DPC
曳船

アイコン 意味
戦闘や事故で失った場合(沈没、墜落)や損傷した場合、艦船等の内部で事故や事件がおこった場合の意味です。自軍や同盟軍、所属機関、所有会社が行った沈没処分や破壊処分、漁礁として又は演習で使用して沈めた場合にはこのアイコンは付けません
戦果や功績、各機関に寄贈された場合の意味です。戦争等で沈没み、何十年後に発見された場合もこのアイコンです
映画やTVドラマ、ドキュメンタリーに使用された場合の意味です
参考文献、小説や書籍に登場する事柄です
インターネットやTVゲームに登場する事柄です
UFO等超常現象に遭遇した事柄です
※国防工場公社(Defense Plant Corporation: DPC)は、連邦政府の機関であり、アメリカ政府の復興金融公社(Reconstruction Finance Corporation: RFC)の子会社で、幾つかの大規模産業の支配的地位を連邦政府が獲得する事になった。1940年8月22日にアメリカ連邦議会は、敵対戦争を想定して国防工場公社(DPC)を設立し、軍需産業の生産能力を拡大する事を命じた。1932年にアメリカ議会は、大恐慌の際に融資によって経済活動を促進する事を目的とした独立政府機関として、RFCを設立した。RFCは、融資と回収、証券の売買を行う。当初は、金融機関、産業機関、農業機関に限定して融資を行っていたが、法改正により、その業務範囲は大幅に拡大された。この改正により、外国政府への融資、戦争や災害の被害に対する保障、軍需工場の建設や運営への融資が可能になった。RFCの支出の約3分の2、$20,000,000,000は、特に第二次大戦中、アメリカの国防の為に使われた。RFCは、第二次大戦中のアメリカの産業拡大の大部分に資金を提供した。陸軍省、海軍省 War and Navy Departments、生産管理局 Office of Production Management、戦争生産委員会 War Production Board、海事委員会 Maritime Commission等の様々な政府部門がRFCに必要なものを要求し、DPCが工場(新工場を中心とした)の建設、設備、運営を保証する仕組みであった。ジェシー H. ジョーンズ Jesse H. Jonesは、エミール・シュラム Emil Schram、サム・ハスバンズ Sam Husbandsと共にDPCを運営。1940年の設立から1945年まで、DPCは46州及び海外の2,300のプロジェクトに$9,000,000,000以上を支出した。その結果、航空機製造、非鉄金属、工作機械、合成ゴム、海運等の産業で、政府は圧倒的な地位を獲得した。戦争中に生産された材料や物資は、ベアリングから巨大な大砲、戦車、船、飛行機まで多岐にわたった。資金の支出の約半分は、直接又は間接的に航空の為に使われた。DPCの最大プロジェクトの1つは、B-29とB-32の航空機用エンジンを製造する$176,000,000のダッジシカゴ工場 Dodge-Chicago plantであった。19棟の平屋建てで、敷地面積は1,545エーカー(約3万坪)に及んだ。鉄の鍛造所とアルミの鋳造所を持ち、片方で原料を受け入れ、もう片方でエンジンの完成品を作る事が出来るほど大規模な工場であった。1945年7月1日に議会はDPCを解散した
排水量:1,016t(DPC-621は1,132t) 全長:54.86m(DPC-621は50.29m) 幅:15.84m 吃水:3.35m 主機/軸数:reciprocating蒸気機関2基/2軸
※曳船(Towboat)
艦名 NAME 艦種記号 建造所 就役日 退役日 除籍日 備考
コレヒドール Corregidor DPC-601 JeffBoat ◎後に陸軍に移管
◎1946 陸軍工兵隊に移管
◎1956 民間に売却
◎後にKathy Lと改名
◎後に浚渫船Lacombeとなる
ジャワ・シー Java Sea DPC-602 JeffBoat ◎1944 建造
ウェーク・アイランド Wake Island DPC-603 JeffBoat ◎1943 進水
◎第二次大戦中はInland Waterways Corporation通じてリースされ、John I. Hay & the Ashland Oil & Refining Companyにチャーターされた
◎1947 売却され浚渫船に改装
◎1959 Brazos Engineering Co. に売却されSt. Petersburgへ
アッツ Attu DPC-604 JeffBoat ◎1943 進水
◎第二次大戦中はInland Waterways Corporationを経て、American Barge Lines, Co. に貸与された
◎1946 アッツと命名
◎1955  ソマーヴェル Somervellと改名、ソマーヴェルはRed Riverにて使用
◎後に運用終了
◎1964 売却、後に解体
◎Assigned to the US Army Engineers New Orleans District in 1946. Reassigned to US Army Engineers Memphis District, date unknown.
