スループ
Sloops

アイコン 意味
戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません
戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争などで沈没し、何十年後に発見された場合もこのアイコンです
映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です
参考文献、小説や書籍に登場する事柄です
インターネットやTVゲームに登場する事柄です
UFOなど超常現象に遭遇した事柄です
※cwtはハンドレッドウェイト(hundredweight)の略で、1cwt=45.3592kg。Letter of Marqueとは私掠免許あるいは私掠免許状(帆船の時代に、民間の船が他国の船を攻撃・拿捕することを国家が認めた他国船拿捕免許状である。 勅許特許状の一種)
排水量:308t 甲板長:35.35m 幅:10.36m 吃水:4.14m 兵装:18ポンド砲6門 乗員:140名
※18門砲艦

↑Title: USS RANGER fires a salute Caption: "First recognition of the American flag by a foreign government; in the Harbor of Quiberon, France, February 13, 1778. Salute to the U.S. ship RANGER in command of John Paul Jones." Lithograph after an 1898 oil painting by Edward Moran. Autographed "to the ward room of the USS LOUISIANA with the hearty regards of Theodore Roosevelt. 29 November 1906." Catalog #: NH 2391 Copyright Owner: Naval History and Heritage Command Original Creator: Lithograph of an oil painting by Edward Moran. After this Year: 1898 Before this Year: 1898 Original Medium: BW Photo, Lithograph. Image courtesy of Naval History and Heritage Command.

艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
レンジャー Ranger James Hackett 1777/10 ◎最初の予定艦名はハンプシャー Hampshireだった(1777改名)
◎1777 起工
◎1777/5/10 進水
◎ジョン・ポール・ジョーンズ大佐 CAPT. John Paul Jones(12)は大陸海軍スループ・レンジャー艦長に任命される
レンジャーは、新しい星条旗を掲揚した最初の米国船であり、1777年7月4日にマストから初めて掲揚された
◎1777年11月1日、レンジャーはフランスに向けて出航し、イギリス陸軍のバーゴイン将軍 General Burgoyneの降伏を伝える通信をパリの委員会に運び、ジョーンズはサラトガでの勝利の知らせをフランクリン博士 Dr. Franklinに伝えた
1778年2月14日、レンジャーはキブロン湾 Quiberon Bayでフランス艦隊から新しいアメリカ国旗“星条旗 Stars and Stripes”に対する最初の公式敬礼を受けた。これは実はジョン・ポール・ジョーンズによる強制だった。ジョン・ポール・ジョーンズはフランス人将校たちに、もし彼らがまず自分の船に敬礼しなければ、自分は敬礼しないと言っていたのである
◎レンジャーは1778年4月10日、ブレストを出航し、アイリッシュ海に向かった。 レンジャーは4月下旬にイギリス海軍スループDrake(14門砲艦)を破り(12)、その戦利品とともにブレストに到着した。ジョーンズ艦長はフリゲイト・ボノム・リシャール Bonhomme Richardの艦長に任命された。副長のシンプソン大尉 LT. Simpsonが指揮を執った
◎レンジャーは8月21日にブレストを出航し、10月15日にニュー・ハンプシャー州ポーツマスに到着
◎1779年2月24日、ポーツマスを出航し、大陸海軍の他の艦船とともに北大西洋の英国船籍を拿捕
◎レンジャーは1779年12月23日にチャールストンに到着し、英国軍に包囲されているチャールストンの守備隊を支援するために出発した
1780/5/11 クーパー川 Cooper Riverにてイギリスに拿捕されHalifaxと改名
◎1781/10/13 売却
◎First ship raise the "Stars and Stripes," 4 Jul 1777. Sailed for France under J. P. Jones, 1 Nov 1777. Received first official salute to an American warship in Europe in Quiberon Bay, France, 14 Feb 1778. Attack on Whitehaven, England; took sloop HMS Drake, 14, off Carrickfergus (2 killed), 24 Apr 1778.
☆拿捕または撃沈スコア(以下の艦船)
・1777/11/23〜25 ブリッグMary
・1777/11/23〜25 ブリッグGeorge
・1778/4/14 ブリッグ1隻(Cape Clearにて沈没)
・1778/4/17 シップLord Chatham(St. Grorge's Channelにて拿捕)
・1778/4/20 スクーナー1隻(アイルランドにて沈没)
・1778/4/20 スループ1隻(アイルランドにて拿捕)
・1778/4/25 ブリッグPatience(アイルランドにて拿捕)
・1778/8/24 ブリッグSally(フリゲイト・ボストンプロヴィデンスと共同で)
・1778/9/9 ブリッグFriends(フリゲイト・ボストンプロヴィデンスと共同で)
・1778/9/10 スノーAdventure(フリゲイト・ボストンプロヴィデンスと共同で)
・1779/7/15 シップHolderness(Newfoundland Banksにて拿捕(フリゲイト・プロヴィデンスクイーン・オブ・フランス Queen of Franceと共同で))
・1779/7/15 シップDawes(Newfoundland Banksにて拿捕(フリゲイト・プロヴィデンスクイーン・オブ・フランス Queen of Franceと共同で))
・1779/7/15 シップGeorge(Newfoundland Banksにて拿捕(フリゲイト・プロヴィデンスクイーン・オブ・フランス Queen of Franceと共同で))
・1779/7/15 シップFriendship(Newfoundland Banksにて拿捕(フリゲイト・プロヴィデンスクイーン・オブ・フランス Queen of Franceと共同で))
・1779/7/15 シップBlenheim(Newfoundland Banksにて拿捕(フリゲイト・プロヴィデンスクイーン・オブ・フランス Queen of Franceと共同で))
・1779/7/15 シップThetis(Newfoundland Banksにて拿捕(フリゲイト・プロヴィデンスクイーン・オブ・フランス Queen of Franceと共同で))
・1779/7/15 シップFort William(Newfoundland Banksにて拿捕(フリゲイト・プロヴィデンスクイーン・オブ・フランス Queen of Franceと共同で))
・1779/7/15 シップNeptune(Newfoundland Banksにて拿捕(フリゲイト・プロヴィデンスクイーン・オブ・フランス Queen of Franceと共同で))
・1779/7/15 シップ2隻(Newfoundland Banksにて拿捕(フリゲイト・プロヴィデンスクイーン・オブ・フランス Queen of Franceと共同で))


