偵察爆撃機

※FYは会計年度 Fiscal Yearの略
ダグラス社(現ボーイング社)製 初飛行:1935年7月(XBT-2) 退役日:1949年 SBD-5データ=全幅:12.67m 全長:10.10m 全高:4.14m 翼面積:30.19u 空虚運用重量:2,963s 最大離陸重量:4,854s パワープラント:定格出力1,200hpのライト製R-1820-60サイクロン星型ピストン・エンジン1基 水平飛行最大速度(3,050m):406q/h 初期上昇率(SBD-6):521m/min 実用上昇限度:7,681m 最大航続距離:2,205q 兵装:機関銃:12.7o機銃2挺、後席に旋回式7.62o機銃2挺 無誘導弾薬:胴体下に最大726sと主翼下に最大295sの爆弾を搭載 乗員:2名
↑SBD-5
↑USS Yorktown (CV-5). Bombing Squadron Five (VB-5) SBD-3 aircraft spotted forward on the flight deck, during operations in the Coral Sea, April 1942. VB-5 painted individual plane numbers on the engine cowling, as seen here. Scouting Squadron Five (VS-5) planes had the numbers on the wing leading edge. Courtesy of the U.S. Naval Institute, 1984. U.S. Naval History and Heritage Command Photograph.
↑Douglas SBD "Dauntless" scout bomber. Goes around for another landing attempt, after being "waved off" by the Landing Signal Officer on USS Ranger (CV-4), circa June 1942. Official U.S. Navy Photograph, now in the collections of the National Archives

↑Image courtesy of Shipbucket.
FY Block No. Bu.No.
()内は製造番号
機数、備考1 備考2
Bu.No. 直後の()内の
番号は製造番号
XBT-2 0627 ◎1機 BT-1を改造 ◎0627は1944年6月28日除籍
SBD-1 1596〜1631
(c/n 549〜584)
◎36機 エル・セグンド工場製。1628はSBD-1Pに改造 1596は1942年8月8日に真珠湾近海にて水没(VMSB-234所属機)
◎1597は1944年3月15日除籍
◎1598は1944年3月15日除籍
◎1599は1944年1月7日除籍
◎1601は1942年7月9日に減耗
◎1602は1944年4月29日除籍
◎1603は1942年7月13日に減耗。サン・ディエゴにて急降下爆撃訓練用に使用
◎1604は1944年3月15日除籍
◎1605は1944年6月22日除籍
◎1606は1944年8月9日除籍
1607は1940年12月23日にグアンタナモ湾にて減耗
◎1608は1944年5月9日除籍
1609は1940年9月23日に墜落(VMB-1所属機)
1610は1943年1月15日に海上にて喪失(CQTU所属機)
1611は1942年8月10日にカリフォルニア州Chula Vistaにてスピン状態から回復せず墜落。乗員は死亡
1612は1942年11月21日にミシガン湖にて水没(CQTU所属機)。1990年代初めに引き揚げられる。1997年に国立海軍航空機博物館にてレストア待ち。2003年にモービルの戦艦アラバマ博物館 Battleship Alabama Museumへ。2005年にノース・アイランド海軍航空基地のMidway restoration hangarへ
1613は1942年6月20日に空中衝突により減耗(VMSB-141所属機)。乗員は死亡
◎1614は1944年3月29日除籍
◎1615は1943年11月8日除籍
◎1617は1944年4月29日除籍
1618は1942年7月18日にサン・ディエゴにて離陸中、1624と空中衝突し減耗
1619は1943年5月23日に墜落
◎1620は1944年4月29日除籍
1621は1943年4月6日に墜落
1622はメキシコのBaja Californiaにて減耗。乗員は死亡
◎1623は1943年11月8日除籍
1624は1942年7月18日にサン・ディエゴにて離陸中、1618と空中衝突し減耗
◎1625は1944年4月29日除籍
1626は1941年12月7日にハワイ準州Ewaにて喪失(VMSB-232所属機)
◎1627は1944年2月29日除籍
◎1628は1943年12月23日除籍
1629は1942年7月18日にハワイ準州オアフ島にてP-40と空中衝突し減耗
1630は1941年12月7日にハワイ準州Ewaにて喪失(VMSB-232所属機)
◎1631は1944年1月29日除籍
SBD-1 1735〜1755
(c/n 585〜605)
◎21機 エル・セグンド工場製。1739はSBD-1Pに改造 ◎1735は1941年9月3日に消失
1736は1941年12月7日にハワイ準州Ewaにて喪失(VMSB-232所属機)
1737は1941年12月7日にハワイ準州Ewaにて喪失(VMSB-232所属機)
◎1738は1943年5月31日除籍
◎1739は1944年4月29日除籍
◎1740は1944年4月29日除籍
1741は1942年4月27日にハワイ準州Wheeler Fieldにて急降下爆撃訓練中に事故により減耗。乗員2名とも死亡
◎1742は1943年5月13日除籍
◎1743は1941年4月15日に墜落
1744は1941年12月7日にハワイ準州Ewaにて喪失(VMSB-232所属機)
1745は1941年12月7日にハワイ準州Ewaにて喪失(VMSB-232所属機)
1746は1941年12月7日にハワイ準州Ewaにて喪失(VMSB-232所属機)
◎1747は1944年3月15日除籍
◎1748は1942年12月31日除籍
◎1749は1943年11月30日除籍
◎1750は1943年11月8日除籍
◎1751は1944年4月30日除籍
1752は1941年12月7日にハワイ準州Ewaにて喪失(VMSB-232所属機)
1753は1941年12月7日にハワイ準州Ewaにて喪失(VMSB-232所属機)
1754は1942年9月15日にハワイ準州オアフ島にて急降下爆撃訓練中に事故により減耗(VMSB-234所属機)。乗員は死亡
◎1755は1944年8月31日除籍
SBD-2 2102〜2188
(c/n 628〜714)
◎87機 エル・セグンド工場製。2109のナンバーはSBD-3へ ◎2106は1942年3月10日に日本軍艦艇を撃沈。1943年6月11日にミシガン湖にて非分類雑役船セイブル Sable(IX-81)への着艦失敗により墜落。1994年1月12日に引き揚げられる。現在はペンサコラの国立海軍航空機博物館にて展示
2112は1941年12月23日に訓練中に事故により着水、減耗(VB-2所属機)。乗員2名とも死亡
2114は1942年2月1日にクェゼリン環礁ロイ島にて対空火器により撃墜(VB-6所属機)
2127は1943年2月1日にクェゼリン環礁ロイ島にて日本軍戦闘機により撃墜(VB-6所属機)
2132は1942年5月8日に日本軍の攻撃により撃墜(VB-5所属機)。乗員2名とも死亡
2136は1942年4月2日に航空母艦エンタープライズ Enterprise(CV-6)から発艦後、哨戒飛行中に2165と衝突(VS-6所属機)。乗員3名死亡
2140は1942年2月26日に航空母艦エンタープライズ(CV-6)から発艦後、スピン状態になり墜落(VS-6所属機)
2141は1942年10月12日にモロカイ島沖にて水没(VMSB-233所属機)
2147は1942年8月25日にサン・ディエゴにて03358と衝突し減耗
2148は1941年10月10日に自力空輸中、ランドルフ・フィールド近郊にて事故により墜落し減耗(VB-2所属機)
2149は1941年10月21日に航空母艦エンタープライズ(CV-6)への夜間着艦失敗により墜落(VB-6所属機)。乗員は死亡
2151は1941年5月5日にハワイ準州オアフ島バーバーズ・ポイント北方海域にて墜落(VS-2所属機)。乗員2名とも死亡
2155は1942年2月1日にクェゼリン環礁ロイ島にて日本軍戦闘機により撃墜(VB-6所属機)
2158は1941年12月7日に日本海軍の真珠湾攻撃にて撃墜
2160は1941年12月7日に日本海軍の真珠湾攻撃にて撃墜
2164は1942年1月17日に航空母艦エンタープライズ(CV-6)から発艦後、燃料が無くなり水没し減耗(VB-6所属機)。乗員2名とも行方不明
2165は1942年4月2日に航空母艦エンタープライズ(CV-6)から発艦後、哨戒飛行中に2136と衝突(VS-6所属機)。乗員3名死亡
2166は1941年11月27日にサン・ディエゴにてスピン状態から回復せず墜落。乗員2名とも死亡
2170は1942年4月5日にカネオヘ湾にて水没(VS-6所属機)
2173は1942年4月21日に航空母艦ホーネット Hornet(CV-8)から発艦後、燃料が無くなり海に墜落(VS-8所属機)。乗員2名とも死亡
2182は1942年3月28日にOtay Mesa Fieldにて着陸中、旋回時に失速(VS-8所属機)。乗員1名死亡
SBD-3 4518〜4691
(c/n 751〜800、801〜955(奇数のみ)、957〜1002)
◎174機 エル・セグンド工場製。4543、4549、4585、4645、4652、4672、4675(NZ217(1943年にNZ5013に改める)、NZ208(MAG-14から一時的に貸与、1943年末にNZ5004に改める)、NZ209(1943年にNZ5005に改める)、NZ216(1943年にNZ5012に改める)、NZ213(1943年にNZ5009に改める)、NZ207(1943年にNZ5003に改める)、NZ212(1943年にNZ5008に改める))はニュー・ジーランドに貸与 4519は1941年5月21日にハワイ準州Loko Honaloaにて墜落(VS-6所属機)
