AKN
設網貨物輸送艦

アイコン 意味
戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません
戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争などで沈没し、何十年後に発見された場合もこのアイコンです
映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です
参考文献、小説や書籍に登場する事柄です
インターネットやTVゲームに登場する事柄です
不可解な事故&事件およびUFOなど超常現象に遭遇した事柄です


軽荷排水量:4,023t 満載排水量:14,500t(14,550tともいわれる) 全長:134.41m(134.59mともいわれる) 幅:17.10m 吃水:8.65m 主缶:バブコック&ウィルコックス缶2基 主機/軸数:蒸気レシプロ機関/1軸 出力:2,500馬力 速力:12.5kt 兵装:38口径127mm単装両用砲1基、40mm機関砲4基、20mm対空機関砲10基 乗員:228名(288名ともいわれる)
EC2-S-C1型“リバティ・シップ”を改装
艦名 NAME 艦種記号 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
インダス Indus AKN-1 ベスレヘムフェアフィールド・シップヤード社 1944/2/15 1946/5/20 ◎1943/11/5 海軍に移管、ボルティモアのメリーランド・ドライドック社で設網貨物輸送艦に改装、艦種を設網貨物輸送艦(AKN-1)に改め、インダスと改名
◎1944/2中旬 ノーフォークにて追加艤装(〜1944/3中旬)
◎1946/5/23 海事委員会に移管、国家防衛予備船隊に編入、セオドア・ルーズヴェルト Theodore Rooseveltと改名
◎1967 ウィルミントンにて解体
サジタリウス Sagittarius AKN-2 ベスレヘムフェアフィールド・シップヤード社 1944/3/18 1946/1/16 1946/2/7 ◎1943/12/8 海軍に移管、設網貨物輸送艦に改装、艦種を設網貨物輸送艦(AKN-2)に改め、サジタリウスと改名
◎1944/12 メア・アイランドにて修理、改装(〜1945/1)
◎1946/1/19 海事委員会に移管、国家防衛予備船隊に編入、J. フレッド・エサリー J. Fred Essaryと改名
◎1972 Castellonにて解体
トスカーナ Tuscana AKN-3 ベスレヘムフェアフィールド・シップヤード社 1944/3/28 1946/1/28 1946/2/25 ◎1944/1/8 海軍に移管、ボルティモアのメリーランド・ドライドック社で設網貨物輸送艦に改装、艦種を設網貨物輸送艦(AKN-3)に改め、トスカーナと改名
1944/7/20 エニウェトクにて搭載していた設標ボート第1号 Buoy Boat No. 1がスコールにより座礁
◎1945/3 真珠湾にて入渠
1945/5/28 沖縄のBuckner Bayにて日本海軍機の特攻により損傷
◎1945/7/6 サン・フランシスコにてオーヴァーホール(〜1945/8下旬)
◎1946/1/29 War Shipping Administrationに移管、国家防衛予備船隊に編入、ウィリアム R. コックス William R. Coxと改名
◎1967 解体のため、Horton Industries, Inc. に売却
ゼブラ Zebra AKN-5 Permanente Metals Richmond, California Yard #1 1944/2/27 1946/1/21 1946/2/7 ◎1944/2/15 艦種を設網貨物輸送艦(AKN-5)に改める
◎1944/12中旬 真珠湾にて修理、改装
◎1945/5中旬 オークランドのムーア・ドライドック社にて改装(〜1945/7/25中断)
◎1945/8上旬 オークランドのムーア・ドライドック社にて改装
◎1946/1/21 War Shipping Administrationに移管、James Riverにて係船、マシュー・リオン Matthew Lyonと改名
◎1972/3/28 解体のため、Union Minerals & Alloys Corp. に売却