排水量:150t 竜骨長:20.72m 幅:7.74m 吃水:3.65m 兵装:9ポンド砲16門、4ポンド砲2門 乗員:86名
※18門砲艦
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
サラトガ Saratoga Wharton & Humphreys 1780/8 ◎1779 起工
◎1780/4/10 進水
1781/3/15 Cap Francaisにて消失
◎Action with brig HMS Keppel, 9 Mar 1780. Disappeared at sea off Cap Francais, West Indies, after capturing two ships, 15 Mar 1781.
☆拿捕または撃沈スコア(以下の艦船)
・1780/9/12 シップSarah(12門砲艦)
・1780/10/8 シップCharming Molly(22門砲艦、Letter of Marque、翌日にイギリス海軍艦艇Intrepidに再拿捕される)
・1780/10/8 ブリッグElizabeth(12門砲艦、翌日にイギリス海軍艦艇Intrepidに再拿捕される)
・1780/10/8 シップNancy(14門砲艦、翌日にイギリス海軍艦艇Intrepidに再拿捕される)
・1780/10/8 1隻(翌日にイギリス海軍艦艇Intrepidに再拿捕される)
・1780/10/11 スクーナーTwo Brothers
・1780/10/11 スクーナーProvidence
・1780/12/20 私略船Resolution
・1781/1/9 私略船Tonyn(20門砲艦、Letter of Marque)
・1781/1/16 武装ブリッグDouglas


排水量:380t 竜骨長:26.51m 幅:8.83m 吃水:3.65m 兵装:9ポンド砲20門、6ポンド砲6門 乗員:180名
※20門砲艦
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
メリーランド Maryland Price Shipyard 1799/8 ◎1799 起工
◎1799/6/3 進水
◎1801/10/2 ボルティモアにて売却
パタプスコ Patapsco De Rochbrune 1799 ◎最初の予定艦名はチェサピーク Chesapeakeだった(1799/10/10〜1799/11/14)
◎1799 起工
◎1799/6/20 進水
◎1801/6 売却


排水量:440t 乗員:140名
※10門砲艦
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
ホーネット Hornet Amesbury 1805 1806/9 ◎1804 マルタにて1802年建造のスループTravellerを購入
◎1806/9 フィラデルフィアにて売却


排水量:341t 垂線間長:30.35m 幅:8.53m 吃水:4.26m(梁の長さ) 兵装:24ポンド砲16門(24ポンド砲4門、12ポンド砲8門、6ポンド砲4門ともいわれる) 乗員:160名
※16門砲艦
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
ルイジアナ Louisiana ニュー・オーリンズ 1812/9 ◎1812/9 1812年建造のスループを購入(1814年まで非武装)
◎1815 係船
◎1821 破壊処分


排水量:509t(エリーは611t(1821年時)) 垂線間長:35.69m(エリーは36.91m(1821年時)) 幅:9.63m(depth of hull。エリーは9.93m(1821年時)) 吃水:4.45m 兵装:18ポンド砲2門、32ポンド・カロネード砲20門(エリーは18ポンド砲2門、42ポンド・カロネード砲20門(1821年時)。オンタリオは32ポンド砲2門、32ポンド・カロネード砲18門(1850年時)) 乗員:150名
※18門砲艦
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
アーガス Argus ワシントン海軍工廠 ◎1813 起工
◎1814/1/29 進水
◎1814/8/24 ワシントンにてイギリスに拿捕されるのを防ぐため焼却処分
エリー Erie Thomas Kemp 1814/3 ◎1813 起工
◎1813/11/3 進水
◎1820/1下旬 ニュー・ヨークにて係船、修理(〜1823)
◎1827 ニュー・ヨークまたはノーフォークにて修理(〜1832)
◎1832/8/21 ボストンにて係船(〜1834/6/24)
◎1837/9/15 ボストンにて係船(〜1838/2/4)
◎1840/7 チャールズタウン海軍工廠でarmed storeshipに改装(〜1843/2)
オンタリオ Ontario Thos. Kemp 1814 ◎1813 起工
◎1813 進水
◎1842 ボルティモアにて保管(〜1856)
◎1856/7/15 売却


排水量:509t 垂線間長:36.45m(ピーコックは36.27m、ワスプは35.69m) 幅:9.75m(ピーコック、ワスプは9.63m) 吃水:4.32m(ピーコック、ワスプは4.45m) 兵装:12ポンド砲2門、32ポンド・カロネード砲20門 乗員:140名
※18門砲艦
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
フロリック Frolic Josiah Barker 1814/2 ◎1813 起工
◎1813/9/11 進水
1814/4/20 Matanzas沖にてイギリス海軍36門砲艦Orpheusと12門砲艦Shelburneとの6時間に渡る激しい追激戦。イギリスに拿捕される
◎イギリスにて修理、20門砲の第6級艦Froridaとなる
◎1819/5 解体
ピーコック Peacock Adam & Noah Brown 1814/3 1829 ◎1813/7/9 起工
◎1813/9/19 進水
◎1819/1中旬 ノーフォークにて修理
◎1821 退役
◎1822/6/3 再役
1827 ハワイから南アメリカに向かう途中に鯨と衝突し損傷
◎1829 ニュー・ヨークにて解体
ワスプ Wasp Cross & Merrill 1814/5 ◎1813 起工
◎1813/9/21 進水
1814 南大西洋にて悪天候により沈没


