカへ向かった。2月1日にカサブランカに到着し、翌日Oran、Algiersを経由してチュニスへ向かい、10日に到着した。ブルックリン Brooklyn(CL-40)をAlgiersまで護衛したのち、2月14日にイタリアのPozzouliに到着し、アンツィオ海岸堡沖での作戦活動にあたった。3月22日から26日にOranに戻るまで、ランズデイルはドイツ潜水艦の捜索を行い、Naplesからアンツィオへの火力支援および沿岸砲撃作戦においてフィラデルフィア Philadelphia(CL-41)の護衛を務めた ◎ランズデイルは4月10日にOranを出航し、ノーフォークからビゼルトへ向かうUGS-37船団に加わった。この船団は商船60隻と戦車揚陸艦(LST)6隻から構成されていた。4月11日23時30分、16機から25機のドイツ軍ドルニエ爆撃機とユンカース爆撃機が、アルジェリアのCape Bengut沖で船団を攻撃した。その後1時間、爆撃機は照明弾で夜空を照らし、密集した船団に魚雷と無線操縦爆弾を投下した。ホルダー Holder(DE-401)は艦体中央部に魚雷を被弾したものの、迫り来る攻撃を予感させる効果的な煙幕と、大規模かつ正確な対空砲火によって敵機を撃退した。ドイツ軍は4機の航空機を失ったものの、一隻も沈没させることはできなかった。4月12日にUGC-37を出航したランズデイルは、Oranから西行きのUGS-36船団へ向かう3隻の商船を護衛した。そののち、4月18日にOranを出航し、翌日UGS-38船団に合流した。ビゼルト行き船団の左舷船首沖に展開し、Uボートの護衛に加え、無線操縦爆弾に対する“妨害船 jam ship”としての役割も担った。4月20日の第一当直中に船団がアルジェリア沿岸を航行すると、Cape Bengut沖のほぼ同じ地点に接近した。そこは4月11日から12日にかけてドイツ空軍がUGS-37を攻撃した場所であった。午後と夕方に攻撃の可能性を警告されていたにもかかわらず、21時過ぎにドイツ軍が開始した攻撃を回避できる可能性は低かった ◎夕闇が薄れゆく中、敵機は海岸近くを低空飛行し、レーダー探知を逃れながら船団に迫った。約18機から24機のユンカース爆撃機とハインケル爆撃機が三波に分けて攻撃を開始した。その数分前に外郭艦隊のジョセフ E. キャンベル Joseph E. Campbell(DE-70)が“奴らは私の周囲に…敵だ、敵だ”と報告していた ◎第一波は約9機のJu88で、正面から攻撃を仕掛けた。魚雷はSamite(元EC2-S-C1型貨物船ホランド・トムソン Holland Thompson(MCハル1767))に損傷を与え、EC2-S-C1型貨物船ポール・ハミルトン Paul Hamilton(MCハル227)の高性能爆薬を爆発させて同船を海中に沈め、乗組員580名全員が死亡した。第二波は約7機のユンカース機で、船団の右舷側面に命中し、さらに2隻の商船に損傷を与え、うち1隻は致命傷を負った。そして第三波は約5機のHe111で、船団の左舷船首、ランズデイルに迫った ◎21時4分、ポール・ハミルトンの爆発の影に浮かび上がったランズデイルは、左右両側から二波、あるいは三波にもおよぶ航空機の攻撃を受けた。ハインケルが左舷艦首から接近し、2発の魚雷を発射したが命中しなかったため、ランズデイルは右舷へ転向し、船団から海へ逸れてきた5機のJu88を撃退した。右舷側を通過した1機に砲弾が命中したが、その1機がかなり後方に着水した時、別の1発が右舷横500ヤード地点に魚雷を発射し、激しい砲火の中、船首楼を越えて左舷後部に着水した ◎21時12分、ふたたび攻撃を受けた。2機の爆撃機が艦首方面と艦首方面に魚雷を発射したが、いずれも旋回中の艦には命中しなかった。傾斜角が増大していたにもかかわらず、艦の主砲は艦から遠ざかろうとする機動隊の1機を撃墜した ◎21時20分、艦の進路は直ったものの、傾斜角は着実に増大した。乗組員が戦闘被害を食い止めようと懸命に努力したにもかかわらず、2分以内に傾斜角は45゚に達した。艦長のD. M. スウィフト少佐 Lt. Comdr. D. M. Swiftは、損傷した艦が“完全に転覆”する恐れがあると懸念し、艦の放棄を命じた。21時30分までに傾斜角は80゚にまで増大し、駆逐艦は分解し始めた。5分後、艦は真っ二つに割れ、艦尾部は急速に沈没した。20分後、メンゲス Menges(DE-320)とニューウェル Newell(DE-322)が救助活動を開始する中、艦首部も沈没した ◎2隻の護衛駆逐艦は21時55分から翌朝3時30分まで海上で生存者を捜索した。メンゲスは115人を救助したが、その中にはランズデイルかニューウェルによって撃墜されたドイツ人飛行士2名も含まれていた。ニューウェルはスウィフト少佐を含む119人の生存者を救助した。ランズデイルとともに47人の士官と兵士が海に運ばれた (↑Ju88C-6 ZG26所属機) |
