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主な出来事 |
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アメリカ海軍は、一度解散した飛行隊の伝統を認めていない。したがって、同じ名称と愛称を持つ飛行隊が存在したとしても、正式には全く新しい飛行隊となる。1948年以降、4つの飛行隊がVF-194と命名されてきた。VF-194“メイン・バッテリー
Main Battery”(1950〜1955年)、VF-194“イエロー・デヴィルズ Yellow Devils”(1955〜1958年)、VF-194“レッド・ライトニングス
Red Lightnings”(1952〜1978年)、そしてVF-194“レッド・ライトニングス”(1986〜1988年)。このページでは、三代目のVF-194について解説する |
| 1952 |
VF-91飛行隊は1952年3月26日に編成され、グラマンF9F-2パンサーを装備していた。同飛行隊は第9空母航空群(Carrier Air Group 9: CVG-9)に配属され、1952年12月から1953年8月にかけて、攻撃航空母艦フィリピン・シー Philippine(CVA-45)に搭乗して朝鮮半島および西太平洋に初デプロイメントした |
| 1954 |
1954年、飛行隊はパンサーを後退翼のグラマンF9F-6クーガーに交換した。1954年5月11日から12月12日にかけて、VF-91は攻撃航空母艦ホーネット Hornet(CVA-12)に搭乗して世界一周航海を行った。1956年2月から6月にかけて、VF-91はCVG-5の一員として攻撃航空母艦キアサージ Kearsarge(CVA-33)に搭乗し、今度はF9F-8クーガーを装備した |
| 1957 |
1957年、F9F-8はノースアメリカンFJ-3フューリーに交代し、同飛行隊は1957年9月から1958年4月にかけて、攻撃航空母艦タイコンデロガ Ticonderoga(CVA-14)に搭乗して西太平洋クルーズを行った。 |
| 1959 |
1959年、VF-91はヴォート社製F-8Cクルーセイダーに機種転換し、1960年から1963年にかけて攻撃航空母艦レンジャー Ranger(CVA-61)に搭乗して3回のデプロイメントを行った |
| 1963/8 |
1963年8月1日、VF-91はVF-194に改称され、第19空母航空団 Carrier Air Wing Nineteen.に再配属された。 1964年から1973年にかけて、VF-194はヴェトナム戦争に8回派遣された。そのうち2回は攻撃航空母艦ボノム・リシャール Bon Homme Richard(CVA-31)(1964年、1965/66年)、2回はタイコンデロガ(1966/67年、1967/68年)、そして最後の4回は攻撃航空母艦オリスカニー Oriskany(CVA-34)に搭乗した。これらの派遣中、同飛行隊は1965年から1968年まではF-8E、そののちはF-8Jを運用した。1973年にアメリカのヴェトナム戦争終結後、VF-194はオリスカニーに搭乗して西太平洋へさらに2回のクルーズを行った。VF-194とその姉妹飛行隊であるVF-191は、F-8クルーセイダーを装備した最後のアメリカ海軍戦闘機飛行隊であった |
| 1976 |
1976年、オリスカニーが最後の現役エセックス級航空母艦として退役すると、VF-194はマクドネル・ダグラスF-4JファントムIIを受領した。VF-191とともに、この飛行隊は第15空母航空団 Carrier Air Wing Fifteenに再編された。しかし、汎用航空母艦コーラル・シー Coral Sea(CV-43)に1回だけ配備されたのち、1978年3月1日に閉隊した |