掃海ヘリコプター飛行隊 Helicopter Mine Countermeasures Squadron
| アイコン | 意味 |
| 戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません | |
| 戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争などで沈没し、何十年後に発見された場合もこのアイコンです | |
| 映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です | |
| 参考文献、小説や書籍に登場する事柄です | |
| インターネットやTVゲームに登場する事柄です | |
| 不可解な事故&事件およびUFOなど超常現象に遭遇した事柄です |
- ※MCAAFは海兵航空補助施設(Marine Corps Auxiliary Air Facility)の略。NASは海軍航空基地(Naval Air Station)の略。NAASは海軍航空補助基地(Naval Auxiliary Air Station)の略。NSは海軍基地(Naval Station)の略(ABC順)
- ※第14掃海ヘリコプター飛行隊(Helicopter Mine Countermeasures Squadron 14: HM-14)は、1978年に編成され、ヴァージニア州ノーフォーク海軍基地 NS Norfolkを拠点としたアメリカ海軍のヘリコプター飛行隊であった。“ヴァンガード Vanguard”の愛称で呼ばれ、MH-53Eシー・ドラゴンを運用し、現役および予備役の要員で構成されていた。同飛行隊は、同じくノーフォーク海軍基地を拠点とする“ブラックホークス Blackhawks”の愛称で知られるHM-15飛行隊の姉妹部隊であった。HM-14は2022年12月8日に最後の任務を遂行し、2023年3月30日に活動停止となった。同飛行隊は2023年7月に正式に閉隊した。飛行隊の任務は2023年1月からHM-15に移管された
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| 所在地 | 駐留日 |
| NAS Norfolk | 1978/5/12 |
| 日付 | 主な出来事 |
| 1978/5 | HM-14は、1978年5月12日にノーフォーク海軍航空基地 NAS Norfolkに、世界初の完全自給自足型航空機搭載対機雷戦(Airborne Mine Countermeasures: AMCM)飛行隊として編成された。同飛行隊には、HM-12から引き継いだRH-53D機8機に加え、AMCMユニット・アルファから引き継いだヴェトナム戦争時代の掃海装備(Mk. 105スレッド5基を含む)が配備された |
| 1981/4 | 1981年4月、同飛行隊は、水上および水中機雷掃海部隊とともに、初の統合機雷掃海任務群(MCM Task Group)のAMCM部隊として、5ヶ月半にわたり欧州へ展開した。彼らは、AMCM飛行隊の能力を示すため、複数の国で行われた多国籍演習や実演に参加した |
| 1984/6 | 1984年6月、HM-14はAN/AQS-14機上機雷探知ソナーを受領し、艦隊初の運用可能な機上機雷探知能力を確立した |
| 1984/8 | 1984年8月、同飛行隊は“インテンシブ・ルック作戦 Operation INTENSE LOOK”を支援するため、統合参謀本部(JCS)からの迅速展開命令に応じた。HM-14は分散デプロイメントを実施し、飛行隊の本隊はドック型輸送揚陸艦シュリーヴポート Shreveport(LPD-12)にデプロイメントし、第1分遣隊 Detachment Oneはサウジ・アラビアのジェッダ Jeddahを拠点として活動した。スエズ湾におけるAMCM作戦はエジプト政府を支援するものであり、紅海における作戦はサウジ・アラビア政府を支援するものであった。この期間中、HM-14はベイルート大使館別館爆破事件を受けて、垂直機内投下(vertical
onboard delivery: VOD)支援を行うため出動した。 |
| 1987/1 | 1987年1月、HM-14は5機の航空機をテキサス州ガルヴェストンにデプロイメントさせ、港湾突破演習“FTXガルヴェストン87 exercise FTX Galveston '87”を支援する機雷探知・掃海作戦を実施した。また、別の分遣隊が3機の航空機をパナマ共和国のハワード空軍基地 Howard Air Force Baseにデプロイメントさせ、演習“キンデル・リバティ87 exercise Kindle Liberty '87”を支援した |
