DESRON
駆逐戦隊 Destroyer Squadron

アイコン 意味
戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません
戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争などで沈没し、何十年後に発見された場合もこのアイコンです
映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です
参考文献、小説や書籍に登場する事柄です
インターネットやTVゲームに登場する事柄です
不可解な事故&事件およびUFOなど超常現象に遭遇した事柄です
※1973年6月30日まで、アメリカ海軍では艦隊内の区分は昇順であり、空母戦隊、戦艦戦隊、巡洋艦戦隊、駆逐隊、および潜水隊はDivision、駆逐戦隊および潜水戦隊などはSquadronと呼称していた。さらに駆逐艦および潜水艦は2~3個戦隊で隊群、Flotillaを編成した。現在のSquadronはかつてのDivisionに相当するものである
※第60駆逐戦隊(DESRON 60、Destroyer Squadron SIX ZERO、CDS 60とも表記される)は、アメリカ海軍の駆逐戦隊である。同戦隊は、アメリカ本土外に常駐するアメリカ海軍の3つの駆逐戦隊のうちの一つである。

↑Destroyer Squadron 60 emblem. Image courtesy of en.wikipedia.org.

構成
ルーズヴェルト Roosevelt(DDG-80)
アーレイ・バーク Arleigh Burke(DDG-51)

↑アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦アーレイ・バーク(DDG-51)
バルクリー Bulkeley(DDG-84)
ポール・イグナティウス Paul Ignatius(DDG-117)
オスカー・オースチン Oscar Austin(DDG-79)
日付 主な出来事
第二次大戦中、第60駆逐戦隊 Destroyer Squadron 60は、ウィリアム L. フリーズマン大佐 Captain William L. Fresemanの総指揮下、第119駆逐隊および第120駆逐隊 destroyer divisions, the 119th and 120thの2つの駆逐隊で構成されていた
第119駆逐隊所属艦艇は駆逐艦メレディス Meredith(DD-726)オブライエン O'Brien(DD-725)ラフィー Laffey(DD-724)ウォーク Walke(DD-723)、バートン Barton(DD-722)旗艦
第120駆逐隊所属艦艇はクーパー Cooper(DD-695)イングラハム Ingraham(DD-694)モール Moale(DD-693)アレン M. サムナー Allen M. Sumner (DD-692)であった

