戦闘機、戦闘攻撃機

※FYは会計年度 Fiscal Yearの略。kNは1kN=102.0sf=102.0s
グラマン社(現ノースロップ・グラマン社)製 初飛行:1954年7月30日(YF9F-9) F11F-1(後期生産型)データ=全幅:9.64m、8.35m(主翼折り畳み時) 全長:14.31m 全高:4.03m 翼面積:23.23u 空虚運用重量:6,536s 最大離陸重量:10,931s パワープラント:アフターバーナー作動時推力4,762sのライト製J65-W-18ターボジェット・エンジン1基 最大速度(海面高度):1,211q/h 制限マッハ数:高高度1.3 初期上昇率:4,968m/min 実用上昇限度:12,770m 航続距離:2,122q 兵装:機関砲:Mk. 12 Mod. 0 20o機関砲4門(携行弾薬各125発、外側機関砲は140発まで搭載可能) 空対空ミサイル:AIM-9サイドワインダー 乗員:1名
※社内呼称モデル98(G-98)
※1962年9月18日の3軍統一命名法によりF11FはF-11になる
↑第156攻撃飛行隊(VA-156)“アイアン・タイガース”所属F11F-1(初期生産型)
↑第21戦闘飛行隊(VF-21)“マッハ・バスターズ”所属F11F-1(後期生産型)
↑海軍飛行展示飛行隊“ブルー・エンジェルズ”所属F11F-1(後期生産型)

↑F11F-1F

↑日本航空自衛隊向けG-98J-11(提案のみ)

↑Image courtesy of Shipbucket.
FY Block No. Bu.No.
()内は製造番号
機数、備考1 備考2
Bu.No. 直後の()内の
番号は製造番号
F9F-9 138605〜138608 ◎3機 1955年以降の名称はF11F-1 ◎138608(c/n 6)
F11F-1 138609〜138645 ◎37機 138618は後にYF11F-1となる。航空母艦にて適性試験に使用 ◎138613はUS Weather Bureau Tornado Hunter Squadron所属機
◎138642は“ブルー・エンジェルス”所属機の1番機となる
F11F-1F 138646、138647 ◎2機 ◎138646は消火作業練習機となる。1980年代に破壊
F11F-1P 140379〜140413(キャンセル) ◎35機
F11F-1 141728〜141980 ◎253機 141885〜141980はキャンセル ◎141738は1965年のシーズン中に“ブルー・エンジェルス”所属機の6番機だった
◎141764は1965年のシーズン中に“ブルー・エンジェルス”所属機の1番機だった。後に“ブルー・エンジェルス”所属機の5番機となる
◎141783(c/n 100)
◎141790(c/n 107)は1965年のシーズン中に“ブルー・エンジェルス”所属機の2番機だった
◎141811(c/n 128)
◎141828は“ブルー・エンジェルス”所属機の1番機となる
◎141849は1965年のシーズン中に“ブルー・エンジェルス”所属機の4番機だった
◎141850は1965年のシーズン中に“ブルー・エンジェルス”所属機の3番機だった
◎141851は1964年〜1965年のシーズン中に“ブルー・エンジェルス”所属機だった
◎141859は1965年のシーズン中に“ブルー・エンジェルス”所属機の5番機だった
◎141867は“ブルー・エンジェルス”所属機の3番機となる
◎141868(c/n 185)
◎141869は1965年からペンサコラ海軍航空基地のゲートに置かれていたが、F/A-18A(Bu.No. 161961)に置き換えられた。2014年にテネシー州ユニオン・シティ Union Cityの公園に展示された。国立海軍航空博物館から貸与されている。後に“ブルー・エンジェルス”所属機の4番機となる。1958年から1960年にかけて、ロバート L. ラスムセン大佐 Captain Robert L. Rasmussenがこの機体を操縦した。後にペンサコラ海軍航空基地の国立海軍航空博物館 National Naval Aviation Museumの館長を務める。30年間務めた後、2014年に引退した。館長としての最後の仕事は、ユニオン・シティのディスカヴァリー・パーク・オブ・アメリカ Discovery Park of Americaへこの機体の貸し出しを監督する事だった。それまでは1965年からペンサコラのフロント・ゲートに展示されていたが、2014年にユニオン・シティに移された。ユニオン・シティに到着してからは 展示準備中に見つかったデータ・プレートから、ラスムセン機長が300回飛行した機体であることが判明した。300回も飛行していたという事実を、彼は初めて知った
◎141870は“ブルー・エンジェルス”所属機の6番機となる
◎141873は“ブルー・エンジェルス”所属機の6番機となる。1968年1月14日にエル・セントロ海軍航空基地にて墜落。パイロットは死亡
◎141882(c/n 199)
◎141884(c/n 201) 1961年〜1963年のシーズン中に“ブルー・エンジェルス”所属機の6番機だった
F11F-1P 141981〜142009(キャンセル) ◎29機
F11F-1 143232〜143366(キャンセル) ◎135機
F11F-1P 143367〜143387(キャンセル) ◎21機


Update 21/06/22