4521は1942年4月30日に航空母艦エンタープライズ(CV-6)への着艦失敗により墜落(VB-6所属機)
4522はクェゼリン環礁ロイ島にて日本軍戦闘機により撃墜(VB-6所属機)
4527は1942年5月18日に航空母艦ホーネット(CV-8)から水没、減耗(VS-8所属機)
4529は1941年10月30日に航空母艦ヨークタウン Yorktown(CV-5)への着艦失敗により減耗(VB-5所属機)。乗員は無事
4532は1942年6月4日にミッドウェー海戦にて喪失(VB-6所属機)
4536は1942年5月15日にバーバーズ・ポイント海軍航空基地近郊にて墜落により減耗(VB-3所属機)。乗員2名とも死亡
4539は1942年5月8日に珊瑚海海戦にて日本海軍航空母艦瑞鶴の零式艦上戦闘機の機銃より喪失(VS-5所属機)。乗員2名とも戦闘中行方不明(MIA)
◎4543(c/n 776)は1948年3月1日にスクラップのため売却
4544は1942年9月30日にバーバーズ・ポイント海軍航空基地にて衝突により減耗(VB-10所属機)。乗員2名とも死亡
4546は1941年10月8日に航空母艦ヨークタウン(CV-5)から発艦後、水没し減耗(VB-5所属機)
4548は1942年8月8日に航空母艦ホーネット(CV-8)から発艦後、スピン状態になり水没(VS-8所属機)。乗員は無事
4549(c/n 782)は1944年1月19日にニュー・ジーランドのArdmoreから離陸後、訓練飛行中に操縦不能に陥り墜落、減耗
4556は1941年6月21日にファミリアリゼーション・フライトにてノーフォーク海軍航空基地にて着陸中に墜落(VS-5所属機)。乗員は死亡
4567は1942年2月1日にマーシャルギルバート諸島侵攻中、激しいスコールにより墜落(VS-5所属機)。乗員は救出される
4570は1941年12月7日に日本海軍の真珠湾攻撃にて撃墜
4571は1942年7月19日にバーバーズ・ポイント海軍航空基地近郊にて急降下爆撃訓練中に事故により減耗(VB-8所属機)。乗員は死亡
4573は1942年2月21日に航空母艦ヨークタウン(CV-5)にアプローチ中、燃料が無くなり水没、減耗(VB-5所属機)
4574は1942年4月27日に航空母艦ヨークタウン(CV-5)から発艦後、燃料管破損により水没(VS-5所属機)。乗員は救出される
4577は1942年1月23日にハワイ準州ダイアモンド・ヘッド上空にて4578と衝突し減耗(VB-3所属機)。乗員2名とも死亡
4578は1942年1月23日にハワイ準州ダイアモンド・ヘッド上空にて4577と衝突し減耗(VB-3所属機)。乗員2名とも死亡
4581は1942年6月4日にミッドウェー海戦にて喪失(VB-6所属機)
4583は1942年2月24日に航空母艦エンタープライズ(CV-6)に着艦中、事故により減耗(VS-6所属機)。乗員1名は行方不明
4584は航空母艦サラトガ Saratoga(CV-3)から発艦後、減耗(VB-5所属機)
◎4585(c/n 835)は1948年3月1日にスクラップのため売却
4590は1942年4月に敵の攻撃により水没(VB-6所属機)
4591は1941年12月23日に航空母艦サラトガ(CV-3)から発艦後、減耗(VS-3所属機)。乗員2名とも死亡
4598は1942年3月31日に航空母艦エンタープライズ(CV-6)にて爆撃訓練中に水没(VB-6所属機)
4600は1942年6月4日にミッドウェー海戦にて喪失(VS-6所属機)
4601は1941年11月6日にカリフォルニア州Border Fieldにて急降下爆撃訓練中にスピン状態になり減耗(VB-3所属機)。乗員2名とも死亡
4603は1942年4月20日に航空母艦エンタープライズ(CV-6)への着艦失敗(VB-3所属機)
4604は1942年6月4日に航空母艦エンタープライズ(CV-6)上にて日本軍の攻撃により破壊(VS-6所属機)
4606は1942年9月5日にサン・ディエゴにて着陸中、事故により減耗。乗員は死亡
4612は1942年6月4日にミッドウェー海戦にて喪失(VS-6所属機)
4613は1941年12月11日に航空母艦サラトガ(CV-3)から発艦中、事故により減耗(VB-3所属機)
4614は1941年9月19日に航空母艦サラトガ(CV-3)への着艦失敗により減耗(VB-3所属機)
4615は1942年6月4日にミッドウェー海戦にて撃墜(VS-6所属機)
4620は1942年6月4日にミッドウェー海戦にて喪失(VB-6所属機)
4621は1941年10月4日にサン・ディエゴ湾にて墜落、減耗。乗員2名とも死亡
4636は1942年6月4日にミッドウェー海戦にて墜落。乗員は救出される
4644は1941年10月26日に航空母艦レキシントン Lexington(CV-2)から水没、減耗(VS-2所属機)
◎4645(c/n 955)は1948年3月1日にスクラップのため売却
4646は1942年5月20日に航空母艦エンタープライズ(CV-6)から発艦中、エンジンがストールし減耗(VS-6所属機)。乗員1名死亡
4647は1942年7月9日に航空母艦エンタープライズ(CV-6)から発艦後、事故により減耗(VB-6所属機)。乗員2名とも無事
4649は1942年6月17日にシドニーにて減耗。乗員1名死亡
4651は1942年8月24日に航空母艦エンタープライズ(CV-6)にて減耗(VB-6所属機)
◎4652(c/n 963)は1948年3月1日にスクラップのため売却
4653は1941年11月10日にカリフォルニア州Border Fieldにて急降下爆撃訓練中に遅い機首上げにより墜落。乗員は死亡
4654は1942年3月2日に航空母艦エンタープライズ(CV-6)から水没、減耗(VS-6所属機)
4657は1942年3月13日にノース・アイランドから離陸後、消失
4658は1941年11月10日にサン・ディエゴにて急降下爆撃訓練中に遅い機首上げにより減耗。乗員2名とも死亡
4664は1942年5月29日に航空母艦ホーネット(CV-8)から発艦後、哨戒飛行中に消失(VS-8所属機)
◎4666はサンゴ海海戦にて喪失。ジョン J. パワーズ大尉 Lt. John J. “Jo-Jo” Powersは戦死後、名誉勲章授与
4668は1942年2月24日に航空母艦エンタープライズ(CV-6)から発艦後、墜落(VS-5所属機)
4670は1942年4月9日に航空母艦ヨークタウン(CV-5)から発艦後、墜落(VB-5所属機)
◎4672(c/n 983)は後に部品取りとなる
◎4675(c/n 986)は1944年に教育機材となる
4676は1942年2月1日にクェゼリン環礁ロイ島にて日本軍戦闘機により撃墜(VB-6所属機)
4677は1942年6月6日に日本海軍重巡洋艦三隈に突っ込み三隈を破壊(VS-8所属)。乗員2名とも死亡
4682は1942年6月4日にミッドウェー海戦にて喪失(VB-6所属機)
4686は1942年5月8日に珊瑚海海戦にて脚を損傷、任務部隊近海にて水没(VS-5所属機)。乗員2名とも駆逐艦エールウィン Aylwin(DD-355)に救出される
4689は1942年4月9日に珊瑚海海戦にて航空母艦ヨークタウン(CV-5)への着艦中、墜落(VS-5所属機)。乗員2名とも無傷
4690は1942年6月4日にミッドウェー海戦にて航空母艦ヨークタウン(CV-5)への着艦後、喪失(VB-5所属機)
SBD-3 03185〜03384
(c/n 1007〜1206)
◎200機 エル・セグンド工場製。03202、03219、03364、03369、03371(NZ215(1943年にNZ5011に改める)、NZ211(後にNZ5007に改める)、NZ218(1943年にNZ5014に改める)、NZ221(1943年にNZ5017に改める)、NZ310(1943年にNZ5006に改める))はニュー・ジーランドに貸与 03187は1942年6月5日に航空母艦ホーネット(CV-8)から水没、減耗(VS-8所属機)
03194は1942年5月21日に航空母艦ホーネット(CV-8)から水没。乗員2名とも無事も23日間ゴム・ボートにて漂流。Nui Islandに上陸、パイロットは無事も銃手は1942年6月15日に同島にて埋葬
03195は1942年3月28日にカリフォルニア州Otay Mesa Fieldにて着陸中、エンジンがストール(VS-8所属機)
◎03202(c/n 1024)は1948年3月1日にスクラップのため売却
03206は1942年6月4日にミッドウェー海戦にて喪失(VS-6所属機)
03207は1942年6月4日にミッドウェー海戦にて喪失(VS-6所属機)
03208は1942年6月4日にミッドウェー海戦にて喪失(VS-6所属機)
03219(c/n 1041)は1942年3月28日にニュー・ジーランドのWaiukuにて射撃訓練中、エンジンがストールし墜落(第25飛行隊所属機)。乗員2名とも死亡
03224は1942年6月4日にミッドウェー海戦にて喪失(VS-6所属機)
03225は1942年6月4日にミッドウェー海戦にて喪失(VS-6所属機)
03230は1942年8月5日に航空母艦ホーネット(CV-8)にて減耗(VS-8所属機)。乗員は無事
03252は1942年5月6日にカリフォルニア州Jamul近郊にて急降下爆撃中に地上に激突(ACTG-Pac所属機)。乗員は死亡
0325?は1942年5月15日に航空母艦エンタープライズ(CV-6)から発艦後、事故により減耗(VS-6所属機)
03254は1942年10月16日にガダルカナル島ヘンダーソン・フィールドから離陸後、索敵飛行中に戦闘中行方不明(MIA、VMSB-141所属機)。乗員2名ともMIA
03258は1942年5月15日にサン・ディエゴから離陸後、事故により減耗。乗員は死亡
03262は1942年5月20日にカリフォルニア州Otay Mesa Field近郊にて低高度でスピン状態になり墜落。乗員は死亡
