陸軍輸送船

※United States Army Transport(合衆国陸軍輸送船)の略
排水量:8,583t 全長:113.08m 幅:13.46m 吃水:7.92m 主缶:缶2基(double-ended) 主機/軸数:Harland & Wolff式3-cyl. triple-expansion機関4基/1軸 出力:375計画馬力 速力:10.0kt 兵装:76o砲2基 乗員:202名
艦名 NAME 艦種記号 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
ビュフォード
123
Buford 25 Harland & Wolff, Ltd. ◎1898/6/24 1890年8月29日進水のボルティモアのAtlantic Transport Lineの汽船Mississippi(1890年10月28日にロンドンから処女航海を開始した。指揮を執ったのは初代船長のハミルトン・マレル Hamilton Murrellで、彼は1年前に沈没したデンマークの旅客船Danmarkから735名の命を救った“ダンマーク災害の英雄 Hero of the Danmark Disaster”であり、これは当時の単一の救助としては最大のものであった)を陸軍需品科が購入
◎1898/7/25 艦種記号25を与えられる
◎1899/3/2 ビュフォードと改名
◎1900 ニューポート・ニューズのニューポートニューズ・シップビルディング&ドライ・ドック社で輸送船に改装(4本あったマストのうち2本を取り除き、残りの2本をロング・マストに交換した)
◎1918/12 改装
◎1919/1/14 ニュー・ヨークにて海軍に移管
◎退役後、陸軍輸送科に移管
ビュフォードの最も悪名高い姿は、数ヵ月後に“ソヴィエトの箱舟”(もしくは“赤い箱舟”)として使用された時のことである。1919年12月21日、ロシア労働者同盟のメンバーを中心とした249名の政治的急進派やその他の“望ましくない”外国人をロシア連邦に送還する為に使用された。また、熱狂的なアナーキストであるエマ・ゴールドマン Emma Goldmanとアリグザンダー・バークマン Alexander Berkmanも連行された。これはアメリカにおける最初の“赤の恐怖”の時代の第一次パーマー襲撃と第二次パーマー襲撃の間に起こったことである。容疑者を送り届けた後、ビュフォードは1920年2月22日にニュー・ヨークに戻った
◎1923初め San Francisco-based Alaskan Siberian Navigation Companyに売却
◎1923/7/20 創業間もない同社は、アラスカとシベリアの市場でのビジネスチャンスを探るため、サン・フランシスコ商工会議所の代表団を乗せてビュフォードを北に向けて航行させた。往路のシアトルでは、失業中の25歳の若い記者が、最初は乗客として、その後は乗組員として乗船した。彼は後にE. B. ホワイト E. B. Whiteとしてよく知られるようになる、ニュー・ヨーカー誌 The New Yorkerの編集者であり、児童文学の名作「シャーロットの巣」の著者でもあるエルウィン・ブルックス・ホワイト Elwyn Brooks Whiteである
1924 映画会社メトロ・ゴールドウィン・メイヤー・プロダクションの映画「海底王キートン The Navigator」撮影用に用いられる
◎1929 横浜にて解体


Update 21/05/30