ガダルカナル Guadalcanal DPC-605 JeffBoat ◎1944 建造
ツラギ Tulagi DPC-606 JeffBoat ◎1944 建造
バターン Bataan DPC-607 Cargill ◎1944 建造
コーラル・シー Coral Sea DPC-608 Cargill ◎1944 建造
ミルン・ベイ Milne Bay DPC-609 Cargill ◎1943 進水
◎MemphisのPidgeon-Thomas Iron Works Co. にて竣工
第二次大戦中はInland Waterways Corporation通じてリースされ、Mississippi Valley Barge Lineにチャーターされた
◎1946頃 Martin Oil Companyに売却
◎1949/5 American Barge Lineに売却されAllen B. Woodと命名
◎後に浚渫船に改装、Dave Blackburnと改名
◎1977 解体
ボア・ラーダ Bou Arada DPC-610 Cargill ◎1944 建造
テナル・リヴァー Tenaru River DPC-611 Cargill ◎1943 起工、進水
◎第二次大戦中はInland Waterways Corporation通じてリースされ、Federal Barge Lineにチャーターされた
◎1946 American Commercial Barge Lineに売却
◎1960 解体
ミッドウェー・アイランズ Midway Islands DPC-612 マウント・ヴァーノン・ブリッジ ◎1944 進水
◎第二次大戦中はInland Waterways Corporation通じてリースされ、Ashland Oil & Refining Co. に貸与される
◎1946 Sohio Petroleum Co. に売却されSohio Southernと命名
◎1949 売却
◎1959 解体
ルンガ・ポイント Lunga Point DPC-613 マウント・ヴァーノン・ブリッジ ◎1944 建造
ココダ Kokoda DPC-614 セント・ルイス・シップ ◎1943 起工、進水
◎第二次大戦中はInland Waterways Corporationに貸与
◎1947 陸軍から売却
◎1960 解体
スマ Suma DPC-615 セント・ルイス・シップ ◎1944 建造
カサブランカ Casablanca DPC-616 セント・ルイス・シップ ◎1944 建造
チュニス Tunis DPC-617 セント・ルイス・シップ ◎1944 起工、進水、DPCに引き渡される
◎第二次大戦中はInland Waterways Corporationを経て、HoustonのButcher-Arthur Companyに貸与された
◎1947年、ベスレヘム・スチール社の子会社であるOre Steamship Companyに売却、Beaumontにて係船
◎1950/11 Inland Waterways Corporationに売却、後にFederal Barge Lines, Inc. に所有権が移った
◎1960年頃 解体
コナ Cona DPC-618 セント・ルイス・シップ ◎1944 建造
マトール Mateur DPC-619 セント・ルイス・シップ ◎1944 建造
◎後にPeoriaにて水上レストランとなる
グアム Guam DPC-620 Marietta Mfg. ◎1944 建造
キスカ Kiska DPC-621 Marietta Mfg. ◎1943 起工
◎1944 進水、DPCに引き渡される
◎第二次大戦中、オハイオ川にて操業
◎1947 Jones & Laughlin Steel Corporationに売却されW. J. Creightonと命名、後にConstitutionと改名
◎1952 American Barge Lineに売却されBDCO No. 22と改名
◎後にSenator Russell B. Longと改名


Update 22/11/29