戦闘機、戦闘攻撃機

※FYは会計年度 Fiscal Yearの略。kNは1kN=102.0sf=102.0s
ライアン社製 初飛行:1944年6月25日(XFR-1) FR-1データ=全幅:12.19m 全長:9.86m 全高:4.15m 翼面積:25.55u 空虚運用重量:3,590s 最大離陸重量:4,806s パワープラント:定格出力1,425hpのライト製R-1820-72Wサイクロン星型ピストン・エンジン1基、定格推力7.12kNのジェネラル・エレクトリック製J31ターボジェット・エンジン1基 最大速度(両エンジン使用時、高度5,516m):686q/h 実用上昇限度:13,135m 航続距離:1,658q 兵装:機関銃:12.7o機銃4挺 無誘導弾薬:最大453sの爆弾あるいは127oロケット弾最大8発を機外に搭載 乗員:1名
※社内呼称モデル28
↑FR-1

↑Image courtesy of Shipbucket.
FY Block No. Bu.No. 機数、備考 備考2
Bu.No. 直後の()内の
番号は製造番号
FR-1 39647〜39712 ◎66機 39661はXF2R-1に改造。ライト製ピストン・エンジンの代わりにジェネラル・エレクトリック製XT31-GE-2ターボプロップ・エンジンを機首に、ジェネラル・エレクトリック製J31-GE-3ターボジェット・エンジンを尾翼に搭載したXFR-1。空軍はライアンにJ31ターボジェット・エンジンをウェスティングハウス製J34ターボジェット・エンジンに交換するよう依頼した。プロトタイプへの改造により、ジェットの吸気口を前部胴体の側面に移動させ、NACAダクトを使用したXF2R-2が誕生した
XFR-1 39715〜39746(キャンセル) ◎32機
XFR-1 48232〜48234 ◎3機 48232は1944年10月13日にカリフォルニア州サン・ディエゴ近郊のSycamore Canyonに墜落する前に山頂に衝突。調査の結果、主翼の構造が圧縮性の影響に耐えられる程の強度を持っていなかったことが判明
48233は1945年3月25日に墜落。パイロットが 10,668mからの急降下からの回復に失敗し為。恐らく翼の構造が圧縮性の影響に抵抗するのに十分な強度を持っていなかった
48234は1945年4月5日にカリフォルニア州サン・ディエゴのLindberg Field上空にて高速で通過中にキャノピーが吹き飛んだ。駐機中のPB4Y-2(Bu.No. 59836)上に墜落し、両機とも破壊される。PB4Y-2の乗員4名は脱出し、XFR-1のパイロットは無事にパラシュート降下した

↑PBY-5A


ライアン社製 初飛行:1946年11月(XF2R-1) XF2R-1データ=全幅:12.80m 全長:10.97m パワープラント:定格出力1,700hpのジェネラル・エレクトリック製XT31-GE-2ターボプロップ・エンジン1基、定格推力7.10kNのジェネラル・エレクトリック製J31-GE-2ターボジェット・エンジン1基 最大速度(両エンジン使用時):805q/h 実用上昇限度:11,900m 乗員:1名
↑XF2R-1

↑Image courtesy of Shipbucket.
FY Block No. Bu.No. 機数、備考 備考2
Bu.No. 直後の()内の
番号は製造番号
XF2R-1 39661 ◎1機 元々はFR-1。XF2R-1に改造。ライト製ピストン・エンジンの代わりにジェネラル・エレクトリック製XT31-GE-2ターボプロップ・エンジンを機首に、ジェネラル・エレクトリック製J31-GE-3ターボジェット・エンジンを尾翼に搭載したXFR-1。空軍はライアンにJ31ターボジェット・エンジンをウェスティングハウス製J34ターボジェット・エンジンに交換するよう依頼した。プロトタイプへの改造により、ジェットの吸気口を前部胴体の側面に移動させ、NACAダクトを使用したXF2R-2が誕生した
XF2R-1 39713、39714(キャンセル) ◎2機


ライアン社製 初飛行:1955年12月10日(X-13) X-13データ=全幅:6.40m 全長:7.13m 全高(着陸装置付き):4.63m 翼面積:17.74u 空虚運用重量:2,420s 全備重量:3,317s パワープラント:定格推力44.45kNのロールスロイス製エイヴォンRA.28-49軸流式ターボジェット・エンジン1基 最大速度:777q/h 実用上昇限度:9,140m 航続距離:310q 乗員:1名
※社内呼称モデル69
※1947年7月に海軍が発注した技術研究計画から開発が始まったテイルシッター式のVTOL機(社内呼称モデル38)。主に潜水艦や輸送艦船から発進する戦闘機へと発展する構想であったが、朝鮮戦争終結後の海軍の予算縮小により、空軍の前線防空戦闘機を目指した計画へと移行した(モデル38R)。それは、1955年12月10日に初飛行したX-13ヴァーティジェット X-13 Vertijetである
↑X-13ヴァーティジェット(2号機)

↑X-13ヴァーティジェット(台車固定状態)
F-0074 Ryan X-13 Final Test Report. sdasmarchives.


Update 21/01/09