03267は1942年7月15日にサン・ディエゴにて飛行中に火災により減耗(VMSB-142所属機)。乗員は死亡
03269は1942年8月13日にカリフォルニア州Rancho Santa Feにて低高度でスピン状態になり墜落(VMSB-142所属機)。乗員は死亡
03272は1942年6月12日にサン・ディエゴにて訓練中に遅い機首上げにより減耗。乗員は死亡
03283は1942年6月16日にフォード島Luke Fieldから500ポンド爆弾を搭載して離陸後、墜落(VB-3所属機)。乗員2名とも死亡
03290は1942年7月23日に航空母艦エンタープライズ(CV-6)から発艦後、エンジンがストールし減耗(VB-6所属機)。乗員1名死亡
03299は1942年6月14日にハワイ準州ダイアモンド・ヘッド上空にてテスト飛行中に墜落し減耗(VT-3所属機)。乗員2名とも死亡
03308は1942年1月24日にミッドウェー島にて駐機中に着陸中の03240が衝突し減耗(VMSB-241所属機)
03320は1942年7月9日に航空母艦が曳航する標的に向けて急降下爆撃訓練中に消失(VB-72所属機)。パイロットは消失
03336は1942年8月7日に航空母艦ワスプ Wasp(CV-7)から発艦後、喪失(VS-71所属機)
03351は1942年8月24日に航空母艦ワスプ(CV-7)から発艦後、減耗(VS-71所属機)
03358は1942年8月25日にサン・ディエゴにて2147と衝突し減耗
◎03364(c/n 1186)は1948年3月1日にスクラップのため売却
◎03369(c/n 1191)は1948年3月1日にスクラップのため売却
◎03371(c/n 1193)は1948年3月1日にスクラップのため売却
03376は1942年8月20日に航空母艦エンタープライズ(CV-6)から発艦後、急降下爆撃訓練中に減耗。乗員は死亡
SBD-3 06492〜06701 ◎210機 06545、06619、06649、06651、06652、06658(NZ220(1943年にNZ5016に改める)、NZ222(1943年にNZ5018に改める)、NZ219(1943年にNZ5015に改める)、NZ205(1943年にNZ5001に改める)、NZ206(1943年にNZ5002に改める)、NZ214(1943年にNZ5010に改める))はニュー・ジーランドに貸与 06508は1943年11月23日にミシガン湖にて水没。1990年代初めに引き揚げられる。現在はペンサコラの国立海軍航空機博物館にて展示。2009年にニュー・オーリンズのNational World War II Museumに貸し出す
◎06545(c/n 1282)は1944年に教育機材となる
06552は1942年10月13日に補助航空母艦サンガモン Sangamon(ACV-26)から発艦後、バミューダにてエンジンがストールし水没(VGS-26所属機)
06555は1942年10月21日に補助航空母艦サンティー Santee(ACV-29)から発艦後、バミューダにて墜落(VGS-29所属機)
06583は1943年10月30日にミシガン湖にて水没。1990年代初めにレストア。ペンサコラの国立海軍航空機博物館にて展示。2005年2月にモービルの戦艦アラバマ博物館
06589は1943年3月25日にフィジー諸島のNandi Bayにてニュー・ジーランド空軍のP-40E-1(41-25100(ET424))と衝突し墜落(VB-11所属機)。乗員3名死亡
◎06619(c/n 1434)は1944年に教育機材となる
06624(c/n 1439)は1943年9月19日にミシガン湖にて水没。1990年代初めに引き揚げられる。ミシガン州のAir Zoo of Kalamazooにてレストア。ペンサコラの国立海軍航空機博物館にて展示。2004年6月25日にKalamazoo Aviation History Museumへ
06626は第二次大戦中にミシガン湖にて水没。1990年代初めにペンサコラの国立海軍航空機博物館にて部品取りとなる
06630は1942年9月10日にサン・ディエゴからノーフォークへフェリー中にアリゾナ州Apache Pass近郊にて墜落。乗員は死亡
◎06649(c/n 1464)は1948年3月1日にスクラップのため売却
◎06651(c/n 1466)は1948年3月1日にスクラップのため売却
◎06652(c/n 1467)は1948年3月1日にスクラップのため売却
06654(c/n 1469)は1942年10月11日にハワイ準州オアフ島にて脚を出さずに着陸、搭載していた爆弾の爆発により減耗(VB-10所属機)。乗員は死亡
◎06658(c/n 1473)は1948年3月1日にスクラップのため売却
06667は1942年12月16日にガダルカナル島Koli Point近郊のMetapona River河口にてエンジン故障により墜落(VMSB-142所属機)。乗員2名とも死亡。後にKoli Point airfieldはCarney Fieldと改名
06694は第二次大戦中にミシガン湖にて水没。1990年代初めに引き揚げられる。1997年にコーパス・クリスティのレキシントン博物館 USS Lexington Museumにてレストア
06697(c/n 1512)は1942年12月21日にプエルト・リコ北北西海域にてエンジン故障により不時着水(VGS-28所属機)。乗員2名とも脱出し駆逐艦シェヴァリエ Chevalier(DD-451)に救出される
06700(c/n 1515)は1943年4月8日にソロモン諸島サン・クリストバル西北西海域にて墜落(VC-28所属機)。乗員2名とも脱出し駆逐艦コニー Cony(DD-508)に救出される
06701(c/n 1516)は1942年12月23日にパナマ北北東海域にて不時着水、搭載していた爆雷の爆発(VGS-28所属機)。乗員2名とも死亡
SBD-4 06702〜06991 ◎290機 06740、06744、06763、06766、06815、06931、06952、06953、06961(NZ5033、NZ5030、NZ5035、NZ5034、NZ5036、NZ5039、NZ5028、NZ5037、NZ5041)は1943年にニュー・ジーランドに貸与。06789(NZ5044)は1944年にニュー・ジーランドに貸与 ◎06740(c/n 1585)は1944年3月にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
◎06744(c/n 1589)は1944年3月にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
◎06763(c/n 1608)は1944年3月にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
◎06766(c/n 1611)は1944年3月にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
◎06789(c/n 1634)は1944年3月にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
06799は1944年1月27日にブーゲンヴィルにて墜落。乗員2名とも死亡
◎06815(c/n 1690)は1944年3月にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
06833は1944年9月16日にミシガン湖にて非分類雑役船セイブル(IX-81)から発艦後、水没。後に引き揚げられる。現在はペンサコラの国立海軍航空機博物館にて展示
06841は1944年8月18日に非分類雑役船セイブル(IX-81)からウェーヴオフ後、スピン状態になり墜落
06900は1944年9月3日にミシガン湖にて非分類雑役船セイブル(IX-81)からウェーヴオフ後、水没。1993年に引き揚げられる。1994年にレストア後、サン・ディエゴ航空宇宙博物館に貸し出す(VB-16のマーキングで)
06912は1945年2月25日にアドミラルティ諸島のSeddley Harborにて墜落。乗員2名とも死亡
◎06931(c/n 1836)は1944年3月にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
◎06952(c/n 1857)は1944年3月にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
06953(c/n 1858)は1944年2月11日にEspiritu Santo近海にてradio range familiarization flight中に消失(第25飛行隊所属機)。乗員2名とも死亡。1987年に機体の残骸が発見される
◎06961(c/n 1866)は1944年3月にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
SBD-5A 09693〜09752
(c/n 3236〜3265、3361〜3390)
◎60機 元々、陸軍に引き渡される予定のA-24B-DE(42-60882〜42-60941を海軍が取得し、海兵隊が使用 09725は1944年8月1日にカリフォルニア州Plaster City近郊にて墜落。乗員2名とも負傷
09752は1943年8月20日にCherry Point海兵航空基地にて着陸中に墜落
SBD-4 10317〜10806 ◎490機 10345、10389、10393、10404、10407、10508、10535、10539、10582、10583、10599、10607、10632、10691(NZ5022、NZ5019、NZ5038、NZ5032、NZ50312、NZ5021、NZ5029、NZ5024、NZ5023、NZ5027、NZ5026、NZ5040、NZ5020、NZ5025)は1943年にニュー・ジーランドに貸与。10384、10500、10636(NZ5042、NZ5045、NZ5043)は1944年にニュー・ジーランドに貸与 10317は1943年9月30日にジョンストン島近海にて墜落。乗員2名とも救出
