VF
戦闘飛行隊 Fighter Squadron

アイコン 意味
戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません
戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争などで沈没し、何十年後に発見された場合もこのアイコンです
映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です
参考文献、小説や書籍に登場する事柄です
インターネットやTVゲームに登場する事柄です
UFOなど超常現象に遭遇した事柄です
※ABは飛行場(Air Base)の略。MCAAFは海兵航空補助施設(Marine Corps Auxiliary Air Facility)の略。NAFは海軍航空施設(Naval Air Facility)の略。NASは海軍航空基地(Naval Air Station)の略。NAASは海軍航空補助基地(Naval Auxiliary Air Station)の略。NSは海軍基地(Naval Station)の略(ABC順)
※1972年10月14日に設立され、1993年9月30日に閉隊された。5番目にFighter Squadron 1: VF-1の名称を与えられた飛行隊。ニックネームはWolfpack

↑Image courtesy of en.wikipedia.org.

所在地 駐留日
NAS Miramar 1972/10/14
航空機の割り当て 初受領日
F-14A 1973/7/1
日付 主な出来事
1972/10/14 VF-1、ウルフパックは1972年10月14日、VF-2と同時にミラマー海軍航空基地 NAS Miramarに設立され、これらの部隊はF-14を装備した最初の運用戦闘飛行隊となった
1973/7/1 VF-1は1973年7月1日に最初のF-14Aを受領。飛行隊の徽章は、グラマンのコマーシャル・アーティスト、ジョージ M. ケーヒュー George M. Kehewがデザインした赤い狼の頭で、彼自身、第二次世界大戦の戦闘経験者であった。この飛行隊記章は合衆国議会図書館 U.S. Library of Congressに登録されている
1974/9 VF-1は原子力攻撃航空母艦エンタープライズ Enterprise(CVAN-65)の第14空母航空団(Carrier Air Wing 14: CVW-14)に配属された。彼らの最初のクルーズは1974年の9月に行われた。クルーズの終わりには、VF-1とVF-2が1975年4月に“フリークエント・ウィンド作戦 Operation Frequent Wind”の一環として米軍人の避難のためにサイゴン上空をカヴァー飛行し、初代トムキャットの戦闘デビューを果たした
1976/7 エンタープライズは8回目の西太平洋派遣を開始した
1977/2 1977年2月、ウガンダの大統領イディ・アミン Idi Aminが公の場でアメリカを侮蔑する発言をし、ウガンダにいるアメリカ人が人質に取られた。イスラエルによるエンテベ空港空襲 Entebbe airportから数カ月後のことである。エンタープライズとその護衛艦は、7ヶ月の派遣を終えて帰国する予定だったが、モンバサ Mombasaに寄港した後、この地域に留まり、約1週間、東アフリカ沿岸で活動するように指示された。船内の海兵隊と航空団は、アメリカ人の救出・避難作戦に備えたが、結局、アミンは人質を全員解放した。その後、船団は高速でインド洋を横断し、アラメダ海軍航空基地に戻る前にフィリピンのキュービ・ポイント海軍航空基地 NAS Cubi Pointにあらかじめ予定されていた最終寄港をした
1978 1978年、エンタープライズは香港、パース、オーストラリア、シンガポールに寄港し、9回目の西太平洋配備を行った。VF-1はこの展開の後、1979年1月に空母が中期の改装に入った時にエンタープライズを離れた
1980/9 1980年9月、VF-1とVF-2の両方がCVW-2に再配置された。VF-1は汎用航空母艦レンジャー Ranger(CV-61)に2度配属され、その後汎用航空母艦キティ・ホーク Kitty Hawk(CV-63)に1度配属された1984年、VF-1は22,000飛行時間という素晴らしい記録を達成し、一度も事故を起こしていない
1982/1 キティ・ホークは1年にわたるオーヴァーホールのためブレマートンに戻ってきた。包括的なアップグレードとCVW-2との活発な訓練期間を経て、キティ・ホークは1984年にブラヴォー戦闘群 Battle Group Bravoの旗艦として配備された
1984/3 1984年3月、キティ・ホークは日本海で行われた“チーム・スピリット Team Spirit”演習に参加。ソヴィエトのヴィクター型原子力攻撃型潜水艦K-314が任務部隊の後を追った。3月21日、日本海での演習の最後に、K-314はキティ・ホークの真正面に浮上し、22時5分、キティ・ホークが見て衝突を避けるにはあまりにも暗く、あまりにも近すぎたため、両艦は接触し、空母が軽傷、ソ連の潜水艦が大きな損害を受けた。キティ・ホークはフィリピンのスービック湾のアメリカ海軍基地に修理のために報告した。K-314のプロペラの一部がキティ・ホークの船首に埋め込まれ、ソヴィエトの無響膜 anechoic coatingも潜水艦の側面に沿って削られ、いくつかの塊になった(12)。1984年8月1日、空母はサン・ディエゴに帰港