排水量:691t 垂線間長:38.70m 幅:10.57m 吃水:5.05m 兵装:24ポンド砲12門(レキシントンは1844年には9ポンド砲4門、32ポンド・カロネード砲2門。1840年(storeship時)には32ポンド・カロネード砲12門。ウォーレンは32ポンド砲2門、32ポンド・カロネード砲18門) 乗員:190名
※18門砲艦
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
レキシントン Lexington ニュー・ヨーク海軍工廠 1826/6/11 1855/2/16
(1855/2/26?)
◎1825 起工
◎1826/3/9 進水
◎1830/11/16 ゴスポート造船所にて退役
◎1831/5/31 再役
◎1840 storeshipに改装
◎1860 売却
ナッチェス Natchez ゴスポート造船所 1827/7 ◎1827 起工
◎1827/3/8 進水
◎1840 ニュー・ヨークにて破壊処分
ウォーレン Warren チャールズタウン海軍工廠 1827/1/14 ◎1825/6/1 起工
◎1826/11/29 進水
◎1830/9/10 退役、ノーフォークにて修理
◎1831/9/2 再役
◎1846 storeshipとなる
◎1863/1/1 パナマにてPacific Mail Steamship Co. に売却


排水量:700t(614tともいわれる) 垂線間長:38.70m(ボストンは全長38.70m) 幅:10.63m(ボストンは10.33m) 吃水:5.05m(ボストンは4.87m) 兵装:24ポンド砲24門(1846年〜1848年には203mm砲4門、32ポンド砲16門。ボストンは1840年には24ポンド砲2門、42ポンド・カロネード砲20門。1846年には203mm砲4門、32ポンド砲6門。フェアフィールドは1850年には203mm砲4門、32ポンド砲6門。ジョン・アダムスは1842年には18ポンド砲2門、32ポンド・カロネード砲22門。1846年には24ポンド砲22門。1850年には203mm砲4門、32ポンド砲14門。1862年5月には30ポンド・マズルローディング・ライフル砲2門、203mm砲(55cwt)2門、32ポンド砲(33cwt)4門、1864年12月には20ポンド・マズルローディング・ライフル砲2門を増強。セント・ルイスは1848年には203mm砲4門、32ポンド砲16門。1850年には203mm砲4門、32ポンド砲14門。1861年4月には203mm砲(63cwt)4門、32ポンド砲(33cwt)14門。1862年2月には203mm砲(55cwt)4門、32ポンド砲(33cwt)12門、20ポンド・マズルローディング・ライフル砲2門、12ポンド・スムースボア砲1門。ヴァンダリアは1850年には203mm砲4門、32ポンド砲16門。1863年11月には30ポンド・マズルローディング・ライフル砲1門、203mm砲(55cwt)4門、32ポンド砲(33cwt)16門。ヴィンセンズは1838年には24ポンド砲8門、9ポンド砲2門。1842年には24ポンド砲24門。1845年には203mm砲4門、32ポンド砲16門。1850年?には203mm砲4門、32ポンド砲14門。1861年5月には203mm砲(55cwt)4門、32ポンド砲(33cwt)14門。1861年11月には203mm砲(55cwt)4門、228mmスムースボア砲2門) 乗員:125名〜190名
※18門砲艦
↑USS Boston. Painting by Rod Claudius, Rome, Italy, 1962. It was made for display on board USS Boston (CAG-1). Courtesy of the U.S. Navy Art Collection, Washington, D.C. U.S. Naval Historical Center Photograph.
↑USS Vincennes. Colored lithograph published by N. Currier, 2 Spruce Street, New York City, 1845. Courtesy of the Naval Art Collection, Washington, D.C. U.S. Naval Historical Center Photograph.
弘化雑記」より1846年7月20日来日時のヴィンセンズの乗員内訳。【】内は「異国船渡来年表」、[]内は「異国船渡来記」より
将官 1名
副将 1名
士(士官、見習士官、候補生) 25名
書役(秘書) 1名
医師 2名
部屋守(補給士) 2名
水主頭 1名
石火矢掛(砲手) 5名
酒食掛 4名
大工 3名
帆縫師 3名
桶師 1名【0名】
鍛冶師 1名
髪剃 1名
仕立師
絵師
沓師
音楽師 6名【3名】
兵卒(海兵) 25名
南京人 6名【3名】
水主(水兵) 残人数[123名余]


艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
ボストン
12
Boston チャールズタウン海軍工廠 1826 ◎1825/5/13 起工
◎1825/10/15 進水
◎1836 チャールズタウン海軍工廠にて係船
1846/11/15 Eleuthera島沖にて悪天候により難破沈没
コンコード Concord ポーツマス海軍工廠 1830/5/7 ◎1827/3/19 起工
◎1828/9/24 進水
1842/10/2 モザンビークのLoango川にて座礁
フェアフィールド Fairfield ニュー・ヨーク海軍工廠 1828/8 1845/2/3 ◎1826 起工
◎1826/6/28 進水
◎1840/4 退役、ニュー・ヨークにて改装
◎1841/5/10 再役
◎退役後、保管
◎1852/6/11 解体のため売却
ジョン・アダムス John Adams ゴスポート造船所 1831/5 1867/9 ◎1829 起工
◎1830/11/17 進水
◎1833? 修理
◎1840/6中旬 ボストンにて係船(〜1842)
◎1848/9 ボストンにて修理
◎1862 ニューポートにて海軍兵学校の練習船となる(〜1863夏)
◎1867/10/5 解体のため売却
セント・ルイス St. Louis ワシントン海軍工廠 1828/12/20 1865/5/12 1906/8/9 ◎1827/2/12(1827/2/17?) 起工
◎1828/8/18 進水
◎1828/12 ノーフォークにて艤装
◎1831/12/25 退役、ニュー・ヨークにて係船、改装
◎1832/9/19 再役
◎1838/7/1 ニュー・ヨークにて係船(〜1839/4/5)
◎1842/9/16 退役、ノーフォークにて係船
◎1843/2/27 再役
◎1845/9/16 ノーフォークにて船体延長工事
◎1861/9? フィラデルフィア海軍工廠にて改装
◎1866 フィラデルフィアにて係船、リーグ・アイランドにて宿泊船となる(〜1894)
◎1894 ペンシルヴェニア州海軍義勇兵協会に移管
◎1904/11/30 キーストーン・ステート Keystone Stateと改名
◎1907/6/5 解体のため、フィラデルフィアのJoseph G. Hitnerに売却
ヴァンダリア Vandalia フィラデルフィア海軍工廠 1828/11/6 1863/2/4 ◎1825 起工
◎1828/8/26 進水
◎1831/12/19 ノーフォークにて退役
◎1832/10/4 再役
◎1834/8/24 退役、ノーフォークにて修理
◎1834/12/31 再役
◎1838/8/30 係船、修理(〜1838/11/24)
◎1839/11/23 ノーフォークにて退役
◎1842/2/3 再役
◎1845/4/30 退役、ノーフォークにて係船
◎1848 改装
◎1849/8/9 再役
◎1852/10/14 ニュー・ヨーク海軍工廠にて退役
◎1853/2/14 再役
◎1856/9/30 ポーツマス海軍工廠にて退役
◎1857/11/11 再役
◎1860/1/6 ニュー・ヨーク海軍工廠にて退役
◎1860/11/8 再役
◎1863/10中旬 ポーツマスにて宿泊船となる
◎1870〜1872 ポーツマスにて解体
ヴィンセンズ
12
Vincennes ニュー・ヨーク海軍工廠 1826/8/27 1865/8/28 ◎1825 起工
◎1826/4/27 進水
◎1830/6/10 退役、ニュー・ヨークにて修理
◎1830〜1831? 再役
◎1832/8/19 退役、ポーツマス海軍工廠にてオーヴァーホール
◎1833/6/1 再役
◎1836/6/18 退役、ノーフォークにてオーヴァーホール
◎1838 再役
◎1839/5中旬? Valparaisoにて修理
◎1839/7上旬? Callaoにて修理
◎1841/3中旬? ホノルルにて修理
◎1844/8中旬 ハンプトン・ローズにて入渠
◎1847/4/9 退役、ニュー・ヨークにて入渠、改装、船体延長工事
◎1849/11/12 再役
◎1852/9/24 退役、ニュー・ヨークにて修理、改装
◎1853/3/21 再役
◎1856/7/17 退役、ニュー・ヨークにて係船
◎1857/11/3 再役
◎1860/4/3 退役、チャールズタウン海軍工廠にて改装
◎1861/6/29 再役
1861/10/12 Fort Pickensにてアメリカ連合国軍を封鎖するために爆破処分のため座礁するも爆破失敗、のちに離礁
◎1865/8/28 チャールズタウン海軍工廠にて係船、改装
◎1867/10/5 ボストンにて売却
◎Pacific Sqn 1826-1830. First U.S. naval vessel to circumnavigate the world, 1829-1830. West Indies 1831-1832. Pacific Sqn 1834-1836. Wilkes survey expedition to South Seas, Aug 1838-Jul 1842 (1, 2, 3, 4). West Indies 1842-1844. Far East 1845-1847. First visit to Japan, 20 Jul 1846 (1, 2, 3, 4). Pacific Sqn 1850-1852. Ringgold's Far East expedition, 1853-1856. Africa Sqn 1857-1860. GukfBS 1861. Engagement with CSS Ivy at Head of Passes, La., 9 Oct, and with CSN squadron near Head of Passes, 12 Oct 1861. Guardship, Ship Island, Miss., 1862-1865.
☆拿捕または撃沈スコア(以下の艦船)
・1861/11/27 Empress
・1863/7/18 H. Mcguin


排水量:703t 垂線間長:38.89m 幅:10.33m 吃水:5.05m 兵装:24ポンド砲24門(1850年には203mm砲4門、32ポンド砲16門。1861年8月には32ポンド砲(33cwt)2門) 乗員:190名
※18門砲艦
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
ファルマス Falmouth チャールズタウン海軍工廠 1828/1/19 1859/5/24 ◎1826/12/5 起工
◎1827/11/3 進水
◎1828〜1840 この間、ニュー・ヨークもしくはノーフォークもしくはゴスポート造船所にて修理、改装
◎のちに退役
◎1841/12/16 再役
◎1846/9 修理
◎1846/11/22 退役、ボストンにて係船
◎1849/4/26 再役
◎1852/2/4 ノーフォークにて係船(〜1854/11/18)
◎1855? ニュー・ヨークにて退役
◎1857/1/12 再役
◎退役後、ニュー・ヨークにてstoreshipとなる
◎1860/4/1 パナマのAspinwallにてstoreshipとなる
◎1863/10(1863/11/7?) 売却