◎10345(c/n 2275)は1948年3月1日にスクラップのため売却
10348は1943年7月23日にレンドヴァ島Gurasai Pointにて日本軍の対空火器により損傷、レンドヴァ港にて水没。乗員は救出される。機体は海底へ。残骸は現在でも見られる
10376(c/n 2306)は1943年12月16日にフロリダ州Dale Mabry Fieldにて離陸中のP-47G(42-25025、338th FG, 305th FS所属機)に衝突され破壊
◎10384(c/n 2314)は1944年3月にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
◎10389(c/n 2319)は1948年3月1日にスクラップのため売却
◎10393(c/n 2323)は1944年3月にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
◎10404(c/n 2364)は1944年3月にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
◎10407(c/n 2367)は1944年3月にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
10418は1944年12月21日に南太平洋のPalmyraにて墜落(VS-47所属機)
10460は1943年10月14日にP-40と空戦機動中、墜落。乗員2名とも死亡
◎10500(c/n 2460)は1944年3月にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
◎10508(c/n 2468)は1948年3月1日にスクラップのため売却。後にPimaにてレストア
10515は1944年8月8日にグレンヴュー海軍航空基地に着陸中、ミシガン湖にて墜落。パイロットは無事
◎10518(c/n 2478)は1960年代末にカリフォルニア州Culver Cityの映画会社トロ・ゴールドウィン・メイヤー・プロダクションにて風力発生装置として使用。後にカリフォルニア州オンタリオのThe Air Museumに移動。1984年4月にカリフォルニア州ChinoのYankee Air Corpsが取得、民間登録No. N4864Jを割り当てられる
◎10535(c/n 2495)は1944年3月にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
◎10539(c/n 2499)は1948年3月1日にスクラップのため売却
10540は1944年5月21日にニュー・ヘブリディーズ諸島Efate上空にて喪失(VS-67所属機)。パイロットは死亡
10575(c/n 2565)は1944年9月11日にミシガン湖にて非分類雑役船セイブル(IX-81)から離艦後、水没。パイロットは無事。1990年代初めに引き揚げられる。1997年にライトパターソン空軍基地の合衆国空軍博物館にてレストア。2005年7月現在、国立海軍航空機博物館にて展示(115786のマーキングで)
◎10582(c/n 2572)は1948年3月1日にスクラップのため売却
◎10583(c/n 2573)は1948年3月1日にスクラップのため売却
10591は1944年9月29日にグレンヴュー海軍航空基地から離陸後、ミシガン湖にて水没。パイロットは無事
◎10599(c/n 2589)は1948年3月1日にスクラップのため売却
◎10607(c/n 2597)は1944年3月にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
10608はツーソンのPima Air & Space Museumへ
◎10632(c/n 2622)は1948年3月1日にスクラップのため売却
◎10636(c/n 2626)は1944年3月にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
10681(c/n 2671)は1943年9月18日にFougariki Island沖にて水没。乗員2名とも負傷、現地人に救助される。翌日に高速救難艇で帰還
◎10691(c/n 2691)
10694は1944年5月14日にミシガン湖にて非分類雑役船セイブル(IX-81)から離艦後、エンジン・トラブルにより水没。1990年代中頃に引き揚げられレストア。民間登録No. N34Nを割り当てられる
10697は1943年6月2日にニュー・ヘブリディーズ諸島Espiritu SantoのPoint Cumberlandにて海に墜落。パイロットは死亡、機銃手は無事
10715は1944年9月3日にミシガン湖にて非分類雑役船セイブル(IX-81)からウェーヴオフ後、水没。パイロットは無事
10771は1944年9月26日にフロリダ州Branan Fieldにて着陸中、事故により損傷。パイロットは負傷
SBD-5 10807〜11066 ◎260機 10849、10895(NZ5063、NZ5067)は1944年にニュー・ジーランドに貸与 10825は1944年7月14日にイーグル・マウンテン・レイク海兵航空基地から離陸後、不時着(VMSB-932所属機)。乗員2名とも無事
◎10849(c/n 2794)は1944年5月20日にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
10850は1945年8月8日にチェイス・フィールド海軍補助航空基地に着陸中、墜落(VN-19 Det. 8所属機)。パイロットは負傷
10879は1944年11月8日に急降下爆撃中に遅い機首上げにより墜落(VMSB-474所属機)。乗員2名とも死亡
◎10895(c/n 2888)は1944年5月20日にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
10904は1944年11月18日にPityilu Islandにて非戦闘行為により墜落(CASU-42所属機)。乗員2名とも死亡といわれる
10937は1944年11月5日にサン・クレメンテ島近海にて爆撃訓練飛行中に36600と衝突し墜落。乗員2名とも死亡
10943は1944年12月20日にBlack Creek Targetにて爆撃訓練飛行中に36746と衝突し損傷。機体は強制着陸
10945は1944年11月28日にフェリー中にイリノイ州コロンバス南方にて強制着陸。パイロットは無事
10956は1944年11月8日にアラスカ州Amchitka近郊にて非戦闘行為により墜落(VS-48所属機)
10972は1945年8月25日にハリケーンから避難中、離陸中に滑走路から外れる(VN-19 Det. 8所属機)。パイロットは無事
10978は1944年3月11日にニュー・ヘブリディーズ諸島Efate上空にて訓練飛行中に墜落。乗員は戦闘中行方不明(MIA)
11021は1944年10月29日にマスター・フィールド海軍航空基地に着陸中、スピン状態。パイロットは死亡
11057は1944年11月22日にNAAS Cuddihy Fieldにて離陸中に滑走路から外れる。パイロットは無事
SBD-5 28059〜29213
(c/n 3406〜4560)
◎1,155機 28373は1944年9月21日にNACAに移管(NACA 101、〜1945年10月)。28435、28516、28526、28536(NZ5066、NZ5060、NZ5061、NZ5062)は1944年にニュー・ジーランドに貸与。28830はXSBD-6に改造 28060(c/n 3407)は1944年11月27日にコーパス・クリスティ海軍航空基地近郊にて急降下爆撃中に機首上げ後にスピン状態から回復せず墜落。乗員2名とも死亡
28076(c/n 3423)は1944年11月22日にNAS Delandから離陸後、強制着陸。パイロットは無事
28116(c/n 3463)は1945年3月5日に太平洋にて墜落
28118(c/n 3465)は1945年3月6日にFt. Lauderdale東方海域にて喪失。乗員2名とも行方不明(1945年5月8日にFt. Lauderdaleに脚を出さずに着陸という資料もあり)
28119(c/n 3466)は1944年8月14日にワシントン州Moon Islandから離陸後、民家に墜落(VJ-13所属機)。乗員2名とも負傷
28136(c/n 3483)は1945年7月11日にチェイス・フィールド海軍補助航空基地からウェーヴオフ後、エンジンがストールするも着陸(VN-19 Det. 8所属機)。パイロットは無事
28162(c/n 3509)は1945年5月15日に水没(VS-59所属機)。乗員は無事
28166はFlying Leathernecks Aviation Museumにて展示
28237は1944年10月15日に爆撃訓練飛行中にジャクソンヴィル海軍航空基地に強制着陸。乗員は負傷
28238は1945年9月18日に飛行中に36136と衝突し墜落。パイロットは死亡
28268は1944年12月44日にホイッドビー・アイランド海軍航空基地近郊にて対空火器の標的曳航中にスピン状態になり墜落(VJ-10所属機)。乗員2名とも死亡
28271は1944年12月6日にエル・トロ海兵航空基地からウェーヴオフ後、着陸中、スピン状態(VMF-452所属機)。パイロットは死亡
28278は1945年5月7日にフロリダ州の不整地に強制着陸。除籍。パイロットは無事
28355は1945年5月20日にマウイ島Kalalui Poolにて障害物に衝突し損傷。除籍
28361は1944年10月15日にセシル・フィールド海軍補助航空基地近郊にて爆撃訓練飛行中に燃料が無くなる。乗員は脱出
28378は1944年8月18日にクェゼリン環礁ロイ島にて非戦闘行為により強制着陸(VMF-311所属機)。パイロットは無事
28379は1944年11月17日に爆撃訓練飛行中に衝突。乗員はパラシュート降下