1987 このクルーズ後、VF-1とCVW-2はレンジャーに戻り、残りの5回の配備を行った。1987年、CVW-2はグラマン機で大きく構成されていた。“グラマン航空団 Grumman Air Wing”は1987年7月に西太平洋/インド洋に展開し、ペルシャ湾への「アーネスト・ウィル Earnest Will”護衛任務を数多くこした
1987/10/19 1987年10月19日、レンジャーはアメリカ海軍軍によるペルシャ湾のイラン製石油プラットフォーム2基への攻撃“ニンブル・アーチャー作戦 Operation Nimble Archer”に参加した。この攻撃は、3日前にイランがクウェート沖に停泊中のクウェート船籍の石油タンカー・シー・アイル・シティ Sea Isle Cityをミサイル攻撃したことに対抗するものだった。この攻撃は、イラン・イラク戦争中にクウェート船舶を保護するために行われた“アーネスト・ウィル作戦”の最中に行われた。航空援護はミサイル巡洋艦ウィリアム H. スタンドリー William H. Standley(CG-32)、2機のF-14A、レンジャーからのE-2Cによって行われた
1989 1989年2月から8月まで、レンジャー/CVW-2は西太平洋/インド洋で通常のパトロール活動を行った
1991/1 1991年1月17日に湾岸戦争が始まったとき、VF-1はレンジャーに搭載された。アメリカ海軍はペルシャ湾でレンジャーと汎用航空母艦ミッドウェー Midway(CV-41)から、ペルシャ湾に向かう原子力汎用航空母艦セオドア・ルーズヴェルト Theodore Roosevelt(CVN-71)から、紅海で汎用航空母艦ジョン F. ケネディ John F. Kennedy(CV-67)汎用航空母艦サラトガ Saratoga(CV-60)汎用航空母艦アメリカ America(CV-66)から228回出撃した
1991/2 2月6日、レンジャーのVF-1のF-14Aは、AIM-9MでイラクのMi-8を撃墜した。2月27日午後9時(アメリカ東部時間)、ジョージ H. W. ブッシュ大統領 President George H. W. Bushはクウェートの解放を宣言し、砂漠の嵐作戦は深夜に終了することを宣言した
1992/1/14 1992年1月14日、VF-1はネヴァダ州ファロン Fallonで墜落し、機体Bu.No. 160887(Modex No. NE-112)を失った。この墜落で搭乗員2名とも死亡した
1992/8 レンジャーは1992年8月1日、21回目にして最後の西太平洋とインド洋への派遣を開始した。8月18日、6日間の寄港と整備のため、横須賀に入港した。9月14日、ホルムズ海峡を通過し、ペルシャ湾に入った。翌日、インディペンデンスと交代し、第2空母航空団(CVW-2)とともにイラク南部における英国および米国が宣言した“飛行禁止区域”を支援するため、直ちにパトロール任務を開始した:“サザン・ウォッチ作戦 Operation Southern Watch”である
レンジャーは、飢餓に苦しむソマリア人への大規模な救援活動“レストア・ホープ作戦 Operation Restore Hope”で重要な役割を果たした。レンジャー/CVW-2チームは、アメリカ海軍と海兵隊の水陸両用部隊に対して、写真と目視による偵察、空中航空管制、兵站支援、オンコール on-callでの近接航空支援を行った
1992/12 1992年12月19日、レンジャーはキティ・ホークにステーションを譲り、サン・ディエゴへ向けて最後の帰路についた。1992年の大晦日をオーストラリアのフリーマントルで過ごしたレンジャーの最後の海外入港は、1993年1月のオーストラリアのシドニーだった。レンジャーは1993年7月に退役し、VF-1は空母を持たないままとなった。1993年9月30日にVF-1自体が閉隊されるまで、彼らはミラマー海軍航空基地を拠点に活動していた
映画会社パラマウントの映画「トップ・ガン Top Gun」では、主人公のピート“マーヴェリック”ミッチェル Pete "Maverick" Mitchell(トム・クルーズ Tom Cruise)とニック“グース”ブラッドショー Nick "Goose" Bradshaw(アンソニー・エドワーズ Anthony Edwards)は、原子力汎用航空母艦エンタープライズ Enterprise(CVN-65)からVF-1の架空ヴァージョンに搭乗。この架空ヴァージョンのVF-1はVAW-110の記章をベースに使っており、VAW-110はE-2を運用する早期警戒飛行隊でミラマー海軍航空基地から運用されている

↑第1戦闘飛行隊(VF-1)“ウルフパック”所属F-14A

↑First combat missions for the F-14 Tomcat. A VF-1 bird on CAP over South Vietnam as cover for operation "Frequent WInd", April, 1975.


Update 23/05/21