排水量:559t 垂線間長:36.24m 幅:9.63m 吃水:4.75m 兵装:18ポンド砲6門(1831年には12ポンド砲2門、32ポンド・カロネード砲20門。1840年には228mm砲2門、24ポンド・カロネード砲8門) 乗員:190名
※18門砲艦
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
ピーコック Peacock ニュー・ヨーク海軍工廠 1829/8 ◎1828〜1830 起工
◎1828/9 進水
1837 ペルシャ湾口の珊瑚礁にて難破、61時間後に救出される
1841/7/18 コロンビア川にて難破沈没


排水量:792t 垂線間長:40.32m 幅:11.06m 吃水:5.05m 兵装:24ポンド砲4門、38ポンド・カロネード砲18門(1840年には32ポンド砲20門。サイアンは1850年には203mm砲4門、32ポンド砲16門。1856年には203mm砲4門、32ポンド砲14門。1863年には203mm砲1門、32ポンド砲1門1865年5月には32ポンド砲14門、68ポンド砲4門、12ポンド榴弾砲1門。リヴァントは1843年には203mm砲4門、32ポンド砲18門。1850年には203mm砲4門、32ポンド砲16門。1856年には203mm砲4門、32ポンド砲14門) 乗員:200名
※22門砲艦
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
サイアン Cyane チャールズタウン海軍工廠 1838/5 1871/9/20 ◎1837 起工
◎1837/12/2 進水
◎1858〜1871 この間、オーヴァーホール
◎1887/7/30 売却
リヴァント Levant ニュー・ヨーク海軍工廠 1838/3/17 ◎1837 起工
◎1837/12/28 進水
◎1842/6/26 ノーフォークにて退役
◎1843/3/27 再役
◎1847/4下旬 退役、ノーフォークにて係船
◎1852/7/12 再役
◎1855/5/4 ニュー・ヨーク海軍工廠にて退役
◎1855/10/31 再役
1856/11/20〜22 広東要塞砲撃にて敵軍の攻撃より損傷
◎1858/4上旬 チャールズタウン海軍工廠にて修理(〜1859)
1860/9/18 パナマ〜ハワイ間にて消失


排水量:566t 垂線間長:35.87m 幅:10.08m 吃水:4.57m 兵装:32ポンド砲14門、12ポンド砲2門(デイルは1846年には32ポンド砲16門。1853年には32ポンド砲14門。1863年には32ポンド砲2門、30ポンド・マズルローディング・ライフル砲1門。1861年7月には32ポンド砲(27cwt)12門、32ポンド砲(33cwt)2門、12ポンド榴弾砲1門。1863年2月には32ポンド砲(33cwt)2門、30ポンド・マズルローディング・ライフル砲1門。ディケイターは1846年には32ポンド砲16門。1853年には32ポンド砲14門。1863年4月には203mm砲4門、32ポンド砲(42cwt)4門。1865年12月には32ポンド砲(27cwt)12門、32ポンド砲(33cwt)4門。マリオンは1845年には32ポンド砲16門。1855年には32ポンド砲14門。1861年6月には32ポンド砲(27cwt)12門、32ポンド砲(33cwt)2門、12ポンド榴弾砲1門。1862年には32ポンド砲10門、20ポンド・マズルローディング・ライフル砲1門。1862年7月には32ポンド砲(27cwt)4門、32ポンド砲(33cwt)2門、20ポンド・マズルローディング・ライフル砲1門、12ポンド榴弾砲1門。プレブルは1846年には32ポンド砲16門。1851年には32ポンド砲10門。1853年には32ポンド砲8門。1858年には32ポンド砲10門。1861年1月には32ポンド砲(33cwt)10門。1861年7月には203mm砲(63cwt)2門、32ポンド砲(43cwt)1門、32ポンド砲(33cwt)6門、12ポンド砲1門。1864年6月には203mm砲(63cwt)4門、32ポンド砲(33cwt)12門、20ポンド・マズルローディング・ライフル砲2門。ヨークタウンは1844年には32ポンド砲2門、18ポンド砲2門、32ポンド・カロネード砲12門。1846年には32ポンド砲16門) 乗員:150名
※16門砲艦
↑USS Dale. Sepia wash drawing by R. G. Skerrett, 1903. Courtesy of the Navy Art Collection, Washington, DC. U.S. Naval Historical Center Photograph.
↑USS Decatur. "Beating round 'Cape Freward': Straits of Magellan, Dec: 1854". Artwork, signed by "J.Y.T.". U.S. Naval Historical Center Photograph.
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
デイル
12
Dale フィラデルフィア海軍工廠 1839/12/11
(1840/12/11?)
◎1839 起工
◎1839/11/8 進水
◎ゴスポート造船所工廠にて艤装
◎1846初め ニュー・ヨークにて改装
◎1849/8 ニュー・ヨークにて改装(〜1850/8)
◎1859/5 ポーツマスにて退役
◎1861/6/30 再役
◎1862/10上旬? 修理
◎1862/12/10 キー・ウェストにてordnance store shipとなる(〜1865/7/3)
◎1865/7/20 フィラデルフィアにて退役、ノーフォークにて改装
◎1867/5/29 再役、海軍兵学校の練習船となる
◎1884 ワシントン海軍工廠にて宿泊船となる(〜1894)
◎1895 メリーランド州海軍義勇兵協会に移管
◎1904/11/30 オリオール Orioleと改名
◎1906/2/27 ボルティモアにて税関監視船部に移管
◎1921/12/20 売却
ディケイター
12
Decatur ニュー・ヨーク海軍工廠 1840/3 1859/6/20 ◎1838 起工
◎1839/4/9 進水
◎1852/8/21 退役、ボストンにて修理
◎1853/7/12 再役
◎1856/6中旬 メア・アイランド海軍工廠にて修理
◎1863春 サン・フランシスコ港にて浮き砲台となる
◎1865/8/27 メア・アイランドにて売却
マリオン Marion チャールズタウン海軍工廠 1839/10/4 1897/12/11 1907/7/24 ◎1838 起工
◎1839/4/24 進水
1842初め リオ・デ・ジャネイロ港にて沈没、のちに引き揚げられる
◎1843 ボストンにて係船
◎1856? 退役
◎1861/6/21 再役
◎1862/5? ボストンにて修理(〜1862/7下旬)
◎1871 退役、ポーツマス海軍工廠でスクリュー推進スループに改装
プレブル Preble ポーツマス海軍工廠 1840/6 ◎1838/4 起工
◎1839/6/13 進水
◎1851/1 海軍兵学校の練習船となる(〜1858)
1863/4/27 ペンサコラにて事故により焼失
ヨークタウン Yorktown ゴスポート造船所 1840/11/15 ◎1838 起工
◎1839/6/17 進水
◎1843/8/11 ニュー・ヨークにて退役
◎1844/8/7 再役
◎1846/6/9 ボストンにて退役
1848/11/22 再役
◎1850/9/6 Cape Verde諸島沖にて難破沈没