28410は1945年5月2日にカリフォルニア州バニングにて着陸中、脚が折れる。除籍
28426は1945年6月28日にFt. Lauderdaleにて水没(VTB, OTU#1所属機)。乗員は無事
◎28435(c/n 3782)は1944年5月20日にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
28452(c/n 3799)は1944年4月4日にニュー・ジーランドに運ばれる途中、ニュー・ブリテン島沖にて水没。乗員は日本軍の捕虜になるも1944年5月に捕虜収容所にて死亡
28459は1944年12月10日に非戦闘行為により墜落(VMO-155所属機)
28486は1945年3月5日にマイアミ海軍航空基地に着陸中、スピン状態。パイロットは死亡
28498は民間登録No. HC-AAHを割り当てられた
28503は1944年10月26日にNAS Deland近郊にて爆撃訓練飛行中に墜落。乗員は死亡
◎28516(c/n 3863)は1944年5月20日にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
◎28526(c/n 3873)は1944年5月20日にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
28535(c/n 3882)は1944年6月3日にブーゲンヴィル島のPivaにて墜落(VMSB-236所属機)。パイロットは死亡するももう1名は不明。1960年代末にカリフォルニア州Culver Cityの映画会社メトロ・ゴールデン・メイヤー・プロダクションにて風力発生装置として使用。後にカリフォルニア州オンタリオのThe Air Museumに移動。1987年に民間登録No. N670AMを割り当てられる
◎28536(c/n 3883)は1944年5月20日にニュー・ジーランドより海兵隊に返還。1996年中頃に民間登録No. NX670AMを割り当てられる。2002年1月13日現在、Planes of Fameにて見られる
28537は1943年10月5日にハワイ準州オアフ島のKokohead沖にてエンジン不調により水没(VC-24所属機)
28539は1944年9月20日にガルヴェストンから離陸後、墜落(VMSB-931所属機)。乗員2名とも死亡
28549は1944年11月19日にジャクソンヴィル海軍航空基地から離陸後、墜落。乗員は死亡
28554は1944年7月24日にフロリダ州NAS Deland近郊にて射撃訓練飛行中に29179と衝突し墜落。パイロットは脱出するも他の乗員は死亡
◎28557は1945年7月24日にコーパス・クリスティ海軍航空基地にてA & R(assembly & repair)
28579は1945年2月14日に南西太平洋にて墜落
28637は1944年10月10日にCamp Lejeuneにてエンジン不調により墜落(VMSB-944所属機)。乗員は脱出
28654は1944年9月11日にノース・カロライナ州アラパホー近郊にて焼失。パイロットは死亡
28655はNAS Deland近郊にて爆撃訓練飛行中に遅い機首上げにより墜落。乗員は死亡
28659は1944年10月5日にヴァージニア州ダールグレンのNaval Proving Groundsに脚を出さずに着陸。パイロットは無事
28673は1944月2月24日にホイッドビー・アイランド海軍航空基地から離陸後、定期訓練飛行中に消失。1945年9月1日に残骸が発見される。乗員2名とも死亡
28675は1944年7月11日にハワイ準州オアフ島にて水没(VS-69所属機)。乗員は無事
28684は1944年11月18日にNAS Deland近郊にてfamiliarization flight中に燃料が無くなり強制着陸。パイロットは無事
28720は1945年7月6日にチェイス・フィールド海軍補助航空基地に着陸中、スピン状態(VN-19 Det. A所属機)。乗員は無事
28752は1944年7月18日にジャクソンヴィル海軍航空基地から離陸後、夜間訓練飛行中に墜落。乗員2名とも死亡
28753は1944年9月5日にBlack Creek Target近郊にて急降下爆撃中に遅い機首上げにより墜落。乗員2名とも死亡
28754は1945年1月10日にヴァージニア州Catheart南南西にてスピン状態。乗員2名とも死亡
28774は1944年12月23日にアーカンソー州Batesville近郊にて燃料が無くなり墜落(MAG-92所属機)。パイロットは脱出
28796は1944年12月10日にセシル・フィールド海軍補助航空基地に着陸中、スピン状態。パイロットは死亡
28804は1944年12月15日にミシガン湖にて非分類雑役船セイブル(IX-81)への硬着陸。パイロットは無事
28812は1945年1月15日に水没(VMF-224所属機)。乗員2名とも無事
28850は1944年1月14日にカリフォルニア州Watsonville近郊にて墜落。乗員2名とも死亡。 2007年7月11日に残骸を発掘
28890は1945年4月29日にバーバーズ・ポイント海軍航空基地に脚を出さずに着陸(VS-53所属機)。除籍。乗員は無事
28893は1944年8月1日にマイアミ海軍航空基地にて滑空爆撃訓練飛行中に衝突し墜落。乗員2名とも脱出
28898は1944年9月28日にアラスカ準州Amchitka近海にて悪天候により水没(VS-28所属機)。乗員2名とも死亡
28908は1944年10月16日にNAAS Cuddihy Fieldにて離陸中にエンジンがストール。パイロットは負傷
28917は1944年12月16日に脚を出さずに着陸(MAG-37所属機)。除籍。パイロットは無事
28943は1944年8月19日にフロリダ州セント・オーガスティーン近郊にて悪天候によりパイロットは脱出
28945は1944年8月26日にNAS Deland近郊にて離陸後、エンジンから出火により墜落。パイロットは死亡
28950は1945年5月25日にフェリー中に悪天候によりアリゾナ州Beecher City近郊にて墜落。乗員2名とも死亡
28954は1944年1月24日に護衛航空母艦ガダルカナル Guadalcanal(CVE-60)から発艦後、水没。パイロットは無事
28972は1944年1月18日に護衛航空母艦ガダルカナル(CVE-60)へのハード・ランディング、バリアーに衝突。パイロットは無事
28990は1944年9月29日に非分類雑役船セイブル(IX-81)への硬着陸。パイロットは無事
29002は1944年8月28日にマイアミ海軍航空基地近郊にて射撃訓練飛行中に衝突し墜落。乗員2名とも死亡
29008は1944年7月18日にNAS Delandから離陸後、エンジンがストール。乗員2名とも無事
29018は1943年9月15日にカリフォルニア州Wagner Canyonにて墜落
29021は1944年7月26日にMundaにて戦闘飛行中にパイロットのミスにより墜落(VMSB-236所属機)
29029は1944年にカリフォルニア州Aliso Canyonにて墜落、炎上。パイロットは死亡
29036は1944年8月3日に訓練飛行中にスピン状態になり墜落(VS-35所属機)。乗員2名とも墜落
29046は1945年5月9日にNAAS Saulfey Field近郊にて強制着陸(VN-8 Det. 8所属機)。除籍
29059は1944年9月4日にNAS Delandから離陸後、エンジンがストールにより墜落。パイロットは死亡
29073は1944年9月17日にSandan Defense Areaにて水没(VS-51所属機)。パイロットは負傷
29096は1944年9月26日に滑走路の手間で着陸(VMSB-241所属機)。パイロットは無事
29101は1945年6月7日にフェリー中にテキサス州コーパス・クリスティ近郊にて強制着陸(VN-9 Det. 8所属機)。パイロットは無事
29124は1944年8月16日にフロリダ州New Smyrna Field近郊のTurnbull Bayにて墜落。パイロットは死亡
29179は1944年7月24日にNAS Deland近郊にて射撃訓練飛行中に28554と衝突し墜落。乗員2名とも死亡
29198は1944年9月25日にセシル・フィールド海軍補助航空基地近郊にて試験飛行中に急激な機首上げによりエンジンがストール。乗員2名とも死亡
29201は1944年12月18日にNAS Deland近郊にて36215と衝突し墜落。パイロットは死亡
29206は1944年11月20日にNAAS Branan Fieldにて着陸中、墜落。パイロットは負傷
SBD-5 35922〜36421
(c/n 4561〜5060)
◎500機 エル・セグンド工場製。35922は陸軍航空軍向けのプロトタイプとして開発するもSBD-5として完成(陸軍航空軍向けの計画は破棄)。35923(NZ5068)は1944年にニュー・ジーランドに貸与。35950はSBD-6に改造。36022、36023(JS997、JS998)はイギリス海軍に貸与。36377はSBD-5Pに改造 ◎35923(c/n 4562)は1944年5月20日にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
35931は1943年11月10日にパプア・ニュー・ギニアのBuka Airfield近郊にて爆撃飛行中に墜落(VC-24所属機)。乗員2名とも戦死(KIA)。2007年に機体の残骸が発見される
35971は1944年1月14日にラバウルにて撃墜
36008は1945年5月3日にカリフォルニア州Soledad近郊にて墜落(VC-11所属機)。乗員2名とも死亡
36025は1944年11月13日にNAS Delandにて強制着陸。パイロットは負傷
36035は1943年11月27日にNanomeaにて脚を出さずに着陸(VMSB-331所属機)
36038は1944年7月15日にヴァージニア州Lynchburgのプレストングレン空港から離陸後、木に衝突(VS-38所属機)。パイロットは死亡
36043は1944年10月10日にカリフォルニア州サン・ペドロにて標的曳航中に水没(VJ-9所属機)。パイロットは負傷