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| ◎Neutrality Patrol. Torpedoed and sunk by German aircraft off Algiers,
broke in two, 20 Apr 1944 (47 killed). |
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| ヒラリー P. ジョーンズ | Hilary P. Jones | DD-427 | チャールストン海軍工廠 | 1940/9/6 | 1947/2/6 | 1974/11/1 | ◎1947/2/6 予備役に編入 ◎1954/2/26 台湾に譲渡されHan Yang(DD 15)と改名 ◎1975 除籍、後に解体のため売却 |
| チャールズ F. ヒューズ | Charles F. Hughes | DD-428 | 海軍工廠ピュージェット・サウンド | 1940/9/5 | 1946/3/18 | 1969/6/1 | ◎1946/3/18 予備役に編入 ◎1969/3/26 ヴァージニア沖にて標的として沈没 |
| ラフィー (1、2) |
Laffey | DD-459 | ベスレヘム・シップビルディング社サン・フランシスコ造船所 | 1942/3/31 | ― | ||
| ウッドワース | Woodworth | DD-460 | ベスレヘム・スチール社サン・フランシスコ造船所 | 1942/4/30 | 1951/1/14 | 1951/1/22 | ◎1946/4/11 予備役に編入 ◎1950/11/22 再役 ◎1951/1/14 イタリアに譲渡 ◎1951/6/11 Artigilere(D 553)と改名 ◎1971/1 除籍、解体のため売却 |
| ファーレンホルト | Farenholt | DD-491 | ベスレヘム・スチール社スタテン・アイランド造船所 | 1942/4/2 | 1946/4/26 | 1971/6/1 | ◎1946/4/26 予備役に編入 ◎1972/11/22 解体のため売却 |
| ベイリー | Bailey | DD-492 | ベスレヘム・スチール社スタテン・アイランド造船所 | 1942/5/11 | 1946/5/2 | 1968/6/1 | ◎1946/5/2 予備役に編入 ◎1969/11/4 解体のため売却 |
| バンクロフト | Bancroft | DD-598 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1942/4/30 | 1946/2/1 | 1971/6/1 | ◎1946/2/1 予備役に編入 ◎1973/3/16 解体のため売却 |
| バートン | Barton | DD-599 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1942/5/29 | ― | ||
| ボイル | Boyle | DD-600 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1942/8/15 | 1946/3/29 | 1971/6/1 | ◎1946/3/29 予備役に編入 ◎1973/5/3 フロリダ沖にて標的として沈没 |
| チャンプリン (1、2) |
Champlin | DD-601 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1942/9/12 | 1947/1/31 | 1971/1/2 | ◎1947/1/31 予備役に編入 ◎1972/5/8 解体のため売却 |
| ミード | Meade | DD-602 | ベスレヘム・スチール社スタテン・アイランド造船所 | 1942/6/22 | 1946/6/17 | 1971/1/1 | ◎1946/6/17 予備役に編入 ◎1973/2/18 フロリダ沖にて標的として沈没 |