↑アレン M. サムナー級駆逐艦(1943年時)
1944/6 第60駆逐戦隊は、1944年6月のノルマンディ上陸作戦において“オマハ・ビーチ”担当の海軍部隊の一部として参加した。1944年6月6日、メレディスは触雷し、セーヌ湾へ曳航されたのち、6月9日に沈没。その後のち同戦隊はフランスの港湾都市シェルブールへの艦砲射撃を実施した第129任務部隊 Task Force 129の一翼を担った
1944/10 太平洋戦争中、第60駆逐戦隊は当初フィリピン方面の作戦に参加した。同戦隊は、1944年10月にレイテ島へ侵攻した水陸両用強襲部隊である第78.3任務群 Task Group 78.3の護衛部隊の一部を務めた。また、それに続くオルモック湾の戦いにも参加した。1944年12月3日、日本軍の輸送船団への攻撃中に、クーパーが魚雷攻撃を受けて沈没した。そののち、第60駆逐戦隊は、1945年1月のリンガエン湾上陸作戦において、艦砲射撃および火力支援を行う部隊である第77.2任務群 Task Group 77.2の駆逐艦護衛部隊の一部として活動した
続いて第60駆逐戦隊は、アメリカ第3艦隊の高速空母機動部隊 U.S. Third Fleet's Fast Carrier Task Forceである第38任務部隊 Task Force 38とともに活動した。1945年2月16日から17日にかけて、第38任務部隊(TF-38)は、硫黄島の日本軍守備隊への増援を阻止するため、日本本土、小笠原諸島、および火山列島に対して航空攻撃を実施した。この作戦中、バートンとイングラハムが衝突事故を起こし、モールは損傷したこれら2隻の駆逐艦を護衛して修理のためサイパンへ向かう任務に就いた
そののち、第60駆逐戦隊は“アイスバーグ作戦 Operation Iceberg”において沖縄沖で活動した。同戦隊のうち第120駆逐隊は、連合国軍の侵攻部隊に対して艦載機による近接航空支援を行う護衛空母群(第52.1任務群 Task Group 52.1)の護衛にあたった。太平洋戦争末期の作戦行動中、第60駆逐戦隊に所属するウォーク、バートン、アレン M. サムナーの3隻は、激しい神風特攻(カミカゼ)攻撃にさらされた
2003/2 2003年2月19日、第60駆逐隊は、常設の前方展開型駆逐戦隊司令部として再編された。当初は、米第6艦隊司令部 headquarters of the United States Sixth Fleetが置かれているイタリアのガエータ Gaetaを拠点としていた。当時の同戦隊の任務は、地中海に展開する駆逐艦およびフリゲイトの作戦統制を行うための常設・前方展開型駆逐戦隊司令部を、米第6艦隊司令官に提供することとされていた
「コモドア commodore(代将)」の儀礼的称号を持つ第60駆逐隊司令官(Destroyer Squadron 60: COMDESRON 60)は、地中海のみならず欧州およびアフリカ全域における米第6艦隊の水上戦闘作戦を統括している。同隊司令官は、欧州・アフリカ米海軍司令官 commander of U.S. Naval Forces Europe-Africaの補佐官を務めるほか、特定の演習においてはNATOのナポリ連合統合軍司令部(Allied Joint Force Command Naples: JFC Naples)の指揮官としての役割も担う。後者のNATOにおける役割として、ジェームズ・エイケン・コモドア Commodore James Aikenは、黒海で実施される年次多国間海上演習“シー・ブリーズ2014 Exercise Sea Breeze 2014”の演習統裁官を務めた。この演習には、NATO常設海上部隊第2群(Standing NATO Maritime Group 2: SNMG2)、NATO加盟国の海軍、および“平和のためのパートナーシップ(Partnership for Peace initiative: PfP)”構想に参加する各国の海軍が参加した
第60駆逐戦隊司令官は、第65任務部隊(Task Force 65: TF 65)司令官または海上戦闘指揮官(Sea Combat Commander)として、さらには指示を受けた場合には海上臨検作戦(Maritime Interception Operations: MIO)指揮官として、戦闘および/または非戦闘作戦を指揮する。遂行すべき任務に応じて、TF 65は、米欧州軍の担当地域全域における海上交通路(sea lines of communications: SLOC)を確保するため、第6艦隊の作戦地域に配備された水上戦闘艦、潜水艦、航空機、SEALチーム、米海兵隊、米統合軍、およびNATO部隊を運用する
2013 2013年には、同隊の指揮責任に関して2つの大きな変更があった。2013年3月21日、“第60駆逐隊司令官 Commander Destroyer Squadron 60: COMDESRON 60”の職位が“第65任務部隊司令官 Commander Task Force 65”へと改称された。TF 65は、第6艦隊の水上戦闘艦部隊を指す名称。2013年5月9日、同戦隊に配備された弾道ミサイル防衛(BMD)能力を有する4隻の駆逐艦に対し、タイプ・コマンド(兵種別部隊)としての管理・監督を行うため、“第60駆逐隊司令官”の職位が正式に再設置された。この新たな“タイプ(機能別)”の役割において、第60駆逐隊司令官は、弾道ミサイル防衛(BMD)能力を有する配属駆逐艦の訓練、即応態勢、整備、スケジュール、資機材、補給、規律、および士気を統括・管理する。同司令官は、スペインのロタに所在する第60駆逐隊の幕僚およびイタリアのナポリに所在する第65任務部隊の幕僚を率い、2つの拠点をまたいで“兼務(デュアルハット)”の形で第65任務部隊の指揮を執り続けている
2007/10 2007年10月29日、当時第60駆逐隊司令官を務めていたジョン・ノウェル大佐 Captain John Nowellの指揮下で、初のアフリカ・パートナーシップ・ステーション(Africa Partnership Station: APS)の活動が開始された。APS任務部隊(CTF-365)は、ドック型揚陸艦フォート・マクヘンリー Fort McHenry(LSD-43)を旗艦とし、高速支援船スウィフト Swift(HSV-2)をともなってイタリアのナポリを出航した。現地へ向かう途中、フォート・マクヘンリーにはフランス、ドイツ、イギリス、スペインの専門家や、ナイジェリア、カメルーン、ガーナの士官が乗艦。また、デンマーク、イタリア、ポルトガルからも軍事スタッフによる支援が提供された。7ヶ月間の展開期間中、CTF-365はセネガル、リベリア、ガーナ、カメルーン、ガボン、アンゴラ、サン・トメ・プリンシペを訪問。“アフリカ・パートナーシップ・ステーション2007 Africa Partnership Station 2007”は、地域の海上機関との協力関係を構築しつつ、受入国の安全と治安の向上を図った。また、このデプロイメント期間中には20件以上の人道支援プロジェクトも実施された
第60駆逐隊司令官としての任期中、当時大佐であったシンシア N. テボー Captain Cynthia N. Thebaudは、西アフリカおよび中部アフリカにおける海上保安能力の構築に重点を置いた、多国籍によるアフリカ・パートナーシップ・ステーションのデプロイメントを2回指揮した
2009 ジョン D. トルグ中佐 Commander John D. Tolgは、2009年のスウィフトによる西・中部アフリカへのアフリカ・パートナーシップ・ステーション派遣を指揮した。この展開では、西・中部アフリカにおける海上保安能力の構築に重点が置かれ、臨検(Visit Board and Search: VBSS)作戦のために7カ国から100名以上の各国の船員が乗艦した。スウィフトは西・中部アフリカの10カ国を訪問し、各国元首、大使、軍高官らと交流を行った
2011/10 2011年10月5日、レオン・パネッタ米国防長官 U.S. Secretary of Defense Leon Panettaは、欧州段階的適応アプローチ(European Phased Adaptive Approach: EPAA)ミサイル防衛計画の一環として、地中海におけるプレゼンスを強化し、NATOの弾道ミサイル防衛(ballistic missile defense: BMD)を支援するため、スペインのロタ海軍基地にイージス弾道ミサイル防衛システム搭載艦4隻を配備すると発表した。2012年2月16日には、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦ドナルド・クック Donald Cook(DDG-75)およびロス Ross(DDG-71)が2014会計年度中に、続いてポーター Porter(DDG-78)およびカーニー Carney(DDG-64)が2015会計年度中にロタへ配備されることが報じられた。2013年5月9日、ロタを拠点とするこれら4隻のBMD対応駆逐艦に対するタイプ・コマンド(兵種別指揮官)としての管理・監督業務を担う部隊として、第60駆逐隊司令官が正式に指名された
2014/1 2014年1月31日、BMD対応駆逐艦の第1陣となるドナルド・クックが、新たな母港であるスペインのロタに向けてヴァージニア州ノーフォーク海軍基地 NS Norfolkを出航した。2014年6月3日には、BMD対応駆逐艦の第2陣であるロスがノーフォーク海軍基地を出航し、同月16日にロタへ到着した。3隻目のミサイル駆逐艦ポーターは、2015年4月30日に第60駆逐隊に加わった。最後のミサイル駆逐艦となるカーニーは2016年9月25日にロタへ到着し、これによりEPAA任務に向けた第60駆逐隊の前方デプロイメントが完了した。
2013/8 シリア内戦においてバッシャール・アルアサド Bashar al-Assad政権が化学兵器(2013年8月21日のガス攻撃を含む)を使用したとの疑惑が浮上した際、米海軍は当初、第6艦隊に所属するミサイル駆逐艦マハン Mahan(DDG-72)の出航を延期した。マハンおよびその交代艦であるラメージ Ramage(DDG-61)は、ほかの2隻のイージス駆逐艦バリー Barry(DDG-52)グレイヴリー Gravely(DDG-107)とともに東地中海に留まった。これら4隻の駆逐艦はいずれも、弾道ミサイルの迎撃能力に加え、対地攻撃用巡航ミサイル・トマホークの発射能力を備えている

