VMTB
海兵雷撃爆撃飛行隊 Marine Torpedo Bombing Squadron

アイコン 意味
戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません
戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争などで沈没し、何十年後に発見された場合もこのアイコンです
映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です
参考文献、小説や書籍に登場する事柄です
インターネットやTVゲームに登場する事柄です
不可解な事故&事件およびUFOなど超常現象に遭遇した事柄です
※MCAAFは海兵航空補助施設(Marine Corps Auxiliary Air Facility)の略。NASは海軍航空基地(Naval Air Station)の略。NAASは海軍航空補助基地(Naval Auxiliary Air Station)の略。NSは海軍基地(Naval Station)の略(ABC順)
※第151海兵雷撃爆撃飛行隊(Marine Torpedo Bombing Squadron 151: VMTB-151)は、アメリカ海兵隊の急降下爆撃飛行隊であった。この飛行隊は第二次大戦に従軍したが、戦後すぐに1946年3月20日に閉隊した
所在地 駐留日
Marine Corps Base Quantico 1937/7/1
航空機の割り当て 初受領日
SBC
SBD
SB2C
日付 主な出来事
1937/7 飛行隊は1937年7月1日、クアンティコ海兵隊基地 Marine Corps Base QuanticoでVMO-1として就役した。1941年7月1日、第151海兵観測飛行隊(Marine Observation Squadron 151: VMO-151)に改称された。飛行隊は1941年12月、第1海兵航空団 1st Marine Aircraft Wingの残りの部隊とともにカリフォルニア州サン・ディエゴに向けて出発したが、1942年1月にクアンティコ海兵隊基地に戻った。1月から4月にかけて、同飛行隊は1942年4月9日にアメリカ領サモアのタフナ飛行場 Tafuna Airfieldに向けて出発するまで、ノーフォーク海軍基地 NS Norfolkで訓練を行った。1か月後に到着し、そののち13か月間そこに留まった。1942年9月15日、飛行隊はふたたび改称され、今度は第151海兵偵察爆撃飛行隊(Marine Scout Bombing Squadron 151: VMSB-151)となった
1943/6 1943年6月10日、飛行隊はウォリス諸島 Wallis Groupのウヴェア島 Uvea Islandに移動した。1944年2月29日にエンゲビ Engebiに到着するまで、同島に留まった。3月9日から12日にかけて、飛行隊はウォソ環礁 Wotho Atoll、ウジャエ環礁 Ujae Atoll、ラエ環礁 Lae Atollへの海兵隊の上陸を支援した。この間、1945年5月31日まで、マーシャル諸島の日本軍基地を迂回して爆撃を行った。1945年6月9日、飛行隊は米国に帰還した
1988/6 モハーヴェ海兵隊航空基地 MCAS Mojaveに帰還後、第51海兵航空支援群 Marine Air Support Group 51に配属され、1945年6月30日に第151海兵雷撃爆撃飛行隊(Marine Torpedo Bombing Squadron 151: VMTB-151)に改称された。1946年3月20日にカリフォルニア州サンタ・バーバラ海兵隊航空基地 MCAS Santa Barbaraで閉隊した


Update 25/12/07