| 1987/8 | 1987年8月、同飛行隊は統合参謀本部(JCS)の指示による別の迅速デプロイメント命令を遂行し、“アーネスト・ウィル作戦 Operation
Earnest Will”の一環として、ペルシャ湾において強襲揚陸艦ガダルカナル Guadalcanal(LPH-7)およびオキナワ Okinawa(LPH-3)を母艦として作戦をデプロイメントした。これらの作戦中、HM-14は朝鮮戦争以来、米海軍部隊によって掃海された初の実戦用係留機雷の掃海に成功した功績を認められた。 |
| 1989/4 | 同飛行隊は、1989年4月9日に初のMH-53Eシー・ドラゴン・ヘリコプターを受領した。CH-53Eの派生型であるこのモデルは、AMCM(機上機雷掃海)専用に設計された初の機体である。MH-53Eには、機雷原の航行用精密航法システム、機雷掃海作戦専用の油圧システム、および掃海作業中の滞空時間を延長するための増強された燃料容量が備わっている |
| 1990/10 | 1990年10月、HM-14飛行隊第1分遣隊は“砂漠の盾作戦 Operation Desert Shield”を支援するため前線デプロイメントを行い、米海軍飛行隊として初めてこの任務に就いた。6機の航空機、300名の要員、および関連する全ての支援装備を擁し、これは同部隊の歴史上最大規模の分遣隊であった。同飛行隊は、アラブ首長国連邦(UAE)のアブ・ダビにあるシェイク・ザーイド対機雷戦基地(Sheikh Zayed MCM Base Abu Dhabi: SZMBAD)に前方作戦拠点を設置し、COMUSMCMGRU(米海軍対機雷戦群司令部)傘下の水上対機雷戦艦隊と連携して、ペルシャ湾全域の対機雷戦(AMCM)任務を遂行した |
| 1992/1 | 1992年1月、ニュー・ジャージー州沖で発生した激しい嵐の中、貨物船からヒ素を積んだコンテナ6個が海に流出した。HM-14は“トキシック・ルック作戦
Operation Toxic Look”の一環として、コンテナの捜索を行う米国沿岸警備隊を支援するため、自力移動によりニュー・ジャージーへデプロイメントした。HM-14はAQS-14ソナー・システムを用いて305マイル以上にわたる海域を掃海し、6つのコンテナを全て発見して生態系への大惨事を未然に防いだ。 |
| 1995 | 1995年、HM-14は米海軍予備役(USNR)の姉妹飛行隊であるHM-18と統合された。現役部隊と予備役部隊を単一の飛行隊に統合した最初の飛行隊であるHM-15およびHM-19に続き、HM-18から200名以上の要員が加わったことで、HM-14の定員は700名近くに増員され、米海軍において最大規模の作戦飛行隊の一つとなった。現役海軍、一時現役予備役 Temporary Active Reserve(現FTS)、選抜予備役のパイロット、乗員、整備要員、および事務要員が、区別なく共に展開し、肩を並べて任務に当たっている |
| 1999 | 1999年、HM-14はバーレーンのマナーマ Manamaに初の常設AMCM分遣隊を設立した。同分遣隊は2003年まで維持され、その後姉妹飛行隊であるHM-15に引き継がれた。この間、HM-14第1分遣隊は数多くの演習に参加し、“イラクの自由作戦 Operation Iraqi Freedom”に対する後方支援およびAMCM支援、ならびに日常的なAMCM訓練に従事した |
| 2001 | 2001年、HM-14はHMT-302から艦隊補充パイロットおよび航空乗組員の飛行訓練を引き継いだ。ノーフォークにある航空機搭載対機雷兵器システム訓練学校(Airborne Mine Countermeasures Weapon Systems Training School: AWSTS)が、訓練生パイロットおよび航空乗組員の全ての地上訓練を担当する一方、HM-14はそれらの訓練に使用される航空機の整備を担当している |
| 2003 | 2003年のイラク侵攻開始当初、HM-14からの分遣隊は第1海軍特殊掃海チーム(Naval Special Clearance Team ONE)とともに、ウム・カスル Umm Qasr港へと続く水路の機雷除去を行い、同港を再開させた。これにより、イラク民間人への人道支援物資の輸送において、同港は重要な役割を果たすこととなった |
