| アイコン | 意味 |
| 戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船などの内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁としてまたは演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません | |
| 戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争などで沈没し、何十年後に発見された場合もこのアイコンです | |
| 映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です | |
| 参考文献、小説や書籍に登場する事柄です | |
| インターネットやTVゲームに登場する事柄です | |
| 不可解な事故&事件およびUFOなど超常現象に遭遇した事柄です |
- ※FYは会計年度 Fiscal Yearの略
カーチス社製 初飛行:1912年1月12日 1917年F型データ=全幅:13.75m 全長:8.48m 全高:3.42m 空虚重量:844kg 最大離陸重量:1,116kg パワープラント:定格出力100hp(75kW)のカーチス製OXX-3 V型8気筒水冷ピストン・エンジン1基 プロペラ:2枚羽根固定ピッチ後方推進プロペラ 最高速度:111km/h 高度700mへの上昇時間:10分 実用上昇限度:1,400m 航続時間:5時間30分 乗員:2名 収容能力:救急車仕様の場合、ストレッチャー1台
- ※カーチス・モデルFは、第一次世界大戦前の数年間、米国で開発された初期の水上機のシリーズである。大量に生産されたモデルFは、C-2からC-5の型番で米海軍に採用され、のちにAB-2からAB-5へと再分類された。数機がロシアへ輸出され、この機種はイタリアでもライセンス生産された。構成としては、主翼間の支柱の間に単発エンジンを搭載し、後方推進プロペラを駆動する複葉飛行艇であった。操縦士と乗客1名は、オープンコックピット内で並んで座った。翼のセルはモデルE陸上機のものを流用しており、2ベイ、非ずらし、等翼幅構造で、主翼間の支柱に取り付けられた大型のエレロンが主翼自体の翼幅を超えて伸びていた。この設計の初期型は、1912年にカーチス社によって製造・販売されたが、当時はいかなる型式名も付けられておらず、モデルFという名称が使用されるようになったのは翌年のことである。紛らわしいことに、カーチス社はこのシリーズの初期機の一部をモデルEと呼称していたが、これらは同じ型式名を持つカーチス社の陸上機とは全く異なるものであり、モデルFとほぼ同一の機体であった。1918年から製造されたモデルFは、翼幅が異なる改良型主翼を採用しており、上翼にエルロンを組み込み、機体側面にスポンソンを設置することで、水上での操縦性を向上させていた。これらはモデルMF(Modernised-Fの略)として知られ、戦後の民間市場ではシーガル Seagullとして知られるようになった
↑Image courtesy of Shipbucket.
- グラマン社(現ノースロップ・グラマン社)製 初飛行:1933年4月24日(XJF-1) JF-1データ=全幅:11.8m 全長:10.05m(JF-2は9.93m) 全高:4.59m パワープラント:定格出力700hpのプラット&ホイットニー製R-1830-62ツイン・ワスプ星型ピストン・エンジン1基(JF-2は定格出力720hpのプラット&ホイットニー製R-1830-102ツイン・ワスプ星型ピストン・エンジン1基、JF-3は定格出力750hpのプラット&ホイットニー製R-1830-80ツイン・ワスプ星型ピストン・エンジン1基) 速度:282km/h 実用上昇限度:5,485m 兵装:無誘導弾薬:通常は装備しないが、翼下面に100lb(45.35kg)爆弾2発を携行可能 乗員:3名
- ※社内呼称モデル7(G-7)
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- グラマン社(現ノースロップ・グラマン社)製 初飛行:1936年4月3日(J2F-1) J2F-6データ=全幅:11.89m 全長:10.36m 全高:4.24m 翼面積:38.00m² 空虚運用重量:2,470kg 最大離陸重量:3,307kg パワープラント:定格出力900hpのライト製R-1820-54サイクロン星型ピストン・エンジン1基 巡航速度(最適速度):329km/h 実用上昇限度:8,140m 航続距離:1,368km 兵装:無誘導弾薬:通常は装備しないが、翼下面に325lb(147.4kg)爆弾2発を携行可能 乗員:2名~3名
- ※社内呼称モデル15(G-15)

↑Image courtesy of Shipbucket.
- ※ジョン・プリチャード大尉 Lt John Pritchardと乗員のベンジャミン・ボトムズ一等航空通信兵曹 Radioman First Class Benjamin Bottomsは、1942年11月23日に救出作戦を試みた事により、沿岸警備隊員として初めて殊勲十字章 Distinguished Flying Cross(DFC)を授与された。USCGCノースランド USCGC Northlandは、他の航空機を捜索中にグリーンランドの氷床に不時着したカナダ空軍(RCAF)B-17捜索救難(SAR)機の乗員の救助を任務としていたのである。RCAFの乗員は13日間も氷の上に閉じ込められており、ノースランドが捜索を開始する為に到着した時の状況は悪かった。天候が悪化する中、ノースランドのグラマン・ダックが発進し、墜落した航空機を発見しようとした。ダックの乗員は残骸を発見し、氷の上に機体を着陸する所を探そうとした。しかし、近くには何もなく、ダックは残骸機から少し離れた氷の上に着陸した。ダックの乗員は、非常用持ち出し品を持って残骸機まで歩き、負傷したカナダ人飛行士2名を機体まで運び、なんとか氷の上から離陸して北陸に戻った。ダックの乗員は、もう一度氷上に戻って出撃しようと必死だったが、天候が悪化しており、離陸は不可能だった。翌朝もコンディションは悪かったが、ダックは離水して残骸の近くまで飛行することが出来た。もう一名のRCAFの飛行士がダックに乗せられ、乗員は最悪の天候の中、飛行する事が出来たが、ノースランドに戻る事は出来なかった。カナダ人は約1週間後にようやく救助され、ダックは墜落した事が上空から確認された。USCGの乗員は2名とも死後にDFCを授与され、USCG将校とUSCG下士官としては初のDFC授与者となった
↑Image courtesy of Shipbucket.
Update 26/05/03