(↑RGM-109)
2013/8 2013年8月28日、米海軍は、アーレイ・バーク級駆逐艦の5隻目となるスタウト Stout(DDG-55)が、東地中海にデプロイメントするほかの4隻の同級艦に合流するため向かっていると発表した。同年9月4日、米海軍はマハンが母港であるヴァージニア州ノーフォーク海軍基地に向けて出航したことを発表し、これにより東地中海で活動するアーレイ・バーク級駆逐艦は4隻となった。同年9月13日、マハンはノーフォーク海軍基地に帰還し、第6艦隊での8ヶ月半におよぶデプロイメント任務を完了した
2013/9 2013年9月12日、米国防総省は、シリアが保有する化学兵器の国連への引き渡しを巡りロシアと米国の外交官が交渉を行う間、残る4隻のアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦を東地中海に留め置くと発表した。同省のジョージ E. リトル報道官 Pentagon spokesman George E. Littleは、“現時点で地中海における軍事態勢を変更する計画はない。シリアに関連するあらゆる軍事的偶発事態に対処する準備は整っている”と述べている。2013年10月31日、化学兵器禁止機関(Organisation for the Prohibition of Chemical Weapons: OPCW)は、シリアの化学兵器生産に関連する申告済みの全ての設備および施設が廃棄されたと発表した


Update 26/07/14