排水量:882t 垂線間長:44.68m 幅:10.75m 吃水:4.96m 兵装:203mm砲4門、32ポンド砲16門(1846年には203mm砲4門、32ポンド砲18門。1855年には203mm砲6門、32ポンド砲12門。1856年には203mm砲6門、32ポンド砲14門。1857年には203mm砲6門、32ポンド砲12門。1863年6月には203mm砲(55cwt)6門、32ポンド砲(42cwt)12門、30ポンド・マズルローディング・ライフル砲1門、12ポンド・マズルローディング・ライフル砲2門、12ポンド・スムースボア砲1門) 乗員:210名〜275名
※20門砲艦
※江戸末期の久里浜沖に出現し、日本人達に“黒船”といわれた4隻の内の1隻
↑The sailing sloop-of-war Saratoga, after the Civil War, in standard wooden-ship finish of the period. The apparent height of her weather-deck bulwarks is increased by the hammocks stowed along their top behind canvas screens.
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
サラトガ Saratoga ポーツマス海軍工廠 1843/1/4 1888/10/8 ◎1841/8 起工
◎1842/7/26 進水
1843/3/17 疾風により損傷(マストが折れる)、のちにポーツマスにて修理
◎1844/12/10 ノーフォークにて退役
◎1845/3/15 再役
◎1847/1/9 ハンプトン・ローズにて退役、ゴスポート造船所にて修理
◎1847 再役
◎1848/2 ニュー・ヨークにて退役
◎1848/4/17 再役
◎1849/11/30 ゴスポート造船所にて退役
◎1850/8/12 再役
◎1853/7/8 東インド艦隊(ペリー艦隊)として浦賀沖に投錨
◎1854/10/10 ボストンにて退役
◎1855/9/6 再役
◎1860/6/26 フィラデルフィアにて退役
◎1860/11/5 再役
◎1861/8/25 フィラデルフィアにて退役
◎1863/6/24 再役
◎1865/4/28 退役
◎1867/10/1 再役
◎1869/7/7 退役
◎1871/5/16 再役
◎1871/10/14 退役、改装
◎1875/5/1 再役、アナポリスにて砲術練習船となる
◎1876/5/7 退役
◎1877/5/19 再役
◎1890 ペンシルヴェニア州に移管されstate marine school shipとなる(〜1907)
◎1907/8/14 ボストンのThomas Butler & Co. に売却
◎Dismasted on first day of first cruise, 17 Mar 1843. Africa Sqn 1843-1844. Mexico 1845-1847. West Indies 1848-1849. East Indies Sqn 1850-1854. Expedition to Japan, 1853. Africa Sqn 1860-1861.


排水量:1,042t 垂線間長:44.83m 幅:11.76m 吃水:5.45m(最大) 兵装:203mm砲4門、32ポンド砲18門(1853年には203mm砲6門、32ポンド砲16門) 乗員:210名
※20門砲艦
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
オールバニー Albany ニュー・ヨーク海軍工廠 1846/11/6 ◎1843 起工
◎1846/6/27 進水
◎1847/8 ボストンにて修理(〜1847/9/27)
1854/9/29 コロンビアのAspinwallにて遭難沈没


排水量:1,022t 垂線間長:46.66m 幅:11.61m 吃水:5.36m 兵装:203o砲4門、32ポンド砲18門(1852年には203mm砲6門、32ポンド砲16門。1856年には203mm砲16門。1861年9月には203mm砲(63cwt)16門、12ポンド砲1門。1863年7月には203mm砲(63cwt)16門、203mm砲(55cwt)2門、20ポンド・マズルローディング・ライフル砲1門、12ポンド砲1門。1864年6月には100ポンド・マズルローディング・ライフル砲1門を増強) 乗員:210名
※20門砲艦
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
ポーツマス Portsmouth ポーツマス海軍工廠 1844/11/10 1878/7/14 1915/4/17 ◎1843/6/15 起工
◎1843/10/23 進水
◎1855/4上旬 ノーフォークにてオーヴァーホール
1856/11/20〜22 広東要塞砲撃にて敵軍の攻撃より損傷
◎1861/9 ポーツマスにて改装(〜1861/12)
◎退役後、練習船となる
◎1895/1/17 ニュー・ジャージー州海軍義勇兵協会に移管(〜1911/3/4)
◎1911/3 ハンプトン・ローズにてMarine Hospital Serviceに移管
◎1915/7/12 売却


