VMA
海兵攻撃飛行隊 Marine Attack Squadron

アイコン 意味
戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません
戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争などで沈没し、何十年後に発見された場合もこのアイコンです
映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です
参考文献、小説や書籍に登場する事柄です
インターネットやTVゲームに登場する事柄です
不可解な事故&事件およびUFOなど超常現象に遭遇した事柄です
※海兵航空補助飛行場(Marine Corps Auxiliary Airfield)の略。MCAAFは海兵航空補助施設(Marine Corps Auxiliary Air Facility)の略。MCASは海兵航空基地(Marine Corps Air Station)の略。NASは海軍航空基地(Naval Air Station)の略。NAASは海軍航空補助基地(Naval Auxiliary Air Station)の略。NSは海軍基地(Naval Station)の略(ABC順)
※“ロケット・レイダーズ Rocket Raiders”の愛称で親しまれた第143海兵攻撃飛行隊(Marine Attack Squadron 143: VMA-143)は、アメリカ海兵隊の予備攻撃飛行隊である。当初は第二次大戦中に就役し、ガダルカナル、ニュー・ジョージア、ブーゲンヴィルの戦い、沖縄戦、バリクパパンの戦いで戦った
所在地 駐留日
NAS San Diego 1942/9/7
MCAS Santa Barbara 1944/6
航空機の割り当て 初受領日
SB2U-2 1942
TBM-3E 1943
日付 主な出来事
1942/9 第143海兵偵察爆撃飛行隊(Marine Scout Bombing Squadron 143: VMSB-143)は1942年9月7日にカリフォルニア州サン・ディエゴ海軍航空基地 NAS San Diegoで就役した。飛行隊は1942年12月28日にサン・ディエゴを出発し、1943年1月16日にエファテ島 Efateに到着した。この間、1943年3月21日にはブーゲンヴィルのカヒリ港 Kahili Harborの機雷敷設作戦に参加し、ニュー・ジョージア作戦では地上部隊を支援した
1943/5 1943年5月19日、VMSB-143と海軍の第11雷撃飛行隊(Torpedo Squadron 11: VT-11)の飛行機は日本の貨物船寶運丸を空爆し、ブイン港で座礁させた。同飛行隊は1943年5月31日に第143海兵雷撃爆撃飛行隊(Marine Torpedo Bombing Squadron 143: VMTB-143)に再指定された。1943年10月1日、ブーゲンヴィル作戦を支援するため、飛行隊は3つに分割された。これらの飛行隊はガダルカナル、Espiritu Santo、ムンダ飛行場 Munda Airfieldを拠点とした。1944年1月、飛行隊はブーゲンヴィルに移動し、そこからラバウルの日本軍守備隊に対する空爆に参加した
1944/6 1944年6月に米国に戻った飛行隊はサンタ・バーバラ海兵航空基地 MCAS Santa Barbaraを拠点とした。飛行隊はふたたびVMTB(CVS)-143として再指定され、護衛航空母艦ギルバート・アイランズ Gilbert Islands (CVE-107)に配属された。同飛行隊は1945年4月12日にサンタ・バーバラ海兵航空基地を出発した。この戦争の最終局面において、同飛行隊は1945年5月から7月にかけての沖縄戦で近接航空支援を行った。戦後、飛行隊はカリフォルニア州エル・トロ海兵航空基地 MCAS El Toroに戻り、戦後軍備縮小の一環として1946年3月10日に閉隊された。1945年8月、有名な漫画家であるアレックス・レイモンド Alex Raymondは、太平洋戦争で部隊とともに従軍している間、部隊の名誉隊員となった。彼は「フラッシュ・ゴードン」の作画にインスパイアされた新しい飛行隊のパッチをデザインし、飛行隊のニックネームは“ロケット・レイダーズ The Rocket Raiders”となった


Update 24/02/18