36067は1945年2月25日にフロリダ州Perdido南方にて森林地帯に墜落。パイロットは死亡
36071は1945年2月9日にNAAS Saufley Fieldにて着陸中、高度を急激に下げすぎて地面に激突。パイロットは死亡
36081は1945年4月9日にNAAS Saufley Fieldから離陸後、強制着陸。パイロットは無事
36093は1944年9月12日にエニウェトク環礁のEngebi Islandにて強制着陸(VMSB-151所属機)。パイロットは無事
36115は1944年12月20日にフロリダ州メイポート東方海域にて燃料が無くなり水没。パイロットは無事
36120は1944年7月1日にSanta Catalina Isl. にて爆撃訓練飛行中に36341と衝突し墜落。パイロットは脱出し無事
36136は1945年9月18日に戦術飛行中に28238と衝突し墜落(VN-19 Det. 8所属機)。パイロットは脱出
36148は1944年8月24日にペンサコラ海軍航空試験センターから離陸後、強制着陸。パイロットは負傷
36162は1944年10月15日にNAS Deland近郊にて爆撃訓練飛行中に54377と衝突し墜落。パイロットは脱出
36171は1945年6月18日にNAAS Whitehouse Field近郊にて強制着陸。パイロットは無事
36173は1944年3月5日にミシガン湖にて水没。1987年に引き揚げられる。後にレストア。現在はサウス・カロライナ州Patriots Pointのヨークタウン記念館にて展示
36175は第二次大戦中にミシガン湖にて水没。1990年代初めに引き揚げられる。現在はペンサコラの国立海軍航空機博物館に
36176は1944年3月12日にミシガン湖にて非分類雑役船セイブル(IX-81)から離艦後、エンジンがストールにより墜落。パイロットは無事。1996年に引き揚げられる。1997年にミネソタ州のPioneers of Flight Museumにてレストア。現在はカリフォルニア州のPalm Springs Air Museumにて展示
36177は第二次大戦中にミシガン湖にて水没。1990年代初めに引き揚げられる。現在はペンサコラの国立海軍航空機博物館に
36203は1944年7月14日にNAS Deland近郊にて浅い水面に墜落。パイロットは死亡
36215は1944年12月18日にNAS Deland近郊にて29201と衝突し墜落。パイロットは死亡
36221は1945年8月7日にチェイス・フィールド海軍補助航空基地にてゆっくりなスピン状態になり墜落(VN-19 Det. 8所属機)。パイロットは死亡
36222は1945年6月8日に戦闘任務後、着陸後に滑走路で衝突(VMSB-243所属機)。パイロットは無事
36261は1944年9月4日に急降下爆撃中に墜落(VMSB-941所属機)。不時着成功
36267は1945年1月17日にクェゼリン環礁から計器飛行中に消失(VMF-111所属機)。乗員2名とも行方不明
36291は1944年11月24日にミシガン湖にて非分類雑役船ウォルヴァリン Wolverine(IX-64)への着艦練習中、水没。パイロットは救出される。2009年4月にペンサコラの国立海軍航空機博物館のために引き揚げられる
36327は1945年4月2日にチェイス・フィールド海軍補助航空基地近郊にて急降下中に墜落。パイロットは死亡
36341は1944年7月1日にSanta Catalina Isl. にて爆撃訓練飛行中に36120と衝突し墜落(VMSB-474所属機)。パイロットは脱出し無事
36370は1945年3月7日にPort Hueneme近海にて墜落(ASG-98所属機)。パイロットは死亡
36376はクェゼリン環礁ロイ島にて滑走路を外れて墜落(VS-52所属機)。乗員2名とも死亡
36377は1944年7月9日にサン・ディエゴ近海にてエンジン不調により水没(VJ-9所属機)。乗員は負傷
36383は1945年5月29日にダッチ・ハーバー海軍航空基地から外れて水没(VS-48所属機)。乗員は負傷
36384は1944年9月13日に非戦闘行為により墜落(CASU-32所属機)
36392は1945年1月1日にルイジアナ州Simsboroにて強制着陸。乗員は無事
36397は1945年1月24日にNAS Deland近郊にて36409と衝突し墜落。パイロットは死亡
36400は1944年8月21日にエル・トロ海兵航空基地にて滑走路から逸れて着陸(VMSB-284所属機)
36402は1944年12月21日にジャクソンヴィル海軍航空基地にて水没。パイロットは無事
36409は1945年1月24日にNAS Deland近郊にて36397と衝突し墜落。パイロットは脱出し無事
36410は1944年7月18日に中部太平洋にて非戦闘行為により障害物と衝突し墜落
36419は1944年12月31日に低空飛行中、マーシャル諸島Ine Islandにて木に衝突し水没(VMSB-231所属機)。乗員2名とも死亡
SBD-5 36433〜36932
(c/n 5061〜5560)
◎500機 エル・セグンド工場製。36456(JS999)はイギリス海軍に貸与。36842、36891、36895、36897、36898、36908、36910、36911、36914、36916、36923〜36925、36928(NZ5046〜NZ5054、NZ5059、NZ5055〜NZ5058)は1944年にニュー・ジーランドに貸与 36448は1944年9月12日にフロリダ州ジャクソンヴィル・ビーチ近郊にて爆撃訓練飛行中に36692と衝突し墜落。乗員2名とも死亡
36453は1945年3月25日にアラスカ準州ダッチ・ハーバーのウラナスカ湾にて墜落(VS-48所属機)。乗員2名とも死亡
36458は1944年12月13日にNAS Delandにて着陸中、スピン状態。パイロットは負傷
36465は1944年7月19日にNAS Deland近郊にて低空旋回飛行中に木に衝突(VS-38所属機)。乗員は負傷
36490はシアトル海軍航空基地から離陸後、ワシントン湖に墜落。パイロットは死亡。機体は引き揚げられる
36503は1944年8月10日にガダルカナルにて地上に激突
36505は1944年10月1日に非戦闘行為により墜落
36549は1945年4月16日にサウス・カロライナ州Spartanburgにて着陸中に着陸装置が破損(VFR-1所属機)。乗員は無事。除籍
36555は1944年10月12日にNAAS Whitehouse Fieldにて脚を出さずに着陸。パイロットは無事
36583は1944年3月24日にブーゲンヴィルのTorokina Stripにて作戦飛行後に墜落。乗員2名とも死亡
36596は1944年12月26日にミシガン湖にて非分類雑役船ウォルヴァリン(IX-64)への着艦中、スピン状態。パイロットは無事
36600は1944年11月5日にサン・クレメンテ島近海にて爆撃訓練飛行中に10937と衝突し墜落(VMSB-474所属機)。乗員2名とも死亡
36606は1945年5月15日に南太平洋にて墜落(VPB-53所属機)
36611は1945年4月16日にリンガエン湾にて燃料が無くなり水没(VMSB-243所属機)。乗員は無事
36629は1944年8月18日に南太平洋Nob近海にて戦闘哨戒飛行中に墜落(VS-66所属機)。乗員2名ともMIA
36647は1944年10月4日にNAAS Cabaniss Fieldから離陸後、強制着陸。パイロットは負傷
36664は1944年9月12日にハイチのCape Hatien Fieldにて離陸中、オーヴァーショット(VC-44所属機)。パイロットは無事
36666は1944年8月1日にミッドウェーのサンド島近海にて急激な機首上げによりエンジンがストールし墜落(VMSB-333所属機)。乗員2名とも死亡
36670は1944年7月28日にセシル・フィールド海軍補助航空基地近郊にて爆撃訓練飛行中に遅い機首上げにより墜落。乗員2名とも死亡
36692は1944年9月12日にフロリダ州ジャクソンヴィル・ビーチ近郊にて爆撃訓練飛行中に36448と衝突し墜落。パイロットは死亡
36698は1944年8月39日にバーバーズ・ポイント海軍航空基地にて水没。乗員は無事
36702は1945年1月17日にEmirau Islandにて強制着陸(VMSB-244所属機)。パイロットは無事
36716は1944年11月14日にNAAS Branan Fieldから離陸後、強制着陸。パイロットは無事
36746は1944年12月20日にBlack Creek Targetにて爆撃訓練飛行中に10943と衝突し損傷。機体は強制着陸
36750は1945年8月22日にNAAS Saufley Fieldの滑走路上にて09723と10815と衝突し損傷(VN-9 Det. 8所属機)。全ての機体は除籍
36754は1945年2月3日にチェイス・フィールド海軍補助航空基地近郊にて低高度で遅い機首上げにより墜落(VMSB-142所属機)。パイロットは死亡
36755は1944年7月4日にMCAS Ewaから離陸後、強制着陸(MAW-3所属機)。乗員2名とも負傷
36768は1944年11月20日にガダルカナル島ヘンダーソン・フィールド近海に墜落(VMD-254所属機)。乗員はMIA
36770は1944年7月4日にクロスカントリー・フライト中にテキサス州Texarkana近郊にて強制着陸(VMBF-932所属機)。乗員は負傷
36772は1945年4月13日にミッドウェーのイースタン島にて強制着陸(VMSB-343所属機)。乗員は無事。除籍
36773は1945年4月24日に太平洋にて墜落
36792は1945年1月28日にメリーランド州Prince Frederick近郊にてエンジン不調により墜落。乗員は無事
36793は1945年5月24日にフィリピンのValencia Fieldにて強制着陸。除籍
36809は1944年9月12日にテキサス州Sabine Pass近郊にてナヴィゲーション・フライト中に36828と衝突し墜落(VMSB-931所属機)。乗員2名とも死亡