※データは機雷敷設艦キオカク級の項を参照
艦名 NAME 艦種記号 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
キオカク Keokuk AKN-4 ウィリアム・クランプ&サンズ造船所 1942/2/28 1945/12/5 ◎1943/11/1 艦種を設網貨物輸送艦(AKN-4)に改める
◎1943年11月17日〜12月21日、ノーフォークからパナマ運河経由で真珠湾へ航行
◎1944年1月〜4月、マジュロ、クェゼリン、エニウェトクでA/S網を組み立て
◎1944年4月12日〜30日、エニウェトクから真珠湾経由でサン・フランシスコへ航行
◎1944年5月1日〜7日、カリフォルニア州オークランドのHurley Marine Worksにてオーヴァーホール
◎1944年5月8日〜17日、ティビューロン網補給廠 Tiburon Net DepotにてLISP-2網の試験と積載を実施
◎1944年5月18日〜25日、真珠湾へ航行
◎1944年6月〜7月、クェゼリン環礁、サイパン島、EniwetokにてA/S網を積載
◎1944年7月17日〜8月5日、真珠湾経由でサンフランシスコへ航行
◎1944年8月5日〜11日、ティビューロン網貯蔵所でLISP-2およびXLI網を積載
◎1944年8月11日〜9月1日、ティビューロンからガダルカナル島へ航行
◎1944晩秋 サン・フランシスコにて修理、オーヴァーホール
1945/2/21 硫黄島近海にて日本海軍機の特攻により損傷(1945年2月21日早朝、第2見立特別攻撃隊は日本の千葉県香取飛行場から出撃した。八条島で燃料補給後、彗星“ジュディ Judy”12機と天山“ジル Jill”8機からなる部隊は、硫黄島沖に集結した米軍を攻撃した。厚い雲に覆われたため、米艦隊上空の戦闘空中哨戒(CAP)は敵機を迎撃できず、敵機はわずか75マイル手前まで探知されなかった。部隊の最も顕著な戦果は、護衛航空母艦ビスマーク・シー Bismarck Sea(CVE-95)の撃沈と、航空母艦サラトガ Saratoga(CV-3)の戦時任務を終焉させるほどの深刻な損傷であった。また、護衛航空母艦ルンガ・ポイント Lunga Point(CVE-94)戦車揚陸艦LST-477、そしてキオカクも損傷を受けた(詳細は後述)。1945年2月21日午後、キオカクは硫黄島の南東約50マイル、24.08N、148.28E、LSTと敷設艦のグループと編隊を組んで航行していた。キオカクは過去24時間、この編隊でクルーズしており、3列編隊の第1列の先頭を務めていた。 1719時、日没の約1時間前、左舷前方約4,000ヤードに敵機4機が発見された。戦闘配置が発令され、特攻機による攻撃の情報が伝えられた。1720時、“ジル”と識別された機体がキオカクを攻撃した。雲の中から真正面から高度100フィート、2,000ヤードの距離で出現し、1,000ヤードの距離で約50フィートまで降下した。機体が艦橋に衝突する寸前、左旋回を行ったため、プロペラが第120mm機関砲の防盾と砲員を切断し、翼がNo. 1 20mm機関砲の砲身のすぐ前方にある24インチ探照灯を切断した。探照灯と防盾への接触により、機体は機体は右舷に旋回しながら下方へ飛び、船体中央部のダヴィットに衝突。そのまま右舷後方へと進み、医務室外の甲板上で500ポンド爆弾が爆発した。機体はNo. 1およびNo. 2 20mm機関砲からの20mm砲弾を受け、炎上しながら艦に落下していくのが目撃された。爆弾が艦に命中したのち、6門の20mm機関砲、1門の40mm機関砲、1門の50口径砲からなる右舷砲台は使用不能となり、No. 5 20mm機関砲のみが射撃可能な状態となった。小火器弾薬庫で火災が発生したが、それ以上の被害を防ぐため速やかに消火された。艦橋からの全ての操縦装置と表示装置は作動不能となり、操舵は操舵室に移された。No. 1 20mm機関砲、No. 1 40mm機関砲架、No. 1 40mm機関砲弾装填室、右舷モーター救難ボート、医務室、洗濯室、無線室II、発電機室、50口径弾薬庫、網甲板上部、そして医務室から後部網巻き上げ機にかけての甲板上でガソリン火災が発生した。火災は18時に鎮火し、18時50分に完全に消火された。右舷砲が使用不能になる前に、キオカクの右舷後方からLSTを攻撃していた別の“ジル”機を撃墜した。その機のパイロットが脱出するのを目撃した。この機とキオカクを攻撃していたもう1機は、キオカクの砲手によって撃墜された。編隊内のほかの艦艇の観測員もこの事実を確認した。この攻撃は間違いなく特攻攻撃と断定された。キオカクが標的に選ばれた理由の一つは、編隊の中で最大に見えたためである。目撃者の証言はすべて、攻撃機が“ジル”機であったという点で一致している。後部甲板の巻き上げ機付近で、書類を持った2人のパイロットの遺体が発見された。死傷者総数は戦死者15名、行方不明者1名、負傷者44名。翌日、攻撃輸送艦セシル Cecil(APA-96)乗艦中の水兵1名が死亡した。キオククは18時50分に船団を離れ、負傷者をセシルとホッキング Hocking(APA-121)に移送した。キオククは26日まで硫黄島沖に停泊し、そののちサイパン島へ向かい修理のため3月2日に到着した。続いてレイテ島へ向かい、3月9日に到着後、駆逐艦母艦マーカブ Markab(AD-21)による修理を受け、3月18日に完了した。以下の損傷写真は、1945年2月27日付のキオククによる硫黄島沖(小笠原諸島)における対空戦闘報告書(シリアル番号AKN-4/A2-11/A12(017))に添付資料として含まれていた、12345678910)、のちにレイテにて修理
◎1945/4 真珠湾にてオーヴァーホール(〜1945/6)
◎サン・フランシスコで退役
◎1946年6月30日、サン・フランシスコで係船
◎1946/7/1 War Shipping Administrationに移管され処分
◎1947/3/10 フロリダ州Port EvergladesのWest India Fruit & Steam Ship Co. に売却され、ホンジュラス船籍でHenry M. Flaglerとして登録
◎1947年3月10日、予備艦隊から除籍され新所有者に引き渡される(12
◎1961 Sea Highway Co. に登録、Flagler Odecaと改名、ホンジュラス船籍となる
◎1964 パナマ船籍でOdecaa Terminal Co. に登録、Freight Transporterと改名
◎1970 パナマ船籍で Co-ordinated Caribbean Transport, Inc. に登録
1971/12/16 ジャクソンヴィルからBilbaoへ解体のため航行中、アゾレス諸島北東沖にて暴風雨により沈没
◎Damaged by Kamikaze, Iwo Jima, 21 Feb 1945 (17 killed). 5 Battle Stars: Saipan, Palau, Iwo Jima, Okinawa.


※データは車両揚陸艦モニター/オーセージ級の項を参照
艦名 NAME 艦種記号 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
ガリレア
12
Galilea AKN-6 インガルス・シップビルディング社 1944/5/25
(1944/10/6?)
1947/7 1961/9/1 ◎1946/10/1 艦種を設網貨物輸送艦(AKN-6)に改め、ガリレアと改名
◎1946/12 不活性化工事
◎退役後、チャールストンにて大西洋予備艦隊に編入
◎1960/8 海事局に移管
◎1962 James Riverにて国家防衛予備船隊に編入
◎1973 解体のため、Alberti Equipment, Inc. に売却


Update 26/04/05