排水量:989t 垂線間長:44.98m 幅:11.61m 吃水:5.24m 兵装:279mm砲1門、228mm砲4門(1857年時。1859年には203mmスムースボア砲2門、32ポンドスムースボア砲6門。1862年には203mm砲4門、32ポンド砲18門) 乗員:210名
※20門砲艦
※江戸末期の久里浜沖に出現し、日本人達に“黒船”といわれた4隻の内の1隻
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
プリマス
12
Plymouth チャールズタウン海軍工廠 1844/4 ◎1843 起工
◎1843/11/11 進水
◎1853/7/8 東インド艦隊(ペリー艦隊)として浦賀沖に投錨
◎1859夏 海軍兵学校の練習船となる
◎1860夏 海軍兵学校の練習船となる
◎1860冬 ノーフォークにて修理
◎1861/4/20 ゴスポート造船所にてアメリカ連合国軍に拿捕されるのを防ぐため焼却処分
のちにアメリカ連合国軍に拿捕され引き揚げられる
◎Mediterranean 1844-1846. Far East 1848-1851. Expedition to Japan, 1853. Training ship, 1855-1856, 1859-1860.


排水量:1,150t(旧測定法による総トン数985t) 垂線間長:49.86m 幅:9.81m 吃水:5.27m 兵装:203mm砲4門、32ポンド砲18門(1851年には203mm砲6門、32ポンド砲16門。1861年5月には203mm砲(55cwt)6門、32ポンド砲(42cwt)14門) 乗員:210名
※20門砲艦
↑USS Jamestown, a Sloop of War built in 1844.
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
ジェームズタウン Jamestown ゴスポート造船所 1844/12/12 1892/9/6 1912/9/4 ◎1843 起工
◎1844/9/16 進水
◎1854/5/11 フィラデルフィア海軍工廠にて退役
◎1855/2/22 再役
◎1857/6/2 フィラデルフィアにて退役
◎1857/12/16 再役
◎1860/2/14 フィラデルフィアにて退役
◎1861/6/5 再役
◎1865/2/14 退役、メア・アイランドで輸送兼補給艦に改装
◎1866/9/3 再役
◎1868/8/13 メア・アイランドにて退役
◎1869/1/25 再役
◎1869 修理
◎1871/10/7 メア・アイランドにて退役
◎1876/3/16 再役、State Public Marine Schoolが使用
◎1879/3/3 退役
◎1879/5/8 再役
◎1881/9/21 退役、サン・フランシスコにて改装
◎1882/2/14 再役
◎1888/8/31 ノーフォークにて退役
◎1889/4/13 再役
1891/12/2 ハンプトン・ローズにて防護巡洋艦アトランタ Atlantaと衝突し損傷
◎1892/9/9 財務省のMarine Hospital Serviceに移管、ハンプトン・ローズにて隔離船となる(〜1912)
◎1912/10/7 売却
1913/1/3 ゴスポート造船所にて焼失、のちに海軍省に移管
◎Africa Sqn 1845-1847 (flagship). Mediterranean 1849-1850. Brazil Station 1851-1854. Africa Sqn 1855-1857 (flagship). West Indies 1857-1860. Atlantic Blockading Squadron 1861. Pacific Squadron 1862-1865. Converted to transport and store ship 1866. N. Pacific Sqn 1867-1868. Pacific Sqn 1869-1871. School ship, Hawaii, 1876-1879. Training ship, Atlantic, 1882-1888. 1889-1892. Transferred to Treasury Dept., Marine Hospital Service, 9 Sep 1892. Quarantine ship, Hamoton Roads, 1892-1912. Sold 7 Oct 1912. Destroyed by fire at Norfolk NYd, 3 Jan 1913.
☆拿捕または撃沈スコア(以下の艦船)
・1861/8/5 Alvarado(沈没)
・1861/8/31 Aigburth(拿捕)
・1861/9/4 Colonel Long(沈没)
・1861/12/15 Havelock(拿捕)
・1862/5/1 Inlended(拿捕)


排水量:958t 垂線間長:45.72m 幅:11.39m 吃水:5.12m(depth of hull) 兵装:203mm砲4門、32ポンド砲18門(1850年には203mm砲6門、32ポンド砲16門。1862年12月には203mm砲(55cwt)6門、32ポンド砲(42cwt)16門) 乗員:210名
※20門砲艦
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
セント・メアリーズ St. Mary's ワシントン海軍工廠 1844/12/13 1908/6/14 ◎1843 起工
◎1844/11/24 進水
◎1853 フィラデルフィアにて修理(〜1854)
◎1858/3 メア・アイランドにて改装
◎1866/9 メア・アイランドにて係船(〜1870秋)
◎1875 ニュー・ヨークのPublic Marine School に移管され実習船となる(〜1908)
◎1908/8 ボストンのThomas Butler & Co. に売却
◎1908/11 解体


排水量:939t 垂線間長:45.72m 幅:10.97m 吃水:5.27m 兵装:203mm砲4門、32ポンド砲18門(1853年には203mm砲6門、32ポンド砲14門。1855年には203mm砲6門、32ポンド砲16門。1857年には203mmスムースボア砲8門、32ポンド・スムースボア砲12門) 乗員:210名
※20門砲艦
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
ジャーマンタウン Germantown フィラデルフィア海軍工廠 1847/3/9 1860/4/18 ◎1843/9/7 起工
◎1846/8/21 進水
◎1848/2/25 退役、ノーフォークにて修理
◎1848/4/22 再役
◎1850/9/21 ニュー・ヨークにて退役
◎1850/12/23 再役
◎1853/4/9 ボストンにて退役
◎1853/11/23 再役
◎1857/2/12 ハンプトン・ローズにて退役
◎1857/7/15 再役
◎1861/4/20 ゴスポート造船所にてアメリカ連合国軍に拿捕されるのを防ぐため焼却処分
1861/6 アメリカ連合国軍に拿捕され引き揚げられる、Craney Island近海にて浮き砲台として使用するため改装


