| 日付 |
主な出来事 |
| 1970/11/1 |
マサチューセッツ州サウス・ウェイマス海軍航空基地 NAS South Weymouthにて、ロッキードSP-2Hネプチューン12機を運用する海軍航空予備役の陸上哨戒飛行隊として、VP-92が編成された。この新飛行隊は、海軍航空予備役部隊司令官 Commander Naval
Air Reserve Forceおよび大西洋艦隊航空予備役航空団司令官 Commander Fleet Air Reserve Wings,
Atlanticの作戦・管理統制下に置かれた。VP-92は、1970年半ばに実施された海軍航空予備役の大規模な再編の一環として設立されたもの。“予備役部隊飛行隊
Reserve Force Squadron”の構想に基づき、12個の陸上哨戒予備役飛行隊が編成されたが、これらは正規海軍の飛行隊とほぼ同様の組織および人員構成となるよう整備されました。この“12・2・1”構想では、12個のVP飛行隊が大西洋艦隊航空予備役航空団(COMFAIRESWINGLANT)および太平洋艦隊航空予備役航空団(COMFAIRESWINGPAC)という2つの司令部の指揮下に置かれ、さらにこれら2つの司令部が、海軍航空予備役部隊司令官という単一の中央指揮官の統制下に入る体制がとられた |
| 1973/10 |
VP-92所属の航空機1機が、イスラエル空軍向けのA-4攻撃機用重要部品を輸送する任務に就いた。1973年10月8日、アラブ連合諸国がイスラエル国境を攻撃し、のちに“ヨム・キプール戦争 Yom Kippur
War.”として知られる紛争が勃発。これを受け、中東地域での緊急避難事態に備え、第60.1、60.2、61、および62任務部隊 Task Forces
60.1, 60.2, 61 and 62が全面的な警戒態勢に入った。1973年10月19日には、地対空ミサイルによる甚大な損害を補填するため、50機のA-4攻撃機が米国からイスラエルへ空輸された |
| 1991/1/26~2/24 |
VP-92は、単なる増強部隊としての役割を超え、バミューダ海軍航空基地 NAS Bermudaにおける全ての作戦任務を引き受ける初の予備役哨戒飛行隊となった。こうした任務の変更は、北大西洋におけるソヴィエトの活動縮小と、現役部隊の戦力をより重要な地域へ再配置したことに直接起因するもの。同基地では、年間を通じて7つの予備役哨戒飛行隊が訓練を行った。各飛行隊は、補給、整備、日常的な哨戒任務、即応待機(レディ・アラート)を含むあらゆる面で、正規海軍の哨戒飛行隊から完全な指揮・運用権を引き継いだ |
| 1993/7/17~8/29 |
VP-92は、旧ユーゴスラヴィアに対する“マリタイム・ガード作戦 Operation Maritime Guard”の一環として、アドリア海での禁輸措置監視飛行を支援するため、4個の航空機搭乗員チームと整備分遣隊を派遣した。これらの飛行任務では、ロックアイやハープーンといった兵器が搭載されたほか、遠隔画像伝送システム(Remote Imaging Transmission System)が初めて実戦投入され、大きな成果を上げた。これらの任務は、ボスニア、セルビア、クロアチアの交戦勢力間の停戦を維持し、外部勢力による海上からの補給を阻止するという国連の活動を支援するものだった |
| 1996/6/8 |
VP-92は、1,000名を超える海軍予備役隊員とともに、マサチューセッツ州サウス・ウェイマス海軍航空基地からメイン州ブランズウィック海軍航空基地
NAS Brunswickへと拠点を移転した。この移転は、サウス・ウェイマス海軍航空基地の閉鎖に伴うものだった |