36825は1944年9月26日にエニウェトクのStickwell Fieldから離陸後、墜落
36828は1944年9月12日にテキサス州Sabine Pass近郊にてナヴィゲーション・フライト中に36809と衝突し墜落(VMSB-931所属機)。乗員2名とも死亡
36829は1944年9月11日にマイアミ海軍航空基地近郊にて夜間ナヴィゲーション・フライト中に消失。乗員2名ともMIA
36834は1945年1月24日に護衛航空母艦ミッション・ベイ Mission Bay(CVE-59)に着艦中、スピン状態。パイロットは死亡
36839は1944年7月14日にSakau Island近海にて爆撃訓練飛行中に遅い機首上げにより墜落(VB-305所属機)。乗員2名とも死亡
◎36842は1944年5月20日にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
36860は1945年4月30日にNAAS Whitehouse Fieldにて脚を出さずに着陸。除籍
36862(c/n 5490)は1945年5月3日にニュー・カレドニアのNoumeaにて破壊(VS-57所属機)
36880は1944年11月17日にカリフォルニア州San Joseにて墜落(VB-63所属機)。乗員2名とも死亡
◎36891(c/n 5519)は1944年5月20日にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
◎36895(c/n 5523)は1944年5月20日にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
36897(c/n 5525)は1944年4月17日にニュー・ブリテン島Lakunai近郊にて対空火器により撃墜(第25飛行隊所属機)
36898(c/n 5526)は1944年4月17日にニュー・ブリテン島Lakunai近郊にて対空火器により撃墜(第25飛行隊所属機)。乗員2名とも死亡
36908(c/n 5536)は1944年5月10日にラバウルのGreet Harbourにて対空火器により撃墜(第25飛行隊所属機)。乗員2名とも死亡
◎36910(c/n 5538)は1944年5月20日にニュー・ジーランドより海兵隊に返還。1944年9月27日にアラスカ州Amchitka南方海域にて消失(VS-48所属機)。乗員2名ともMIA
◎36911(c/n 5539)は1944年5月20日にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
36914(c/n 5542)は1944年4月2日にブーゲンヴィル島のPivaにて着陸中に搭載していた爆弾の爆発により焼失(第25飛行隊所属機)。パイロットは無傷、銃手は負傷
36916(c/n 5544)は1944年4月2日にブーゲンヴィル島のPivaにて着陸中に搭載していた爆弾の爆発により焼失(第25飛行隊所属機)。乗員2名とも負傷
36923(c/n 5551)は1944年3月22日にガダルカナル島ヘンダーソン・フィールドにて着陸中に滑走路から外れ燃料給油車に衝突(第25飛行隊所属機)。パイロットは無事
◎36924(c/n 5552)は1944年5月20日にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
◎36925(c/n 5553)は1944年5月20日にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
36928(c/n 5556)は1944年4月17日にニュー・ブリテン島Lakunaiにて対空火器により損傷、基地に帰投するも除籍(第25飛行隊所属機)
SBD-5 54050〜54599
(c/n 5564〜6113)
◎550機 エル・セグンド工場製。54191〜54196(JT923〜JT928)はイギリス海軍に貸与。54201、54212(NZ5064、NZ5065)は1944年にニュー・ジーランドに貸与 54051は1945年4月6日に脚を出さずに着陸(VMSB-151所属機)。パイロットは無事
54090は1944年11月21日にNAS Deland近郊の湿地にて強制着陸。乗員は無事
54092は1944年9月12日にセシル・フィールド海軍補助航空基地からウェーヴオフ後、スピン状態になり墜落。乗員2名とも死亡
54094は1944年9月28日にフロリダ州ミドルベリー近郊にて爆撃訓練中に遅い機首上げにより墜落。パイロットは死亡
54099は1944年7月26日にセシル・フィールド海軍補助航空基地にて離着陸訓練“タッチ&ゴー”中に墜落。パイロットは死亡
54107は1945年4月14日にチェイス・フィールド海軍補助航空基地にて着陸中、エンジンがストールし墜落(VN-19 Det. 8所属機)。パイロットは死亡
54115は1944年7月26日にエニウェトクにて非戦闘行為中に障害物と衝突し墜落
54120は1944年9月18日にマジュロ環礁にて着陸中にグラウンド・ループ(離着陸または滑走の際、左右いずれかに急旋回する異常現象、VMSB-331所属機)。パイロットは無事。1944年12月15日にマジュロ海軍航空基地にて離陸中にグラウンド・ループ。パイロットは無事
54146は1945年1月13日に墜落(VMF-422所属機)
54180は1944年9月10日にCamp EdwardsのOtis Fieldから離陸後、スピン状態(CASU-16所属機)。乗員1名死亡、1名負傷
54181は1944年12月15日にMCAS Ewaから離陸後、飛行中に消失(VMFB-333所属機)。パイロットは消失
54191は1946年6月20日にRNAS Eastleighから離陸後、エンジンから出火により墜落。パイロットは無傷
◎54192はイギリス空軍に移管
◎54193はイギリス空軍に移管
◎54194はイギリス空軍に移管
◎54195は1945年4月13日にイギリス空軍に移管。1945年4月20日にイギリス海軍に移管
◎54196は1945年4月1日にイギリス空軍に移管。1945年10月15日除籍(1944年12月9日から1945年5月29日までファーンバラの王立航空研究所にて使用され、1946年5月29日にゴスポート王立海軍航空基地にてイギリス海軍に移管ともいわれる)
◎54201(c/n 5715)は1944年5月20日にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
◎54212(c/n 5726)は1944年5月20日にニュー・ジーランドより海兵隊に返還
54222は1944年8月1日にエンジン不調により水没(VMSB-241所属機)。乗員は無事
54229は1944年10月26日にガダルカナル島近海にて非戦闘行為により墜落
54253は1944年9月13日にテキサス州ブリッジポート湖にてスキップ・ボミング中に水没(VMSB-933所属機)。乗員2名とも死亡
54258は1944年8月25日にFt. Miles〜ニュー・ジャージー州アトランティック・シティ間にて消失。乗員は行方不明
54266は1944年8月10日にケープ・メイ海軍航空基地から離陸後、水没。乗員は負傷
54267は1944年8月25日にサン・ディエゴ海軍航空基地から離陸後、エンジンがストールし墜落。乗員2名とも死亡
54310は1945年7月15日にNAB Samarにて衝突(VJ-9所属機)
54311は1945年3月28日に着陸中に丸太に衝突(VMSB-243所属機)。乗員は無事
54332は1945年5月25日にEngibi Islandにて速度を上げたタキシング中に誘導路から外れる(VMSB-151所属機)。乗員は無事
54351は1944年9月20日にHato Field Curasco近郊にて訓練飛行中に墜落。乗員2名とも死亡
54353は1945年1月30日に南西太平洋にて墜落(VMSB-244所属機)
54359は1945年1月30日に太平洋にて戦闘任務後に強制着陸(VMSB-243所属機)
54377は1944年10月15日にNAS Deland近郊にて爆撃訓練飛行中に36162と衝突し墜落。乗員は死亡
54401はフロリダ州Lake Dorrにて爆撃訓練飛行中に墜落。乗員2名とも死亡
54408は1945年6月13日にチェイス・フィールド海軍補助航空基地にて脚を出さずに着陸(VN-19 Det. 8所属機)。パイロットは無事
54409は1944年10月11日にMokerang Air Stripにて脚を出さずに着陸(VS-61所属機)。乗員は無事
54410は1944年8月21日にNAS Delandにて着陸中、エンジンがストールし墜落。乗員は無事
54414は1945年3月5日にリンガエン湾にて機体の故障により墜落(VMSB-244所属機)。乗員は脱出するも死亡
54422は1944年11月26日にLos Negros IslandのMomote Airfieldにて着陸中に主脚が折れる。乗員は無事
54440は1944年5月1日にフィリピンにて着陸中に豪に填まる(VMSB-244所属機)。除籍
54442は1944年12月26日にKoli Ptから離陸後、水没(CASU-41所属機)。乗員は無事
54453は1945年4月15日にフロリダ州Saufley Field近郊にて爆撃訓練飛行中に54518と衝突し墜落。パイロットは死亡
54472は1944年12月10日にNAAS Saufley Fieldにて着陸待機中に墜落。乗員は死亡
54503は1945年2月28日に南太平洋にて機体の故障により墜落(VS-57所属機)
54518は1945年4月15日にフロリダ州Saufley Field近郊にて54453と衝突し墜落(VN-9 Det. 8所属機)。パイロットは無事
54532はテキサス州ミッドランドのAmerican Airpower Heritage Flying Museumにて展示。民間登録No. N82GAを割り当てられる
54535は1945年1月29日にエニウェトクのEngebi Islandから離陸後、強制着陸(VMSB-151所属機)。乗員は無事