排水量:1,265t 垂線間長:53.64m 幅:12.80m 吃水:5.88m 兵装:254mm砲10門、203mm砲16門、32ポンド砲4門(1856年には203mm砲16門、32ポンド砲4門。1862年3月には203mm砲(63cwt)16門、32ポンド砲(57cwt)4門、30ポンド・マズルローディング・ライフル砲1門、20ポンド・マズルローディング・ライフル砲1門、12ポンド・スムースボア砲2門。1871年には100ポンド・マズルローディング・ライフル砲1門、254mm砲10門) 乗員:227名
※24門砲艦
フリゲイト・コンステレーションの船体をスループに改装

↑USS Constellation. Image by Donn Thorson. Image courtesy of Naval Analyses.
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
コンステレーション Constellation ゴスポート造船所 1855/7/28 1955/2/4 1955/8/15 ◎1853/6/25 起工
◎1854/8/26(1854/8/28?) 進水
◎1858/8/18 ボストンにて退役
◎1858/10 チャールズタウン海軍工廠にて入渠(〜1859/1)
◎1859/6 再役
◎1865/1 退役?、宿泊艦となる(〜1869)
◎1871/5/25 再役、練習船となる
◎1871 改装(〜1872)
◎1880/3? ニュー・ヨーク海軍工廠にて改装
◎1893/9/2 アナポリスにて退役、ノーフォークへ曳航、修理
◎1894/5/22 ニューポートに運ばれる(〜1904?、この間、再役?、2回修理)
◎1904 ニュー・ヨーク海軍工廠にて入渠、修理
◎1914 ノーフォークへ曳航、改装
◎1914/9/7 ボルティモア港へ曳航、展示(〜1914/10/29)
◎1917/12/1 オールド・コンステレーション Old Constellationと改名
◎1925/7/24 コンステレーションと改名
◎1926/5/15 フィラデルフィアへ曳航
◎1926夏? フィラデルフィアにて入渠
◎1926/11末 ニューポートへ曳航
◎1933/6/16 退役
◎1940/8/24 再役
◎1941/1/8 艦種を非分類雑役船(IX-20)に改める
◎Mediterranean Sqn 1855-1858. Cuba 1858. Africa Sqn 1859-1861 (flagship). Mediterranean Sqn 1862-1864. Receiving ship 1865-1933 at Norfolk NYd, Philadelphia NYd, Annapolis, and Newport (1, 2, 3). Relief flagship. Atlantic Fleet.
☆拿捕または撃沈スコア(以下の艦船)
・1859/12/21 ブリッグ型奴隷船Delicia(Cabindaにて拿捕)
・1860/9/25 バーク型奴隷船Cora(コンゴ川にて拿捕)
・1861/5/21 ブリッグ型奴隷船Triton(西アフリカにて拿捕)


兵装:榴弾砲1門
※南北戦争時に取得された帆船
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
G. L. ブロッケンボロ G. L. Brockenborough ◎ブロッケンボロ Brockenboroともいわれる
◎G. L. Brockenboroと綴る場合もあり
◎1862/10/15 Apalachicola Riverにて封鎖突破艦船がアメリカ合衆国海軍艦艇に拿捕、沈没処分、のちに引き揚げられる
◎1862/11/15 キー・ウェストにて購入し、改装
1863/5/27 St. George's Soundにて疾風により難破


排水量:75t 兵装:32ポンド砲(57cwt)1門(32ポンド砲1門、30ポンド砲1門ともいわれる)
※南北戦争時に取得された帆船
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
グラニート Granite 1865/6/29 ◎1862/1/19 海軍に移管、改装
◎1865/6/29 Lighthouse Boardに移管


排水量:10t 乗員:7名
※南北戦争時に取得された帆船
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
ジュリア Julia ◎1863/1/8 Jupiter Inlet北方海域にてイギリスのスループがアメリカ合衆国海軍艦艇に拿捕
◎1863/2/15 キー・ウェストにて購入、運用開始
◎1865 キー・ウェストにて解体、売却


排水量:20t
※南北戦争時に取得された帆船
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
パーシー・ドレイトン Percy Drayton ◎1863/1/21 チャールストンにて封鎖突破艦船ヘティワン Hettiwan(もしくはエティワン Etiwan)がアメリカ合衆国海軍艦艇に拿捕
◎1863/11/12 ニュー・ヨークにて購入、Tenderに改装
◎1865/9/2 George Craneに売却(売却額$370)


排水量:28t 全長:13.71m 幅:5.18m 吃水:1.09m 兵装:12ポンド・スムースボア砲1門
※南北戦争時に取得された帆船
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
ロザリー Rosalie 1863/6 1865/6 ◎1863/3/16 チャールストンにて封鎖突破艦船がアメリカ合衆国海軍艦艇に拿捕
◎1863/5/6 購入、tenderに改装
◎1865/6/28 Benjamin Robertsに売却


※南北戦争時に取得された帆船
艦名 NAME 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
サンダー Thunder ◎1862/11/20 チャールストンにて封鎖突破艦船アニー・ディーズ Annie Deesがアメリカ合衆国海軍艦艇に拿捕
◎1863/12/9 ニュー・ヨークにて購入、tenderに改装、サンダーと改名
◎1865/8/8 ポート・ロイヤルにてJohn Smithに売却


Update 24/01/18