| 2005 | 2005年から2007年にかけて、HM-14はハイチでの“ニュー・ホライズン作戦 Operation New Horizon”、ルイジアナ州での“統合任務部隊カトリーナ Joint Task Force Katrina”、レバノンでの“統合任務部隊レバノン Joint Task Force Lebanon”、およびメキシコとウルグアイへの2回の大統領訪問など、世界中で数多くの作戦に参加した。同部隊はMH-53Eヘリコプターの能力を活用し、物資や人員の輸送に向けた大型輸送・後方支援を提供した。2007年と2008年、HM-14はそれぞれ強襲揚陸艦(汎用)ペリリュー Peleliu(LHA-5)および強襲揚陸艦(多目的)ボクサー Boxer(LHD-4)に搭乗し、人道支援任務“パシフィック・パートナーシップ Pacific Partnership”および“コンティニュイング・プロミス Continuing Promise”に参加した。これらの長期作戦は東太平洋および西太平洋地域の複数の国々で行われ、貧困地域に対して医療サーヴィスとシービー Seabee(海軍建設部隊)の支援を提供した |
| 2007/9 | 2007年9月、HM-14は部隊として2番目の常設分遣隊を、今度は日本の岩国海兵航空基地 MCAS Iwakuniに設置した。この分遣隊は、バーレーンのマナーマに駐留するHM-15第2分遣隊 Det. Twoと並行して、第7艦隊 7th Fleetに対し前方デプロイメント型のAMCMおよび重量物輸送資産を提供した。岩国への配置により、米国以外で唯一の専任AMCM飛行隊であり、世界でもMH-53Eを運用する唯一の飛行隊である海上自衛隊の第111航空隊 Mine Countermeasures Helicopter Squadron 111との資産共有や共同訓練も可能となった |
| 2008/10 | 2008年10月、日本・岩国海兵航空基地所属のHM-14 DET. 1は韓国・浦項へ移転し、第7艦隊へのAMCMおよび重量物輸送支援を継続するとともに、東太平洋の複数の国々で作戦をデプロイメントしている |
HM-14の任務は、米空軍のC-5ギャラクシー輸送機を利用して72時間以内に世界中のどこへでも展開できる態勢を整え、空中機雷対策および垂直降下支援を行うことだった。さらに、近年では人道支援や災害救援任務も増加していた。MH-53Eの能力を評価し、同飛行隊は米海軍の爆発物処理班(EOD)および部隊偵察(Force
Recon)の空挺部隊員に対するプラットフォームも提供していた。同飛行隊は、MH-53Eシー・ドラゴン17機を保有し、パイロット、乗員、整備員、事務職員を含む総員700名で構成されていた。同飛行隊には、航空飛行隊に通常ある全ての部門に加え、対機雷捜索・掃海装備およびそれらの運用に用いられる硬式ゴム・ボート(RHIB)の維持管理を担当する、専用のAMCM(航空機雷対策)部門が設置されていた。HM-14は2023年1月より閉隊し、その任務はHM-15に移管された![]() ↑C-5ギャラクシー |
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↑Image of HM-14. Image courtesy of Naval History and Heritage Command.

↑QUEBRADILLAS, Puerto Rico (Oct. 7, 2017) - An MH-53E Sea Dragon from the "Vanguard" of Helicopter Mine Countermeasures Squadron (HM) 14 embarked aboard the amphibious assault ship USS Wasp (LHD-1), prepares to transport concrete barriers to help repair the Guajataca Dam in Quebradillas, Puerto Rico. Wasp is assisting with relief efforts in the aftermath of Hurricane Maria. The Department of Defense is supporting the Federal Emergency Management Agency, the lead federal agency, in helping those affected by Hurricane Maria to minimize suffering and is one component of the overall whole-of-government response effort. U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 3rd Class Levingston Lewis. (Released)
Update 26/03/21