空母戦隊 Carrier Division
| アイコン | 意味 |
| 戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません | |
| 戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争などで沈没し、何十年後に発見された場合もこのアイコンです | |
| 映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です | |
| 参考文献、小説や書籍に登場する事柄です | |
| インターネットやTVゲームに登場する事柄です | |
| 不可解な事故&事件およびUFOなど超常現象に遭遇した事柄です |
- ※1973年6月30日まで、アメリカ海軍では艦隊内の区分は昇順であり、空母戦隊、戦艦戦隊、巡洋艦戦隊、駆逐隊、および潜水隊はDivision、駆逐戦隊および潜水戦隊などはSquadronと呼称していた。さらに駆逐艦および潜水艦は2~3個戦隊で隊群、Flotillaを編成した。現在のSquadronはかつてのDivisionに相当するものである
- ※Commander Strike Force Training Atlantic(CCSG-4もしくはCOMSTRKGRUFOUR)は、大西洋艦隊空母打撃群 Atlantic Fleet Carrier Strike Groups、両用即応群 Amphibious Ready Groups、および単独展開水上艦の訓練と認定を担当する米国艦隊総軍 U.S. Fleet Forces Commandの部隊である。その任務は“大西洋艦隊の安全かつ効果的な打撃部隊訓練を実施すること”である。2004年から2014年まで、同司令部は“大西洋打撃部隊訓練司令官 Commander, Strike Force Training Atlantic(CSFTLまたはCOMSTRKFORTRALANT)”として知られていた。 2004年までは“第4空母群/空母打撃部隊司令官(Carrier Group FOUR/Commander, Carrier Striking Force: CCG-4)”として知られていた。 CCSG-4は、三つ星の米国艦隊軍団副司令官 Deputy Commander, U.S. Fleet Forces Commandの下にある一つ星の司令部であり、ヴァージニア州ノーフォーク海軍基地 NB Norfolkに拠点を置く。大西洋戦術訓練群(Tactical Training Group, Atlantic: TTGL)および大西洋遠征戦術訓練群(Expeditionary Warfare Training Group, Atlantic: EWTGL)が下部組織である
| 日付 | 主な出来事 |
| 1943/3 | 第4空母戦隊 Carrier Division 4は、1943年3月13日にアメリカ合衆国第5艦隊 United States Fifth Fleetの一部として最初に編成された。第二次大戦を通じて広範な作戦行動を行った第4空母戦隊は、太平洋戦域で最も有名な空母の多く多くが配備された。バンカー・ヒル Bunker Hill(CV-17)、イントレピッド Intrepid(CV-11)、インディペンデンス Independence(CVL-22)、フランクリン Franklin(CV-13)、カボット Cabot(CVL-28)、レイク・シャンプレーン Lake Champlain(CV-39)。マーシャル諸島作戦 Marshall Islands Campaign、レイテ沖海戦 Battle of Leyte Gulf、エンガノ岬沖海戦 Battle off Cape Engañoに主要な参加者として、第4空母戦隊の指揮下にある、イントレピッドに搭載した航空機が、日本の空母瑞鳳、瑞鶴、千代田を撃沈。そのほかの注目すべき勝利としては、戦艦大和の撃沈や、沖縄戦における海軍支援などが挙げられる ↑航空母艦瑞鳳(1944年時) ↑大和型戦艦大和(1945年時) |
| 1955 | 第二次大戦後、第4空母戦隊は大西洋艦隊 Atlantic Fleetに移管。1955年10月、第4航空戦隊は世界初の超大型空母であるフォレスタル Forrestal(CVA-59)の指揮権を引き継いだ。1956年にはサラトガ Saratoga(CVA-60)が戦隊に編入され、第4航空戦隊は超大型空母のみで構成される初の任務部隊となった。そののちの作戦活動は、1960年代初めに至るまで空母の戦術的運用基盤を築いた![]() ↑フォレスタル級攻撃航空母艦フォレスタル(CVA-59、竣工時) |
| 1965/7 | 第4空母戦隊司令官 Commander, Carrier Division Fourは1965年7月にフォレスタルに乗艦し、地中海に展開、そこでフランクリン D. ルーズヴェルト Franklin D Roosevelt(CVA-42)に移乗し、1965年12月にノーフォークに戻った。1969年1月までに、インディペンデンス Independence(CVA-62)およびアメリカ America(CVA-66)でさらに 2、3回の地中海クルーズを行った(正確な日付と順序は不明) |
| 1973/7 | 第4空母戦隊は1973年7月に第4空母群 Carrier Group Fourに再指定された。この空母群は、海軍が従来の戦闘部隊戦術から現代の戦闘群の概念へと移行する過程を促進する役割を担い、空母と航空部隊だけでなく、戦闘群全体(駆逐艦、潜水艦、補助艦艇)に対する司令官の責任を強調した |
| 1970年代後半 | 第4空母群は1970年代後半に地中海へ2度のデプロイメノを行い、1980年のイラン人質事件時にはインド洋でドワイト D. アイゼンハワー Dwight D. Eisenhower(CVN-69)を配備させた。1983年にはカール・ヴィンソン Carl Vinson(CVN-70)の処女航海において、第2艦隊・第6艦隊・第7艦隊 Second, Sixth, and Seventh Fleetsに所属した |