| マーフィ | Murphy | DD-603 | ベスレヘム・スチール社スタテン・アイランド造船所 | 1942/7/27 | 1946/3/9 | 1970/11/1 | ◎1946/3/9 予備役に編入 ◎1972/10/6 解体のため売却 |
| パーカー | Parker | DD-604 | ベスレヘム・スチール社スタテン・アイランド造船所 | 1942/8/31 | 1947/1/31 | 1971/7/1 | ◎1947/1/31 予備役に編入 ◎1973/5/25 解体のため売却 |
| コールドウェル | Caldwell | DD-605 | ベスレヘム・スチール社サン・フランシスコ造船所 | 1942/6/10 | 1946/4/16 | 1965/5/1 | ◎1946/4/16 予備役に編入 ◎1966/11/4 解体のため売却 |
| コグラン | Coghlan | DD-606 | ベスレヘム・シップビルディング社サン・フランシスコ造船所 | 1942/7/10 | 1947/3/31 | 1971/7/1 | ◎1947/3/31 予備役に編入 ◎1974/6/12 解体のため売却 |
| フレイジア | Frazier | DD-607 | ベスレヘム・スチール社サン・フランシスコ造船所 | 1942/7/30 | 1946/4/14 | 1971/7/1 | ◎1946/4/14 予備役に編入 ◎1972/10/6 解体のため売却 |
| ガンセヴォート | Gansevoort | DD-608 | ベスレヘム・スチール社サン・フランシスコ造船所 | 1942/8/25 | 1946/2/1 | 1971/7/1 | ◎1946/2/1 予備役に編入 ◎1972/3/23 フロリダ沖にて標的として沈没 |
| ギルスピー | Gillespie | DD-609 | ベスレヘム・スチール社サン・フランシスコ造船所 | 1942/9/18 | 1946/4/17 | 1971/7/1 | ◎1946/4/17 予備役に編入 ◎1973/7/16 プエルト・リコ沖にて標的として沈没 |
| ホビー | Hobby | DD-610 | ベスレヘム・スチール社サン・フランシスコ造船所 | 1942/11/18 | 1946/2/1 | 1971/7/1 | ◎1946/2/1 予備役に編入 ◎1972/6/28 サウス・カロライナ沖にて標的として沈没 |
| カーク | Kalk | DD-611 | ベスレヘム・スチール社サン・フランシスコ造船所 | 1942/10/17 | 1946/5/3 | 1968/6/1 | ◎1946/5/3 予備役に編入 ◎1969/3/20 フロリダ沖にて標的として沈没 |
| ケンドリック | Kendrick | DD-612 | ベスレヘム・スチール社サン・ペドロ造船所 | 1942/9/12 | 1947/3/31 | 1966/5/1 | ◎1947/3/31 予備役に編入 ◎1968/3/2 キー・ウェスト沖にて標的として沈没 |
| ローブ | Laub | DD-613 | ベスレヘム・スチール社サン・ペドロ造船所 | 1942/10/24 | 1946/2/2 | 1971/7/1 | ◎1946/2/2 予備役に編入 ◎1975/1/14 解体のため売却 |
| マッケンジー | Mackenzie | DD-614 | ベスレヘム・スチール社サン・ペドロ造船所 | 1942/11/21 | 1946/2/4 | 1971/7/1 | ◎1946/1 予備役に編入 ◎1974/5/6 フロリダ沖にて標的として沈没 |
| マクラナハン | McLanahan | DD-615 | ベスレヘム・スチール社サン・ペドロ造船所 | 1942/12/19 | 1946/2/2 | 1971/7/1 | ◎1946/2/2 予備役に編入 ◎1974/6/1 解体のため売却 |
| ニールズ | Nields | DD-616 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1943/1/15 | 1946/3/26 | 1970/9/15 | ◎1946/3/26 予備役に編入 ◎1972/5/8 解体のため売却 |
| オードノー | Ordronaux | DD-617 | ベスレヘム・スチール社クインシー造船所 | 1943/2/13 | 1947/1 | 1971/7/1 | ◎1947/1 予備役に編入 ◎1973/3/16 解体のため売却 |
Update 26/02/21