| 日付 |
主な出来事 |
| 1973/8 |
第32軽対潜ヘリコプター飛行隊(Helicopter Antisubmarine Light Squadron 32: HSL-32)は、1973年8月17日、ヴァージニア州ノーフォーク海軍航空基地
NAS Norfolkにて、HSL-30の人員を中核として編成された。“インヴェーダーズ Invaders”の愛称で知られる同飛行隊は、当初、SH-2DおよびSH-2Fシースプライト軽空中多目的システムI(Light Airborne Multipurpose System I: LAMPS I)ヘリコプターを各4機装備していた |
| 1977 |
HSL-32は発足当初から、冷戦下における対潜水艦作戦に深く関与していた。1977年には、ある派遣隊が地中海において、3日間にわたり3隻のソヴィエト潜水艦を同時に追跡するという任務を遂行した |
| 1980年代後半 |
1980年代後半に入ると、ペルシャ湾にデプロイメントするLAMPSヘリコプターの主要任務として、対水上戦が重視されるようになった。1987年5月、ミサイル・フリゲイト・スターク Stark(FFG-31)がイラク軍の対艦ミサイルにより甚大な被害を受けた際、HSL-32の第3派遣隊は、残りのデプロイメン期間中、スティーヴン W. グローヴス Stephen W. Groves(FFG-29)へ配置転換された。同派遣隊は、実戦環境下において初めてDLQ-3Aシー・フォース電子妨害装置の評価試験を行った

↑オリヴァー・ハザード・ペリー級ミサイル・フリゲイト・オリヴァー・ハザード・ペリー(FFG-7) |
| 1988 |
1988年、HSL-32は中東での作戦用に特別装備を施したSH-2Fを初めてデプロイメントさせた。その装備には、M60 7.62mmドア・マウント機銃2挺、ミサイル探知・妨害システム、および赤外線探知システムが含まれていた。1988年4月にペルシャ湾でサミュエル B. ロバーツ Samuel B. Roberts(FFG-58)が機雷に触れたことを受けて開始された“プレイング・マンティス作戦”において、ジャック・ウィリアムズ Jack Williams(FFG-24)に乗艦していたHSL-32の第2派遣隊は、イラン海軍部隊に対する標的指示の役割を担い、顕著な功績を挙げた |
| 1991 |
“インヴェーダーズ Invaders”は、“砂漠の盾作戦 Operation Desert Shield”および“砂漠の嵐作戦 Operation
Desert Storm”の期間中、ペルシャ湾へ5つの派遣隊を送り込み、敵対的な環境下で計900時間の飛行を行った。1991年11月には、同飛行隊の全10派遣隊がデプロイメントする事態となった。 1993年8月、HSL-32はLAMPS飛行隊として初めて総飛行時間100,000時間を達成した。 190回を超えるデプロイメント任務を経て、HSL-32は1994年1月31日に閉隊された |