54541は1945年2月27日にエニウェトクのEngebi Islandにて哨戒飛行中に水没(VMSB-151所属機)。乗員は無事
54545は1945年6月25日にフロリダ州Chevalier Fieldにて硬着陸。乗員は負傷
54560は1944年12月9日にNAAS Cuddihy Fieldにて着陸中、エンジンがストールし墜落。パイロットは負傷
54598は離陸後、ナヴィゲーション訓練飛行中に水没(VMB-2所属機(フランス海軍))。乗員2名とも死亡
SBD-6 54600〜55049
(c/n 6114〜6563)
◎450機 エル・セグンド工場製。54682は後に民間登録No. N93RWを割り当てられる。 54763は後に民間登録No. N7237Cを割り当てられる 54600は1944年7月21日にフランス領モロッコのAgadirから離陸後、スピン状態になり墜落(VFB-2, 4th Bombardment Flotilla所属機(フランス海軍))。乗員2名とも死亡
54603は1944年8月16日にサン・ディエゴ海軍航空基地にてタキシング中に建物に衝突
54605はワシントンD. C. の国立航空宇宙博物館にて展示
54606は1944年11月1日に定期飛行中に消失。乗員は戦闘中行方不明(MIA)
54607は1944年12月10日に南太平洋マジュロにて戦闘任務飛行中に墜落(VMSB-245所属機)
54630は1944年9月2日にニューポート、アーカンソー州ニューポート近郊にて曲芸飛行中、スピン状態になり墜落。乗員2名とも死亡
54633は1944年7月5日にカリフォルニア州Fullerton近郊にて悪天候においての低高度飛行中、ダムに衝突(CASU-5所属機)。パイロットは死亡
54654は1944年10月22日に真珠湾から離陸後、対潜哨戒任務中に強制着陸(VS-69所属機)。パイロットは負傷。現在はサン・ディエゴのミッドウェー博物館 USS Midway Museumにて展示(別の機体だが54654のマーキングで展示)
54661は1944年9月20日にアーカンソー州Guionにて峡谷を横切る高圧線に接触(VMSB-342所属機)。パイロットは死亡
54682は2007年6月現在、テキサス州ガルヴェストンのLone Star Flight Museumにて見られる
54684は1945年5月16日にフィリピンのMarajalen Bayにて墜落(VMSB-241所属機)。乗員2名とも死亡
54693は1945年2月10日に真珠湾海軍航空基地にて着陸地点を行き過ぎる(VS-69所属機)。乗員2名とも無事
54712は1945年5月30日に戦闘飛行中に機械的故障により墜落(MAG-32所属機)
54715は1944年8月23日にクェゼリン環礁ロイ島にて非戦闘行為により強制着陸(VMSB-341所属機)。パイロットは無事
54716は1945年6月21日にハワイ準州オアフ島Waialae Gold Courseにて対潜哨戒任務中に強制着陸(VS-69所属機)。パイロットは負傷
54723はマーシャル諸島マジュロ環礁から離陸後、エンジン故障により水没(VMSB-245所属機)。乗員は負傷
54741は1944年6月22日にカリフォルニア州San Joaquin Hills沿岸にて墜落
54745は1945年3月6日にフィリピンにて脚を出さずに着陸(VMSB-341所属機)。パイロットは無事
54756は1944年10月5日に南太平洋のEmirauから離陸中、滑走路を越える(VMSB-142所属機)。パイロットは無事
54759は1944年11月9日に離陸後、強制着陸。搭載していた爆弾が爆発(VMSB-341所属機)。乗員2名とも死亡
54760は1945年6月17日に戦闘任務飛行中に悪天候により墜落(VMSB-142所属機)
54763はニュー・ヨーク州Union CityのRonald R. Sathyreが所有
54771は1945年3月27日にフィリピンにて着陸中にグラウンド・ループ(VMSB-341所属機)。パイロットは無事
54772は1945年3月16日にフィリピンにて着陸中にグラウンド・ループし跳ね上がる(VMSB-236所属機)
54778は1945年5月2日にフィリピンにて着陸中に山に衝突(VMSB-133所属機)。乗員2名とも死亡
54785は1944年11月1日にカブーゲンヴィルにて低高度飛行中、スピン状態になり墜落(VMSB-133所属機)。乗員2名とも死亡
54793は1944年11月1日にグリーン島のOcean Fieldにて着陸中、エンジンがストールし南太平洋のジャングルにて強制着陸(VMSB-235所属機)。乗員2名とも死亡


チャンス・ヴォート社(現トライアンフ・エアロストラクチャーズ社ヴォート・エアクラフト部門)製 初飛行:1936年1月4日(XSB2U) 退役日:1945年 SB2U-3データ=全幅:12.80m 全長:10.36m 全高:3.12m 翼面積:28.33u 空虚運用重量:2,556s 最大離陸重量:4,273s パワープラント:定格出力825hpのプラット&ホイットニー製R-1535-02ツイン・ワスプ・ジュニア星型ピストン・エンジン1基 最大速度(2,895m):397q/h 実用上昇限度:7,195m 航続距離:1,802q 兵装:機関砲:12.7o機銃1挺(前方射撃用)、12.7o機銃1挺(後席の可動式架台) 無誘導弾薬:最大453sの爆弾を搭載 乗員:2名
※社内呼称モデル156(V-156)

↑Image courtesy of Shipbucket.


カーチス社製 初飛行:1940年12月18日(XSB2C-1) 退役日:1949年 SB2C-5データ=全幅:15.15m 全長:11.18m 全高:4.01m 翼面積:39.20u 空虚運用重量:4,799s 最大離陸重量(索敵任務で最大燃料搭載時):7,220s パワープラント:定格出力1,900hpのライト製R-2600-20サイクロン14星型ピストン・エンジン1基 水平飛行最大速度(4,907m):418q/h 高度3,050mへの上昇時間:8分54秒 実用上昇限度:8,045m 航続距離:2,905q 兵装:機関砲:M2 20o機関砲2門、後席に旋回式7.62o機銃2挺 無誘導弾薬:最大907sの爆弾または魚雷1発を胴体下面の兵器倉および主翼下ラックに搭載 乗員:2名
※社内呼称モデル84
↑SB2C
↑Carrier Raids on the Philippines, November 1944. Flight Deck Officer on USS Hancock (CV-19) waves the "take-off" flag at a SB2C "Helldiver" bomber, during strikes on Manila Bay, 25 November 1944. Official U.S. Navy Photograph, now in the collections of the National Archives.

↑Image courtesy of Shipbucket.
FY Block No. Bu.No.
()内は製造番号
機数、備考1 備考2
Bu.No. 直後の()内の
番号は製造番号
XSB2C-1 1758 ◎1機
SB2C-1 00001〜00200 ◎200機
SB2C-1C 00201〜00370 ◎170機
SB2C-1C 01008〜01215 ◎208機 01209〜01215はキャンセル
SB2C-2 03862〜04148(キャンセル) ◎287機
SB2C-1C 18192〜18598 ◎407機
SB2C-3 18599〜19710 ◎1,112機
SB2C-4 19711〜21191 ◎1,481機
SBW-1 21192〜21232 ◎41機 カナディアン・カー&ファウンドリー社製
SBW-3 21233〜21645 ◎413機 カナディアン・カー&ファウンドリー社製
SBW-4E 21646〜21741 ◎96機 カナディアン・カー&ファウンドリー社製
SBF-1 31636〜31685 ◎96機 フェアチャイルド・カナダ社製
SBF-3 31686〜31835 ◎150機 フェアチャイルド・カナダ社製
SBF-4E 31836〜31935 ◎100機 フェアチャイルド・カナダ社製
SBW-1B 60010〜60035 ◎26機 カナディアン・カー&ファウンドリー社製
SBW-4E 60036〜60209 ◎174機 カナディアン・カー&ファウンドリー社製
SBF-5 60210〜60459 ◎250機 フェアチャイルド・カナダ社製。60210、60296〜60459はキャンセル
SB2C-5 64577〜64896(キャンセル) ◎320機
SB2C-4 64993〜65286 ◎294機
SB2C-4 65287〜65396(キャンセル) ◎110機
SB2C-5 65397〜65732(キャンセル) ◎336機
SB2C-1A 75218〜75588 ◎371機
SB2C-1A 76780〜76818 ◎39機
SB2C-4 82858〜83127 ◎270機
SB2C-5 83128〜83751 ◎624機
SB2C-5 89120〜90019 ◎900機 89466〜90019はキャンセル
SB2C-5 107876〜108225(キャンセル) ◎350機


ブリュースター社製 初飛行:1941年6月17日(XSB2A-1) SB2A-2データ=全幅:14.33m 全長:11.94m 全高:4.70m 翼面積:35.21u 空虚運用重量:4,501s 最大離陸重量:6,481s パワープラント:定格出力1,700hpのライト製R-2600-8サイクロン14星型ピストン・エンジン1基 水平飛行最大速度(3,657m):441q/h 初期上昇率:698m/min 実用上昇限度:7,590m 航続距離(爆弾非搭載時):2,696q 兵装:機関銃:12.7o機銃2挺(前部胴体上面)、7.62o機銃2挺(主翼前縁内)、後席に可動式後方射撃用7.62o機銃2挺 無誘導弾薬:機内に最大454sの爆弾を搭載 乗員:2名
※社内呼称モデル40(B-40)

↑Image courtesy of Shipbucket.


Update 17/05/22