| 1984/10 | 1984年10月、第4空母群司令官 Commander, Carrier Group FOURは、米大西洋艦隊航空部隊司令官 Commander, Naval Air Force, U.S. Atlantic Fleetの下で、主要な戦備・訓練幕僚として勤務を開始した。加えて、第4空母群司令官は、NATOにおける大西洋打撃艦隊司令官 Commander, Striking Fleet Atlanticの役割において第2艦隊司令官 Commander, Second Fleetに報告し、海洋戦略およびNATOの海洋作戦概念に規定された作戦任務を遂行した。この任務において、第4空母群はふたたび空母打撃部隊司令官 Commander, Carrier Striking Forceに再指定された |
| 1985 | 1985年、第4空母群はヨークタウン Yorktown(CG-48)を配備させ、ミサイル発射艦とは異なるプラットフォームからの指揮・統制・目標追跡を含む初の実弾ミサイル発射を実施した。晩夏には、第4空母群司令官がアメリカ(CV-66)を乗艦させ、NATO演習“オーシャン・サファリ85 OCEAN SAFARI 85”に参加。ノルウェーのフィヨルドにおける初の空母飛行作戦を成功させ、空母戦闘群の戦術運用に全く新しい概念をもたらした |
| 1987 | 1987年から1989年にかけ、第4空母群は大西洋艦隊空母戦闘群 Atlantic Fleet Carrier Battle Groupsの展開準備のため7回の高度段階訓練を実施し、NATO演習“オーシャン・サファリ87 OCEAN SAFARI 87”“チーム・ワーク88 TEAM WORK 88”“ノース・スター89 NORTH STAR 89”に参加した。1989年5月、参謀部はマウント・ホイットニー Mount Whitney(LCC-20)に乗艦し、合同軍種演習“ソリッド・シールド89 SOLID SHIELD 89”に参加。本演習では、乗艦した海軍司令官が統合軍航空部隊司令官(Joint Force Air Component Commander: JFACC)として初めて運用されるという画期的な試みが行われた |
| “砂漠の盾作戦 Operation Desert Shield”への対応として、第4空母群は、艦隊演習訓練を完全に実施する必要なく、緊急展開可能な状態にある2隻の空母とその航空部隊の認定を成功裏に完了した | |
| 1991/2 | 1991年2月、同司令部は、南米からの麻薬流通阻止を目的とした共同作戦の実施という追加任務を、第4.1任務群司令官 Commander, Task Group 4.1として付与された。1994年7月から同年9月にかけて、第4空母群司令官は“サザン・ウォッチ作戦 Operation Southern Watch”支援のため、サウジ・アラビアに派遣され、南西アジア合同任務部隊副司令官 Deputy Commander, Joint Task Force Southwest Asiaを兼務した |
| 空母打撃群司令官は、NATO活動に積極的に参加し、“ノース・スター91 NORTH STAR 91”“チーム・ワーク92 TEAM WORK 92”“ストロング・リゾルヴ95 STRONG RESOLVE 95”などの演習を実施した。“ストロング・リゾルヴ95”では、空母打撃群司令官が演習前半の連合軍空母打撃群司令官(JFACC)を務め、この先進的な概念をNATOに導入することに成功した | |
| 1996/9 | 1996年9月から1997年7月にかけて、第4空母群司令官 Commander, Carrier Group FOURは2回の高度段階訓練演習を完了し、2回の空母戦闘群総合訓練演習(Carrier Battle Group Comprehensive Training Unit Exercises: COMPTUEXs)を開発・実施した |
| 2004/10 | 2004年10月、CCG4は大西洋打撃部隊訓練司令官(Commander Strike Force Training Atlantic: CSFTL)に再指定され、大西洋艦隊統合訓練統括機関としてふたたび再編成され、第2艦隊司令官(Commander, Second Fleet: COMSECONDFLT)の下で活動することとなった。2011年9月30日にCOMSECONDFLTが廃止されると、CSFTLはエシェロンIII Echelon III指揮部として米国艦隊総軍司令部(U.S. Fleet Forces Command)に直接配属され、大西洋艦隊海軍部隊の戦闘能力の優位性を確保するため、統合戦術訓練の促進・指導・評価を担う任務を付与された。CSFTLの管理下には、以下の司令部が配置されている:大西洋戦術訓練群(Tactical Training Group Atlantic: TTGL)および大西洋遠征戦術訓練群(Expeditionary Warfare Training Group Atlantic: EWTGL) |
| 2013/9 | 大西洋打撃部隊訓練(CSFTL)は2013年9月23日、ノーフォークにおいて指揮官交代式典を実施した |
| スコット A. ステアーニー少将 Rear Adm. Scott A. Stearneyがスコット T. クレイグ少将 Rear Adm. Scott T. Craigの後任として指揮官に就任した。2014年4月29日、CSFTLは第4空母打撃群司令部(Commander, Carrier Strike Group Four: CCSG 4)に改称された。CCSG-4の任務は、大西洋艦隊の空母打撃群(CSG)、両用即応群(ARG)、単独展開部隊、およびそのほかの指定部隊に対し、実戦(海上実戦)、シミュレーション、学術シナリオに基づく統合訓練を実行・指導・評価し、戦闘指揮官の任務遂行において統合・連合作戦・連合環境下での運用を可能とすることである | |
| 2014/4 | 2014年4月29日、大西洋打撃部隊訓練司令部(CSFTL)は第4空母打撃群司令部(Commander, Carrier Strike Group Four: CCSG 4)に改称された |
| 2014/7 | リチャード W. バトラー少将 Rear Adm. Richard W. Butlerが、 2014年7月31日、ノーフォーク海軍基地 NB Norfolkで行われた指揮権移譲式典において、スコット A. ステアーニー少将からリチャード W. バトラー少将が第4空母打撃群(CSG4)司令官の職務を引き継いだ |
Update 25/11/09